竜宮城からサロマ湖の南岸にへ回り~いよいよ『網走』へ。


辺りもどんどん暗くなってきて、途中...どうしてもサロマ湖の全景が見たかったので~“ピラオロ台”に寄ってみたが、やはりダメ...


“幌岩山”に登らなければ~サロマ湖の形はつかめない。


常呂町から能取湖にさしかかった時...いよいよ日没が近づいてきたようなので、車を湖岸に乗り入れ~じっくり観賞した。


辺りには、まだ開花したばかりの“サンゴ草”が茂っている。


陽が沈むに従って~次第に暗くなり...日没と共に真っ暗!


切ない思いを抱きながら、再び我らは今夜の宿を目指した。


暗闇の中を網走湖に沿い~6人は、『網走』へ到着。


しばらく、国民宿舎の場所がわからず...オロオロしたが~Hイシが先頭に立つと、すぐに見つかる。


利尻の北国荘に続いて~2度目の国民宿舎だ。


料金は同じであったが~ここは、完全に“北国”に勝っていた。


部屋が3人ずつで広いし、TVゲームも...よ~さんあるし、何といっても夕食が凄い!


でっかいホタテにでっかいカニ...でか過ぎて食べるのに苦労したが、それはそれは美味しかった。


夕食後風呂に入り~ウロウロしていたら、何と...いつのまにかロビーで、KヤとHヤンが~Galと仲睦まじく~話をしているではないか。


「よ~し」...といきがってHヤンの車を無断で運転し、網走の街へ繰り出してみたものの~そこは暗闇のみで...網走刑務所がポツリと立っているのが見えただけだった。


そこから、トボトボと宿へ引き返した。


網走と言えば~『刑務所』...これだけは常識だろう。


昨夜の印象からも、この刑務所の周りには何もなく、原野だけが広がっていて...暗~い場所だと思っていた。


...とんでもない。


網走は大きな町で、観光のメッカとして生まれ変わろうとしていた。


しかし~網走刑務所は、しょうもない場所だった。


ただ...赤煉瓦の門があるだけ。


中の牢屋は、とても立派で~下手をすれば...隣に並んでいた団地より新しく、綺麗だった。


ともかく~たくさんの観光客が、次々と門の前で写真を撮っているので...オロオロとしながら順番を待ち~記念撮影をした愚かな我々だった...












大雪山“赤岳”へ至る登山口が~この『銀泉台』である。


少し曇っていたのが残念だったが、それでもここからの展望は...結構よかった。


この銀仙台に至る道路が...印象的。


R273から~左に折れて15㎞...ズーッとダート道が続く。


この道では、悲惨なほど車が揺れるので...車の寿命が確実に縮んでいくのがわかる感じだった。


“路面はやや荒れていて~走りにくい箇所もある”...そう観光ガイドには書いてある。


実際は、ずっと荒れていて...ず~っと走りにくかった。


「北海道ツーリングをしたい時、車なら4WD~バイクならオフロードだなぁ...」と、つくづく思い知らされた!


銀銀台でダート道を満喫した我らは~再び、オホーツク海を目指して...果てしなく続く舗装道を、一転~快適に走り始める。


層雲峡で、牛乳のただ券をもらったが...それが使える“キツネ牧場”では~何か買わなあかんということで、腹が立つ!


大雪国道を通り~石北峠を抜け、R39号線からR242へと左折。


そこから、遠軽を経由し...一路湧別へ。


長く遠い道のりを経て~ようやく『サロマ湖』畔へ到着。


竜宮台入口に辿り着き、灯台を目指して~西側の砂州を歩いていく。


“サロマ湖”の第一印象は...『海』


砂州を歩いていくと~左手にオホーツク海、右手にサロマ湖が展開していく!


右手の湖も巨大で...とてもサロマ湖が海だとは思えない。


~さすが、北海道1位...全国3位の湖だ。


旅行前、旅行雑誌に載っていた美しいサロマ湖の写真を見て感動し~砂州の先端を指さし...「ここへ行きて~なぁ」と、話していた。


そして、正に今...その場所に我々6人は立っている。


写真というバーチャルに過ぎなかった場所に~実際に立っているのが不思議...


