「それが元でライラ……主神にさよならされちゃって……」
「さよならですか」
 えへへ、と笑うスレイにサフィールが尋ねた。
「導師契約を破棄されてしまったそうなのだ」
「なんですって……」
 アリーシャの補足を聞いて、サフィールは絶句した。
「しょうがないよ。そのときのオレはライラの役に立たないし、っていうか話もできなかったから」
 笑いながら告白するスレイを前に、サフィールは大きく息をついた。
「それでお一人で王都まで帰ってこられた、と……」
「いや、ミクリオ……水の天族と地の天族が一緒だったらしいし……」
「らしいしってなんだよ……」
 スレイのいまひとつはっきりしない言いかたに、ミクリオが呆れたように呟いたが、それに反応する者はいなかった。
「ですがスレイ殿にしてみれば、一人も同然でしょう。大変なご苦労だったと思われますが」
「え、いや。それほどでも……」
 右手で頭を掻くスレイに、ミクリオが辛辣な一言を放った。
「すぐ調子に乗る」
「むーー」
「そうやってすぐにむくれないの」
 スレイは不服そうな顔をエドナに向けた。
「いかがなさいましたか、スレイ殿」
「いや、ちょっと……」
 スレイは言葉をにごして、ごまかすようにサフィールに尋ねた。
「ところでサフィールさん。この前もらった弓のことなんだけど……」
「神器のことですか。あれがどうかしましたか」
「いや、返したほうがいいのかなって」
 サフィールはそんなことかという顔をすると、スレイに告げた。
「あの神器は導師のものではなく、天族のものです。まだ神器をお使いになる天族がいるのなら、返す必要はないんですよ」
「返さなくていいの」
「いいもなにもあの神器はあなたのお仲間の天族のものですよ」
 身を乗りだすスレイに、サフィールはにっこりと笑って応じた。
「ありがとうサフィールさん」
 嬉しそうに礼を言うスレイに、にこにこと笑いかけながらサフィールがぼそっと呟いた。
「どうせ誰もここには関心がないんですから、私が好きなようにしても構いませんよ」
 無邪気に喜ぶスレイ以外の者は、サフィールの言葉に彼の闇をかいま見たような気になったのか、なんともいえない表情で笑い合う二人を見つめた。

「はぁ〜〜お腹いっぱいだ」
「色々と言いたいことはあったけど、まあまあだったわね」
「色々と至らずにすみません、エドナ様」
「あんまりそういうことばかり言っていると、そのうち嫌われるんじゃないか」
「大丈夫よ。アリーシャはそんな子じゃないわ」
「はい、エドナ様」
 自信満々に胸を張る少女と嬉しそうに同意する姫騎士を、ミクリオは呆れたように肩をすくめて眺めていた。
「今日はお食事をご馳走になり、お礼を申します」
「大げさだな、サフィールさんは。これからも時々来るんだから、また一緒に食べれるよ」
「また食べられるのですかっ」
 サフィールは思わず身を乗りだしたが、はっと我に返ったように一つ咳払いをすると、椅子に座りなおした。
「ふふ。またシェフにお弁当を作ってもらうから、楽しみにしていてくれ」
「ありがとうございます、アリーシャ姫」
 サフィールは礼を言うと、空を見あげた。
「ところで、そろそろ日も暮れて参りましたが、今晩はこのままここで休まれてはどうでしょうか」
「え、もうそんなに経っちゃったの」
 スレイもつられて空を見あげた。彼らの上空には、昼と夜の境界を示すような赤い夕焼けと、見え隠れする星の輝きが互いにその居場所を主張している。
「そうだな、夜の街道は危険だ。ここに泊めてもらったほうがいいだろう」
「嫌よ」
 思わぬ強さで拒絶の声を聞き、ミクリオは驚いたように目を見開いた。
「え……」
「嫌って言ったの。もうミボのかけた術の効力も消えかけているわ。また来たときのじめじめに逆戻りよ。ワタシはじめじめはもうごめんだわ」
 一気にまくし立てると、唖然とした顔の仲間の前でエドナは立ちあがって傘をさした。
「さ、行くわよ。ぼーーっとしてないで、さっさと片付けて」
「あの、エドナ様。夜道は危険ですので、ここで一晩泊まらせてもらったほうが……」
「お黙りなさい。ワタシが行くと言ったのよ。ちゃんと言うことを聞きなさい」
 誰の意見も受け付けない様子のエドナを前に、溜め息をつくとスレイはサフィールに告げた。
「ごめんなさい、サフィールさん。せっかくだけどエドナ……地の天族がどうしても早く都に戻りたいって言ってるんだ。今日はこのまま帰ることにするよ」
「私は構いませんが……。夜の街道には昼間には見たこともない凶暴な獣が出ると聞きます。どうかお気をつけて」
「うん、ありがとう」
「さ、早く片付けなさい、ミボ」
「どうして僕にだけ言うんだ……」
 長居は無用とばかりにせっついてくるエドナを呆れた顔で見て、ミクリオは溜め息をついた。
「あっ、ミクリオ様。私がやります」
「じゃあオレも一緒に」
 アリーシャとスレイが我れ先にとお弁当の片付けをするのを眺めながら、エドナが呟いた。
「役立たずね」
「くっ……」
 理不尽なエドナの言い様に、ミクリオは歯をくいしばるのだった。
「それじゃあサフィールさん。次に会うときまでお元気で」
「スレイ殿もご健勝でありますよう」
 そう言って会釈したサフィールの口元が少し歪んでいるように見えたが、同時に彼の片眼鏡が夕日をまともに受けて光を放ったため、気づいた者はいなかった。
「ではこれで失礼する」
 アリーシャも軽く頭を下げた後、スレイたちは泉を後にした。

