配膳台の上に並べられた木の皿からは白い湯気が食欲をそそる匂いを乗せて宙を漂っている。
ライラはその白い誘惑に引き寄せられるようにそっと顔を近づけた。
「こんなにたくさんあるんですもの。少しぐらいいただいてもわかりませんわ」
そう呟くとライラは配膳台の中央に置かれたバスケットに山盛りになっているパンをひとつ手に取ると、一口大にちぎって手近なところに置かれた木の皿に放り込んだ。
ライラは皿の中のシチューに浸っていくパンを嬉しそうに眺めると、傍に置かれたスプーンを手に取った。
「お行儀が悪いんですけど、こういうのが一番美味しいんですわ」
ライラはその白い誘惑に引き寄せられるようにそっと顔を近づけた。
「こんなにたくさんあるんですもの。少しぐらいいただいてもわかりませんわ」
そう呟くとライラは配膳台の中央に置かれたバスケットに山盛りになっているパンをひとつ手に取ると、一口大にちぎって手近なところに置かれた木の皿に放り込んだ。
ライラは皿の中のシチューに浸っていくパンを嬉しそうに眺めると、傍に置かれたスプーンを手に取った。
「お行儀が悪いんですけど、こういうのが一番美味しいんですわ」
右手を口元にあててくすくすと笑うと、ライラはスプーンをシチューの中に沈め、パンごとすくいあげて口に運んだ。
「ふ……うっ。あふっ……ん……」
熱々の液体をなんとか喉の奥に流し込むと、ライラはまたパンを一片シチューの中に落とした。
「うふふふふ。どんなに冷たい目で見られようとも、これだけはやめられませんわ」
ライラは幸せそうに笑うと、ほどよくシチューに浸ったパンをすくいあげ、口の中に収めた。
「ねえ、今日の夕飯はなに」
「聞いて驚け、シチューだ」
「うっは、ご馳走じゃん」
夢中になってシチューを食べ続けているライラの耳に、風の骨のメンバーの声が飛び込んできた。
「え、もう戻ってきたんですの」
幸せな時間から強引に現実に現実に連れ戻されたライラは、狼狽えながらも周囲を見回すと、配膳台に横づけされた小さなテーブルの上に鍋が置かれているのを発見した。
少し安堵した表情になったライラはスプーンを置き、鍋に近づいて蓋を取って中を覗き込んだ瞬間に声をあげた。
「え、うそ……」
鍋の中に視線を落としたまま、ライラの顔はみるみる血の気が引いていった。
「空っぽだなんて、そんな……」
茫然と彼女が立ち尽くしている間にも、風の骨のメンバーの声は少しずつ大きくなっていく。
「仕方ありませんわ」
覚悟を決めたようにライラは呟くと、鍋の蓋を元に戻して壁際に立った。
ライラがテーブルから離れると同時に、黒ずくめの暗殺者たちが次々に厨房に入ってきた。
「おっ、こりゃ旨そうだ」
「腕によりをかけて作ったからね。旨すぎてひっくり返るぜ」
「すごい自信」
「それは楽しみだな……あれ」
「え……」
それきり黙ってしまった仲間の様子を不審に思った食事係が彼らを押しのけて厨房に入った。
「なんだ、これは……」
「どうしたの」
「頭領、それが……」
「誰かがシチューを食べたみたいなんだ……」
「えっ、どうやって」
声をあげるロゼに食事係は首を横に振って答えた。
「俺にだってわからないよ。ここには俺たち風の骨以外誰もいないし、皆一緒に来たからこの中に盗み食いなんてできる奴はいるはずがないのに」
「じゃあ、一体誰がこんな……」
黒ずくめの暗殺者たちは皆一様に黙り込んだ。
仲間は犯人じゃない。しかも外部の者はまず入ってくることはない。それなのに……
「……ねえ、ちょっと思い当たるフシがあるんだけど」
「フィル、犯人を知っているのか」
「ううん、知ってるってほどじゃないんだけどさ、もしかしたらってね」
「もしかしたらって、フィル。まさかあの……」
「しーーっ。頭領はなにも言わないで。とにかくこの件はあたしに預けてくれないかな」
なにか言いかけたロゼを口止めして、フィルが仲間たちに尋ねた。
「うーん、まあ見当もつかないし、任せてもいいんじゃない」
「そうだね、任せるか」
「頼んだよ、フィル」
口々に仲間たちがそう言うと、フィルはうなづいた。
「あっ、でも間違ってたらゴメンね」
フィルが肩をすくめて舌を出すと、仲間のうちの一人が笑った。
「そんなときは頭領がなんとかしてくれるさ。な、頭領」
「あ、ああそうさ。任せときな」
急に話を振られたロゼは狼狽えながらも、なんとか体裁を取り繕うために、右の拳で胸を叩いた。
