あくる日~二日酔いの頭痛を感じながら目覚める。

竹で編んだ壁に囲まれた部屋を見回して、自分が~ボルネオのジャングル奥深くの地まで来ていることを思い出す。

「Selamat Pagi!(おはよう)」~酋長は、昨夜の出来事等何もなかったかの如く、元気いっぱいの様子だ。

その日、彼はロングハウスの中を案内してくれた。

もう、男たちは狩りに出かけていて…いない。

バリバリの自給自足による縄文時代のようなジャングル生活をイメージしていたのだか~部屋を見せてもらって、驚いた。

その床は絨毯が敷き詰められ、様々な陶器も揃えられている。

そして…一番ビックリしたのが、冷蔵庫を発見したこと!

ええ~っ、こんなジャングル奥深くの地にも~電気が通ってて、イバンの人たちも電気製品を使ってるんやぁ…

酋長に聞いてみると…昔は考えられなかったんだけど、少しずつこんな奥深いジャングルにもマレーシア政府の力が及んできて~できるだけ文化的な生活をするようプッシュされている…とのことだった。

加えて、彼らの生活を激変させたのが~私たちのような外部からの訪問客。

昨夜も~手作りの竹細工や木工品を熱心に売ろうとしていたのだが、そのことによる“現金収入”が入るようになり…川を下って町まで行って、様々な現代的な生活用品を買えるようになった~ということだった。

確かに、ロングハウスの中で…女たちがしていたことは、織物機を使って独特の布作ったり~竹細工の製作等に精を出していた。

全て…訪問客向けの売り物である。

「確かに便利にはなったんじゃが…」と話す酋長の横顔は、なぜか少しさみし気であった…

さて~酋長の案内の途中、いよいよこの旅の本質であるものを発見してしまった。

何と~天井から何気なく…『頭蓋骨』が吊り下げられていたのだ!

おいおい…なんやかんやと言いながらも、結局未だに“やってる”のでは?~もしかして、私たちも生きて帰れないのではないか?…とその頭蓋骨を眺めながら、背筋がぞっとした。

恐る恐る聞いてみる。

「そう、この頭蓋骨は~わしらが他の部族との戦いで狩ったもんじゃ…」

ひょえ~!

「でもなぁ…今ではわしらの生活も変わってしまい、もう首を狩ったりすることはないのぉ」

Relief…

「でもなぁ~」

え~っ‼︎

「このもっともっと奥に入っていったジャングルの中には、未だに首を狩ってる部族もいるんじゃ…だから、これ以上奥には行かない方がええぞ~」

やはり…ボルネオには、未だに首を狩っている人たちがいる~その事実を聞き出せて、益々『ボルネオ伝説』追求の必要性を感じた。

彼らは、とびっきりの笑顔で~私たちチームを見送ってくれた。

伝統的な生活様式…時にそれは現代社会の文化と相容れないこともある。

そして、現代社会は~時の政府を通じて、それを壊したり激変させようとしている。

果たして…そのことは、伝統を守り大切にしながら生きている人たちにとって『幸せ』なことなのだろうか~そんなことを考えながら、私は再び粗末な船に乗り…濁流を見つめながら、クチンの町へと向かった!



その“歓迎の祝宴”は~そのロングハウスの住人全員による…心のこもったものであった。

何はともあれ、イバンの男たちは~次から次へと竹筒の『TUA』を呑み干していく。

もちろん~我がチームもどんどん呑むよう促され、ややアルコールに弱い私もその雰囲気に飲まれて…かなり酔ってしまった。

やがて、女たちが食べ物を運んでくる。

こんなジャングル奥深い場所での~首狩り族と言われている種族の食事は果たして大丈夫なのか…と思いながら、恐る恐る口に運んでみると~結構いけるやん!

