その瞬間、16くんは~あまりの出来事に…息を飲んだ。

単なる楕円形の物体の表明に…わずかな黒い点が現れる。

そして、その点が少しずつ少しずつ~周囲に広がっていった。

どのくらいの時間が経っただろう…

「見えた!」

~頭を寄せ合って、黒い点を凝視していた私達のグループは…思わず大声を張り上げた。

そこには~何と、“くちばし”らしき物がうごめいていたのである。

さらに、時間は刻々と過ぎていく。

その小さなくちばしは、必死に周囲の殻をつついていき~その黒い点を広げていった。

やがて…その穴から体らしき物が見えてくる。

くちばしから~頭、胴体と羽…手足が~その殻から這い出そうとしていた。

ドロドロの液体に包まれている。

そして、そして…ついに殻は破られ~やや黄色がかった物体の全てが、私達グループの目の前に出現した。

『生命の誕生』だ。

16くんは~しばらく声も出せず、涙が出そうになるのを…ぐっとこらえていた。

F先生が淡々と言ってた「最も大切な学習」という言葉の意味が、はっきりと認識できる。

やがて、やや黄色がかった物体は~完全に殻から抜け出し…はや自分のか細い足で立とうとし始めた。

か細いが、“生命”を感じさせる声も発する。

こんな小さな生き物でも…生まれた瞬間から、「自立」しようとしていたのである。

再び~感動!

正に、一羽の“ひよこ”が誕生する…その瞬間を目撃した~忘れられない日となった!

その後、卵がグループごとに配付され~責任を持って…孵卵器で温めていくことになった。

私たちのグループも…必死だった。

卵は、ただ孵卵器の中に入れておけばいいというものではない。

何と~一日最低4回も『転卵』しなければならないのだ。

転卵は、孵卵器が自動的にやってくれない…

自分たちの手で、少しずつ動かしていく。

グループのメンバーで~ローテーションを組んで、転卵を行っていった。

その転卵は…もちろん6時間ごとなので、昼夜を問わない。

今では信じられないことであるが~16くんは、真夜中のJ北小学校へ入り込み…真っ暗な教室まで行って~その“転卵”を行っていた。

そんな日々が続いていく。

「こんな何の変哲もない白い楕円形の物体に…今、どんなことが進行していて~どう展開していくんだろう…果たして、私ら~が地道にやってることが、報われる日がくるんかなぁ」と、ドキドキの日々であった。

そして、そして~初めて卵を孵卵器に入れてから…実に20日程を経たある日、16くんは…信じられない現象を目撃することになったのである!
ある日の理科の授業。

「今日はどんな実験やろ~」と、例の理科セットを机上に置き…ワクワクしながら待っていた。

理科室にやって来たF先生は~以外な物を手にしている。

『卵』だ。

「いやいや…先生、今から理科の勉強やで~家庭科違うで~」と、思わず突っ込みそうになる。

F先生は、おもむろに説明をし始めた。

「これまで~いろんな実験をしてきましたが、今回は…みなさんに生命のことを真剣に考えてもらいたいので~最も大切な学習を一緒にしていきましょう!」

『卵と生命』~その時の16くんには、その二つのキーワードが結びつかず…ポカーンとするばかりであった。

F先生は、授業を続けていく。

すると~先生は、なにかケッタイな機械を運び込んできた。

「これはね、“卵孵器”っていうものだよ~」

なんじゃ~そりゃあ?

不思議そうにしている6年5組の子どもたちの前で…先生は淡々と、その機械の使い方を説明し始める。

「この卵孵器の中の温度は、ニワトリのメスのお腹と同じ温度に設定されているんだ」

ここで、初めて16くんの脳裏の中でも…卵と生命という二つのキーワードが~何となく結びついていったのである!