その仕草を見た風の骨のメンバーは、頼もしそうな顔でうなづいた。
「頭領に任せとけば安心だな」
「間違いない」
ロゼを信頼しきっている彼らは、その一言だけでこの件が解決したような顔で声をあげて笑った。
「それじゃ晩ご飯食べようか」
「待ってましたっ」
「もう、頭領ったら」
「だってお腹へったんだもん」
悪びれもせずにロゼが胸を張ると、仲間の一人がおずおずと尋ねた。
「でも……さ、どうするの。一人分足りないけど」
「えっ……それは……」
ロゼが返事を考えながら視線を巡らせると、双子の少年の方と目が合った。
「あ……」
「頭領、今度はダメだからね」
トルと呼ばれる少年に釘をさされて、ロゼは舌を出した。
「あ、バレたか」
「当たり前でしょ」
「へへ……ゴメン」
「ても、それじゃ誰が……」
「大丈夫。ちゃんとお代わり用に取っといたのがあるから、それをよそうよ」
食事係の少年がそう言うと、ロゼが不服そうな顔で口を挟んだ。
「え、それじゃお代わりは……」
「頭領っ」
双子に異口同音でたしなめられ、ロゼは首をすくめた。
「まあまあ。頭領のお代わりぶんぐらいならあるから、そんなに気を落とさないで」
「ホントに、ハージェス」
ロゼが目を輝かせるのを見て、食事係のハージェスは苦笑した。
「ホントだよ。……大食らいの頭領を持つと大変だな」
「成長期って言ってよね」
ロゼが胸を張るのを見て、仲間たちはくすくすと笑った。
「ま、いいんだけどね。じゃあ晩ご飯にしようか。みんなそれぞれ自分の皿をテーブルに運んでくれるかい」
「はーい」
「ほいよっ」
「待ってました」
元気よく返事をすると、彼らはいそいそとシチューの盛られた皿とスプーンを持って食卓に向かった。
「はー、美味しかった」
「仲間と食べる旨い飯、最高だな」
風の骨のメンバーがテーブルを囲んでそれぞれ満足げにくつろいでいるなかで、ロゼは両手でお腹をさすって椅子の背にもたれた。
「はー、満腹、満腹。……ゲーーップゥ」
恥じらいなど微塵も感じられないその言動を見て、その場にいる全員がなんとも言えない顔になった。
「ちょっと……頭領それは……」
「さすがに女捨てすぎだと思うけど……」
「あははっ。気にしない、気にしない。小さいことにいちいちこだわってちゃダメだって」
大口をあけて笑うロゼに、仲間たちは愛想笑いをしてみせるのだった。
「それはそうとさ。エギーユたちはどうだった」
「エギーユたちは皆無事だったよ。ただ、頭領たちのこと心配してたから、早くあっちに合流しないとね」
「あたしのことはどう言ってあるの」
「一応戦場ではぐれて、今探してるってことにしてるんだけど」
「ま、そうするしかないだろうね、わかった」
ロゼが右手をあげると、トルは念を押した。
「ちゃんと覚えといてよ。頭領、結構ヌケてるから」
「あ、ひっどーい。あたしのこと信用してないな」
「いやいや。日頃の行いのせいだから」
「むうーー」
真顔でそう告げられ、ロゼは返す言葉もなく、無言で頬を膨らませた。
「冗談抜きで言うが、この頃エギーユに俺たちの行動を怪しまれている気がする。全員気を抜かないように、注意して行動してくれ」
ロクスが年長者らしく仲間たちに注意を促すと、ロゼは頭の後ろで両手を組んだ。
「まあ、大丈夫でしょ。なんとかなるって」
「実際なんとかなってきたしね」
「違いない」
「それもそうだ」
ロゼの呑気な言葉に、風の骨の仲間たちは互いにうなづいて笑いあった。
「それじゃ、明日は早いし各自出発の準備を整えたら、今日はさっさと寝るんだぞ」
「はーい」
風の骨のメンバーは立ちあがると、各々の食器を持って厨房に向かった。
厨房には首をすくめてうつむいているライラと、騒ぎを聞いて駆けつけたデゼルが並んで立っていた。
「まったく、てめぇはバカか」
「すみません……。つい歯止めがきかなくなって……」
「そのうちに正体を暴かれるぞ。ったく」
「そんなこと……。ありえませんわ」
「あいつらはそのつもりだ」
「まさか……冗談でしょう」
ライラが顔をあげると、デゼルはとても冗談とは言えない表情で彼女に告げた。
「この世に絶対というものはない。あいつらはやると言ったら、必ず実行するぞ」
「まさか……」
ライラが両手で口を押さえると、デゼルはライラに背を向けた。
「覚悟しておくんだな」
そう言い残して厨房を出ていくデゼルの背中を見送りながら、ライラは呟いた。
