スレイの後ろをついていく二人の天族は、マーリンドの加護天族ロハンの目に留まり呼び止められた。
「よう、久しぶりじゃねえか。元気そうでなによりだ。このぶんだと導師も大丈夫みてえだな」
 屈託のないロハンの言葉に、ミクリオとエドナは顔を見合わせた。
「それが……」
「ね……」
「スレイはん、どないしはりましたん」
 アタックがミクリオとエドナの表情を見て心配そうに尋ねた。
「実は……」
 ミクリオは戦場で起こったことをロハンたちに話した。
「なるほどな。……災禍の顕主か。厄介なモンに出くわしちまったみてえだな」
「いずれは浄化しないといけない相手だけどね」
「せやけどまだ早すぎたんとちゃいますか」
「シールドの言う通りだね。そして一番の問題は、スレイの霊応力は戻るのかってことだ」
 ミクリオのその一言で、その場にいる天族たちは口をつぐんでうつむいてしまった。
「おいおいおめえら。ちょっと深刻になりすぎじゃねえのか」
「だって……」
「そう言われても、ね……」
 浮かない顔のミクリオとエドナを元気づけようと、アタックがある可能性について尋ねた。
「なあエドナはん、ミクリオはん。もしかしたらなんかの拍子に、スレイはんの霊応力が戻ったりしはるかも知れへんやん」
「そりゃあ、ないとも言い切れないけど。でもそのきっかけってなにがわかるかい」
 逆にミクリオに尋ねられ、アタックは返事に詰まってしまった。
「えーと、それはやな……」
「実はそんなことはないんじゃないの」
「エドナはん、スレイはんのこと信じられまへんの」
「そ……そんなことないわよ」
「そらよかったわ。なら、きっとスレイはんは元に戻りまっせ」
 無邪気に笑うシールドに背を向けて、エドナは傘をさした。
「ノルミンの勝ちだね、エドナ」
「べ、別に。勝ち負けの問題じゃないでしょ」
 薄紅色に染まった頬を隠すように、エドナは傘をさして天族たちから背を向けた。