(前奏) F G7 C Am F G7 C



C G Am

違う意見を言いなさい


C G Am

君たちはみんな違っているんだよ


F G Am

違うことがすばらしい


F G C

個性が輝く時代だ


C G Am

勝手なことをしてはいけない



C G Am

おまえらは自由の意味をはき違えてている


F G

同じ服を着て


C Am

同じ顔をして


F G C

人と同じうようにしてろ



C G Am

教室は間違うところです


C G Am

間違うことで学んでいくのです


F G

間違うことを


C Am

怒れちゃいけません


F G C

そこから全てが始まるのだから



C G Am

どんな時でもどんな場面でも


C G Am

絶対言ってはいけない言葉がある


F G

その間違いだけは


C Am

許されない


F G C

私の立場も考えろ



C G Am

あ~もうたくさんだ


C G Am

偽善を語るのはやめろ


F G7

人は誰もが


C Am

悪魔と天使の


F G7 C

狭間で悩んで生きている




(間奏) C G Am C G Am F G7 C



C   G    Am

私が差別をするはずもない


C G Am

偏見なんて持つはずもない


F   G Am

正しい道を生きている


F   G C

当たり前のことですよ


C    G

おまえらは弱い


C   Am

生き物だから


C    G

これから必ず


C  Am

差別をするに


F G

きまってる


C Am

間違いない


F G Am

何て意識の低い奴らだ



C G Am

あ~もううんざりだ


C G Am

神様を語るのはやめろ


F G7

人は誰もが


C Am

自由と平等の


F G7 Am

狭間で悩んで生きている



C G Am

あ~もうたくさんだ


C G Am

偽善を語るのはやめろ


F G7

人は誰もが


C Am

悪魔と天使の


F G7 Am

狭間で悩んで生きている



C G Am

あ~もうたくさんだ


C G Am

あ~もううんざりだ


C G Am

あ~もうまっぴらだ


C G Am

あ~もうばかやろう


C G Am

あ~もうくそらえ


C G Am

あ~もうやめちまえ



(FO)



