「あ……」
「今の聞こえたか、スレイ」
「うん。エドナかミクリオだ」
 二人は互いの顔を見合わせてくすくすと笑った。
「スレイにはエドナ様やミクリオ様がいらっしゃるから、私のように聖堂に赴かなくとも構わないな」
「うん、そうだな。……よしっ」
 スレイが思い立ったように両手を膝の上に置いて目を瞑ると、アリーシャが慌てて制止した。
「ま、待てスレイ。焦らなくともまずはアフタヌーンティーをいただかないか。せっかくシェフがスコーンを焼いてくれたのだから……」
「あ、そうだな。忘れてた」
 スレイはぱっと目を見開くと、右手で頭を掻いた。
 アリーシャはそんなスレイににっこりと笑いかけると、スコーンを手に取って二つに割り、片方にたっぷりのクリームとジャムを塗ってスレイに手渡した。
「アリーシャ、それワタシにもちょうだい」
「はい、エドナ様」
 アリーシャはエドナの注文にこぼれんばかりの笑顔で応じると、クリームとジャムをたっぷりと塗ったスコーンを皿に乗せて差しだした。
 エドナは皿からスコーンを取り一口かじると、エドナの表情がみるみる変わっていった。
「……んっ。なかなか美味しいじゃないの」
 スコーンを頬張ったエドナが味の感想を述べると、アリーシャは嬉しそうにうなづいた。
「ミクリオ様もいかがですか」
「うん、僕ももらおうかな」
「はい、わかりました」
 アリーシャはもうひとつのスコーンを割ってクリームとジャムをふんだんに盛ってから皿に乗せて差し出した。
「ミボにはもったいないわね」
「エドナ様に気に入っていただけたようで嬉しいです」
 尻尾があればちぎれんばかりに振っていそうなアリーシャの表情を眺めて、エドナはふっと息を吐いた。
「……アナタってホントに変わっているわよね」
「スレイ、エドナ様はこのスコーンをどうやらお気に召されたようだ」
「ばっ……」
 満面の笑みで報告するアリーシャに、エドナは狼狽えた声をあげた。
「そうなんだ。オレも大好きだよ」
 エドナはスレイのその一言で顔を真っ赤に染めあげた。そんな少女の変化に気づくこともなく、スレイは続けた。
「多分ミクリオもね」
「知った風な口をきくもんだな」
 ミクリオが肩をすくめて首を振った。それを聞いて笑うアリーシャにスレイが尋ねた。
「ミクリオ、なんて言ってる」
「知った風な口をきく……とおっしゃっているよ」
「はは……ミクリオらしいや」
 スレイが笑うと、アリーシャが思いついたように提案してきた。
「スレイ、明日一緒に清水を汲みに行かないか」
 突然のアリーシャの申し出に目を丸くするスレイを見て、アリーシャは不安そうに首を傾けた。
「いい気分転換になると思うのだが、ダメだろうか……」
「そっか、気分転換か。うん、行こう」
「ではお弁当を四人前用意するようにことづけておくよ」
「え……四人……」
 怪訝そうな顔をするスレイから視線をそらし、一客だけ手つかずで残っている紅茶を眺めると、アリーシャは辛そうに眉を寄せた。
「ライラ様は……残念ながらいらっしゃらないようだ」
 スレイはアリーシャの視線を追うと口をつぐんだ。
「スレイ、気を落とさないで……」
「大丈夫だよ。そんな気はしてたんだ。ありがとう、アリーシャ」
 瞳から今にもこぼれ落ちそうなほどの涙をためて見つめるアリーシャに、スレイは微笑んでみせた。
 そんな二人のやりとりを眺めていたエドナは、紅茶を口に運ぶとじっとカップに映る自分の瞳を見つめた。
「今度ライラに会ったら、しっかりと 問い詰めないとね」


 森の中で赤茶色の髪の少女が岩に腰かけて空を見上げている。
 木の枝の間から覗く青空を眺めていた彼女は、両腕を宙に突きあげて大きなあくびをした。
「ふわ〜〜あ」
「頭領見つけた。こんなところでお昼寝なんてうらやましいな〜〜」
 頭領と呼ばれて彼女は声の主を見あげた。そこには彼女と同じ黒い服を身にまとい、年も近そうな少女が立っている。
 彼女らは共に暗殺ギルド風の骨のメンバーであり、その頭領の名はロゼという。
「なんだ、フィルかぁ、ご苦労さん。このごろ夢見が悪くってねーー」
 両目に涙をためて眠そうにしているロゼに、フィルと呼ばれた少女は驚きの声をあげた。
「ええっ、そうなの。頭領いっつも気持ちよさそうに寝てるように見えるけど」
「ところがどっこい、実はあたしは寝不足なんだ」
 なぜか胸を張るロゼをフィルは呆れた顔で眺めた。
「よく言うよ。頭領いつもイビキかいて寝てるじゃん」
「うるっさーーいっ。でちゃうんだもん、しょうがないでしょ」
「しょうがないなあ、もう。で、頭領が眠れない原因になってる夢ってどんななの」
「うーん。悪い夢ってワケじゃないんだけどさ。このごろ同じ夢ばっかり見ちゃってさ、気味が悪いっていうか……」
