時間割表からわかるように~小2の授業科目及び各教科の授業時数は、小1と全く同じであった。
小2の教室は、小1のそれに比べて~教室環境が整っている。
マレー系女の先生が入ってくると~子どもたちは、起立をして挨拶をした。
1時間目は、算数の授業のようである…
机は~一斉授業の隊形であるが、前の教師用の大きな机の横にひとつだけ児童用の机が置かれていて…男の子が一人ポツンと座らされていた。
理由を尋ねると~答えは明解であった。
「Because he's naughy」
小1の先生は、授業で英語も使っていたが~小2ともなると…先生が使っている言語は
全てマレー語であった。
しかも~口調は、かなり厳しい。
そもそも、マレーシアの学校ではいつからマレー語を使わなければならなくなったのであろうか?
マレーシアは~もともとイギリス植民地であったので…その時は、英語を使ってもよかったはずである。
その点を尋ねてみた。
マレーシアは、その独立を機に~マレー系の人たちが中心の国家であることを強く打ち出すため、1970年に全公立学校で~マレー語の使用が義務づけられた…とのことであった。
実際今でも~マレーシアのあちこちで『BAHASA KITA BAHASA MALAYSIA!(私たちの言葉はマレー語だ!)』~という“マレー語を大切にしよう”というスローガンをよく目にする。
実は、このタマンデサ小学校での現状でも一部見られるように~この ブミプトラ(土地の子)と言われる政策は…中国系マレーシア人の間に深刻な悩みを突きつけてしまっている!
すでに述べたように~中国系の人たちの“Mother Language”は、言うまでもなく中国語(クアラルンプールであればそのほとんどが広東語)である。
そして、彼らの第二言語はマレー語ではなく~商売で欠かせない“英語”なのである。
中国系の人たちにとって、マレー語はほとんど必要ではなかったし~使ってもいなかった。
そんな状況の中~マレーシアの公立学校で、英語からマレー語使用への転換な義務づけられたのであるから…大変である。
マレーシアの暮らしに満足している中国系の人たちからでさえも、この点についての悩みと不満は~よく耳にした。
マレーシア国立大学でも実は同じで~入学試験がマレー語で行われるため、裕福な中国系の子弟の多くは、イギリスやオーストラリアの大学への留学を余儀なくされている現状である。
この辺りの事情は~今のマハティール首相がかつて『マレージレンマ』という本を出版していたりして、事情は複雑かつセンシィティブらしい…
さて、小2の先生は~円が6つ描かれたプリントを配付した後、黒板に大きく「半分の量について」という題を書き…今からやっていく作業について、“マレー語”で説明し始めた!
下記のような板書の下に円を描き、中に「1」と書き入れた。
その円を半分に切った半円をふたつ描いて、それぞれ1/2と書き込んだのである。
小2にして~1/2という“分数”を扱うことにおどろいた!
『半分の量』を円の大きさを使って、具体的に体得されることが~これからの作業の目的であるらしい…
ひとしきり先生の説明が終わった後、いよいよ作業に移っていった。
まず、子どもたちはハサミを持って~配られたプリントに描かれた円を…ひとつずつぎこちない手つきで切り抜いていった。
左手でハサミを持っている子どもが~やたらと目につく。
切り抜けた子どもからひとつの円を半分に折り、その折り目に沿って切ることで~半円を作っていく!
何事も感化されやすい私は~来馬してほどなく.自分の技術も顧みず、“YONEX”のバドミントンラケットを購入していた。
もちろん~今年流行の『カーボンシャフト』である。
第2日目...タマンデサ小学校の校門をくぐると~いちはやく私の姿を見つけ、子どもたちが寄ってきた。
「バドミントンをやろう!」~というのである。
ふと辺りを見回すと~もう校庭では、所狭しと...みんなバドミントンに興じている。
ただの校庭であるから...ネットがあるわけではないが、地面に引いてある線などを利用して~自分たちなりに勝敗を競っているようである。
さっそく~私もその中にまじって...子どもたちの挑戦を受けることにした。
相手が子どもだからと思い、たかをくくっていたことがわかるまで~時間はかからなかった。
小学1年生の子どもさえ~はっきり言ってメッチャ強い!
