翌日は晴天で朝を迎えた。
「おはようスレイ。……待たせてしまっただろうか」
申し訳なさそうにうつむくアリーシャに、スレイは笑って答えた。
「おはようアリーシャ。そんなことないよ……って、え」
スレイは目をみはった。なんと、アリーシャはその華奢な体に不釣合いなほどの大きなバスケットを持っていたのだ。
「どうしたスレイ。なにかおかしいだろうか」
「ふふ……そうですね、ミクリオ様」
「ね、ミクリオたちとなんの話してるの、アリーシャ」
「泉の番をしているあの方の話だよ、スレイ」
「あああの……。相変わらずなのかな」
「そうだな。スレイのことを気にかけていたよ」
「え……」
スレイが少し困ったような表情を見せると、アリーシャは微笑みながら答えた。
「心配しなくとも、サフィール殿は人間だから見えないということはないよ」
「あ、そうだっけ」
スレイは右手で頭を掻いたが、その顔は心なしか赤かった。
「おはようスレイ。……待たせてしまっただろうか」
申し訳なさそうにうつむくアリーシャに、スレイは笑って答えた。
「おはようアリーシャ。そんなことないよ……って、え」
スレイは目をみはった。なんと、アリーシャはその華奢な体に不釣合いなほどの大きなバスケットを持っていたのだ。
「どうしたスレイ。なにかおかしいだろうか」
「いや、おかしいんじゃなくて……。どうしたの、そのバスケット」
「こ、これは……昨日言ったお弁当なんだが。シェフに言ったら張り切ってしまって、こんな量になってしまったんだ……」
少し顔を赤くしてアリーシャは答えた。
スレイが改めてまじまじと「お弁当」を眺めていると、誰かが彼の背中を小突いた。
「いたっ。なにするんだ、ミクリオ」
スレイは思わず振り向いて文句を言ったが、そこには彼の親友はおろか、誰の姿もない。
少し寂しそうな、悲しげな顔でスレイがアリーシャに向き直ると、今度は彼女の持っていたバスケットが宙に浮いてスレイの目の前にやってきた。
慌ててスレイが両手を前に出すと、バスケットはすっぽりと彼の腕の中に収まった。
「え……」
状況が飲み込めず、ぽかんと口を開けているスレイに、アリーシャは申し訳なさそうに告げた。
「あの……スレイ。ミクリオ様とエドナ様は、スレイがバスケットを持つべきだとおっしゃっているんだが……」
バスケットを両手に抱えてアリーシャを通じてミクリオとエドナの主張を聞いたスレイは、納得したようにうなづいた。
「あ、そうか。それでミクリオにぶたれたんだな」
スレイは左手にバスケットを持ち直すと、にっこりと笑った。
「さ、行こうかみんな」
四人はアリーシャの屋敷を出て貴族街を抜け、聖堂前の広場へと通じる階段を下っていった。
「あっ、導師様だ」
聖堂に向かっていた親子がスレイたちに気づいた。子供がぱたぱたと軽快な足音を立ててスレイに近づいてくる。
「おはよう導師様。都に来てるんだ」
子供はきらきらと輝く瞳でスレイを見上げた。
「おはよう。ちょっとアリーシャに用があったんだ」
スレイが口元に笑みを浮かべて答えると、子供は嬉しそうに笑った。
「そうなんだ。導師様ゆっくりしていってね」
そう言うとまだ幼いその子は、スレイたちに手を振って母親の方へ走っていった。スレイと目が合うと母親は会釈をしてきたので、スレイも軽く頭を下げた。
「ねえアリーシャ、忘れ物をしちゃったから、ちょっと引き返してもいいかな」
親子の背中を見送りながら尋ねるスレイに、アリーシャは応じた。
「ああ、わかった。一度屋敷に戻ろう」
そうしてスレイたちは来た道を戻ってもう一度アリーシャの屋敷に入った。
「ありがとうアリーシャ。みんなちょっと待ってて」
スレイはそう言うと、おもむろにマントを脱ぎ始めた。
「え、スレイ。どうしたんだ」
ミクリオが突然のスレイの行動に驚きの声をあげると、それをスレイに伝えるためにアリーシャが尋ねた。
「一体どうしたんだ、スレイ。ミクリオ様も驚いておられるよ」
「驚かせてごめん。アリーシャにお願いがあるんだ」
