コミニケーション能力が低いので~語彙を増やしたいと、特に日常生活の中でよく使う言葉を…絵入りのカードでどんどん覚えていくようにしました。

無論、ドッジボール場面でよく使う~ローカル的な言葉やルールも確認しながら、写真で覚えていきました。

聴覚短期記憶も弱いので…『スリーヒントカード』を並べ、三つのヒントを言います。

また、ある程度の短い文章を聞かせ~その内容に対する問題を出し、正しく答えられるか…という『お話聞きとりチャレンジ』も行いました。

慣れてきたら~ドッジボールの場面を設定した文章を作ってから、“上手く覚えらたか”“どこで集合しようと言ってるか”…聞き取る練習をしています。

コミニケーションの~アウトプット及び表現に関わる力も高めていこうと、一つ一つの場面を言葉に直して表現していく練習もしていきました。

色々な場面に慣れてから…ドッジボール場面の写真が~どんな場面なのかを言葉で説明する練習をしました。

聞かれたことを的確に返せたかどうかを~一緒に振り返るために、筆記による『鉛筆でおしゃべりチャレンジ』を行いました。

2年生の時はちぐはぐだったり~「わかりません」「知りません」という言葉が多かったのですが~3年生になって…割と的確に返せるようになり、返せない時は~どういう言葉がいいのかを話し合い、正しく直してから『ロールプレイで練習するようにしています。

日常生活の場面から…ドッジボール場面を設定してのやり取りの練習も行いました!
今回取り上げる児童は…通常学級に在籍している3年生の男の子です。

『学習障害』『ADHDの中でも不注意優勢型』『広汎性発達障害』~の三つの診断を受けてきました。

この児童は…様々な課題があり、学習面・行動面・対人関係面等の支援を行っていますが~今日は「対人関係を築くためのアプローチ」に絞り、まずアセスメントから指導目標を設定したことについてお話します。

WISC-3の検査を行い、私なりにこの児童の認知特性をまとめて~対人関係における目標を“友だちと一緒にドッジボールに参加し楽しむようになることを目指していく”…と設定しました。

まず、「関心がないことに注意を向ける」ということで~苦手なことでも…車のことが関係すると頑張れることがわかってきました。

ルールがわかりにくいので、より丁寧な説明を心掛けていますが~手順は写真配列を使って理解させるようにしています。

この児童は…絵画配列が得意で~スムーズに並べ替えをして覚えられます。

ドッジボールの手順も、それぞれの場面の写真を使って~並べ替えることで理解させました。

この児童は…ルールについては、知識より体験で身に付けやすい特性があるとわかってからは~どんどん遊びの場に参加させるようにしています。

視覚的な場面理解はできやすく…絵さえあればどんな場面かわかるので、通級指導教室では~意図や読み取る力を高めるために、『ふきだしチャレンジ』を行っています。

最初は、手掛かりになる言葉を準備し~“どの言葉が入るかな”…と選ぶことから始めました。

それに慣れると~手掛かりなしで日常場面の絵を示し、一緒にか 考えました。

それにも慣れると…長期目標が“ドッジボールができる”だったので~実際に様々なドッジボール場面を写真に撮り、友だちがどんなことを言っているのかを考えていきます。

コミュニケーション力がどうしても弱かったので、語彙を増やすために~特に日常生活の中でよく使う言葉を、絵入りカードでどんどん覚えていくようにしました。

無論、ドッジボール場面で使うようなローカル的な言葉やルールも~写真で確認しながら覚えていきました!