さすがは、『シデック兄弟(プロのバドミントン選手でマレーシアのスーパースター』を生み出した国である。
“バドミントン アズ NO.1 イン マレーシア”を再々認識した。
8:30頃~『プリフェクト』が音頭をとって...クラスごとに集合し始めた。
何度も言うが...マレーシアの学校で、先生が大声を出して子どもたちを指導することはほとんどない。
全体の場で~整列等を仕切るのは...全て高学年のプリフェクトである。
プリフェクトの選出方法(教師が選ぶ)には疑問が残るが、自らの手で学校のことはやっていこうという姿勢には~大いに“学ぶべきこと”があるのではないかと思う。
全校生が整列を終えた所で、学校に一台しかないという貴重なテープレコーダーから~奇妙な音楽が流れ始めた。
「何事が始まるのか」と見ていると、何のことはない~男の先生が前に出て...子どもたちと一緒に『体操』をし始めたのである。
まず~手をぐるぐる回し、首の運動に移っていった。
そして...いきなりその場での“かけっこ”が始まった。
このかけっこの時間が案外長く、だんだん足の回転が速くなり~前の男の先生も、「Lagi Lagi(もっともっと)」と声を出して、盛り上がっていった。
最後は~やはり深呼吸である。
それにしても...BGMの音楽は~全く体操をしているリズムに合っていない。
とにかく...深呼吸の後、全員そろってそれぞれの教室へ入っていった。
小学2年生は~2クラスあり、私が参観させてもらった方は...男子8人女子12人計20人のクラスであった。
ちなみに...全員中国系の子どもたちである。
まず、このクラスの時間割を確認しておこう!
とにかく~このBM(マレー語)の授業が午後1時過ぎに終わり...子どもたちは挨拶をした後、いきなり帰っていった。
マレーシアの公立学校は、毎日半日授業で~しかも...完全週休2日制である。
マレーシアでは~まだ学校数が少なく、教室が足りないため...多くの場合、一つの学校を「午前」と「午後」の部に分け~異なる児童・生徒が同じ教室を使うようにしている。
すなわち...必然的に半日授業制しか成り立たないのである。
その半日を一体どの様な時間割にしているのだろうか?~さっそく尋ねてみた!
マレーシアの公立学校では~どこでもこの様な素敵な壁画が描かれている!
日本の学校の時間割と比べながら~考察してみよう!
① 何といっても~マレーシアは…完全週五日制(週休2日制)だということである。日本もやっと、1996年度から第2第4土曜日が休みになったが~まだ“完全”になるまでには道は遠いようだ。
② タマンデサスクールでは~全学年が、昼までの授業である。これは…学校の絶対数が不足しているため、多くの学校では、「モーニング・スクール」と「アフタヌーン・スクール」の二部制が採用されていること起因する。
③ 授業が午前(午後)だけのため~マレーシアの学校では、昼食を手で食べる必要がない~すなわち...日本のような給食制度はない。
④ 何と~マレーシアの学校には...『リハット(おやつタイム)』以外、授業と授業の間の休憩時間がない。チャイムもならず~ほとんどの場合...子どもたちはトイレに行きたくなった時、授業中でも勝手に行っていた。
⑤ 午前中~長い中間休みがあるのは同じだが...マレーシアの学校では、この時間を“おやつの時間”として設定している。
⑥ マレーシアの学校では~何とそうじの時間がない。朝登校した時に...簡単なゴミ拾い程度のことはしているようだが、本格的なそうじは...全て業者が行っている。
⑦ マレーシアの学校は、「朝の会」の時間がない。小学校から教科担任制なので~それぞれの授業担投教師が教室にやってきて、いきなり授業を始める。出欠確認も~それぞれの教科担当が行っているようである。月曜日のみ~全校生が校庭に集合して集会を行うことが位置づけられていたが...他の曜日も朝校庭に集まって...簡単な体操や連絡を行っていた。
⑧ 「帰りの会」もない。その日~最後の授業が終われば...そのまますぐ帰る。宿題等は...それぞれの授業中に出されている。“PREFECT(委員長)”が決められている以外、係活動はないようだった。