ほどなく…煌びやかな衣装に身をまとった若い女性が登場し、踊りが始まった。

TUAが全身にまわってきた私にとって、その姿は眩しいほどに美しかった。

女性だけではなく~男性や子どもまでもがそのダンスの輪に入っていく。

その中でも、一番酔っ払って盛り上がっていたのが~誰でもなく…『酋長』であった。

せの酋長が近づいてきて~何かをしきりに訴えかけてきた。

「お前たちも踊れ!」…と言うのである。

私も我がチームも~見よう見まねで体をくねらせて、踊り始める。

木と蔓で作ったような粗末な楽器から繰り出される音楽が、私たちのテンションを一層高めていく。

その場の全員がトランス状態となり~いつしか私の意識も朦朧としてくる。

「一体、いつまで続くんやろ~」と思いながら、ついに私の記憶は途切れ~気付けば、ロングハウスの一室に寝かされていた…
ブッダガヤーもカージュラホー同様~とても小さな村であった。

田畑に囲まれて、様々な寺院が見えてくる。

ルンビニーで裕福なシャーキャ族の王子として生まれた“スィッダールタ”は、29才の時に修行の旅に出て~このブッダガヤーで瞑想に入る。

人間はなぜ存在するのか…また、どう生きればいいのか…

そして、ついに悟りを開いたのである!

アショカ王が~その記念すべき場所に建立したマハーボーディ寺院の裏手に、ブッダが座した位置を示す石の台(金剛台)があった。

悟りを開いた後…彼はヴァラーナスィの町を目指し、サールナートで~初めて5人の僧にその教えを説いた。

瞬く間に、その教えはアジアを駆け巡り~やがて日本にも伝わる。

ブッダが教えを説いてから…2500年の月日が流れ、多くの日本人仏教徒がこの地を訪れ~今、自分もその中の一人として金剛台の下に立っている。

ブッダの教えは、悠久の歳月と道程を超え~多くの悩める人々の心深くに沁み通り…永遠の生命を保ち続けるブッダの凄さをしみじみと感じた。

~が、これほど多くの国の人々の心を捉えたブッダの教えも…主にヒンドゥを信じるインドには、あまり広まっていかなかった。

様々な神を吸収して大きくなってきたヒンドゥ教は、ブッダまでもヒンドゥの神の一人として吸収してしまったのである。

仏跡もあまり大切にされず~ムスリム勢力に破壊されたためか、ブッダガヤーでは…様々な仏教国により再建された寺院が多く見られた。

アショカ王によって建てられたマハーボーディ寺院も、スリランカの手によって再建立されたらしい。

その他にも~タイ、チベット、ビルマそして日本等によって再建された寺院が見られた。

ブッダガヤーは、仏教徒にとっての大聖地であるはずなのだが~ヒンドゥ教徒で賑わっているヴァラーナスィー等とは違い…ヒンドゥやムスリムに遠慮しているような~どこか静かでひっそりとした佇まいを感じさせるような片田舎の村であった…





インドでの衝撃の体験は~私のインドへの興味を益々深めていくきっかけとなった。

その後、インドに関する文献を読みあさったり~インドに関する様々な情報を集めたりしていたが…その中で、私の心を捉えたものがあった。

それこそが~マハトマ・ガンジーの生き方を描いた映画『ガンジー』!

