昨晩の飲み会~私自身のNZ行壮行会ということもあり、次々と注がれ…今日はこれまでで最もひどい二日酔い。

頭痛が続き、時折ふらついた。

ギターレッスンだったこともあり、早めに退庁。

通りがかったドラッグストアで、思わず“ロキソニン”を買った。

ターミナルビルで帰りのバス待ちをしてたら、思いがけず高校時代のM先生と遭遇。

同じバスだったので、束の間、いろんな話をした。

そこで、あの時代一緒だったK先生とT先生が最近亡くなったことを聞かされる。

特に、K先生のことは衝撃やった。

K先生は理知的でソフトだったので、(珍しく)好感が持てる先生だった。

授業もよく工夫してくれていて、K先生の地理は寝てしまうことなく興味深く聞いていた覚えがある。

そして、高校卒業後、たまたまバイトしていた百貨店にK先生の奥さんが働いてたので、決定的に身近な存在になっていたのだ。

M先生によると、K先生はとても元気で、老人大学の講師を務めるなど、意欲的に活動していたそうである。昨年出会った時も、学術肌のK先生らしく、まだまだいろんな研究や勉強を続けていきたいと話していたらしい。

持病もなく、普通に元気で過ごしていたが、今年の正月~家族がトイレで倒れていたK先生を見つけた時には、すでに息がなかった。

享年76。

まだまだ若く、あまりにも突然の死だった。
もしかして…と、しんどいながらもそれなりの覚悟と準備を始めていた体だったが、一気に虚脱状態に陥った。

ダメならダメではやくふっ切って下山を考えねばならなかったのだが、力が入らず、次の行動に移れない。

それから~視点も定まらずにボーっとしたままだった。

そのまま、実に1時間足らず…。

時間だけが刻々と過ぎていく。

その様子を見かねたのか…、ダリンシンが近づいてきた。

もちろん、下山の催促をされるんだろうと思ったのだが…、彼ははっきりと私に告げたのである。

「16~Pergi la(ヒロ~行こう!)」
それでも、ここまできて頂上アタックをあきらめ切れない私は~とりあえず、ダリンシンに相談してみることにした。

ちなみに…ダリンシンはほとんど英語がわからないあせる

つたないマレー語で、今からでも頂上アタックに挑戦したい思いを伝える。

思いがけない私からのオファーを聞いたダリンシンは戸惑った感じで…、しばらく仲間のガイドと相談していた。

やがて、彼は協議の結果を困り顔で伝えに来た。

“tak boleh la”(やはり無理だ)。

あーっ、やっぱりダメかぁ…。

ここまで来ておきながら引き返す~そのくやしさが込み上げてきた。
『必ずや頂上に立ってみせるっビックリマーク』

~シルベスター・スタローンになりきってそう強く思ってみたものの、よくよく冷静に考えてみると…、(大きく二つの)ハードルが見えてきた。

その①~他のクライマーは、日の出を見るために午前3時に出発している。今はすでに午前10時。その一行が帰ってきたのが午前9時。往復6時かかっている。今すぐ出発したとしても、再びRaban Rataに帰ってこれるのは早くても午後4:00。それから下山しなければならないことを考えると、時間的に今から登れるのか…。

その②~何といっても自分の体力。残り779メートルではあるが、ここからはロープなしでは登れないほどの急勾配だという。やや回復してきたとはいえ、さっきまでずっと寝込んでいたのである。こんな体の状態で最後まで進んでいけるのか。
実は、NZは今回で3回目(仕事では2回目)。

何といっても、KL時代に行った初NZの印象が強く心に残っている。

それを語り出せばそれだけで大きな“シリーズ”になってしまうのだが、一番の印象は、とにかく自然の景色がたまらなく美しかったということ。

その時、レンタカーを借りて南島を縦断した。

初秋の澄みわたった空気の中、黄金色に色づいた原野を突っ切る道路の上を、ビリジアンブルーのCIVICを走らせていく。

すれ違う車はほとんどなく、渋滞もない。

それでも、何度か大きな白い塊に行く手を遮られた。

それは、なんと…羊の群れ牡羊座

前方に現れては後方に過ぎ去っていく~白亜の氷河を抱えた雄大な山々、その山々を映し出す紺碧の湖、青々とした草を敷き詰めた牧場、白い波しぶきをあげて走る渓流…。

そのどこを切り取っても、最高の絵になる風景だった。

それまでも、そしてそのあとも、~これほど気持ちのいいドライブを経験したことは…ない。
二酸化炭素の増加によりオゾン層の破壊が地球温暖化を引き起こし、日本ももはや亜熱帯気候に突入寸前~って、どこかの偉い学者さんが言ってたよなぁ。