【曲・詩~16...1996】



やがて、長女は~中学生となる。

ここで…彼女は、周囲も驚くほどの進化を遂げた。

元々持ち合わせていた「慎重さ」「根気強さ」に加えて、マーチングで身に付けた「根性」が、彼女の大きな武器となる。

部活は…周囲の“吹奏楽部へ”という声をよそに~バスケットボール部を選択。

その練習も頑張り、上級生になった時には~中心選手として活躍し始める。

そして…そして、彼女がその本領を発揮したのが~何と言っても“学習面”であった。

小学生の頃から、何となく「結構勉強も頑張れるんやなぁ~」と思っていた。

中途半端なことが嫌い…という面もあったので、宿題や課題をしなかったり忘れたり~ということもなかった。

そのこともあったのだろう~中学校の勉強にも…コツコツと取り組んでいった。

彼女は、決して元々頭がいいとか頭脳明晰ということではない。

ただただ~『根気強さ』で、やるべき事を積み重ねていったのだ。

その結果…メキメキと学習の力を高めていく。

持ち帰る定期テストは、そのほとんどが満点。

実力テストでも~どんどん偏差値を上げていく。

そして、程なく…彼女は~100人以上が在籍するJ中学校で、トップに立った。

通知表を持ち帰る。

何と~そこには、全ての教科の欄に『5』が記入されていた。

オール5なんて…これまで正に漫画かドラマの世界のことで、実際は見たこともない。

その“オール5”と“学年トップ”を~彼女は、見事に3年間…最初から最後まで、完徹し続けたのである。

「天才や~」…周囲は色めき立つ。

親の私でさえ、勘違いしそうになった。

中学校の先生も~「将来は、DRかなぁ…」と、煽ったりする。

当然、高校も地元では有名なN高等学校へ~何の疑いもなく入学。

しかし、…しかし~そこには、思ってもみなかった『急展開』が待ち受けていたのである…

いよいよ~北の大地へ上陸。

そこは、きっと本州とは違う“別世界”が広がっているんだろう…という~勝手な思い込みがあった。

が…、まず目に飛び込んできたのは、本州と同じ道路標識。

やっぱ~ここも紛れもなく「日本」なんや…と、ちょっぴり残念に感じながら~当たり前のことを思う。

そして、期待と不安を胸に…“Car touring around HOKKAIDO!”が~スタートしたのである。

車を走らせ始めたが~やはり北海道は見当たらない。

やっぱり、日本はどこに行ってもたいして変わらないのか…

ただ~道路の幅が、とてつもなく広い。

広いのだが、センターラインのみで…車線を示すラインは引かれてない。

きっと~雪を積み上げるスペースを確保しているのであろう。

この道路の広さに…やっと、ちょっぴり北海道らしさを感じた。

地図を片手に~こっちやろ、あっちやろ…とワイワイ言いながら、積丹を目指す。

小樽から…R5を通り、余市のニッカウイスキー工場を横目で見ながら~シリパラインへ。

右手に~ガイドブックに書かれていたそのままに…ローソク岩が見えてきた。

見事な岩である。

遠くからでもはっきりと、正にローソクのようにそびえ立っているのがわかった。

余市から~R229へ。

シリパラインで感じたのは…やたら、トンネルが多い。

地形の関係からだろうか。

中には、岩をそのままくり抜いたようなトンネルもあって~その形がユニークで面白い。

それはいいのだが…トンネルの中で、やたら道がカーブしているため~怖い。

おまけに、トンネルの中の道は…狭い。

少し“JAPAN”を運転させてもらったが~何度もブレーキを踏むハメになった。

何度か道に迷い、行き過ぎたり引き返したりしながら…ついに『神威岬』へ到着。

ここに来るために~わざわざ小樽から、積丹半島を往復する計画を立てた(そうな)のだ。

岬に最も近い駐車場に車を停める。

当然…岬の先端まではすぐ行けるだろうと思っていたが、Hソンから~1時間ほど歩かなあかんことを知らされる。

しかも、ラクそうな海岸コースは立入禁止になっていて~山道コースしかない。

Hソンが…平気な顔をして、その山道コースを登り始める。

オイオイ~ちょっと待ってよ…この剥離骨折がやっと治りかけの右足首は、大丈夫かなぁ…

さっさと先を行ってしまう5人を追いかけながら~足首が治っていることを信じ、かなり急な勾配をソロリソロリと上っていった。

一体…どこまで続くんやぁ、と不安が高まってきた頃~海がちょこっと顔を見せてくれた。

その色は、見事なエメラルドブルー~すばらしく美しい海だった。

その場所で…一旦休憩。

みんなテンションが上がってきて、海をめがけ~石を投げ始める。

多少疲れがとれた一行は…先を急いだ。

すると、行けども行けども道が海に平行に続いていて~ゴールに辿り着きそうな気配がない。

ついに…海も視界から消えてしまった。

すれ違った人に~「頑張ってください」なんて言われ、余計焦る。

依然として続く山道を進んでいくと~やっとやっと再び“エメラルドブルー”が、顔をのぞかせてくれた。

でも、まだまだ遠そうやな…よし休憩やぁ~

そのシーンが~次々とうつりかわっていく岬を…私は知らない。

木々が生い茂っている山かと思えば…野原が一面に続く高原になる~海が見えたかと思えは、断崖絶壁が現れる。

見える海の大きさも~どんどん変わっていく。

次々と景色が変化し、そのひとつひとつが美しく…新たな発見と感動を与えてくれるのである。

しかしながら~その道の起伏は激しく、長く…しんどい。

やっと、長~かった山道が終わり…岩場が出現。

しかし…ここからの道もまたハードだった。

道の両側が豪快に落ち込み、その真ん中に何とか歩けるスペースが作ってあるだけ。

かなり危ないと思われる場所のみ~柵や橋が取り付けてあったが、とにかく…岩が滑りやすい。

マジ怖い…落ちれば確実に死ぬだろうと思われた。

慎重な足取りで進んでいく。

これだけの山道を歩いているためもあるのか~暑い。

しかし、この暑さが運動だけのためではないことに気付く。

アブラゼミが…ガンガン鳴いていたからだ。

最早、小樽に降り立った時に感じた寒さなんて~どこにもない。

辺りには…すでにススキが茂っていたが、それが不思議だった。

やがて~灯台がちょこっと見えてきた。


断崖が連続する~神威岬であるが、その中に岩が少し出ているところがあった。


一見...何もなさそうな場所なのだが、実は~横から見ると、岩が海側へ突き出ているのだ。


半分海へ出ていて、残りの半分で人の通る道を....支えている。


普通は~こんな場所に好んで立たない。


下を覗くことすら、恐ろしいからである。


ここは~マジで足がすくんだ。


山越え...谷越え~野を越え、崖越えて...やっとのことで~岬の先端へ到着!


何はともあれ~座り込む。


改めて....日本海を眺める。


苦労して辿り着いただけあって、喜びもひとしおだ。


「来てよかった~」~このエメラルドグリーンを味わえたなら...


ワシが風に舞い上がり、オロオロしている。


カモメが...優雅に飛ぶ。


日本海は~とても静かだ。


ウニを取っているのだろうか...船が一艘浮かんでいるのが見える。


何故~あんな岩が残っているのか...みんなで論じ合った。


しかし、そんなことはどうでもよく...少しでも長くこうしていたい~という気持ちが強かった。


そして...我ら6人は岬の特等席で~『神威岬』のすばらしさを、ゆっくりじっくりと味わったのである!















