フラフラと立ち上がる。ロープを握りしめながら5メートルほど進む。倒れ込む。また、フラフラと立ち上がる…。

君原選手のマラソン心得を思い出した(古くて恐縮ですが…)。

「次の電柱まででいいんだ、まずはそこがゴールだと思って走れ」~小さな目標を積み上げて進んで行けという心得。

まずは、何とかあの岩を目指そう。次はあの水溜まりまででいいぞ。今度は、あのロープの切れ目までは頑張ろう…。

この『君原メソッド』を拠り所に、まさにほんのわずかずつ前進していく。

その時、そんな私を根気強く見守ってくれていたダリンシンが、こちらを向いて何事か唸った。

朦朧とした意識の中、彼が顔を動かした方に頭を上げてみる。

これまで、一面に広がっていた岩原は、その幅が急速に狭まってきてて、その間隔を形どる稜線はひとつの点へと伸びていた。

その同じ点へと、もう一本の直線であるロープが続いている。

その3本の線が帰結する頂点に、自分の視点が重なった。

やっと…、やっと見えたぞ~標高4101メートル、キナバル山の頂点、LOWS'PEAK。

が、その時の自分には、その地点に至る道のりが、まだまだとてつもなく遠く思えたのである…。
SAYAT SAYATの小屋からは、ひたすらなだらかな勾配の岩盤が続いていた。

今朝早く、多くのベテラン登山者たちが軽やかな足取りでこのルートを登っていったのだろう。

朝日に照らし出されたこの“岩原”は、天上の楽園の如く美しく輝いていたのかもしれない。

しかし…、昼下がりの太陽にジリジリと照らし出された目前の景色は、どう見ても灰色に染まった“死”の世界であった。

体中のあらゆる箇所から、そのエネルギーがいよいよ“EMPTY”間近であることを知らせてきた。

その場にうずくまってしまう。

「4000メートル級の山をナメるなよ」~左手にそびえ立つキナバル南峰が悠然と見下ろしているようであった。

しかし…、何としても、ここまで来てへたばってしまうわけにはいかない…。

エネルギーの切れかけた体を気力で奮いたたせ、フラフラと立ち上がる。

5メートルも進んだだろうか。

もう次の一歩が出ない。と、次の瞬間、バタッと倒れる。

知らぬ間に、周囲には霧が立ち込めていた。

もしかして、ここはすでに現世ではないのだろうか。

益々霞んでいく視界の向こうに、わずかながら、ダリンシンの背中が見えた…。
相変わらずの“自転車操業”が続いていて、自らを磨く時間もどんどん削られている状況ですが…、昨日は山積みの仕事を土曜廻しにして、英語講座へ~DASH走る人

すでに時間は半分ほど過ぎていて、SIMON先生を中心に場は盛り上がっていた。

話題は『インド』。

“Have you been to INDIA,hiro?”

着席早々、そう聞かれる。

“INDIA”~その言葉を聞くだけで、瞬時にあの想像をはるかに超えた流浪の日々が蘇る。

“How was it?”~Yesと応じたとたん、興味津々に受講生からの質問が飛ぶ。

うーん、2・3時間もらえるなら語れるが、ひとことで表すとなると…難しい。

「驚愕」「混沌」「灼熱」「格差」「動物」「宗教」「沐浴」「感動」等等~様々な単語が浮かんだが(もちろん日本語で)、結局咄嗟に言えた言葉は~“It was really interesting”。

本当は、そのレベルをさらに乗り越えた印象だったことを伝えたかったんやけどなぁ。

と思いきや~自身もインドへは2回行ったことがあるというサイモン先生はその気持ちを汲みとってくれて、interestingを超える単語を教えてくれた。

It was “fascinating”ビックリマーク
久々に、録画してたテレビ番組を見た。

『サンデル教授の究極の選択』。

テーマは“格差”。

恒例の年末年始大激論会でRくんと散々議論してきた内容なので、大変興味深かった。

議論は、「能力に応じた報酬の差は当然か」という投げかけからスタート。

参加者の多くが、社会を活性化させていくためにある程度の競争は必要で、“能力の高い人こそが多くの報酬を得るべき”だという考えに賛成を表明していった。

能力の高い者が裕福になるようにしておかないと、誰も努力しようとしなくなり、人類が進歩しなくなってしまうだろう~と。

…が、ここで一人の学生が疑問を呈する。

「その競争こそが平等に行われていないではないか」。

生まれながらに~かなり裕福であったり、高い教育を受ける環境が整っている人もいれば、その能力を持ちながらも、全くそれを高める環境にはなく、競争のスタートラインにすら立てたい人たちがゴマンといるという現実がある。

ここでサンデル教授はひとつのデータを示した。

日本では、上位1%の人々が日本の富の20%を独占していて、アメリカでは上位1%の人々がアメリカの富の30%を独占しているというもの。

ここから、多くの収入を得ている人たちこそ、その富を税等を通して、社会に還元すべきという意見が強まっていく。

生まれながら裕福ではない人々も、より公平な競争に参加できる社会を目指すため、税金という貢献も非常に大切である~そう認識されはじめた頃、別の観点からの意見が呈された。

「税金の重要さはよくわかっている。しかし、その税金が本当に公平な社会を作るために使われているのかが疑問なんです。税金を集めている人たちが、自らに都合のよいように使ってしまっているのではないか。そんな国家がこれまたゴマンとある。そこへの不信感があるので、どんな形であろうと進んで税金を払う気がしないのです。」