彼は、裕福な家庭に育ちながらも~南アフリカでの体験をきっかけに…インドの庶民のためにその生涯を捧げようと決意する。

さっそく~彼はインドに戻り、イギリスからの独立運動に携わると共に…ヒンドゥとイスラムの融合に心を砕いた。

彼は、自分のことよりもインドの庶民のために活動を続けていくのだが~「正義」を何よりも優先していこうとすることへのプレッシャーが…彼にのしかかっていく。

“そんなきれいごとばかり口にしていても~インドの貧しい現状をどうしてくれるんだ”“今の状況を考えると、「正義」よりも「利益」ではないか”…と。

ガンジーが…正しいことを訴えれば訴えるほど~それが空回りし、やがて彼への反発という形となって表れていく。

特に、ヒンドゥとイスラムの融合に心を砕こうとしたことが~それぞれの原理主義者から、大きな反発を招いていった。

益々~ガンジーへのプレッシャーや脅しが大きくなっていき、やがて…命まで狙われるようになっていくのである。

周囲は心配し、彼にもう独立運動等から手を引くよう懇願した。

しかし~彼は自分の命よりも将来のインドを優先したのである。

あくまでも、「利益」よりも「正義」を大切に考えたのだ。

ここまでなら、私は~彼のことを、数ある英雄の一人として…記憶するに留まったであろう。

しかし~この後、彼は思いもかけない言葉を残す。

その言葉により、私は心から驚き、彼への尊敬の念が揺るぎないものとなった。

いよいよ彼の命が危なくなった頃~周囲の一人が彼に忠告を行った。

「このままでは、あなたのかわいい娘の命まで狙われるかもしれない~さすがにそれは受け入れ難いだろう…そのことを考えて、今すぐ活動をやめるんだ!」~と。

果たして、彼は…信じられない言葉で応じた。

ただ、その言葉こそが~「正義」を貫くということが…いかに難しいことであり、いかに厳しいことであり、いかに苦しいことであり、いかにすばらしいことであり、いかに感動的なことであり、いかに価値のあることであり、いかに希望を未来につないでいくことか~ということを示唆してくれたような気がするのである。

『いいですか~私がこれまで様々な活動を続けてきたのは、そんな安易な気持ちからではありません…私がやろうとしていることは、紛れもなく多くの貧しいインドの人々の未来がかかっているのです~「利益」や「不正義」と戦い、それを乗り越えることは…簡単ではないことは始めからわかっていることですしかし、それに打ち克っていかなければ~多くの貧しい人たちが、これからも永遠に苦しむことになるでしょう…その状況を少しずつでも変えていくためには、もちろん私の命は喜んで差し出します~そして、例え娘の命を失おうと…それだけ「正義」という価値は、とてつもなく尊いものなのです!』

このマハトマ・ガンジーの言葉を聞いた時、あまりの衝撃に私の体の中の血は逆流し始め、改めて「正義」を貫いていくという覚悟と重さが~心に突き刺さっていった…
これまで、主に発達障害がある子どもを中心に関わってきたが~“青天の霹靂”の日以来…様々な経過を経て、この10月から重度の肢体不自由児の教育に携わっている。