 ミクリオとエドナがロハンとノルミンたちと出会ったとき、スレイはネイフトに会うべくマーリンド代表宅の玄関先に立っていた。
「よしっ」
 深呼吸をして気合を入れると、少年は簡素だが造りのいいドアを叩いた。
 ドアが軽快な響きで客の来訪を家人に知らせると、しばらく後にカチリと音がしてドアが開き、年配の女性が顔を覗かせた。
「どちら様でいらっしゃいますか」
「あの……オレはスレイって言います。ネイフトさんに会いに来たんだけど」
「承知しました。しばらくお待ちください」
 女性がそっとドアを閉めると軽くカチリと音が鳴り、ドアの内と外は完全に遮断された。
 スレイは右手で頭を掻くと、大人しくドアの外で女性を待つことにしたのだが、意外に早く再びカチリと音が鳴りゆっくりとドアが開いた。
「どうぞお入りください」
「あっはい。お邪魔します」
 先ほど出てきた年配の女性がドアを大きく開くと、スレイは亀のように首を縮めながら玄関をくぐった。
 そのまま年配の女性に案内され、スレイはある部屋に入った。
 その部屋の真ん中にはソファとテーブルが配置されていて、壁には棚が作り付けられている。棚にはスレイが見たこともない調度品が飾られていたが、その中で瞬くように輝く丸い宝石に、スレイは見覚えがあった。
「お待たせした、スレイ殿」
 スレイが宝石をよく見ようと顔を近づけたとき、ネイフトに声をかけられた。
「あ、ネイフトさん。お久しぶりです」
 スレイが慌てて挨拶をすると、ネイフトは笑って応じた。
「ご無事でなによりじゃ、スレイ殿。まずはお座りくだされ」
 ネイフトに勧められてスレイが腰かけると、ソファはふんわりと少年の体を受け止めた。
 その座り心地のよさにスレイの口からほうっと息が漏れる。ネイフトはそんな彼を向かい合うソファに座りながら眺めた。
「大変なめにあわれたようですな」
「えっ、なんで……」
「顔に書かれておりますぞ」
 ネイフトが笑顔で答えると、スレイは右手で頭を掻いた。
 そのとき部屋のドアをノックする音がして、あの年配の女性がティーセットの乗ったワゴンを押して入ってきた。女性はスレイとネイフトの間に立ち、ポットからカップに紅茶を注いでスレイの前に置いた。
 立ち昇る湯気がスレイの鼻腔を優しく刺激した。
「やっぱりいい匂いだな」
 目を閉じて幸せそうな顔をするスレイを、ネイフトは笑顔で見ている。
「冷める前にどうぞ飲みなされ」
「はは……」
 照れ笑いを浮かべると、スレイは紅茶を口に含んだ。口から鼻に抜けていく香りを楽しむと、スレイはネイフトの顔を見た。
「それでさっきの話の続きですけど、オレってそんなに苦労したみたいに見えますか」
「それはもう。目の下なんぞクマができておりますぞ」
「えっ、クマなんてできてるの」
「はっはっはっ。クマは睡眠不足でもできますからな。おそらく寝ておられぬのではとお見受けしましたが」
「あ、そうか……」
 スレイが右手で頭を掻くと、ネイフトが真剣な顔つきで尋ねた。
「ところでスレイ殿。戦場からいかにして帰ってこられたのですかな」
「うん……。実は戦場で災禍の顕主に会ったんです」
「災禍の顕主とな」
「えっと。ライラ……。オレの主神は導師が沈めなきゃならない存在と言ってました」
「なるほど。導師の宿敵というわけですな。それでスレイ殿はいかに……」
 身を乗り出して問うネイフトに、スレイはうなづいた。
「もちろん挑んだんですけど、全然歯が立ちませんでした」
「それでよく生きて帰られたものじゃ」
 ネイフトが溜め息をつきながらソファに座りなおすと、スレイは膝の上で両手を握りしめた。
「でもオレはそのときに災禍の顕主になにかされたみたいで、天族も憑魔も見えなくなってしまって……」
「つまり霊応力を奪われてしまったのですな」
「……」
「そうですか……」
 スレイがうなだれると、ネイフトは天井を仰いだ。
「スレイ殿。ワシは貴方が生きて戻られたことを嬉しく思いますぞ」
「え……。でもオレは……」
「確かに導師の力を失われたことは受け入れ難いことやもしれませぬが」
「ネイフトさん、オレは」
「力が全てではないと思いますのじゃ」
「うん、ありがとう。でもオレ……やっぱり霊応力をなくしたってことが辛くて」
「スレイ殿……」
「幼なじみやオレに色々教えてくれた人、それにオレの言葉を信じてついてきてくれた女の子にもう会えないってことが辛くて」
「スレイ殿らしいですな。その気持ちを失わなければ、また天族も見えるようになるでしょうな」
「はは……。そうだといいな」
 スレイは頭をあげて笑顔を作ろうとしたが、失敗して引きつった表情をネイフトに見せてしまった。
 しかしネイフトは変な顔をせず大きくうなづいた。
「なんならワシが保証しますぞ。古の言い伝えで"かく言えばかくなる"という言葉もございますからな」
「かく言えば……」
「"言ったことは本当に実現する"というような意味ですな」
「へえ……。そんな言葉があるんだ。ありがとうネイフトさん」
 スレイはカップの紅茶を一気に飲み干した。
「スレイ殿、もう冷めてしまっておるじゃろうに」
「ありがとう。でも美味しかったから」
 照れ笑いを浮かべるスレイに、ネイフトは目を細めて言った。
「その気さくさがスレイ殿の美点ですな。……ところで今晩の宿は決まっておられるのかのう」
「あっ。まだです」
 スレイが右手で頭を掻くのを見て、ネイフトは提案した。
「それならウチに泊まっていかれるとよい。たいしたもてなしもできませんがな」
「え、そんな。宿屋に泊まります」
 慌ててスレイは立ちあがるが、すぐに膝がくだけてソファに座り込んだ。
「……え」
「疲れが出ておるのじゃろう。今日のところは泊まっていきなされ」
「え、でも……」
 なおも立ちあがろうともがくスレイに、ネイフトは重ねて告げた。
「その状態では宿屋まで辿り着けませんぞ」
「う……」
 図星を突かれてなにも言えなくなってしまったスレイは、そのまま押し切られてネイフトの家に泊まることとなったのだった。

「遅いんと違いますか、スレイはん……」
 明かりがついたネイフトの家を眺めて、アタックがぽつりと呟いた。
「そうね、遅いわね」
「しょうがないよ。スレイも今まで話し相手がいなかったんだから。大目に見てあげよう」
 ミクリオがなだめると、エドナは肩をすくめた。
「ふん。仕方ないわね」
 ミクリオに背を向けて傘をさしたエドナに、ロハンが声をかけてきた。、「どうだ、お嬢さん。一緒に月を眺めようじゃねえか」
「はいはい。キレイな月ねーー」
 エドナがつまらなさそうに答えると、ミクリオとノルミンたちは互いに顔を見合わせて苦笑した。
 月はそんな天族たちも、マーリンドの街ごと優しい光で照らしていた。


ちょっと短めだけど、今回はここまで(´>∀<`)ゝ