「どうした改まって……」
「これを……」
スレイが差し出したマントを見て、アリーシャの顔色が波が引くようにさあっと色を失った。
「それは……。まさかスレイは導師をやめてしまうのか」
「え……どうして」
なんのことかわからないと言う顔でスレイが返すと、アリーシャは震える手を胸の前で握って続けた。
「だってそうだろう。そのマントを私に返すということは……」
「ち、違うよアリーシャ。これは預かってほしいんだ」
「……」
「アリーシャ」
「え」
惚けたような顔のアリーシャに、スレイは続けて告げた。
「今のオレは導師どころか天族を見ることも話すこともできない。そんなオレがこのマントを着ているべきじゃないと思うんだ。だからこれはアリーシャが預かっててほしいんだ」
「スレイ……」
「このままじゃオレ、みんなを騙してるみたいで苦しいんだ」
「……そうか。わかったよスレイ。このマントは私が預かる。ただしスレイがまた導師になるときまでだが」
「オレ、また導師になれるかな……」
少し不安そうにマントを見つめるスレイに、アリーシャは力強くうなづいてみせた。
「私はそう思っている。そしてそれは、ミクリオ様やエドナ様も同じだと私は信じている」
アリーシャはマントを握るスレイの拳を包むように手を添えた。
「それに導師でなくとも、スレイはスレイだ」
「うん、ありがとうアリーシャ」
アリーシャのその言葉に安心したように笑顔を見せると、スレイはマントをアリーシャに手渡した。
「確かに預かった。少し待っていてくれ」
アリーシャはメイドを呼ぶと、スレイのマントを手渡した。
「大事な預かり物だ。丁寧に保管してくれ」
「承知しました、姫様」
メイドは一礼すると、マントを両手で抱えて屋敷の奥へと消えていった。
「さあ、行こうかスレイ。ミクリオ様とエドナ様も」
「ああ行こう」
「そうね」
スレイはミクリオとエドナの返事をするを聞いたように誰もいない壁を見つめた。
「……そっちじゃないんだけどな」
「仕方ないわよ。きっとそっちの壁にこだましたんでしょ」
「……なんかよくないことを言われてる気がする」
天族二人の声が聞こえないはずのスレイが口を尖らせると、エドナが薄ら笑いを口元に浮かべた。
「あら、いい勘してるじゃない」
そんなエドナの言葉を聞いたアリーシャは、ただ苦笑するばかりだった。
再びアリーシャの屋敷を出て貴族街を歩いていたスレイは、ふと自分たちの後ろをついてくる人影に気づいた。
「アリーシャ、あれ……」
「ああすまない。彼らは私が屋敷を出ると後についてくるんだ」
「え、どうして」
「平たく言えば監視だな。本来は屋敷から出ることは赦されていないのだが、聖堂からの口添えもあって、清水を汲みに行くことだけは特別に許可されたのだ。見張りがつくことを条件にな」
「それがあの兵隊なのか……」
スレイは改めて横目で見張りの兵士たちを見た。
「アリーシャ、前に王宮に行ったときみたいに、ひどい目に合わされてないの」
「それは大丈夫だ。バルトロも再び民に暴動を起こされるのはさすがに困るらしく、おかしなことはさせないようにしているらしい」
「へえ、レディレイクのみんなはすごいんだね」
スレイが感心したように言うと、アリーシャは少し困ったような顔をした。
「民を守るべきなのは私なのに、これでは立場が逆だ……」
「それだけ街のみんなはアリーシャのことが好きなんだよ」
そのスレイの言葉と笑顔に、アリーシャは耳まで真っ赤になってうつむいた。
それからスレイたちは貴族街の扉をくぐり、階段を下りて聖堂前の広場に出た。
「広場にはさっきの親子の姿はもうなく、彼らの向かっていた聖堂がスレイたちの左手奥に佇んでいる。
スレイがあの聖堂で聖剣を抜いたのはついこの間のことだ。
そんな感傷に浸っているように見えたのか、アリーシャがそっと声をかけた。
「どうした、スレイ」
「ううん、なんでもないよ」
「聖堂に少し寄って行こうか」