私にとって~この初めての経験は、毎日「驚き」と「発見」の連続である。

特に…私の関わっている子どもは、その障害が重たく~自分から発信したりこちらからの刺激に反応することは、ほとんどない。

それでも~何とか反応を引き出そうと、様々な工夫を重ねてきた。

その結果、最近ようやくこちらからの呼びかけに喃語を出して応えてくれたり、何とか視線を合わせてくれるようになってきた。

その成長のゆっくりさは~私にとって、まさに初めての体験だ。

そんは中で、何とか関わっている子どもの成長を促していこうと~毎日必死であった。

新版K式等の指標を片手に…「運動」「姿勢」「認知」「社会性」等の項目ごとに手だてを考え、その力が少しでも高まっていけるような取り組みを続けていったのである。

しかし…その取り組みによる成果はなかなか表れず~目標達成への見通しも立たない…

発達障害がある子どもへ関わってた頃は、苦労をしながらも~目に見えて“できること”が増えていったことが多かった。

「何とかしたい」~と、焦ってきた…

そんな中、昨日~校内での研修会があった。

『重症児の授業作り』というテーマで、渡部昭男という先生の話だった。

発達障害についてのことは、かなり様々な人の話を聞いてきたが~重症児をテーマにした話をじっくり聞くのは初めてだ。

大学の先生だったので~私は…“所詮難しい理論を難しく説明するだけの研修ではないか”と、大して期待してなかった。

しかし、先生の話の中で…今自分が直面していることへのヒントがあったのだ。

これまで~「どんなに障害が重くても、全ての子どもは成長したいと望んでいるし…必ずその成長していく力を引き出していける」と信じてきた。

そのことは間違いではないと思うのだが、渡部先生は~もう一つの軸を忘れないように…と示唆してくれたのである。

それは、子どもの未来への取り組みを考えるという他に~子どもの『今』も考えてあげる…ということ。

すなわち~子どもが、今幸せかどうかを常に考えてやる…ことである。

それは、“QOL”を常に意識してやるということでもある。

そこで私はハッと気がついた。

それは、先日SENSの更新講習で近藤先生から聞いた話と~どこか通じるものがあるのではないか…と。

『未来』への成長を望むばかりに、『今』の子どもを追い詰めたり苦しめたりしては…結局、子どもの幸せには通じないことが多いのである。

『今』を大切にしながら~できるだけ無理なく、個々の子どもや家族の気持ちも踏まえながら、『未来』のことを共に考えていきたい…

私は、今関わっている重度肢体不自由の子どもの笑顔を見つめながら、そう自分に言い聞かせた!



『読み書き障害』と呼ばれる子どもか結構な数存在し、日々教室の中で苦しんでいる。

読み書き障害の中で、世界で最も有名な人と言えば~間違いなく“トム・クルーズ”だろう。

彼は、映画の台本を読めない。

全て~付き人からの読み聞かせで、その台詞を覚えているらしい。

もちろん、彼はその障害のために学童期から多大な苦労をし悩みもしてきた。

そのため…超スーパースターとなった今でも、障害を持つ子どものために様々な慈善活動を行っている。

さらに、発達障害のことをより多くの人たちにわかってほしいと…ダスティン・ホフマンと一緒に『レインマン』という(高機能)自閉症をテーマにした映画の制作までしているのである!

さて、先日…大阪までSENSの更新講習に行ってきた。

今さら高いお金を使って~そんな資格を継続していく意味があるのか?…という思いも半分ありながら、中之島にある“大阪国際会議場”という大変立派な建物に向かったのである。

実をいうと、そう期待してなかった。

会場はぎっしり超満員であったが…やはり当初の期待通りの講義が続いていく。

昨年までなら居眠りをしてしまうとこだか、不眠状態が続いている私は~それもできない。

そのまま…午後の講義へ~

そこで、不眠だからではなく~その内容により覚醒させられた講義に出会った。

“東京大学先端科学技術研究センター”という…いかにも難しげな且つ賢そうな名前の施設からやって来た『近藤武夫』という~これまた東大らしくバリバリ若くて切れものって感じの先生の話だった。

そのさわりだけは、何となく聞いていたが~今の最先端技術に心底驚いた。

近藤先生は~かなり重い読み書きの子どもが、それらの機器を使って…すばらしい作文や研究したことをPCを使って作成している様子や彼らの将来が大きく開かれ、希望を持って生き生きと学習に取り組んでいる様子をビデオで見せてくれた。

中には、「ぼくは大学に行って“地質物理学”の研究がしたいんです!」と、目を輝かせながら夢を語る男の子もいた。

私は、この時…自分が関わってきた読み書き障害の子どもたちを思い浮かべていた。

自分は~彼らに何をしてきたのか…

「少しでも字が読めるように」「少しでも字が書けるように」と、通級指導教室で~そのための様々な訓練を強いてきたのである。

中には、字を読んだり書いたりすることが苦痛で…学校が嫌なり学校が嫌いになる子どもたちもいた。

近藤先生の大変印象的だった言葉がある。

「教科書を持たせて字を読ませたり、漢字ノート等を使って書字の練習をすることに意味がないとは言いません~でも、彼らはその能力が元々できにくい障害を持っているのです…障害だということは、例え訓練によってその能力を伸ばせてもたかがしれています…しかも、その取り組みは彼らに多大な苦痛を与えてしまうことが多いのです~もし、PC等の機器や最新ソフトを使えば彼らが苦痛なく学習内容を理解していけるならば…それが学業の本質ではないでしょうか~私たちは、環境の不整備や大人の押し付けによって…彼らを苦しめることをやめなければなりません!」