⑨ マレーシアの学校では~何と「モラル(道徳)」の授業が...毎日ある。中国系・インド系の子どもたちは、この間に普通の社会規範を学ぶのであるが~マレー系の子どもたちは、別室で『コーランの教え』を学んでいた。実に~イスラム教国らしい(1年生のモラルの時間にコーランを学びに行く子どもがいなかったのは~このクラスはすべてが中国系の子どもだったからである)。
⑩ マレーシアの公立小学校の子どもたちは~“マレー語”と“英語”の2つの言語を学ぶ。生活環境も影響しているが...ほとんどの子どもたちが...『バイリンガル』だ。
⑪ 何と~マレーシアの1年生のタイムテーブルには、「理科」も「社会」も「生活科」もない。
⑫ 学級活動の時間もないが、『KK』と呼ばれるレクリェーションの時間が~それにかわるものだろうか。
比較考察の②で述べたように~このタマンデサ小学校は...“アフタヌーンスクール”がないので、先生たちも午後の先生と交代するため...あわてて下校する必要がない。
この日は、職員会があるというので~参加させてもらった。
スタッフルームに集まってきた先生たちを数えてみると~全部で25人で、うち8人が男だった。
さぁ、我がJSKLの職員会のように“熱い議論”が戦わされるのかな~と期待していたが、見事にその期待は裏切られ...校長先生が一方的にしゃべるだけだった。
わけのわからない~マレー語を聞いていると、いつしか私たちの意識は薄らいでいってしまったようである。
ふと~我に返った時、何とザイン校長先生が目の前に立っていて、やさしく言ってくれた。
「今日は~もう帰ってええぞ!」
午前中授業だけとはいうものの~子どもたちは頑張ってるよ!
11時40分にモラルの学校の先生が去り~11時45分にBM(バハサ・マレーシア=マレー語)の先生が登場!
マレーシアの公立学校にリハット以外の休憩時間は...位置づけられていないようだが、この教科担任の交代で生じる~わずかな時間が、子どもたちにとって“憩いの時”になっているようである。
もっとも~この時の憩いの時は...モラルの時間から、ず~っと続いていた。
...とその時、子どもたちのざわめきを一瞬に鎮めてしまう出来事が起こった。
何と~このBMの先生(マレー系の女の先生)は、手に持っていた木製の1メートル定規を...子どもの机にたたきつけたのである。
まさに~“水を打ったように”静寂になった教室で...そのマレー系の先生は、やはり黙々と何やら絵を描き始めた。
...3種類の服である。
次に~それぞれの服が「どんな民族の何という名の服か」を...子どもに問いかけた。
その間も~この先生は常に1メートル定規を手放さずに...驚いたことに、この先生も態度の悪い子どもをその定規でたたきまくり始めたのである。
異国人である私が...参観しているにも関わらず、何ら悪びれる様子もなく~子どもをめがけて定規を打ち下ろしていく様子から、“体罰も教育手段のひとつ”と認識されているようであった。
「こうやって~たたくから子どもたちは怖がって言うことを聞くんですよ...もしたたかなかったら、言うことを聞かないんです」~やっぱりここでもミセス・リムの言葉が思い返される。
“Baju Melayu(マレー服)はバジュクロン”“Baju India(インド服)はサリー”“Baju Cina(中国服)はサムフー”~と子どもたちのやり取りの中から、それぞれの民族衣装名を明らかにしていった。
三民族による~『複合国家』マレーシアの状況が、授業の中にも出現する。
次にBM(マレー語)の先生は、子どもたちにノートを配って~黒板と同じように「服の絵」をと「衣装名」をノートに書いていくよう...指示をした。
子どもたちが作業を始めてからも~この先生の強権ぶりは、留まる所を知らなかった。
作業が滞るスキを見つけて、バシバシ竹定規でたたきまくっていった。
さらに~態度・姿勢が悪い子どもは、前のシートへ連れ出していく。
ここで...妙なことに気が付いた。
この先生が冷静に授業を進めている時には~マレー語を使っているが、気持ちが高ぶってきている時には...英語を使っているのである。
「私たちマレー語の教師は...特に気を付けて“National Language”であるマレー語を使うようにしているのですが、子どもたちにすぐこちらの指示をわかってもらいたい時等は~ついつい英語になってしまうのですよ」~と、このBMの先生が話してくれた。
ここにも~『複合国家』マレーシアの顔がのぞく!