気を使って尋ねてくるアリーシャに、スレイは首を横に振ってみせた。
「いや、いいよ。先に清水を汲みに行こう。ウーノさんも待ってるかもしれないし」
「そうだな。では行こうか」
アリーシャはそれ以上はなにも言わず、スレイに続いて階段を下りていった。
「やっぱり気にしてるのね」
「そうだね。結構平気そうにしてると思ったんだけど、僕らが思っているより、実は危うい状態なのかもしれないな」
マントを脱いだ今、見た目もただの田舎の若者と、従士でなくなっている姫騎士の背中を眺めながら、ミクリオは答えた。
「大丈夫かしらね、あの子」
「どうだろうね。こればっかりは本人にもわからないだろうさ」
ミクリオが肩をすくめると、エドナは溜め息をついた。
「そうね」
天族二人は人間たちに続いて広場から下る階段を降りていった。
階段の下には商店や宿屋の並ぶ通りがあり、そこを抜けるとレディレイクと湖の岸をつなぐ橋が架かっている。
「アリーシャ姫、行ってらっしゃいませ。道中お気をつけて」
「ありがとう。行ってくるよ」
アリーシャと挨拶を交わすと、衛兵はスレイも一緒に通した。
当然のように見送る衛兵を、ミクリオは意外そうに見た。
「なにも言われないんだな」
「今朝早くに同行者がいることを伝えてあるからな。聖堂の関係者ということになっている」
「関係者か。間違いはないかもな」
ミクリオがくっくっと喉を鳴らして笑うと、スレイが目を丸くした。
「そうなんだ、知らなかった」
「ホント、甘ちゃんよね」
スレイのあまりの世間知らずぶりに、エドナは呆れ顔で呟いた。
そのぼやきを聞いたアリーシャが苦笑いするのを見て、スレイが尋ねる。
「どうしたの、アリーシャ」
「なんでもないよ。さあ行こうか」
アリーシャに促されて、スレイたちはなだらかな山道を登り始めた。
湖上の都を背に山道を進むと、やがて前に通ったときに見た廃村がスレイたちの視界に現れたが、誰一人そのことには触れず、崩れかけた建物の群れを後にした。
山道を登りきって拓けた高地に出ると、スレイが大きく息を吸った。
「いい天気だな。空気も澄んでて気持ちいいや」
「そうだな。泉まで行ったら、もっと清々しい気分になるぞ」
「確かにあの泉のある山の上は穢れもほとんど感じなかくて、僕たちも居心地がよかったね」
「あら、そんな場所があるの」
「はい、エドナ様。まるで地上から切り離されたような場所です」
「ただちょっと変わった人がいるけどね」「こ、これは……昨日言ったお弁当なんだが。シェフに言ったら張り切ってしまって、こんな量になってしまったんだ……」
少し顔を赤くしてアリーシャは答えた。
スレイが改めてまじまじと「お弁当」を眺めていると、誰かが彼の背中を小突いた。
「いたっ。なにするんだ、ミクリオ」
スレイは思わず振り向いて文句を言ったが、そこには彼の親友はおろか、誰の姿もない。
少し寂しそうな、悲しげな顔でスレイがアリーシャに向き直ると、今度は彼女の持っていたバスケットが宙に浮いてスレイの目の前にやってきた。
慌ててスレイが両手を前に出すと、バスケットはすっぽりと彼の腕の中に収まった。
「え……」
状況が飲み込めず、ぽかんと口を開けているスレイに、アリーシャは申し訳なさそうに告げた。
「あの……スレイ。ミクリオ様とエドナ様は、スレイがバスケットを持つべきだとおっしゃっているんだが……」
バスケットを両手に抱えてアリーシャを通じてミクリオとエドナの主張を聞いたスレイは、納得したようにうなづいた。
「あ、そうか。それでミクリオにぶたれたんだな」
スレイは左手にバスケットを持ち直すと、にっこりと笑った。
「さ、行こうかみんな」
四人はアリーシャの屋敷を出て貴族街を抜け、聖堂前の広場へと通じる階段を下っていった。
「あっ、導師様だ」
聖堂に向かっていた親子がスレイたちに気づいた。子供がぱたぱたと軽快な足音を立ててスレイに近づいてくる。
「おはよう導師様。都に来てるんだ」
子供はきらきらと輝く瞳でスレイを見上げた。
