下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -88ページ目

ダイエット目標期限が迫ってきました。

一昨年12月12日70歳の誕生日までに80kg台の体重を

10%減量の72kg台までする予定でしたが失敗しました。

毎年の誕生日を目標にしていましたが3年連続失敗でした。


失敗の理由は毎月、海外出張が多く会食でついつい食べ過ぎてしまいます。

今年も同じ目標をたてて72kgに挑戦中ですが昨日までに73kg台まで

落としています。一週間以内にあと1kgまで落とせば成功になります。


家内は「70歳代になってからプロボクサーでもないのに

バカバカしいことに挑戦している」と軽蔑した顔つきで見下げています。


しかし毎日、昼食用のダイエット弁当を作ってくれているので感謝しています。


昨日は蓮沼駅近くで無認可保育園を経営している友人と再会したおり

武蔵新田駅前の中華料理店でカロリーの高い一品料理を食べてしまいました。

減量に失敗したと後悔しましたがあとの祭りです。


ここ最近毎朝30分有酸素歩行を遠回りして40分かけてあざみ野駅まで行き

いつも下車している武蔵新田駅で降りず二駅手前の鵜の木駅から

会社までの30分を歩いていっています。


帰宅は田園都市線あざみ野駅の一駅前の「たまプラーザ駅」で下車

自宅まで45分間かけて有酸素歩行をしています。

一日15000歩 消費カロリー500gを12月12日まで実行します。


あと一週間以内に72kgにしてリバウンドさせない体型を維持したいです。


下丸子ではたらく70歳社長のblog

2009年12月12日ごろの撮った肥満体型でした。

家内に腹の周りを裸で撮らせましたがあまりにもグロテスクなので

下着を着なおし撮らせた写真です。


下丸子ではたらく70歳社長のblog

2011年8月北京滞在の40日間、毎日有酸素運動で一気に

73,6kgまで落とした写真です。帰国後の9月~12月まで体重は

増えたり減ったりで思ったほど減りません。


食事量を減らさないで減量すると筋肉は落ちませんので体力消耗は

思ったほど負担を感じません。


あと数日ありますので必ず72㎏にして来年を迎えたいとおもいます。

町内会での餅つき大会に行ってきました。

一昨日、私の住んでいる自治会で年間最大のイベント30年間

続いている餅つき大会がありました。今年は持ち回り組長ついう

26軒のブロックの回覧などのまとめ役になっています。


自治会活動などの町内行事はすべて家内にまかしてい

私は一切関知しませんですが、今年は家内が組長で

餅つき大会の手伝いで早朝7時より出かけてしまいました。


普段ですと日曜日はゴルフに行っていますがこの日は

予定がないので町内の公園で餅つき大会をのぞいて見ることにしました。


一軒隣の孫は嫁と早々餅つき大会に出かけて一人寂しく行ってきました。


下丸子ではたらく70歳社長のblog


町内会の会合にはには一回も出席したことがないので顔見知りは

一人も居ません。


下丸子ではたらく70歳社長のblog


紙と鉛筆以外重いものを持った事のない若いサラリーマン集団で

素人集団と直ぐ分かる餅つきです。先ず腰が引けていて足腰に

安定感がありません。私に杵を持たせれば絵になる格好ですが・・


餅つきは腕、肩の力、相撲取る要領の腰の低さが要求されます。

子供のころから上級者相手でも相撲と腕相撲は負けたことが

滅多にありません(自慢話)


肉体労働で鍛えた私は会社の仕事はセガレにまかして

来年からは餅つき大会の指導者になって仕切っていくかな・・・

家内は嫌がるでしょうが決めたあとは聞く耳は持っていませんので

下丸子ではたらく70歳社長のblog

この席に嫁と孫がいると思い探しましたが見当たりません。

もしかしたら おじいさんを避けていると思いたくなりました(涙、涙)


参加できる黄色のリボンを胸につけて空いている高齢者用の優待席で餅を

もらいに行きましたら「ここは年寄り席の方々です。一般席で貰ってください!」

と言われ「ムカ!」とした瞬間、若くみられたと思いマンザラでもない気持ちでした。

下丸子ではたらく70歳社長のblog

自治会に参加している婆さん達が沢庵切をしていました。

下丸子ではたらく70歳社長のblog


11時20分ごろでしたが、前宣伝していた豚汁が早々と売り切れ(タダですが)

小ぶりなキビ餅3個、アンコ餅3個、海苔醤油餅3個、沢庵、高菜漬を

もらいましたが食べきれないので自宅に持ち帰り夕食代わりになりました。


役員用日本酒が振る舞われていましたが家内が席を外していたので

タダ酒が呑めず残念無念!悔いが残りましたが来年は杵つきに名乗りを

あげて仕切ってみます。





大利根カントリークラブの思い出

大利根カントリークラブに35年間在籍していた時代には年に一回

6月の最終木曜日に必ず株主総会、会員総会があります。


大利根CC株券発行をしている株式を購入し株主になってから

会員になる資格が出来るのです。

開場した時代の一代目会員は居ませんが

二代目、三代目に古くからの友人がいました。


数十年前に先輩会員の紹介で大利根CCの株主総会に誘われました。

それ以来、毎年クラブ、会員から出席の要望もあり年中行事に

なっていました。


株主総会、会員総会は約30分以内でシャンッシャン総会で終了。

掛け声をかける役は自然と私の役目になってしまいました。


先ず声が大きく部屋全体に響きわたる事が条件でした。

議長が文面を読み終わった瞬間、「異議なし!」「賛成!