雑誌の写真ほどサロマ湖が見渡せなかったので、思ったより感動は...少なかったなぁ~


湖口の向こうには対岸が見え...その間の距離が、案外狭く感じる。


「このくらいやったら~泳げそうやなぁ...」と思うが~意外と潮の流れが速そう。


後でわかったことだが、サロマ湖の価値は...対岸にあるらしい~16㎞続く、『竜宮街道』だ。


歩けば~2時間はかかるとのこと。


“この街道からの夕陽が最高だ”...“サロマでは「船長の家」という宿に泊まるべきだ”ということを後で聞く。


「この次は是非」~そんな思いを胸に...我らは、サロマ湖畔を散策し続けた。


サロマ湖畔を歩いていて驚いたことは~“ホタテ貝”の美しい貝殻が...たくさん落ちていること。


恥ずかしながら、この湖がホタテで有名なことを...後になって知った。


「こらええ土産になる~」と、バカにされながらも...アホほど拾う。


案の状~ホタテを一杯に入れたビニル袋は、机の上に置きっぱなしだ。


しかし、サロマ湖畔で売ってた“ホタテ貝の塩焼き”を食べたかったなぁ~











「浮島なんか行くんやったら~十分“雪のトンネル”行けとったやん!」…等とブツブツ言いながら、上川町から左折~R39へ。

いよいよ…“大雪国道”に差し掛かった。

『層雲峡』が、(情けないことに)もちろんどんな場所か知らなかったが~Hソンの話によると…大層有名な観光スポットみたいだったので、その期待は膨らんでいく。

見えた!

車がたくさん停まっていて~人波でごった返している所で降りると、そこには“流星の滝”っていう滝が流れていた。

確かに美しい滝ではあったが、遠い…

それにしても~何なんや…この観光バスの多さは。

そのツアー客達は、片付け仕事のように写真を撮り…すぐに去っていく。

彼らにとって~層雲峡は、単なる“写真を撮る時の背景”に過ぎないのではないか…と、偉そうなことを考える。

来て見て感じたことは、「層雲峡の本質に触れるには…せめてサイクリングロードを自転車で回ってみること」~そして、ベストは…「是非、大雪山へ登ること」である。

サイクリングと登山を目的にしていないのであれば~この場所に来ることは、“無駄”ではないのか…とさえまで思ってしまった。

流星の滝から少し走れば、“銀河の滝”が見えてくる。

やはり~この滝の前にも、たくさんの観光客が溢れていた。

割と近くで見ることが出来るので…結構迫力がある。

学生ツアーの観光バスが多いこともあって~若い子達も、かなり多い。

ツアーバスな子達は…基本時間が少ないため、記念撮影をしたら~すぐにバスへ戻ってしまっていた。

「あ~ぁ…」

何故かため息をついていたら、割とゆっくりとウロウロしていた4人組の“ハクイ”娘達がいた。

They're from YOKOHAMA!

そう、彼女達は…何とレンタカーを借りて~北の大地を回っているらしい…

我らの血が湧き立ったが~一緒に写真は撮ってくれたものの、その後…サッサと車へと戻られてしまった。

この旅行中...外国人もよく見かけた。


行きのフェリーの中での~若いカップル、知床での陽気なオッサンとオバハン等々...


銀河の滝でも...Familyで~1BOXCarに乗って来ていた人達に出会った!


“May I take a picture with us?”とECCに通っているHソンが話しかけると、SonらしきBoyを呼んで来て~「息子と一緒に撮ってください」と...日本語で喋られてしまった。


できることなら、その息子のSisterと撮りたかったなぁ~


“Where do you come from?”...と私が流暢(?)に話しかけると~何とその答えは、“KOBE”


それ以上もっと話がしたかったが、語学力が乏しかったため~話らしい話はできなかった。


彼と共に撮った写真を~苦労して英語で書いたレターと共に送ったが、返事ナシ...


どないしとんねん...異人館に住んでるという~Gilくん!











明けて8月25日~この日どうするか…困る。

当初の計画では、浜頓別でキャンプをし…昨日の内に層雲峡へ行って~ゆっくりするつもりだったのだ。

そのために~Hソンがテントを含めた、膨大な量のキャンプ用品を持って来てくれていた。

ところが…(何度も言うが)憎っくき“台風10号”のおかげで、全てがオジャン!