二等船室で一緒になった~Iザキさんと話をする。

彼は、島根から一人旅をしていた。

その勇気に感銘を受けながらも…やや暗い感じだったので、人の事ながらも~少し心配になる。

それにしても~船内は、若者の活気に満ち溢れていた。

いかにも軽そうな男子どもは…ツアーで来ていたGalsに声をかけていく。

アホな奴らや~と負け惜しみを呟きながら、北海道旅行最初の夜は、フェリーで合流した同級生のMコやMキと…トランプをして過ごした。

やはり、旅行というものは~人のテンションを高めてしまうのか…

翌日…Tマと甲板をウロウロしていると、名古屋から来たという女子達と出会い~仲良くなった。

午後6:34~水平線の向こうに日が沈む。

最高に美しい。

しかし、とにかく…フェリーは“暇”だ。

そんな中~Kヤが「ディスコ大会をしとうみたいやぞ」との情報をもたらしてくれる。

まさか…と疑ったが、その“まさか”だった。

始めは音楽だけがかかり~互いにはずかしそうにしていたが、次第に狭いホールで踊り始める。

“Never never never never never never never ever fly”…等、観に行った映画『FOOT LOSE』の曲ばかりということもあって~次第に気分は盛り上がってきた。

たまたまディスコで一緒に踊った娘と~甲板に上がってみる。

凄い!

プラネタリウム以上の星空が…360度に広がっていた。

この時、私は~“天の川”のすばらしさを初めて目の当たりにしたのである。

その夜…やっと寝付いたと思ったら…午前3:00に無理矢理起こされる。

眠い目をこすりながら、甲板に出てみる。

ずっと見なかった~陸地だ…『北の大地』だ!

程なく、寒さが身に沁みてきた~やはり…気候が違う。

実に…30時間に及ぶフェリーでの生活は終わり、我々はついに『小樽港』へと入港したのだ!








はっきり言って~『北海道』には、あまり行く気がなかった。

7月の初めに…名誉の負傷?(体育の高飛びの授業で、足首の剥離骨折)をして~バイトが出来なかったし…もちろん足首も完治してなかった。

計画には~一切タッチしなかったし、宿やフェリーの予約…YH会員手続きまで、全てHソンやTマに任せっきりだった。

そう…私は、出発直前まで行くつもりはなかったのである。

無論、北海道に関する知識も~一切なかった。

実にいい加減な気持ちで…無責任にフェリーに乗ってしまったのである。

故に~目的意識等ほとんどなかったが、漠然と…“いい出会い”ができればいいなぁ~とだけは思っていた。

…果たして、こんな気持ちで20万円という大金を支払う価値があるのだろうか?

1984年8月18日…そんな気持ちで~H市を後にした。

前日…遅くまで準備をしてたので、メッチャ眠い。

朝飯をかき込んで~Hイシを待つ。

午前8:50に…彼の愛車である“JAPAN”で、迎えに来てくれた。

でっかい荷物を積んでもらい~発進。

ホンマ…今からHokkaidoみたいな遠いとこへ行くんやろか~と話をしながら、Tマの家へ。

3人で、互いにあくびをしながら~夏のさわやかな中国縦貫道路を飛ばして行った。

昼頃~わけのわからんSSで…Hソン、Hヤン、Kヤと合流。

名神~東北自動車道は、メッチャ空いていた。

あっという間に…敦賀。

あまりの暑さに、敦賀港で泳ぐことにした。

昼飯を食べた後~ウロウロして、気比の松原に決めた。

有名な浜辺らしく…お盆過ぎのシーズンオフなのに、家族連れであふれている。

敦賀と言えば~三方五湖。

Hイシが行ったことがある…というので、向かう。

妙にみんなウキウキしてて~やたらとはしゃいでいる。

ここで…原子力発電所には、是非行っておきたかった。

一回生の時、自然科学の授業で取り上げられ~私は様々な書籍や資料を読み漁り…レポートを書き上げたことがあったから。

その原発は…予想以上にでかく、メッチャ立派な建物だ。

ちょっと時間が遅かったので~資料館が閉まっていたのが、残念。

どんな原発美談を並べ立てているか、確かめたかったのだ。

原発出前に村があったが…「こいつら、ようさん保証金をもーとんやろな~原発の恐ろしさを知っとんかいな」と、自分も知らんくせに…偉そうなことを思い~なぜか素直な気持ちでいることが出来なかった。

