だれと話をしなくても~シンさんとは必ず毎日言葉を交わす...そんな仲になってしまった。
シンさんは、JSKLに午前7時からやってきて、明け方7時頃帰っていく夜間ガードマンなのである。
もちろん、公明正大・規則正しい生活を送っておられるJSKLの職員のみなさんの多くは、シンさんの顔さえ知らない。
思えば、私自身も2年前まではそうであった。
が...魔の昨年度を経て、シンさんとはお互い忘れがたい存在となっていったのである。
シンさんは~夜間ガードマンと言っても夜の11時にはゲートを閉めて、(不思議なことに)眠ってしまう。
したがって、夜遅くまでJSKLに残っていたり夜中に何度も出入りする奴は~シンさんにとって迷惑千万な奴なのだ。
昨年度~めでたく自分もその“奴ら”の中にどっぷりつかってしまった。
ふつうだと、そういう奴らはシンさんにいい印象を持たれないないのだが、私は誠心誠意を持って迷惑をかけたため、逆にとても愛想よく接してくれた。
朝、駐車場がいっぱいで仕方なくマイカーをゲートの外に停めた時など、その日の夜仕事をしているとわざわざ私の仕事場までやってきて~“Good evening,sir~おまえの車はブリックフィールド(JSKLの近くにある繁華街)にあるじゃないか~ちょっと車のキーを貸してくれ”と、わざわざ車を移動させてくれたりする。
この間は、夜中の12時~いつものように調子よく口笛を吹きながら仕事をしていると、シンさんがすぐ横の窓からいきなり顔をヌーっと出してきたので、心臓が飛び出しそうになった,,,
シンさんは、インドのパンジャブ地方からマレーシアで働く友人の勧めにより、19才の時にここKLにやってきた。
出身地とその名前が示す通り、シーク教徒で頭にはもちろん立派なターバンが巻かれている。
マレーシアで同じパンジャブ地方からやってきた女性と出会い、インドに帰って結婚式を挙げたそうである。
その後再び来馬し、何回か里帰りしながらも37年間マレーシアの水道局に勤めた。
最近までガードマンの仕事を同時にしていたが、さすがに体がキツく昼間の仕事を辞めたそうだ。
JSKLのガードマンを始めて~10年。
現在、シンさんは57才だということであった。
マレーシアでは2人の子どもをもうけ、息子は現在MAS(マレーシア航空)の従業員、娘はロンドンでlower(弁護士)をしているというからなかなかのものである。
2年前にはよくブミプトラ政策(マレー系優遇政策)の批判をしていたが、最近はその矛先がインド政府に向かいつつある。
パンジャブ地方は、うまくいけば年に3度も米が収穫できるとても肥沃なところだけど、インド政府はこの地方を目の敵にして痛めつけているという。
パンジャブ地方に水を供給いていた川にダムを作って、他の地方に水を流してしまったんだ~と声を荒げるのである。
今~パンジャブ地方が直面している難問題は、やはりマレーシアに住んでいるシーク教徒にとっても、最大の関心事なのである。
日本人の印象は?と聞くと~「とてもいい、紳士であるし尊敬に値する」と言ってくれたシンさん。
シンさんもお世辞を知っているのであろうか...
ガードマンのシンさんとは~夜中によくインドの話をした!