ということで~今夜予約してる宿は、何と…『網走』

もし、層雲峡を諦めて…直接海岸線沿いを網走まで走るなら~余裕で間に合うが、近過ぎて…すぐに着いてしまう。

かと言って~『層雲峡』を回って行くには、膨大な距離を走らなければならない。

ここで…我々は、大きな「岐路」に立たされた。

~が、結局…そんなに深く考えるわけでもなく、喧々諤々の議論をするわけでもなく~あっさりと、層雲峡を目指すことに…

ここまでは~左手にオホーツクの海を眺めながらのドライブだったのだが、ここからは…北の大地~内陸奥深くに入り込んでいく。

紋別からR273を経て、滝上町へ。

道路の両脇には~やたらと牧場が目に付く。


ここで...北海道特有の“標識”が見えてきた。


道の両側に柱が建っていて~その先から地面に向かい、矢印が出ているのである。


これは雪が積もった時、ドライバーへ...道路の位置を正確に知らせるものなのであろう。


そこから、『浮島』へと向かう。


「浮島」→「層雲峡」→「サロマ湖」→「網走」とすごい大回りをして~な、な、何と...この日だけで、“400㎞”の走行距離~最高記録を達成した!


滝上町を過ぎると273号線は~ダート道となり、上川町の町境辺りで...浮島峠への道を左に折れる。


浮島は...当然車で降りてスグの所だと思っていた。


だから、途中に“浮島遊歩道”の標識があっても~「車で行くんやったらこのままもっと行けるやろ」...と信じて、そこで止まらず~真っ直ぐ進んだ。


...な~んもない。


オロオロと、遊歩道入口へと引き返す。


仕方なく...車を降りて歩き始める。


アホな私は~遊びながら歩ける道が...遊歩道だと思い込んでいた。


...とんでもない。


勾配がメッチャきつい山道が、どこまでも続いていた。


神威岬以上に~しんどい。


気を抜けば、滑り落ちてしまう。


ここでも...“コンバースシューズ”が、いかに滑りやすいか~身を持って思い知らされた。


さらに~上り続ける。


ついに、おもいっきし...こけてしまう。


浮島に到着した時には~完全に息が切れていた。


「おいおい...これだけ苦労したのに、これだけかいや~」...思わず叫んでしまったが、何と島が沼に浮いている。


その島の上に乗ってやろうと思ったが~水が靴に沁み込んで来て、断念...


が、何と体重の軽いKヤは...見事に島に乗った!


モロにこけてしまった私は、「もっと休憩しようや~」と訴えたが...HソンとHイシがさっさと下り始めたので~再び何度か足を滑らせそうになりながら、渋々浮島を後にしたのである...






久しぶりの感激を胸に~再びR238へと戻り、『オホーツクライン』を南下し始めた。

クッチャロ湖畔の浜頓別を過ぎて…右側には、国道に沿って~線路が走る。

そこを~な、な、ナント1両きりの(全く珍しい)汽車がヒョコヒョコ歩いて(失礼…走って)いた。

その姿に感動して…近くの駅に、寄ってみる。

浜頓別の次の駅は、『豊牛』だ。

周囲を見渡しても~家なんか見当たらないので、一体誰がこの駅を利用するのか…本当に不思議だった。

それでも、自転車が2・3台~駅の傍に置いてあったなぁ…

もうすぐ廃線になるという…「興浜北条の駅」では、何と~下りのみ、2.5時間に一本ということだった。

しかし、駅の壁に貼ってあった“駅長”っていう人は~どこにおんねん!

静か~な…とてももの静かなオホーツク海を左手に、豊牛から少し南下すると~豪快に山が海へせり出している。

道の下には、『北見神威岬』の岩礁があって…静かなはずのオホーツクの海が~激しく寄せては引いていた🎶

この北の大地ツアー前には~『紋別』の地にキャンプをするつもりだった。

台風10号の影響で予定が狂い…ちょっと寒かったこともあって、様々検討した結果~“紋別YH”に…泊まることにした。

ここは、『流氷』が~もろに見られることで…有名らしい。

“小日向駅”っていうStationから来るには…不便なこともあって、ほとんどが車かバイク族で~残念ながら…男ばっかだった。

同室になったのも、何と…O工大3回生の奴ら~Kちゃんのことは、何も知らんかったけど…

しかし、このYHの晩飯は…スープを始めとして~なかなかの美味!