美しいバジュクロンを纏った女の先生は~その服とは裏腹にメッチャ厳しい!
余談であるが~こちらでは、数字の七を書く時...「
」と書かずに「7」と書く。
これは、マレーシアに限らずに周辺の国もそうであった。
「7」だと「1(いち)」と間違いやすいのでは...と心配してしまうのだが、それはその通りであるようで~「1」と区別するために「
」と書く人が多い。
算数の先生が~一人一人を見回って...指導していく間もなく~時間がきてしまったようで、「テレマカシ・チグ(ありがとう・先生)」のあいさつもそこそこに、教室をあとにした。
やはり~休憩時間はなかった!
次の授業の先生が...やってくる。
マレー系で、女性の先生であった。
それにしても~「ほんまに小1から『教科担任制』なんやなぁ」。
この先生は...何の説明もなしに黒板になにやら書き始めた。
さて~子どもたちはと見ると、何と次の授業が始まっているのにも関わらず...必死でさっきから算数の問題を書き写していた。
聞いてみると...ローカルスクールの1単元は30分授業だそうで、時間不足は無理からぬところ.と言いたいところではあるが~この先生は、「はよ書け」と促すことさえあきらめて...ついに黒板に書いたことを説明し始めた。
『モラル(道徳)』の授業であるらしきことがわかってきたのだが、はっきり言って~授業になっていない。
子どもたちは...話を聞かずに算数をしとうし、算数が終わってしまった子どもさえ~勝手なことをしているのだ。
“ざわざわ”と話をするどころか...ついに立ち歩き始めるようになり~さらに驚いたことに、とうとう子ども同士の「けんか」をし始めるに至ったのである。
授業中、しかも先生の目の前でけんかを始める子供たちも根性があるが...そのけんかを無視してマイペースで授業を続けるチグ(先生)は、もっと根性が座っている。
まさに~無法状態の中で、この先生は板書したことを一斉読みさせ...さらに視写することを指示したが、それに従っているのはほんのわずかな子どもたちであった。
その一部の子どもたちが視写(もちろんマレー語)している様子を観察していて~気になったのが子どもたちの鉛筆の持ち方。
とても書きにくそうにしているの子どもが、多く見られた。
そういえば~来馬以来...どうもマレーシアの人たちのペンの持ち方が気になって仕方がない。
何というのか...手首を上の方からからまわしてきて~書きにくそうにペンを自分の方に向けて書いている人が多いのである。
そう言えば~日本の学校なら1年生の教室には...必ず貼ってある“えんぴつの持ち方図”も、この教室には見あたらない。
学校では...特に鉛筆の持ち方は指導してないのだろう。
ともかく~雑然とした雰囲気は回復されないままに...モラルの授業は終わった。
そんな『モラル』の時間に、どんな「モラル」を学習したんやろなぁ???
子どもたちの鉛筆の持ち方が~めっちゃ気になる!
大型トラックのことを~ここでは『ローリー』と呼ぶ。
マレーシアでは、できるだけたくさんの“ライセンス”を得ておきたかったので...さっそくローリーの免許取得にも挑戦することにした。
昨日~初めて『ミスター・アーフー』という中国系の人から教習を受けたが、この教習が...半端やない!!!
何の説明もなしに~私をでっかりローリーの運転席に座らせるやいなや...「Let's go out!」と何と“公道”に出ようとするのである。
「This is my first lesson」と必死で伝えても...「おまえは普通免許があるだろう~Let's go!」と。
生まれて初めて大型トラックを運転した瞬間~“路上教習”である。
ちなみに...この国は、教習所にお金を払って申請さえすれば~どんな種類の乗り物であっても(何の実技講習もなしに)『仮免』がもらえます...