霧のたちこめた登山道を下っていると、突然エドナがこれ見よがしに大きな溜め息をついた。

「はあ。やっとあのじめじめから解放されたわよ。アナタたちは気づかないの」
「そういえば霧が晴れてきたような……」
「そうかな。オレは変わらないと思うけど」
 うなづくアリーシャと首をかしげるスレイの対照的な反応を見て、ミクリオがくすりと笑った。
「スレイよく見てみろ。空に星が瞬いているだろう」
「え。あっホントだ」
「もう暗くなってきているから、足元が見えなくなる前に、街道に出てしまったほうがいい」
「そうだな。急ごうみんな」
 スレイたちは滑り降りるように登山道を下っていった。彼らが踏むたびに草がひそひそ話のように、さわさわと囁くような音を鳴らしている。
 やがてスレイたちは夕焼けの広がる山の向こう側にその姿を隠す間際に、ひときわ背丈の高い草をかき分けて街道に姿を現した。
「なんとか間に合ったな」
 ミクリオが左手をかざして夕焼け空を眺めた。
上空はもう夜の闇が墨汁が紙にしみこんでいくように、朱色から黒に染めあげているところだ。
「さて、あいつらはどうしているのかしら」
 薄闇の中でエドナが周囲を見回した。
「あいつらって」
「忘れたの、あいつらよ。憑魔に襲われていたワタシたちを助けもせずに高みの見物をキメこんでたじゃない」
「あ、護衛の者ですね、エドナ様」
「あんな臆病者、護衛なんかじゃないわよ」
「それは……」
 エドナのあまりの言い様に、アリーシャは苦笑いした。
「せめて盾にでもなってくれればよかったのよ。あれでも兵士なのかしら」
「手厳しいな、エドナは」
「まあ、あの兵士たちが守るのはバルトロだけなんだろう。そもそもあてにするのが間違っているよ」
「あてになんてしてないわよ。せっかくなんだから、ちょっとは役に立てばいいのにって思っただけじゃない」
 それはあてにしているのでは、と言いたげな表情でスレイとミクリオはエドナを眺めたが、当のエドナはそれが普通と言わんばかりに胸を張っている。
「とにかくついてこられたらうっとおしいだけですし、早くここを離れましょう」
 アリーシャの思わぬ提案に三人は目を丸くした。
「……言うわね」
「でもうっとおしいのは確かだし、僕は賛成だよ」
「オレも。気づかれる前にさっさと行こう」
「では行きましょう」
 アリーシャがくすっと笑ってそういうと、スレイたちは街道を王都レディレイクに向かって歩き始めた。
 歩きながらスレイは夜空を見あげた。
「すごい星空だな」
「満天の星空だね」
「村を出た日を思いだすな」
「ミクリオ様とスレイは夜に村を発たれたのですか」
「ああ。スレイの奴、アリーシャが危ないなんて言って、夜中に家を飛び出したんだ」
「ぷっ」
 ミクリオの言葉にエドナが吹きだした。
「でもミクリオだってそうだったじゃないかっ」
 スレイが顔を赤くして抗議すると、ミクリオは笑って肩をすくめた。
「それはスレイの行動を予測していたからさ」
「ミクリオ様にはスレイの考えることはお見通しなのですね」
 アリーシャまでもがくすくすと笑い始める。
「当然だよ。まあスレイがわかりやすい奴だったってこともあるけどね」
「ホントにそうよね」
「なんだよ、みんなして……」
 スレイは風船を膨らますときのように頬に空気を詰めこんだ。
「だが、だからこそスレイは導師になれたのかもしれないな。まっすぐで曇りなど感じさせない心を持つからこそだ」
「なるほどね。導師になるにはその人柄は無視できないというわけだね」
「でも実際は霊応力よね」
「まず天族と交信できないといけないからね」
「だから他はおざなりになるのね」
「そういう足りない部分を補うために、従士がいるんじゃないのか」
「なるほど。その考えには至らなかった。ミクリオ様、さすがです」
「すげーー。やるな、ミクリオ」
「いや、僕だって今気づいたばかりだから」
「お手柄ね、ミボ。これでアリーシャが従士になる理由ができたわ」
 エドナが満足そうにうなづいた。



もっと早くに更新したかったのですが、年末年始と家族の急病や急用が重なり、予定よりかなり遅くなってしまいました。
お詫び申し上げます。