夜の森は昼間とは別の顔を訪れる者に見せる。
 ひっきりなしにフクロウは空気の抜けたような声で鳴き、ムササビは予告もなしに目の前を横切る。
 すぐ近くで肉食獣の唸り声が聞こえてロゼは咄嗟に身構えた。しかし獣はご馳走を食べ終えた後だったのか、ロゼに興味を示すことはなかった。
 ロゼは注意深く、足音を立てないようにしながら獣から離れた。
 しばらくそのまま森を進むと、大きな切り株が見えてきた。
「あ、あの切り株。……ってことはあっちの方に行くとアジトってワケか」
 アジトが近いとわかって元気が出たのか、急に走りだしたロゼを眺めながら、ライラがデゼルに尋ねた。
「アジト……ですの」
「ああ。この近くにはあいつが寝ぐらに使っている遺跡がある」
 森の中を駆け抜けるロゼの後ろ姿をライラが目で追っていると、ロゼと同じ黒装束の人影が数人、彼女を出迎えた。
「よっ、みんな」
 ロゼが右手をあげると、仲間たちは口々に彼らの頭領の無事を喜んだ。
「よかったーー、頭領。戦場ではぐれたときは、焦りましたよ」
「ばっかだなあ。頭領がそう簡単にやられるワケがないって、言ったろ」
「なにしろあたしたちの頭領だからね」
「そりゃそうだけどさ……。やっぱ心配じゃん」
 最初に声をあげた者が、ばつが悪そうに口ごもると、ロゼは顔の前で両手を合わせた。
「ごめん、ごめん。そうだよね、これからはなるべくみんなと行動するからさ」
「そうしてくれると助かるよ、ホント」
「なぁに、エラッそうに」
 そのやり取りにロゼが吹き出すと、仲間たちも一緒になって笑った。しかしすぐに真顔になると、ロゼは小声で尋ねた。
「あんたたち、もしかして尾行られてる」
「うん、ごめん。巻こうとしたんだけどうまくいかなくて……」
 申し訳なさそうにうつむく仲間にロゼは右手の親指と人差し指で丸いサインを作ってみせた。
「オッケー、わかった。それじゃいつもの場所に誘い込もう」
「了解」
「了解。じゃあいつもの場所で」
 その言葉を合図に、ロゼの仲間たちはかき消えるようにその場からいなくなった。
「まさか……。ロゼさん私たちに気づいたんじゃ……」
「それはねえだろう。多分あれだ」
 ライラがデゼルの指差す方向に視線を向けると、その先には小さな人影が五つほど見えた。
「あれは……」
「子供だな」
 デゼルが答えると同時に子供たちはロゼたち風の骨に一瞬で捕まった。見事に連携のとれた動きという他に表現のしようがない。
 捕まった子供たちは短刀を突きつけられ、身じろぎもできずに彫刻のように固まっている。
「捕まえてどうしますの。彼らは暗殺ギルドですわよね。もしかして全員……」
 ライラが言い淀むと、デゼルはきっぱりと否定した。
「あいつらは無用な殺しはしねえ」
「あら、それではどうするのでしょう」
 黙って見ていろとでも言うように、デゼルは顎をしゃくってみせた。
「残念だったね。あたしたちは敗残兵じゃないよ。暗殺ギルドだ」
 ロゼの言葉に子供たちが体を震わせる姿が、遠くからでも見てとれた。
「あたしが言うのもなんだけどさ、あんたたちいつまでもこんなことしてると、今に痛い目みるよ」
 ロゼは何かを取りだすと、一人の子供に向かって投げてよこした。
「それ持ってとっとと行きな。もうこんなことするんじゃないよ」
 子供はロゼにもらったものとロゼを交互に見た。彼女が投げたのはずっしりと重そうな皮袋だった。おそらく中にはかなりの量のお金が入っているのだろう。
 ロゼが右手をあげると、風の骨の仲間たちは一斉に子供たちから離れた。子供たちが我れ先にと森の中へ消えていくのを腰に手をあててロゼは眺めていた。
「あんな子供たちが敗残兵狩りなんてするんですのね」
「戦災孤児が食うためにやってるんだろう」
 苦々しく吐き捨てるデゼルを見てライラは小首を傾げた。
「不機嫌ですのね」
「ああ、あいつの甘さと、てめえの図々しさになっ」
「あら、優しいではありませんの」
「ただの自己満足だ。それよりてめえはどこまでついてくる気だ」
「さっきも申しました通り、次の導師と契約……」
 ライラの目の前を風が横切り彼女の長い髪をなびかせた。いつの間にかデゼルの手には小さな石のような物が握られている。
「デゼルさん、その石は……」
 さらに石から長い鎖が伸びているのを確認すると、ライラは尋ねた。
「教える必要はねえ」
「お願いします。教えてください……。ほら、私が持つ武器は紙葉といいます。だからっ……」
 思いの外執拗に食い下がってきたライラに鼻白みながら、デゼルは仕方なく答えた。
「チッ……。ペンデュラムだ。そんなことは今は関係ないだろう」
「そう、ペンデュラムと言いますのね。あの……さんと同じ……ですのね」
「なんだと」
「なんでもありませんわ。とにかく私はロゼさんを次の導師に決めましたから」
「んなこと勝手に決めるんじゃねえっ」
「大丈夫ですわ。ロゼさんの了解はもらいますもの」
 にっこりと笑うライラを、デゼルは呆れた顔で眺めた。
「まあっ、大変」
「どうしたっ」
「ロゼさんが……ロゼさんが……」
 泣きそうな顔で訴えるライラとロゼという名に、ついデゼルは身を乗りだした。
「あいつがどうしたっ」
「どこにもいませんのっ」
 涙声で訴えるライラの様子に、デゼルは溜め息をついた。
「あいつならアジトに帰ったんだろう。落ち着け、場所は知っている」