私は、(実は…心のどこかで感じていたことではあったが)自分がやってきたことに対する改めての痛烈な反省の気持ちが湧き上がってきた。

しかも…しかもである。

その最新機器や最新ソフトは~ドラえもんのような遠い未来の話でもなく、東大だからやれているものでもなく…その気になれば無料または簡単に手に入るものばかりであった。

その裏付けとして、欧米では~もう当たり前のように行なわれていることばかりであったのだ?

ただ~日本の場合、ネックになるのが~何と言っても“入試”…

いくら小中学校や高校で、代替手段を用いて学習を続けていても~その方法が高校入試や大学入試で認めてもらえなければ、彼らの学習意欲や探究心を成就させることはできない。

確かに…読み書き障害者に対する日本の入試制度は、圧倒的に遅れているのだが~少しずつその壁を破ろうとする動きが出てきていることも、紹介してもらった。

時…あたかも来年度から『障害者差別禁止法』が施行される予定で、『国連障害権利条約』の第二条にて“合理的配慮”についての定義がなされている。

よく考えてみればすぐわかることだか、「読んだり書いたりすること」が~学習の目的ではない。

それらは、あくまで手段であり…学習の目的とは、知識を得ることで自らのやりたいこと(夢)を実現しようとしたり、“楽しい”“うれしい”“心地よい”“おもしろい”等の気持ちを感じることで~生活を豊かにしていくことである。

~その大切な大切なことに改めて気付かされた…濃~い90分であった!

ふだんは「正義」を装っている“世間”ていう魔物は~人が進学、就職、結婚(さらには大災害や戦争)等の岐路に立たされた時ほど…「利益」という大きな武器で、人の心に攻め入ってくる。

しかし、“世間”という実体をとことん追求していくと~驚くべきことに、この魔物は紛れもなく…全ての人の心の中に存在していたのである。

一人一人の心の“内なる世間”が互いに結びつき~巨大化概念化したものこそが~一般的に“世間”と呼ばれているに過ぎないのではないだろうか…

この“内なる世間”に挑戦し、戦い抜いていく力こそが~人権教育で求められているのだと思う。

これからも…人権教育に関わっていく中で、自らが勇気と力を得て~“内なる世間”と戦っていきたい。

そして、教室の中では~その自らの生き方を少しでも子どもたちに示していくことで…きたるべき未来の岐路でこそ、彼らが“内なる世間”を乗り越えていく力と勇気を発揮してほしい~と強く願っている!

本校の事業である~『S学級』では、人権学習会の中で…“人間として生きて行く上で、一番大切なことは何なのか”ということを考え話し合っていく活動を行っている。

今年度は、年間を通して~低学年は「ヘレン・ケラー」、高学年は「キング牧師」を取り上げた。

自らの内にある障害にくじけてしまうことなく~甘えてしまうことなく…常に弱い自分に戦いを挑んでいった「ヘレン・ケラー」。

黒人差別がとても厳しい状況の中で、周囲の強大な圧力に立ち向かい~自ら正しいと思うことを命がけで主張し続けた「キング牧師」。

この二人の生き方は、学級生一人一人の心に響いていていき…確かに人として~『利益』よりも大切な生き方の尊さを感じることができたようだった。



【宣言】
わたしたちの学級では、自分の気持ちや願いを何でも言い合える本当の仲間作りの活動と~人間として大切なことは何なのか…ということを考え、真剣に話し合っていく活動を行っています。

わたしたちの地域の人たちは、はやくから仲間作りと人としての生き方を考え合うことの大切さに気付き~『S学級』を作って、それらの活動を行ってきました。

そして…この学級はこれまでたくさんの人たちの手によって支えれ、今日まで続いてきたのです。

『S学級』を巣立っていった多くの先輩たちにとっても~この学級で学んだことは、学校や社会の中で大いに役立っているし…今もこの学級で頑張っている人がいるということが~大きな励みになっているようです。

今、『S学級』で学んでいるわたしたちは~地域の方々や先輩方の心を引き継いで…いろんな大切なことを学んでいき、さらに学んだことをより多くの人たちに伝えていきたい~と心から願っています!