「おはよう。ちょっとアリーシャに用があったんだ」
スレイが口元に笑みを浮かべて答えると、子供は嬉しそうに笑った。
「そうなんだ。導師様ゆっくりしていってね」
そう言うとまだ幼いその子は、スレイたちに手を振って母親の方へ走っていった。スレイと目が合うと母親は会釈をしてきたので、スレイも軽く頭を下げた。
「ねえアリーシャ、忘れ物をしちゃったから、ちょっと引き返してもいいかな」
親子の背中を見送りながら尋ねるスレイに、アリーシャは応じた。
「ああ、わかった。一度屋敷に戻ろう」
そうしてスレイたちは来た道を戻ってもう一度アリーシャの屋敷に入った。
「ありがとうアリーシャ。みんなちょっと待ってて」
スレイはそう言うと、おもむろにマントを脱ぎ始めた。
「え、スレイ。どうしたんだ」
ミクリオが突然のスレイの行動に驚きの声をあげると、それをスレイに伝えるためにアリーシャが尋ねた。
「一体どうしたんだ、スレイ。ミクリオ様も驚いておられるよ」
「驚かせてごめん。アリーシャにお願いがあるんだ」
「どうした改まって……」
「これを……」
スレイが差し出したマントを見て、アリーシャの顔色が波が引くようにさあっと色を失った。
「それは……。まさかスレイは導師をやめてしまうのか」
「え……どうして」
なんのことかわからないと言う顔でスレイが返すと、アリーシャは震える手を胸の前で握って続けた。
「だってそうだろう。そのマントを私に返すということは……」
「ち、違うよアリーシャ。これは預かってほしいんだ」
「……」
「アリーシャ」
「え」
惚けたような顔のアリーシャに、スレイは続けて告げた。
「今のオレは導師どころか天族を見ることも話すこともできない。そんなオレがこのマントを着ているべきじゃないと思うんだ。だからこれはアリーシャが預かっててほしいんだ」
「スレイ……」
「このままじゃオレ、みんなを騙してるみたいで苦しいんだ」
「……そうか。わかったよスレイ。このマントは私が預かる。ただしスレイがまた導師になるときまでだが」
「オレ、また導師になれるかな……」
少し不安そうにマントを見つめるスレイに、アリーシャは力強くうなづいてみせた。
「私はそう思っている。そしてそれは、ミクリオ様やエドナ様も同じだと私は信じている」
アリーシャはマントを握るスレイの拳を包むように手を添えた。
「それに導師でなくとも、スレイはスレイだ」
「うん、ありがとうアリーシャ」
アリーシャのその言葉に安心したように笑顔を見せると、スレイはマントをアリーシャに手渡した。
「確かに預かった。少し待っていてくれ」
アリーシャはメイドを呼ぶと、スレイのマントを手渡した。
「大事な預かり物だ。丁寧に保管してくれ」
「承知しました、姫様」
メイドは一礼すると、マントを両手で抱えて屋敷の奥へと消えていった。
「さあ、行こうかスレイ。ミクリオ様とエドナ様も」
「ああ行こう」
「そうね」
スレイはミクリオとエドナの返事をするを聞いたように誰もいない壁を見つめた。
「……そっちじゃないんだけどな」
「仕方ないわよ。きっとそっちの壁にこだましたんでしょ」
「……なんかよくないことを言われてる気がする」
天族二人の声が聞こえないはずのスレイが口を尖らせると、エドナが薄ら笑いを口元に浮かべた。
「あら、いい勘してるじゃない」
そんなエドナの言葉を聞いたアリーシャは、ただ苦笑するばかりだった。
再びアリーシャの屋敷を出て貴族街を歩いていたスレイは、ふと自分たちの後ろをついてくる人影に気づいた。
「アリーシャ、あれ……」
「ああすまない。彼らは私が屋敷を出ると後についてくるんだ」
「え、どうして」
「平たく言えば監視だな。本来は屋敷から出ることは赦されていないのだが、聖堂からの口添えもあって、清水を汲みに行くことだけは特別に許可されたのだ。見張りがつくことを条件にな」
「それがあの兵隊なのか……」
スレイは改めて横目で見張りの兵士たちを見た。