いやに高い運転席で~必死ででかいハンドルを握り、乏しい英語力で運転方法を聞き取り...入りにくいクラッチレバーを操作していた時、何と彼は「フェデラル・ハイウェイに入れ!」との指示。
おいおい冗談やないで~
...で、命からがら教習所に帰ってきて(教習所と言ってもただの土の広場で日本のようなミニコースや信号なんて作ってない)、「車庫入れ」「坂道発進」等~全ての試験科目の練習を第一回目のレッスンでやってしまったのでした。
さて~大型トラックの免許取得費用は...335リンギ(約1万6750円)です。
日本では、いくらかなぁ~
イスラム教の国に来て~まさか『バクチ』ができようとは、夢にも思わなかった。
OGハイツから車を飛ばして...約一時間~六甲山のようなワインディングロードを駆け上ると、突如として山の中に不気味なネオンが浮かび上がる。
辺りの空気は~けっしてマレーシアとは思えない程ヒンヤリしていて、霧で道路がよく見えないほどだ。
ゲンティング・ハイランドのホテル内にある“カジノ”は、前に来た時と同じ様に~多くの人たちでごったがえしていた。
カジノの入り口には、ガードマンが目を光らせている。
~ここでは、「正装」でなければ中に入れない。
一歩そのカジノに足を踏み入れると~そこはまさに別世界(like ラスベガス)!
『ルーレット』『バカラ』『ブラックジャック』『スロットマシン』等に群がる人々の目には、もはや“MONEY”しか目に映っていない。
「今日こそは、前回できなかった“ブラックジャック”をやってみるぞ!」
ちなみに~このカジノには外国人専用のルームがある。
そこは、マレーシアの人たちは入れない。
入り口では、厳重な身分チャックが行われている。
最初、この部屋のブラックジャックテーブルをのぞいたが~何と一勝負のレートは、最低100リンギ(約5000円)だ。
テーブルは~シンガポーリアンらしき人たちが占領し、マレーシアではめったに見られない1000リンギ札(約5万円札)が束になって飛び交っている。
彼らは、なんと~5分か10分の間に...20~30万円単位のやり取りを繰り返していた。
やはりただものではない~レベルがちゃあうべ。
とてもやないけど、そんなグループには寄れないので~ローカルルームに引き返した。
ここでは、ブラックジャックの最低レートが25リンギ(約1250円)だ。
最初は~非常に慣れているHさんの後ろに回って賭けた。
人の勝負に、自分の掛け金を預けるのである。
あっと言う間に~100リンギが200リンギになった。
隣の席が空いたので...いよいよ自分で勝負を始めた。
チャイニーズのお姉さんのカードさばきは~見事なもんである。
「スレンダー?(降りるか?)」「インシュランス?(保険をかけるか?」「ステイ?(もうカードは要らないか?」等のバクチ用語が飛び交う。
高校の時~初めてパチンコをした時の興奮が甦ってくる。
でも、今度は機械相手ではなく~人との勝負である。
浮き沈みを繰り返し...結局、100リンギ勝ったに留まった!~その100リンギもスロットマシンの機械の中に消えてしまったが...
この調子でいけば~一体、3年間でいくら負けてしまのだろう(今のところは25リンギとかわいいもんだが...)
しかし~敬虔なイスラム教国であるはずのマレーシアでの『別世界』を覗いてしまったことで...この国の正体が、またわからなくなってしまったのです!
マレー半島のみの~月当たり平均家計所得は...「マレー系:384リンギ(約2万1千円)」「インド系(約2万1千円)」「中国系(約3万8千円)である(1984年調査『わたしたちのマレイシア』より)。
Mr.Chong(英語レッスンの先生)によれば~現在の公立学校新任教諭の給料が、およそ500リンギ(約2万8千円)だそうである。
KLに住んでいれば~とても信じられない数字だ!
いくら物価が安いといっても...ヤオハンでは、大体全て日本の5~6割安といったところ。
ナイトマーケットや朝市だとかなり安くなるけれど~それにしても、このコンドミニアムの家賃は...『2300リンギ(約11万5千円)』やで~。
やはり~貧富の差はとてつもなく大きいのだろうか...