小学校2年生の道徳教材に~『いたいやんか』という資料が掲載されている。

足かけをされ、こかされたゆうちゃんをみんなが笑っている中で~“ぼく”はゆうちゃんに寄り添い…震えながらも、『やめたって~いたいやんか』と、思わず叫ぶ。

ゆうちゃんは、そんな“ぼく”に感謝し~二人は心を通じ合う…という話だ。

この話を聞かせると~足をかけた子どもが「不正義」で、ゆうちゃんに寄り添った“ぼく”が「正義」であることを…2年生の子どもでさえすぐに理解する。

さらに少し話し合いを進めていくと、周りで笑っていたみんなさえも「不正義」であることに気付き~ゆうちゃんにも“ぼく”のような強さを持ってほしい…さらには、自らも“ぼく”のような強さを持ち得たい~と願っていく。

「正義・不正義」という価値視点だけでこの資料を捉えていった場合~誰もが迷うことなく容易に、しかも正しく価値判断ができるのである。

しかし、実際のいじめ問題や差別問題等を検証していくと~その価値視点だけでは解決できない…より深刻な現実が浮かび上がってくる。

資料の中で~“ぼく”はスーパーマンの如く登場しているが、漫画の世界ならともかく…実際には、一人の人間である。

さらに、現実の世界では~“ぼく”が勇気ある行動を取った後、「めでたしめでたし」では終わってしまわない。

すなわち…多くの場合、今度は紛れもなく“ぼく”がいじめの対象になるのである。

こかされたゆうちゃんを見て笑っていたみんなの一人一人の心の中には~「正義」追求しようとする気持ちもあっただろう。

しかし、この時彼らが~“ぼく”のように振る舞えなかったのは…笑って見ているだけだったのは…もうひとつの「利益」という価値が心に大きく登場し、「正義」という価値を飲み込んでしまったのである。

ただ「正義」を選択したということではなく…悩みながら、震えながらも~自らがいじめられるという大きな「不利益」をも承知の上で、「正義」を貫いていることに気付いた時…初めて“ぼく”のとてつもないすごさとすばらしさが理解でき、この教材の学習が自らの生活実践に生かせるのではないだろうか…
スピルバーグ監督が制作した『シンドラーのリスト』という映画を観て~久々に身震いするほど心を揺さぶられた。

第二次世界大戦中…ナチスはユダヤ人を徹底的に差別し、迫害し、ついには大量虐殺に及ぶ。

そういう状況に直面し~最も自らを問われたのは、当時のドイツ人だったのではないかと思う。

自分の目の前で行われていく恐ろしい「不正義」に対して、どう考えどう行動するのか…

単独の価値軸だけで判断することができるならば~多くのドイツ人たちは、目の前の「不正義」に対し…毅然と異を唱えていったであろう。

しかし、現実には彼らの目の前に「利益・不利益」という価値軸が存在し~「正義・不正義」の価値軸と正面からぶつかり合っていた。

「不正義」を受け入れるということは~自らの生命、立場を保証されるばかりか…もしかしたら、ユダヤ人が保有していた大きな権益が転がり込んでくるかもしれない~ということであった。

逆に~「正義」を選択するということは、当時の巨大な「不正義」であったナチスに歯向かっていくことであり…それは自らがユダヤ人と同じように差別され迫害され、さらには命を失うという~とてつもない「不利益」を選択するということだったのである。

その多くは惨殺されてしまったが~“シンドラー”をはじめ、当時のドイツ人の中には…この恐ろしく厳しい状況の中でも、「正義」を選択した人がたくさんいたことに驚愕し~心から感動してやまないのである…
日本軍がハワイの真珠湾を攻撃したことは~あまりにも有名であるが、それよりも数時間早く…日本軍がマレー半島のコタバルという場所に上陸を開始したことは、あまり知られていない。