「いったい、どうすると言うんですの。天族を捕まえるなんて……」
そんな絵空事など、実現できるはずがない。霊応力のない人間が天族の存在を感知するには導師の力を借りる必要がある。
いくらロゼが導師になれるほどの霊応力を持っているといっても、使うことができなければ、仲間はおろか自分が天族を見ることすら叶わない。
だがデゼルはそれすら可能にする力が風の骨にはあると言う。
どのような方法でそれを可能にするのかは彼らにもわからないようだが。
「ありえませんわ、そんなこと……」
食事の後片付けをしながら談笑する風の骨のメンバーを見て、ライラはデゼルの言葉を追い払うように首を左右に振った。
「ふ……うっ。あふっ……ん……」
熱々の液体をなんとか喉の奥に流し込むと、ライラはまたパンを一片シチューの中に落とした。
「うふふふふ。どんなに冷たい目で見られようとも、これだけはやめられませんわ」
ライラは幸せそうに笑うと、ほどよくシチューに浸ったパンをすくいあげ、口の中に収めた。
「ねえ、今日の夕飯はなに」
「聞いて驚け、シチューだ」
「うっは、ご馳走じゃん」
夢中になってシチューを食べ続けているライラの耳に、風の骨のメンバーの声が飛び込んできた。
「え、もう戻ってきたんですの」
幸せな時間から強引に現実に現実に連れ戻されたライラは、狼狽えながらも周囲を見回すと、配膳台に横づけされた小さなテーブルの上に鍋が置かれているのを発見した。
少し安堵した表情になったライラはスプーンを置き、鍋に近づいて蓋を取って中を覗き込んだ瞬間に声をあげた。
「え、うそ……」
鍋の中に視線を落としたまま、ライラの顔はみるみる血の気が引いていった。
「空っぽだなんて、そんな……」
茫然と彼女が立ち尽くしている間にも、風の骨のメンバーの声は少しずつ大きくなっていく。
「仕方ありませんわ」
覚悟を決めたようにライラは呟くと、鍋の蓋を元に戻して壁際に立った。
ライラがテーブルから離れると同時に、黒ずくめの暗殺者たちが次々に厨房に入ってきた。
「おっ、こりゃ旨そうだ」
「腕によりをかけて作ったからね。旨すぎてひっくり返るぜ」
「すごい自信」
「それは楽しみだな……あれ」
「え……」
それきり黙ってしまった仲間の様子を不審に思った食事係が彼らを押しのけて厨房に入った。
「なんだ、これは……」
「どうしたの」
「頭領、それが……」
「誰かがシチューを食べたみたいなんだ……」
「えっ、どうやって」
声をあげるロゼに食事係は首を横に振って答えた。
「俺にだってわからないよ。ここには俺たち風の骨以外誰もいないし、皆一緒に来たからこの中に盗み食いなんてできる奴はいるはずがないのに」
「じゃあ、一体誰がこんな……」
黒ずくめの暗殺者たちは皆一様に黙り込んだ。
仲間は犯人じゃない。しかも外部の者はまず入ってくることはない。それなのに……
「……ねえ、ちょっと思い当たるフシがあるんだけど」
「フィル、犯人を知っているのか」
「ううん、知ってるってほどじゃないんだけどさ、もしかしたらってね」
「もしかしたらって、フィル。まさかあの……」
「しーーっ。頭領はなにも言わないで。とにかくこの件はあたしに預けてくれないかな」
なにか言いかけたロゼを口止めして、フィルが仲間たちに尋ねた。
「うーん、まあ見当もつかないし、任せてもいいんじゃない」
「そうだね、任せるか」
「頼んだよ、フィル」
口々に仲間たちがそう言うと、フィルはうなづいた。
「あっ、でも間違ってたらゴメンね」
フィルが肩をすくめて舌を出すと、仲間のうちの一人が笑った。
「そんなときは頭領がなんとかしてくれるさ。な、頭領」
「あ、ああそうさ。任せときな」
急に話を振られたロゼは狼狽えながらも、なんとか体裁を取り繕うために、右の拳で胸を叩いた。
その仕草を見た風の骨のメンバーは、頼もしそうな顔でうなづいた。
「頭領に任せとけば安心だな」
「間違いない」
ロゼを信頼しきっている彼らは、その一言だけでこの件が解決したような顔で声をあげて笑った。
「それじゃ晩ご飯食べようか」
「待ってましたっ」
「もう、頭領ったら」
「だってお腹へったんだもん」
悪びれもせずにロゼが胸を張ると、仲間の一人がおずおずと尋ねた。
「でも……さ、どうするの。一人分足りないけど」
「えっ……それは……」
ロゼが返事を考えながら視線を巡らせると、双子の少年の方と目が合った。
「あ……」
「頭領、今度はダメだからね」