 頭を掻きむしるように、わしゃわしゃと右手を動かしながらロゼが続ける。
「毎日知らない美女があたしを呼ぶんだよ。ただそれだけなんだけど、気になってしょうがない」
「ふーん」
 フィルは顎に右手をあてて考える仕草をした。
「その美女ってどんな姿をしてるの」
「へ、そんなこと聞いてどうすんの」
「参考までに」
 目を丸くするロゼに、フィルは口角を少し上げて答えた。ロゼは「しょうがないなあ」と前置きして話し始めた。
「白いドレスに上着は赤……かな。それに髪は白で毛先にいくほど赤っぽかった」
 ロゼの答えを聞いたフィルは唸り声をあげて眉間にしわを寄せた。
「……それもしかして天族なんじゃないの」
「え、なんでそう思うのさ」
「なんとなく。伝承の天族の姿に似てると思うんだけど」
「つか……天族なんてホントにいるの」
「さあ、よく知らないけど」
「ふーん」
 ぺろっと舌を出すフィルにロゼは興味なさそうに相槌を打った。
その態度を見て少しムッとした声でフィルが言う。
「ふーんって、もし天族なら、あたしたちを守ってくれてるかもしれないんだよ」
「どうして」
「あたしたち、あれ以来何もかもうまくいきすぎてる気がするんだもの。ううん、あの事件の前もうまく行ってたし」
「それで」
「これはもう天族のおかげだと思うんだ。だから……」
 真剣な顔で言いつのるフィルを見ていたロゼは溜め息をひとつついた。
「はいはい、わかりました。それじゃあ後で天族を祀ってお礼をしよう」
 ロゼの言葉に表情を明るくするフィルに向かってロゼはいたずらっぽい笑顔を向けた。
「これからもなんでもうまくいきますようにってね」
「……それ"祀る"んじゃなくて"お願い"でしょ。もう、ホントに頭領ったら……」
 フィルは舌を出すロゼから目をそらして、空を仰ぐと溜め息をついた。
「まあ、ロゼさんったら」
 そんな二人のやりとりを見ていたライラは、くすくすと笑い始めた。
「呑気なもんだな」
「ロゼさんがですか」
「てめぇがだ」
 素なのかわざとなのか、とぼけるライラにデゼルは憮然とした顔で言い放った。
 そんな天族たちのやりとりどころか、そこにいることすらわからないロゼは思い立ったように立ち上がった。
「そうだ、そろそろおやつの時間でしょ。アジトに戻ろうよ」
「そういうことは頭領絶対忘れないよね」
 肩をすくめて苦笑するフィルを残してロゼは走りだした。
「ああっ、頭領っ。ちょっと待ってよっ」
「早く戻らないとあたしたちの分も食べられちゃうよ」
「さすがに頭領の分を食べるバカはいないでしょ」
「わかんないよ。ほらフィルも走って」
 置いていくぞと言わんばかりのロゼの後ろ姿をフィルは呆れ顔で眺めると、彼女の後を追った。
 遺跡の中で古井戸にカモフラージュされている入り口からアジトに入ったロゼとフィルは、おやつの乗ったテーブルを囲んで神妙な顔をしている仲間たちを目のあたりにした。
「どったの、難しい顔をして」
 きょとんとした顔でロゼが尋ねると、風の骨のメンバーは一斉に視線をロゼに向けた。
「あ、頭領」
「それが今日のおやつのマーボーカレーまんなんだけど」
「マーボーカレーまんがどったの」
「ひとつ足りないんだ」
 マーボーカレーまんと聞いて表情を変えたロゼに、仲間の一人が困惑した顔で告げる。
「なんだって」
「ちゃんと人数分用意したんだけど、みんなを呼びに行って、戻ってきたらひとつ足りなくなってて……」
「なんだ、それ」
 キツネにつままれたような顔で言うと、ロゼは右手を顎にあてて考え始めた。
そんな彼女を仲間たちがじっと見守っている。

 おやつを囲んで深刻な顔をしている風の骨の一団から少し離れたところで、ライラが顔を桃のような色に変えて左手で口を押さえているのをデゼルが見とがめた。
「なにをしている」
「え、あの……」
「だからやめろと言っただろう」
 デゼルの冷たい視線を避けるように、ライラは首を縮めた。
「すいません……。つい我慢できなくて……」
 消え入りそうな声で白状するライラに、デゼルは吐き捨てた。
「てめぇ、本当はつまみ食いするために、俺たちについてきたんじゃねぇだろうな」
 デゼルの冷ややかな声と態度に、思わずライラは自己弁護のために大声をあげた。
「そ、そんなことはありませんわ。私はロゼさんの主神になるために……」
「その夢はいい加減に諦めろ」
 帰れと言わんばかりのデゼルの態度に、負けるものかとライラは胸を張った。
「夢なんかじゃありませんわ。私のなすべきことです」
「……」
 なにか言いかけて口を開いたデゼルは、しかしそれ以上はなにも口に出さず、左手で帽子を押さえて溜め息をついた。