コタバルにある小さな漁村で、ホームステイをさせてもらったことがある。

その“サカリア”家は~4人家族で、アーヤ(お父さん)は…朝早くから南シナ海へ粗末な船を漕ぎ出していく。

暮らしは決して楽ではなく、アーヤが出かけた後~アーマ(お母さん)と子どもたちは…夜遅くまで働き詰めの生活が続いていた。

そんな中でも~彼らは快く私を迎え入れてくれて、言葉も満足に通じない異邦人のために…精一杯の心尽くしをしてくれたのである。

彼らと生活を共にしていて驚いたのは、そんな厳しい暮らしの中でも~しっかりと自らの生き方を貫いているということであった。

アーヤが漁に出かける前…サカリア家は、必ず村のモスク(イスラム教寺院)へお祈りに行く。

彼らは、一日5回のお祈りを欠かさない。

食事は必ず右手を使って食べ~左手との役目を厳格に区別する。

豚肉は食べず、その他の肉も“ハラル”と呼ばれるお祈りを終えたものしか口にしない。

年に一度~“ハリラヤプアサ”と呼ばれる時期には、何と一ヶ月に及ぶ断食をしたりするのである。

決して消極的な姿勢ではなく…自ら胸を張ってコーランの教えや自分の考えを語り、それを実践していこうとする彼らの毅然とした態度からは~己の生き方に対する自信と誇りさえ感じた。

どんな経済的な豊かさ(「利益」)を突きつけられても、周囲にどんな厳しい事態が発生しようとも~もしそれが彼らの「正義」を侵すものであるならば、彼らはきっぱりとそれを拒否していくに違いない。

自らの考え方、生き方を貫いていくに違いない。

そんな強さが~ひしひしと伝わってきたのである。

そこで…私は再び自分の生き方を問われたような気がした。

果たして、自分にはどんな厳しい状況の中でも~どんな「利益」を突きつけられても、しっかりと最後まで貫いていけるものがあるのだろうか…と。
世の中には様々な価値が存在し~人はそれぞれそれらの価値と向かい合いながら…それまで生きてきた過程で培ってきたあらゆる要因をもとにして、自分の考えや行動を決定する。

そして~その決定こそが、その人にとっての“生き方”となっていく。

例えば、「利益・不利益」という価値と「正義・不正義」という価値軸がある。

単独の価値軸で考えた場合~誰もが「不正義」よりも「利益」を選択し、「不正義」よりも「正義」を選択するだろう。

全ての人の中には、「利益」を追求しようとする心も~「正義」を追求しようとする心も存在しているのである。

しかし、一人一人の生き方が真に問われるのは~この二つの価値軸が、ぶつかり合った時ではないだろうか…

「利益」ではあるけれども「不正義」である場合~「正義」ではあるけれども「不利益」である場合…私たちは己の心の中で悩み、「利益」と「正義」の狭間で葛藤する。

子どもの時、学校や社会の中に登場する多くの大人たちは~普段「正義」を語りながらも…最後の局面では、「正義」よりも「利益」に重きを置くことを感じていた。

そんな大人たちに違和感を抱きながらも~どうにもできすに流されてしまう自分に…苛立ち続けてきた。

教職に就いたばかりの頃は、とても大きな理想を描いていたが~初めて学級担任を任されたとたん…時間と教材の量に追われる日々が続き、いつしか“指導マニュアル”を求めていくようになっていった。

「16さん~担任は機械やないよ!」…何とか自分では一人前に学級担任の仕事をこなしせるようになったと思ってた頃、この先輩の言葉で~頭を殴られたような気がした。

子どもの時、自分が反発を感じていた「利益」とか「効率」に重きを置く大人に~何と自分自身がなってしまっていたのである。

あまりにも…マニュアルだとか形を追い求めるようになっていた自分に気付かされ~『目には見えなくても何より“熱きもの”を大切にしよう!』…と考えていた教職に就いたばかりの自分を、思い起こした!

マレーシア語は~様々な言語の影響を受けています。


「アラビア語」「英語」「日本語」...等です。


例えば、マレーシア語の『cawan』は、日本語でそのまま『茶碗』という意味になります。


マレーシア語は~1511年まで東南アジアの共通語でした。


それが、ポルトガルに侵略されてから...あまり使われなくなったのです。


マレーシア語の文法は~意外と簡単です。


“ジャラン”は“歩く”という意味ですが、“スダ ジャラン”と付け加えるだけで“歩いた”と過去形になります。


マレーシアの文学は~普通の人には難しいでしょう。


マレーシア語は、国の文部省によって『国語』として、手厚く保護されています。


当局は...「マレーシア語を高い水準にすること」「マレーシア語の新しい言葉を使うこと」「マレーシア語の著作を守ること」~という施策を推し進めています。


そのことにより、マレーシア語が近代的になってきたので~とてもうれしいです。


マレーシア語は~まだまだ『英語』ほど普及していません。


でも、マレーシア語の原点とも言える『アラビア語のジャビ』の方が~日本語とは発音や文字が全く違い、さらに難しいのです。


どうか、みなさんが今後マレーシア人とどんどん話をして~マレーシア語への理解を深めていくことを期待しています!