そして~我らの旅はいよいよ中盤へ…





ついに~『エヌサカ原生花園』が見えてくる。

正に、“仰天”の一言!

砂利道の両側に~360度に展開する「地平線」、その原生花園を突っ切る「一本の道」…思わず~天を仰ぐ。

とうとう、“礼文・利尻での悲劇”を帳消しにするような風景に巡り合ったのだ!

やがて~これだけの雄大で素晴らしい風景を醸し出しているにもかかわらず、誰一人として…会うことはなかった。

もちろん、車も1台すら…走っていない。

まして~サロベツのように、売店があるわけがない。

海側の道に迷い込んで、思わぬ『宝物』を発見した。

「最高のRoad』「映画に出てくるような草原」「澄み切った青空」~「その中を突っ切る生命達」…

このような場所は、『永遠の楽園』としておいてほしい。

不便でもいい~俗っぽい建物なんて要らないのである!

長いトンネルを抜け、果てしなく続く『大草原』に出た。

そこには…“過去へのこだわり”も“自分への偽り”もない~ましてや“台風10号”?もなかった。

雄壮な大地には、『真実』のみが横たわる。

今後、時は過ぎ~未来には…再びどんな“トンネル”が待っているかもしれない。

しかし、『エヌサカ』の真実に振れた感動は~心に刻み込まれ…明るい光を放ち続けることだろう!
















久しぶりの晴れた空の中を~久しぶりに、快適に車をかっ飛ばしていく。

一路…『宗谷岬』を目指していく。

いよいよ、その岬が近づいてきた!

「宗谷岬は~知らん内に通り過ぎてしまうぞ…」と、礼文YHの兄ちゃんが…話していたのを思い出す。

みんなで、キョロキョロしていると~左手に看板が立っているのが見えた。

『間宮林蔵渡樺の地』…そう看板には、書かれていた。

我ら6人は~彼の苦労等つゆ知らず、ヒョコヒョコと走り回る。

間宮林蔵渡樺の地を少し行ったところで、やかましい歌は聴こえるわ…派手な看板の食堂や民宿が見えるわ~「こりゃ“礼文YH”の兄ちゃん、すぐにわかりまっせ!」

しかし、もしかしたら…兄ちゃんの情報がなければ~見過ごしていたかもしれない…

“北緯45度31分~東経141度56分”…ついに俺達6人は、日本最北端の地~『宗谷岬』へと到達したのである!

その岬は、三角柱の碑が建っているだけで…どうってことがなかったので~日本最北端の地から数えて、2番目の食堂で…「カレーライス」を食す。

その後…最北端の地での“出会い”を求めていったが、たまたま三角柱の下にいた~千葉出身の女子二人と…記念撮影をして、終わってしまう。

そして、JAPANとCORNAは~何と…サロベツ以上の感動を与えてくれることになる『エヌサカ原生花園』を目指すこととなる!















入院3日目~背中の痛みで、目が覚める。

「とても厳しい状況ですよ…」~DRの言葉が、頭を巡る。

点滴をしているため、朝食は摂れない。

その後~シャンプー等をして過ごす。

そうしながらも…気になるのは『家族』のこと。

そして、待ちに待った“妻”がやってきた!

母が作ったジュースや洗濯物を~持ってきてくれたのである。

そこから、二人でいろんな話をした。

妻は…自分のことをもっと見て欲しかった~と訴えた。

私は…こういう妻の切実な気持ちをわかっていながら、それを言葉や行動に表せなかったのだ!