トルと呼ばれる少年に釘をさされて、ロゼは舌を出した。
「あ、バレたか」
「当たり前でしょ」
「へへ……ゴメン」
「ても、それじゃ誰が……」
「大丈夫。ちゃんとお代わり用に取っといたのがあるから、それをよそうよ」
食事係の少年がそう言うと、ロゼが不服そうな顔で口を挟んだ。
「え、それじゃお代わりは……」
「頭領っ」
双子に異口同音でたしなめられ、ロゼは首をすくめた。
「まあまあ。頭領のお代わりぶんぐらいならあるから、そんなに気を落とさないで」
「ホントに、ハージェス」
ロゼが目を輝かせるのを見て、食事係のハージェスは苦笑した。
「ホントだよ。……大食らいの頭領を持つと大変だな」
「成長期って言ってよね」
ロゼが胸を張るのを見て、仲間たちはくすくすと笑った。
「ま、いいんだけどね。じゃあ晩ご飯にしようか。みんなそれぞれ自分の皿をテーブルに運んでくれるかい」
「はーい」
「ほいよっ」
「待ってました」
元気よく返事をすると、彼らはいそいそとシチューの盛られた皿とスプーンを持って食卓に向かった。
「はー、美味しかった」
「仲間と食べる旨い飯、最高だな」
風の骨のメンバーがテーブルを囲んでそれぞれ満足げにくつろいでいるなかで、ロゼは両手でお腹をさすって椅子の背にもたれた。
「はー、満腹、満腹。……ゲーーップゥ」
恥じらいなど微塵も感じられないその言動を見て、その場にいる全員がなんとも言えない顔になった。
「ちょっと……頭領それは……」
「さすがに女捨てすぎだと思うけど……」
「あははっ。気にしない、気にしない。小さいことにいちいちこだわってちゃダメだって」
大口をあけて笑うロゼに、仲間たちは愛想笑いをしてみせるのだった。
「それはそうとさ。エギーユたちはどうだった」
「エギーユたちは皆無事だったよ。ただ、頭領たちのこと心配してたから、早くあっちに合流しないとね」
「あたしのことはどう言ってあるの」
「一応戦場ではぐれて、今探してるってことにしてるんだけど」
「ま、そうするしかないだろうね、わかった」
ロゼが右手をあげると、トルは念を押した。
「ちゃんと覚えといてよ。頭領、結構ヌケてるから」
「あ、ひっどーい。あたしのこと信用してないな」
「いやいや。日頃の行いのせいだから」
「むうーー」
真顔でそう告げられ、ロゼは返す言葉もなく、無言で頬を膨らませた。
「冗談抜きで言うが、この頃エギーユに俺たちの行動を怪しまれている気がする。全員気を抜かないように、注意して行動してくれ」
ロクスが年長者らしく仲間たちに注意を促すと、ロゼは頭の後ろで両手を組んだ。
「まあ、大丈夫でしょ。なんとかなるって」
「実際なんとかなってきたしね」
「違いない」
「それもそうだ」
ロゼの呑気な言葉に、風の骨の仲間たちは互いにうなづいて笑いあった。
「それじゃ、明日は早いし各自出発の準備を整えたら、今日はさっさと寝るんだぞ」
「はーい」
風の骨のメンバーは立ちあがると、各々の食器を持って厨房に向かった。
厨房には首をすくめてうつむいているライラと、騒ぎを聞いて駆けつけたデゼルが並んで立っていた。
「まったく、てめぇはバカか」
「すみません……。つい歯止めがきかなくなって……」
「そのうちに正体を暴かれるぞ。ったく」
「そんなこと……。ありえませんわ」
「あいつらはそのつもりだ」
「まさか……冗談でしょう」
ライラが顔をあげると、デゼルはとても冗談とは言えない表情で彼女に告げた。
「この世に絶対というものはない。あいつらはやると言ったら、必ず実行するぞ」
「まさか……」
ライラが両手で口を押さえると、デゼルはライラに背を向けた。
「覚悟しておくんだな」
そう言い残して厨房を出ていくデゼルの背中を見送りながら、ライラは呟いた。
「いったい、どうすると言うんですの。天族を捕まえるなんて……」
そんな絵空事など、実現できるはずがない。霊応力のない人間が天族の存在を感知するには導師の力を借りる必要がある。
いくらロゼが導師になれるほどの霊応力を持っているといっても、使うことができなければ、仲間はおろか自分が天族を見ることすら叶わない。
だがデゼルはそれすら可能にする力が風の骨にはあると言う。
どのような方法でそれを可能にするのかは彼らにもわからないようだが。
「ありえませんわ、そんなこと……」
食事の後片付けをしながら談笑する風の骨のメンバーを見て、ライラはデゼルの言葉を追い払うように首を左右に振った。