私は、日本語を習い始めて2年が経ちました。


苦労したのは~やはり漢字です。


当初は、好きな線から書いていたのですが~今は正しい書き順に従って書くようにしています。


それにしても...外来語は難しいですね。


「アルバム」「サンプル」等、4音節が多いように思います。


「マスプロ」「マスコミ」「インフレ」「トレパン」のように~短縮されて書かれている言葉はとても難しいです。


ただ、日本の習慣は面白いものが多いですね。


「おでかけですか?」→「ええ」


「どちらへ?」→「ちょっとそこまで」


という漠然としたやり取りは、正確な答えを期待するのではなく~そのやり取り自体が挨拶代わりになり人間関係を構築しているのでしょう。


私は、日本人には『あいづち』と『遠回しな言い回し』の習慣があると感じました。


あいづちは、打たないと不安になるのでしょうね。


私たちからすると~あいづちを打たれると何か急かされているような感じがします。


文化や習慣を理解し合ったり、互いの社会をわかり合うという国際理解のためには~やはり言語の取得が不可欠だと思います。


また、日本の生活を体験してみないとその本質がなかなかわかりにくいです。


私は~もっともっとマレーシアのことを教えてあげたいし、日本のことも教えてもらいたい。


ただ、今はまだ『広東語』と『英語』と『マレー語』が少しできる程度です!

私は~マレーシアで日本語の特訓を10日間受けた後...7年前の高校2年生の時、栃木県の岩船町でホームステイを行いました。


そこでは...ます食堂の手伝いをするように言われたのですが、「いらっしゃいませ!」をうまく言えるまでに~3か月かかりました。


食堂では、女性も一緒に来た人のお金を払っているのに驚きました。


また、麺類を食べるとき“ツルツル”と音をたてることにもビックリでした。


「日本はマレーシアより暑いなぁ」~と感じることもありました。


日本の学校の規則は、マレーシアより厳しいですね。


スカートの丈は決められているし~パーマもダメみたいでした。


気温マイナス10度の世界も、経験しました。


今は、K観光株式会社で“秘書”として働いています。


そうそう~私が最も不思議だったのが、公衆浴場があることです。


他の人と裸になってお風呂に入ることなんて...できませんでした。


もちろん、今でもそうです。


あと~日本人は健康に気を遣っていると聞いていたのに、酒を飲んだりたばこを吸ったりする人が多いことも不思議でした!



マレーシアは~やはり未だに“発展途上国”です。


複合民族国家であり...「マレー系」「中国系」「インド系」それから僅かでありますが「オランアスリ」という先住民の人たちもいます。


独立してからは、幸い大きな革命や動乱はまだ経験していません。


マレーシアは~もちろんイスラム教国ですが、宗教の自由は認められています。


ただ、『ハリラヤ』というマレー系の人たちの行事の時には、自分たちの民族だけで楽しむのではなく...他の民族の人たちも招待し~協働・協力することができているのです。


ハリラヤの時には、宮殿は解放され~国王がどんな民族の人であれ一人一人握手をします。


一見危ないように感じられますが...国王を殺そうとする人はいないのです。


おそらく~日本ではできないことではないでしょうか。


マレーシアに様々な国から人々がやってくるのは、この国に戦争や貿易摩擦がないからだと思います。


例えば...フィリピンに比べても“経済”や“生活”の水準は高く、“政治”的に治安も悪くありません。


このようにマレーシアは、とても平和なのです。


日本より平和と言ってもいいのではないでしょうか。


私は、日本に留学した後~是非『政治家』になりたい~そう願ってます!