痛烈な悔恨と反省の気持ちが~込み上げてくる。

場所を変えて、談話室へ。

そこには~60を越えたおじさんが、元気そうに…自分の病気のことを語っていた。

「俺はなぁ~昔“トビ”の仕事をしててなぁ…下で、5~6人働いとったんよ~そいつらに飯を食わさなあかんから、大変や…」

「未だに独身やから、昔から魚町辺りによ~飲みに行ったで…女遊びもメッチャしたしなぁ~」

~等と話しながら、当時使ってたという年季の入った“ベルト”等を見せてくれた。

FC東京とサンフレッチェ広島の試合が…延長に入り、まだどちらにも点が入らないことを確かめながら~トビのおじさんに別れを告げる。

病室に戻った。

再び、妻との会話…

懸命にこちらの『本気な心』を伝えようとする。

はや、夕食が届く。

おかいさんと魚~やはり吐きそうになりながら、口に押し込む。

Time is over…

「もう帰るわね~」と妻。

一人になるのは、切なかったけど…仕方がない。

ただひたすら~彼女と子どもたちの幸せを祈りながら、その背中を見送った。

「いつかは、この本気な気持ちが伝わるよね…」~そう祈りながら…

8月25日~「一体2日間も何をしとったんやぁ…」という思いを胸に、稚内へ。

行きの教訓を行かして…酔い止めを飲んでたので~みんな元気そうだ!

帰りのフェリーは、かなり混んでた行きのフェリーとは~比べものにならないほどの状況だった。

台風のために…足止めをくらったツーリスト達が、一斉に押しかけたのだ!

船室内には~とても入れなかったので、寒い中を…船室に入る戸口で、身を竦めて座っていた。

この寒い中を裸足でウロウロしていた…「香住町の兄ちゃん」と「室蘭から来たという奴」と~知り合いになる。

「北海道で一番よかったのは何といっても“美幌”でしたね~」と教えてくれたのだが、それは一体どこなんやろ…と、全くわかってなかった16くんだった。

台風だったため…我々が、一番心配したのが~稚内に駐車していた二台の車。

どちらの車も、厳しい暴風雨を耐え忍び~我らは…無事再会を果たせた。

さっそく…『宗谷』を目指して~再出発!

スタート後、窓からドーム型の岸壁を発見する。

「何のために~屋根が付けられてるんやねん?」と、不思議に感じていた。

後になって~この岸壁からは、終戦前…“樺太”行きの船が~大量に出航していたのだ。

なお、樺太には~未だに祖国である『日本 』に帰れない人達がいるらしい…何ということだろう~

『オホーツクライン』を稚内から宗谷へ…東に向かう道路からの風景は、素晴らしかった。

左手には~波が激しく打ち寄せてくる“オホーツク”、右手には…起伏の大きな“猿仏原野”が延々と続いていた。

そして~我ら6人は、日本最北端の地…『宗谷岬』を目指したのである!








利尻3日目の朝~祈るような想いで、空を仰ぐ。


風はキツかったが...雨が上がっていて~昨日よりはマシだった。


「フェリーが動いているぞ」~と聞いて、狂喜乱舞!


やっと...やっと...やっと、島から脱出できる。


さっさと用意をし~北国を後にし...フェリーターミナルへと急いだ。


既に、この時を待ち望んでいた“たくさんの人たち”が~集まっている。


抜かりなく~渡って来る前の苦い経験を生かし...国民宿舎で、酔い止めを買っていた。


「こんな島には...もう二度と来るかぁ~」という思いで、利尻最後のPhotoを一枚。


『とらべるまん』というガイドブックは、その辺のものとは違い~本当に旅好きの奴らが...手作りで編集したらしい。


彼らの体験を元にしているので~非常に参考になる。



「まず、第一に...天候には十分注意してください~これはどこの島へ渡る時でも同じですが、2~3日後の天候...つまり、帰りの天候を気にしてください」


「列車やバスは~雨が降ろうが、風が吹こうが...よほどのことがない限り~運休しませんが、船は少しの波で...欠航することがあります」


「そして、それは...3日間くらい続くこともあるのです~おまけに...島で雨でも降ろうものなら、もうアウトでカンヅメ!」


「実際~そんな状況に置かれた時、しばらく...社会復帰ができなくなるような精神状態に追い込んでいくような~YH・民宿がここにはあるんですよ...」


「真面目に北の大地を周りたい人は、ご用心...北海道へ来てそのまま2か月~よくある話です!」



そのとらべるまんの“利尻・礼文”の紹介ページには...こう書かれていた。


さすが、とらべるまんである。


「ここへ来るまでにここを読んでおけばよかった...後の祭りである。


あぁ~『社会復帰』できないよ~