今年度、高らかにうたいあげたこの『新・学級宣言』によって、学級生の心は…もはやあらゆる垣根を乗り越え、大きく発信されようとしている!
お父さんが在日韓国人の子どもを受け持った時、日本人であるそのお母さんから『手紙』をもらったことがある。

自分の選んだ相手が韓国人であったため~家族や親戚から“結婚”を強く反対されたこと。

何度も周囲の人たちに認めてもらおうと努力をしたが…とても壁ら厚く弱気になり、精神的にも落ち込んだこと。

建前は国際性または国際理解と大声で言っていても~自分に降りかかる火の粉は振り払おうとする…そんな違ったものを変なものでも見るような、閉鎖的になる社会で暮らしていることを~痛感させられたこと。

そんな中で…たった一人の祖母が、「おまえの選んだ人だから~おばあちゃんは賛成だよ…世界はひとつ、みんな同じ人間だよ!」と、言ってくれた時~涙があふれて目の前が見えなくなってきたこと。

結局、二人は“駆け落ち”をせざるを得なかったこと。

とても厳しい状況の中で~傷つき悩みながらも、このお母さんは…ご主人に対する尊敬と愛情の念を抱き続け~自らの信念と生き方を貫き通されたことが手紙から、切々と伝わったてきた。

このお母さんは~最初の子どもが誕生した時から…『家族通信』を発行されていて、今もなお私の所へも届けてくれる。

4人になった子どもたちの成長や家族の“ふれあい”の様子が…お母さんの得意なイラストも交えながら楽しく描かれていて~読む度にとても温かい“家族の心”が伝わってくる。

もちろん、この家族通信は~お母さんの親戚の人たちにも届けられ…今ではほとんどの人たちが二人の結婚を理解してくれているとのことだった。

『生き方を貫くことのすばらしさ』そして、『そのすばらしさは~最後の最後には理解を得られる』…ということを教えていただいた!
「目と手の協応」の力を高めるために、キャッチピンポン・フリスビー・ダーツ・バッティングをしました。

ドッジボールに繋げるために~モデルを示しながら、正しい投げ方や受け方の練習をしています。

個別の指導の指導の中でできたことを~大きな集団場面の中に『汎化』できるかが…大きなテーマだと感じました。

そのために、個別の指導事項ね中に~長期目標であるドッジボール場面に即した練習を取り入れてきました。

それから…「グループ活動」と「ビデオモニタリング」という方法を途中から取り入れています。

「ビデオモニタリング」は~小グループでの『ソーシャルタイム』の活動やクラスでドッジボールをしている場面をビデオに撮り、一緒に見ながら振り返り…フィードバックするようにしています。

集団遊びに対する姿勢は~まだ受動的で、友だちを誘ったりチーム分けの音頭を取ったりは、できません。

ドッジボールを楽しんではいますが~プレイ中は逃げ回っていることが多く、今後は、ドッジボールの運動技能をさらに高めていく必要があるだろうと思います。

また、筆記によるやり取りの中で~今度は自分が誘う役になって…反転練習をしていかなければなりません。

そして~『ソーシャルタイム』の中で、リーダーとして遊びを企画したり…他の子どもを誘って自分のしたいことができるようにしていこうと思います。

担任や学童保育の先生から…「気持ちをコントロールできることが増えて、パニックが見られなくなった~ルールがよくわかるようになって、集団適応が大変よくなった」と、聞きました。

大変多くの成果があったと考えています!