「アリーシャ、前に王宮に行ったときみたいに、ひどい目に合わされてないの」
「それは大丈夫だ。バルトロも再び民に暴動を起こされるのはさすがに困るらしく、おかしなことはさせないようにしているらしい」
「へえ、レディレイクのみんなはすごいんだね」
スレイが感心したように言うと、アリーシャは少し困ったような顔をした。
「民を守るべきなのは私なのに、これでは立場が逆だ……」
「それだけ街のみんなはアリーシャのことが好きなんだよ」
そのスレイの言葉と笑顔に、アリーシャは耳まで真っ赤になってうつむいた。
それからスレイたちは貴族街の扉をくぐり、階段を下りて聖堂前の広場に出た。
「広場にはさっきの親子の姿はもうなく、彼らの向かっていた聖堂がスレイたちの左手奥に佇んでいる。
スレイがあの聖堂で聖剣を抜いたのはついこの間のことだ。
そんな感傷に浸っているように見えたのか、アリーシャがそっと声をかけた。
「どうした、スレイ」
「ううん、なんでもないよ」
「聖堂に少し寄って行こうか」
気を使って尋ねてくるアリーシャに、スレイは首を横に振ってみせた。
「いや、いいよ。先に清水を汲みに行こう。ウーノさんも待ってるかもしれないし」
「そうだな。では行こうか」
アリーシャはそれ以上はなにも言わず、スレイに続いて階段を下りていった。
「やっぱり気にしてるのね」
「そうだね。結構平気そうにしてると思ったんだけど、僕らが思っているより、実は危うい状態なのかもしれないな」
マントを脱いだ今、見た目もただの田舎の若者と、従士でなくなっている姫騎士の背中を眺めながら、ミクリオは答えた。
「大丈夫かしらね、あの子」
「どうだろうね。こればっかりは本人にもわからないだろうさ」
ミクリオが肩をすくめると、エドナは溜め息をついた。
「そうね」
天族二人は人間たちに続いて広場から下る階段を降りていった。
階段の下には商店や宿屋の並ぶ通りがあり、そこを抜けるとレディレイクと湖の岸をつなぐ橋が架かっている。
「アリーシャ姫、行ってらっしゃいませ。道中お気をつけて」
「ありがとう。行ってくるよ」
アリーシャと挨拶を交わすと、衛兵はスレイも一緒に通した。
当然のように見送る衛兵を、ミクリオは意外そうに見た。
「なにも言われないんだな」
「今朝早くに同行者がいることを伝えてあるからな。聖堂の関係者ということになっている」
「関係者か。間違いはないかもな」
ミクリオがくっくっと喉を鳴らして笑うと、スレイが目を丸くした。
「そうなんだ、知らなかった」
「ホント、甘ちゃんよね」
スレイのあまりの世間知らずぶりに、エドナは呆れ顔で呟いた。
そのぼやきを聞いたアリーシャが苦笑いするのを見て、スレイが尋ねる。
「どうしたの、アリーシャ」
「なんでもないよ。さあ行こうか」
アリーシャに促されて、スレイたちはなだらかな山道を登り始めた。
湖上の都を背に山道を進むと、やがて前に通ったときに見た廃村がスレイたちの視界に現れたが、誰一人そのことには触れず、崩れかけた建物の群れを後にした。
山道を登りきって拓けた高地に出ると、スレイが大きく息を吸った。
「いい天気だな。空気も澄んでて気持ちいいや」
「そうだな。泉まで行ったら、もっと清々しい気分になるぞ」
「確かにあの泉のある山の上は穢れもほとんど感じなかくて、僕たちも居心地がよかったね」
「あら、そんな場所があるの」
「はい、エドナ様。まるで地上から切り離されたような場所です」
「ふふ……そうですね、ミクリオ様」
「ね、ミクリオたちとなんの話してるの、アリーシャ」
「泉の番をしているあの方の話だよ、スレイ」
「あああの……。相変わらずなのかな」
「そうだな。スレイのことを気にかけていたよ」
「え……」
スレイが少し困ったような表情を見せると、アリーシャは微笑みながら答えた。
「心配しなくとも、サフィール殿は人間だから見えないということはないよ」
「あ、そうだっけ」
スレイは右手で頭を掻いたが、その顔は心なしか赤かった。