とにかく、そんなこと等全く信じられないほど…寒い。

人間ゲンキンなもので、こう寒いと、あれだけその暑さに文句を言ってた夏が恋しくなります。

その思いが通じたのか…(そんなわけはないけど)近々その『夏』を体験できることが決定。

実は、(仕事で)ニュージーランドへ行くことになりました。

もう何度か事前研修会を行って、一緒に行く人たちとの顔合わせ、必要事項の確認や打ち合わせを着々とこなし、あとは出発を待つのみ…(と言いたいとこですが、荷物の“Packing”が“still not”)。

まぁ、この折角の機会に、KIWI CountryのSUMMER SCENEをレポートしてみましょうメモ
フツフツ…、メラメラ…。

下山の準備をしながら、どうしようもない感情が沸き上がってきた。

「はたして~このまま山を下りてしまってもいいのか」

地獄の苦しみを乗り越えて、標高3322メートルの“Raban Rata”まで辿り着いたのである。

キナバル頂上の標高は4101メートル。

4101‐3322=779

ここであきらめるとなると、昨日の“地獄分”3322メートルは一体何だったのかということになる。

あと、779メートル。

いきなり~脳の中で、『ロッキーのテーマ』が流れ始めた。
おいおい~こんな体調で、この後予定しているボルネオの旅を続けられるのか?

そんなことより、高度3322メートルのこの場所から下山できるんやろか…。

いやいや、果たして3学期を無事迎えられるのか?

それどころか、もしかしてこのままKLや日本の地を踏めずに終わってしまうのではなかろうか…。

どんどん不安が大きくなってくる。

午前8時になって、再びダリンシンがやってきた。

「下山しよう」とのこと。

~「まだ無理だ」と答える。

その時点では、ややマシにはなっていたものの、まだまだ体はキツかった。

少しでも食事を摂っておくことにした。“SABA Tea”(ボルネオ風紅茶)と“Mee Goreng”(マレー風ヤキソバ)を~ほんの少しだけ胃の中に流し込む。

そのわずかな栄養が体に沁みていったのか…しばらくすると、さらに体調が上向いてきた。

そこで、私はゆっくりと荷物をまとめ、下山の準備に取り掛かったのである。
「It's time to attack to the top 16!」~なんと、その死神は私の名前を知っていて、トツトツと話しかけてきた。

果たして…、毛布の隙間から垣間見えたその影は~ダリンシンだったのだ。

すっかり忘れていたが…、予定では、登山二日目の午前2時起床~午前3時出発で、ちょうど『Rising Sun』に合わせて、頂上アタックを行うことになっていた。

そう、ダリンシンは午前3時になっても集合場所に来ない私を誘いに来てくれたのだ。

折角ここまで苦労して登ってきたのに、ここで行かなければ一生後悔するかもしれない…。

~と迷う余地などなく、その時の私は、とてもじゃないけど頂上アタックできるような体の状態ではなかった。

「Attack Cancel」との言葉も声にならず、ただただ首を横に振るだけだったのである…。
どれほどの時間がたっただろうか…。その時、後頭部の痛みを感じて目が覚めた。

一体ここはどこなんだ?

~ここが日本からもKLからも遠く離れたボルネオの地であること…、しかも地上からも遠く離れた標高3322メートルの山小屋であること…、その中で夕食を摂る元気さえなく死んだように眠り続けていたこと~を思い出すまで、かなりの時間を要した。

その間にも、次第に頭痛は激しくなる。

息づかいが荒い。心臓も小刻みに鼓動している。

そして、ついには吐き気をもよおしてきた。

普段何も鍛えてない体を、いきなり酷使したのである。そのハードワークに耐えかねて、体中が悲鳴をあげ始めていた。

その後、ラバン・ラタの固いベッドの上で~苦しみ続けることとなる。

そんな中、不気味な影が近付いた。

ついに現れたか…キナバルに巣くう『死神』ヤロウ!