~これまた核心的な問題点である。

特に、かの国…。
先週火曜の“有り得ない夜”から一週間。

今日は午後から半年休をとり、あの夜救急車で運び込まれた病院へ。

そう、ようやく『抜糸』の日を迎えたのです。

「鼻が削げた感じになってますね~。」

あの夜、痛さにのたうってた時、血まみれの鼻を見た看護師さんが、こともなげにつぶやいてたなぁ。

もう、元通りにならへんのではないかと覚悟もしてたけど、鼻は(何とか)ついてた。

麻酔なしでの抜糸だったけど、痛さはほとんど感じず、簡単に終了。

鼻の骨が見えかけている箇所があるため、まだクリームは塗り続けなあかんとのこと。

まだ傷は痛々しいので、マスクは取られへんなぁ。

あさっての送別会で大役をおおせつかってるのに…どうするべ。

まぁ、抜糸が終わったので、一段階としておきましょう。

みなさん、一寸先は何が起こるかわかりませんよ~。くれぐれも慎重にあせる

(それは、あまりにもドンクサイ…きみだけやぁ~。)
ようやく、SAYAT SAYATの小屋にたどり着く。

この小屋で渇いた喉を何とかできると思ってたが、水道菅らしきものは見あたらない。

かわりに、案内板を見つける。

『60min to the LOW'S PEAK』

LOW'S PEAKと呼ばれるキナバルの最高峰地点まで、あと60分…。

あと、60分。あと60分頑張れば、これまでの“地獄の苦労”が報われる…。

ほとんど死にかけている乾いた体に鞭を打って、最後のアタックに踏み出していった。
真夜中1時前、私は病院の処置ベッドの上に寝かされていた。

「16さん、ちょっとチクっとしますよ~ゴメンなさいね」

その若いドクターは、私の鼻に麻酔を打ち、慣れた手つきではがれかけた肉片を縫い合わせているようだった。

いつも通りの夜のはずだった。いつものようにあったかいお風呂に入って、ぐっすり寝ている時間のはずだった。

次の日は、自分が仕切るはずの大事な仕事があった。その日、万全の準備を済ませたところだ。自分が進めているイメージもできていた。そのイメージ通りの明日が来るはずだった。

そんな大切な前日の夜中、一体俺はこんなとこで何をしてるんやろ。果たして、これは現実なんやろか。いやいや、これはきっと、夢にちがいない…。

~このところ全くやってなかったのだが、その夜、ふとジョギングをしようと思いたった。

時刻は午後11時過ぎ。

久しぶりなので、走り始めると、すぐに息が切れてきた。おまけに、“寒の戻り”とかで、めっちゃ寒い。

それでも、だんだんペースをつかめてくる。次第に体もあったまってきて、冷たい夜風が心地好く感じるようになってきた。

大手門から護国神社を過ぎて、道なりに左折。街路樹が美しい歩道を快調に駆け抜けていった。美術館から博物館へ。右側の通りの向こうには、煌々と明かりが灯っている消防署が見えた。

と、その時~確かに“天使の姿”が目に入った。何を思ったか、そちらの方向にコースをかえようとした…その瞬間、顔に激痛が走る。何が起こったのか、全くわからなかったが、体はそのまま後ろにのけ反るように崩れ落ちた。

起きようとしても、その脳からの命令に体が全く反応しない。

顔の中心部分から、どくどくと血が流れていることが感じられた。

ようやく、歩道上に植えてある街路樹に激突したのだとわかる。

朦朧としている意識の中で、私はつぶやいた。

「こんなこと、~有り得へんやろ…」
“悪魔”の囁きを何とか払いのけながら…、ロープをぐいっと握りしめ、そろりそろりとひたすら続いてる大きな岩の壁を周りこんでいく。

やがて、前方に粗末な小屋が見えた。

SAYAT SAYATの小屋だ。

確か、この小屋こそが中間地点だと聞いている。

「よし、とりあえずあの小屋まで頑張ろう…」

周囲を見回すと、もはや、全く草木は見かけない。

生命体の存在を感じない~『死の世界』だった。
まずは、記念碑の正面に広がる海を見渡す。

エメラルドグリーンに輝く海の中に、山(らしきもの)が見えた。

それは、「こんな山があり得るのか」~というくらい“山とは思えない山”だった。

通常の山を、その頂上を上からギュッと押さえつけたようで…、その稜線が、これでもかというくらい限りなく平らになっていて、視界をはみ出るほど長く続いている。そして、その線はまるで定規で描いたように真っすぐで左右対称であった。

それは、ハウラキ湾に浮かぶ『ランギトト島』で、専門的な類型でいうと対称盾状火山錐という“火山”であった。標高はわずか260メートルだが、その幅は実に5.5キロメートルに及ぶとのこと。

この緩やかで優しげな山が火山であることにビックリ。しかし、“ランギトト”がマオリ語で『血に染まった空』という意味だと聞いて、合点がいった。この山は、かつてそれほどの大噴火を引き起こしていたのだ。

昨年のクライストチャーチを襲った地震で知られるようになったことだが…、ニュージーランドは、日本と同じく火山立国。

そのことは、この旅の後半、ロトルアに行って強く実感することになる。
小高い丘の上に停められたバスを降り…、改めてNZの空気を深く吸ってみる。

寝不足で疲れ切った体に爽快感が沁みわたっていった。

その丘の上には、大きな記念碑のようなものが建っている。

その記念碑が水に映えるように池が作られ、その周りには花壇が広がっていた。

その記念碑には、『Michael Joseph Savage』という名前が刻まれている。なんでもNZ労働党初代党首で、歴代の首相経験者の中でも、最も尊敬を集めている人物らしい。

それにしても…、立派過ぎるモニュメントである。

労働者の立場として政治を行ってきたとすれば~、はたして彼はこんな立派な記念碑を望んでいたのだろうか…などと「余計なお世話じゃ」と言われそうな思いが頭をよぎった。

とにかく…、その丘から見渡せる景色は~抜群であった。