ともかく、この安い人件費のおかげで~日本人はアマさん(お手伝いさん)を雇ったり、贅沢な英語の個人レッスンができたりするのだろう。
日本人は~安い労働力のみを求めてマレーシアに来ているのだろうか?
詳しい事情はわからないが、日系企業が労働組合結成と全国労組への加盟を認めず~スト参加の千人をを解雇したというニュースを読んだ。
やがて~マレーシアの人たちの労働意識が高まり、韓国・台湾のように人件費が上がっていけば...日本人はいとも簡単にマレーシアを去っていくのだろうか。
ちなみに~KLの物価は...日に日に確実に上昇し続けている。
【参考資料(マレーシアでの基準人件費)~1990年当時】
《アマさん》
・住み込み:月額450~600リンギ(約2万2500円~3万円)
・通い :週5日で300リンギ(約1万5000円)前後
《英会話個人レッスン》
・Ms.Peggy:週1時間90リンギ(約4500円)
・Mr.Chong:週1時間100リンギ(約5000円)
・Mrs,Chales:1回45分12リンギ(約600円)
もう一度~自問自答してみる。
もし、学校で...突然何の紹介状も持たない外国人が、「何日間か授業を含めた見学を自由にさせてもらいたい」と申し出てきた時~果たして認めてもらえるだろうか?
我々は~緊張した面持ちで、ザイン校長先生に事情を説明し...『是非一週間余りの間、この学校で共に過ごしたい』旨を伝え、レターを手渡した。
“O.Key!”
しばらく眉をひそめて手紙に目をやっていたザイン校長先生が、笑みをたたえて顔を上げ~我々に返事をくれた。
断られるか「マレーシアの教育省に話を通して来い」と言われるだろうと覚悟していたので、頼んどきながらも~その懐の深さに驚かされたのである。
相手の都合とこちらの夏休みの日を調整し、8月3日から受け入れてもらうことにした。
その朝、『教育実習生』として初めて実習校を訪れた時の気持ちを思い出しながら~タマンデサ小学校に向かったのである。
【小学一年生(8月3日)】
「どうぞ~希望する学年のクラスに入って、自由に見学してください!」
とりあえず、一番に挨拶に行った校長室で~ザイン校長先生は相変わらずやさしい言葉をかけてくれて...我々を職員室に案内してくれた。
日本の学校の職員室と違って、その部屋の中には机が置かれているだけで...何かしたガラ~ンと殺風景な印象を受けた。
「面白い」~と思ったのは、先生たちの机が箱型に並べられていたこと。
一応ザイン校長先生がホワイトボード前の中心位置に座り、後は学年ごと専科ごとに固まって順に机を並べているようであった。
ちなみに~今日の予定を示すものは、ホワイトボードには書かれていなかった。
やはり...その日を予定をこれでもかとくわしく書く制度は、日本の職員室独特のものなのだろうか。
ぞくぞくと~職員室に先生たちが出勤してきた。
マレー系の女の先生が多いことが、一目瞭然としていた。
彼女たちは...バジュクロン(マレー服)に身を包み、色とりどりのチャドルを被っていた。
職員室の後方にある机を与えられ~「職員朝会があるのかな?」と身構えていたのだが、7時45分を知らせる“ベル”が鳴り響いた。
先生たちは~そのベルを聞くとそれぞれの椅子からすくっと立ち上がり、職員室から次々と出ていく。
ふと外に目をやると~子どもたちも一斉に教室を後にしている。
先生の一人が、「月曜の朝は“Perhimpuan”なのです~校庭に行きましょう!」~と声をかけてくれた。
Perhimpuan?
何なんだそれは???
とりあえず~我々も急いで校庭に向かった。
マレーシアでは...校庭と運動場は違った概念であるらしい。
マレーシアの学校には~必ずサッカーができる広い芝のグランドがあるが、そこはあくまでも運動場であり運動以外のことでは使われない。
そして、彼らは運動場の他に...アスファルトで固められた校庭を持っていたのである!
職員室の様子~机が口の字型に並べられている!