「ああ……よかった……」
 胸を撫でおろすライラの様子に、デゼルは自分の軽口を呪った。
「なんてこった……」
 そう呟くとデゼルは帽子を目深にかぶり直した。
「では行きましょうか」
 さっきとはうって変わって朗らかなライラに、デゼルは彼女のしたたかさを感じたのだった。
「一応アジトには連れていってやるが、その後のことは俺は知らねえからな」
 そう念を押すと、デゼルはライラをアジトへと案内した。
 アジトは森の奥の遺跡にあった。古井戸にカムフラージュされた入り口から、はしごを伝って中に下りていくと、急に視界が拓けた。
「まあ、中は広いんですのね」
 アジトの中に入ったライラは感嘆の声をあげた。
「もともとは遺跡だからな。何に使っていたかは知らねえが」
 突き放すような態度でデゼルは答えたが、高揚状態にあるライラはまったく気にすることなく続けた。
「それに案外明るいんですのね。天響術でしょうか」
「詳しいんだな」
「ええ、受け売りですけど。……それにしてもここにスレイさんとミクリオさんがいたらきっととても喜んだでしょうね……」
 そのままもの想いにふけるように黙りこんでしまったライラに、デゼルが尋ねた。
「どうした」
「……なんでもありませんわ。さ、ロゼさんを探しましょう」
「言っておくが、俺は手伝わねえからな」
「わかっていますわ。さてと……」
 わざと声のトーンをあげて言いながら、ライラは遺跡の中を歩き始めた。
 遺跡の間取りは中央に大きなホールがあり、両側に三つずつ小部屋がある。小部屋はそれぞれ物置きや寝室などになっていた。
「ロゼさんたちはいつ頃からこのような生活を」
「五年前からだ」
「五年前になにかありましたの」
「傭兵団を廃業した」
「それはもしかして、風の傭兵団ですの」
「ああそうだ」
「あの一晩で城を三つ陥落させたという……」
「その伝説はかなり脚色されているがな」
「嫌そうに答えますのね。、でももう少しおつき合い願いますわ。とにかく五年前に傭兵団がなくなって、暗殺ギルドが誕生したというわけですのね。……それは傭兵団を潰した者へ復讐するためですの」
「いや、なんでも自分たちのように苦しむ者がいなくなるように。だそうだ」
 デゼルが仏頂面で答えると、ライラは瞳を輝かせて両手を胸の前で合わせた。
「まあ、素晴らしい」
「冗談じゃねえっ。あんな"ごっこ遊び"なんかさっさとやめねえと、今に痛い目を見るに決まっている」
「そうなんですの」
 ライラが小首を傾げると、デゼルはまるでもう話すことはないと言わんばかりに、帽子を深くかぶり直してそっぽを向いた。
 ライラは肩をすくめると、ロゼを探しに遺跡内を歩き始めた。
「さて、と。ロゼさんは……」
 歩きながらライラは周囲を見回した。遺跡の中には暗殺者の黒装束を身につけた者たちが忙しなく動き回っている。
「あっ、ロゼさん」
 ライラは大部屋の一角にいる黒ずくめの一団の中にロゼの朱い頭を見つけて小走りで近づいた。
「それじゃあ頭領、もうここは使わないんですか」
「そうだね。もうそろそろアジトを変えないと、誰かに嗅ぎつけられそうだしさ」
「それもそうか……」
「そうよ。だから早く荷物をまとめてここを出るわよ」
 うなづいた少年の腕を、同じ顔をした少女が引っ張っていった。
「頼んだよ〜」
ロゼは二人に手を振った。
「さて、あたしも忘れ物がないか見てこないと」
 張り切って小部屋に向かうロゼを、ライラは釈然としない顔で見送ると呟いた。
「ロゼさんってば何度呼びかけてもなんの反応もないんですのよ……」
 溜め息をつくとライラは近くの壁にもたれかかっているデゼルに詰め寄った。
「デゼルさんっ。ロゼさんが全ッ然気づいてくれませんわっ。どうしてなんですのっ」
「あいつには俺たちが見えねえからだろうがっ」
「そもそもそれがおかしいんです。あれだけの霊応力がありながら、なぜ……」
 ぶつぶつと呟きながらライラは"我関せず"というような顔でライラの方を向こうとしない。
「わかりましたわ。デゼルさんはもうあてにはしません」
「お、おい。なにをする気だ」
「夜な夜なロゼさんの枕元に立って囁き続けますわ」

デゼルに背を向けると、ライラは寝室に向かって歩いていった。
「まったく……。そんなことをしてもムダだというのに」
  デゼルは左手で額を押さえた。
 翌朝、生あくびをくり返すロゼを見て、仲間の少女が声をかけてきた。
「頭領どうしたの。さっきからあくびばっかりして」
「ん、ああフィルか。実はさ、変な夢を見ちゃってあんまり寝られなかったんだよねぇ」
「へえ、どんな夢」
「えーと、よく覚えてないんだけど、ずっと誰かに呼ばれてたような……」
 顎に右手をあてて天井を見上げるロゼに、フィルと呼ばれた少女は笑って告げた。
「それぐらいならべつに気にしなくてもいいんじゃないかな。現実になにかあったわけじゃないんだし」
「んー、それもそうか。んじゃ、気持ちを切り替えて引っ越しの準備を進めますか」
「了解、頭領」
 笑いながら仲間の元へ向かう二人の後ろ姿を見ながらライラは呟いた。
「まだまだ始まったばかり。私は負けませんわ」
 ライラの決心の言葉を、デゼルはうんざりした顔で聞いていた。


まさかの?ロゼサイドの話です(´>∀<`)ゝ
いや、ライラサイドかもww