原発がある西側が、ダイヤモンドビーチである。

ここは人も少なく~その名の通り、美しい海岸であった。

そのビーチで、平気で泳いでいる奴らを見て…驚く。

おいおい~すぐそこにでっかい原発が見えるやないか。

放射能ほど怖いものはないんやぞ…

そうは言っても、レポートを書く時~嫌というほど「エネルギーと環境問題」の難しさも感じていたので、複雑な気持ちで…ダイヤモンドビーチを後にする。

やや食堂の選択に戸惑いながらも~何とか晩飯を済ませ、フェリーターミナルへと向かう。

もう、辺りは真っ暗だ。

早めに到着したつもりが…甘かった。

フェリー埠頭には~すでに、クルマクルマクルマクルマ…バイクバイクバイクバイク、トラックトラックトラックトラックの長蛇の列。

その雰囲気には、圧倒されてしまった。

乗り込むまでに…かなりの時間がありそうだったので、ターミナルの中に入ると~これまたヒトヒトヒトヒトの山。

やっと~『北の大地』行のフェリーに乗り込めたのは、午後5:00。

程なく、我ら6人は…狭い二等船室で~出港の汽笛を聴くことになるのである!







1991年3月22日~前日にマレーシアのスバン国際空港を飛びたった“Malaysia AIRLINE QF166便”は、翌日の午前8:30…オーストラリアのシドニー国際空港へ降り立った。

空港から、シドニーの中心まで~20分足らず…

セントラル駅から…電車で“Lithgow”へ。

約2時間で、その駅に到着した。

Lithgowからバスに揺られて1時間~“Bathurst”という田舎町に辿り着いた。

ここで、やっと今回のファームステイでお世話になる『ジャネットさん』と…感動の出会いを果たす。

車で迎えに来てくれていたのだ。

ジャネットさんは~車のレース場や新鮮な果物や野菜が売られている市場等…バサーストの町をいろいろと案内してくれた。

さて、目的の牧場はこの近くと思いきや…その考えは甘く~バサーストから、まだ1時間弱離れたところに…ジャネットさんの牧場はあった。

そのど田舎こそが…『Trunky』

後に~数々の素晴らしい思い出ができる場所であった。

夕食の買い物を済ませ…いよいよジャネットさんのお家へ。

そこには、ジャネットさんのhusbandである『Mr.Lyle JAMES』も~待ってくれていた。

その日は…夕食を済ませて、就寝。

翌日、ライルさんは~さっそく牧場を案内してくれた。

そこには…ただただ広大な牧草地が広がる。

その中を~自由に寝そべったり走り回っている動物がいた。

“羊”と“牛”である。

ライルさんによれば…何と羊が1500頭、牛が300頭飼われているらしい。

見渡す限りの土地は、全てライルさんのものなのであるが~彼によると、それさえ“Very Small”~そんなアホな…

生まれたばかりの仔牛を発見!

ジープから降りて近づいていくと~どうにかされると思ったのか、たくさんの牛が私達を取り囲み始めた。

所々に、林が散在している。

その林の中に…何と、なんと~『カンガルー』を発見。

興奮する私を横目に、ライルさんは呟いた~「オーストラリアにカンガルーなんて…掃いて捨てるほどいるのさ~」

午後から…いよいよライルさんの仕事を手伝う。

干し草を専用の荷台に載せ、牧場にばら撒いていくのだ。

なにせ…その土地が広大なだけに~その干し草の量も半端ではない。

かなりの時間と労力を要した。

ようやく一段落し、私達はヘトヘトになって帰宅した。

その夜は~疲れ果てて…グッスリと眠ったのである!






おじちゃんの強い期待を感じながら~どうにもできず…おばちゃんの意思をも合わせて伝えられ、二人を失い~我らは戸惑った。

まずは…二人が遺した膨大な不動産をどうするか~である。

私は、母と弟と話し合いを重ねた。

何しろ~それらの不動産がどの位どこにあるのかも、よくわからなかった。

そこで、登記簿を片手に…それらの家屋や田畑~さらには山林の場所を確認することから始めた。

不動産屋さんにも相談。

おじちゃんの意思を継ぐには、このまま何も手を付けず…それらの財産を守り続けていくことが最もいい選択かもしれなかった。

しかし、実際の現地を訪ねると~ほとんどの家屋や土地が何も使われずに…手付かずの状態になっている。

一体~それでいいのだろうか…

私達は、おじちゃんの意思と不動産本来のあり方の狭間で悩み~さらに意見を交換していった。

そして…ついに一つの『結論』を得たのである!