中には会員が「議長質問!」と言い出す直前に「議事進行!」

掛け声をかければ議長も直ぐそれに応えて議事進行していました。

総会をスムーズに仕切るには掛け声とタイミングしだいで決まります。


もちろん私一人だけでなく数人の株主会員と同じで

家内より愛している大事な大利根CCあっての行事でした。


お陰で20年間以上総会で荒れたことは一度もありませんでした。

その筋でいう「与党総会屋」をながい事、勤めたことになるでしょう。


そのお陰で社会人としては半人前の24歳の若さの

次男が正会員になり、長男は平日会員募集締切り後

締切り前の価格で会員になれたことも内心役得だと思っていました。


入会するまでは理事との面接試験、同伴プレーがあり不安でした。

面接では、普段使っていない言葉の最後は「です。ます。」

にしろと注意させました。


同伴プレーにはオヤジのまねして、間違ってもコース内のしげみで

「「立ち小便」はするなと厳重に忠告していました。それから

くわえタバコで歩いたり、ショットするな!と厳しく伝えました。


あとから理由をつけて前立腺肥大で我慢できないなど理由にならない。

癖はいったんつくと中々止めることが出来ませんから。


一番大事なことはエチケット、マナー

ジャケット、襟付きシャツ着用、間違っても短パン、Tシャツ、トレーナー、

ジーパン、布ゴムのスニーカーでクラブハウスに入るな!と忠告。


企業訪問や高級レストランに行く時の服装について、

だらしない身なりをよく見ることがありますが今の一般社会では

忠告、注意する指導者は解ってもいたしません。


それなりに生活に余裕が出来ても入会審査のある厳しいクラブの

クラブライフ経験が無い若者も原因の一つだと感じました。













大利根カントリークラブに別れを告げました。

大利根カントリークラブの会員になったのは昭和50年代でした。

入会してから35年ちかく経っています。


当時は常磐高速道路もない時代で国道4号線又は6号線で

通っていました。ゴルフ場にはロッジがあり常連メンバーは

土日を利用して泊りがけでプレーしていました。


家内には「大利根に行く」と言えば必ず一泊とまりのつもりで

いましたが別件で一泊したことも度々ありました。

当時はロッジ利用に関係なく泊りがけで前日から

ヨルフとゴルフでプレーしたものです。


その後次男が大学卒業して2年目に正会員にして毎週一回は

プレーしたころは常磐高速道路も完成していて日帰りコースに

なってしまいました。


長男は広島県で有名なパン屋の東京本社営業部を経てその後

デパート勤務などさせられて6年間勤めあげたのち

下丸子パン工場に帰ってきて現在に至っています。


次男は中学一年でゴルフ部へ入部その後大学卒業するまで

体育会ゴルフ部で勉強そっちのけで芝刈りをしていました。

長男も大学入学と同時に体育会ゴルフ部に所属してそれなりに

活躍していました。


二人とも同じ大学を卒業してからは社会人二年目、

次男は大利根CC正会員、将来社長にするべく教育するために

長男はゴルフ三昧をさせないように平日会員にしていました。


私は70歳を過ぎてからはゴルフの腕前も急激に落ちてゴルフに関する

向上心もなくなってしまいました。自動車運転感覚が鈍り

自分から運転してまでゴルフ場通いが出来なくなり、どうでもよくなりました。


長男が広島県の童話の題名の付いたパン屋から帰ってきて

数年たった一昨年次男が正会員で俺が平日会員は兄弟差別だ、

と言い出してきました。欲しければ自分で買え!、と

言っていましたが大利根まで行くのがおっくうになっていたので、

この際に書換えして大利根CCに別れを告げました。


今は小田急バス、小田急多摩線、クラブバスを利用して府中CCに

真剣なプレーよりも友人と会って19番ホールで一杯飲む楽しみで通っています。


大利根カントリークラブについてはたくさんの思い出があります。


後日クラブ側、今までご一緒して頂いたメンバーの方々に迷惑の

かからない範囲でブログでかく予定にしています。






大利根カントリークラブのメンバーに別れを告げました。

大利根カントリークラブの会員になったのは昭和50年代でした。


入会してから35年ちかく経っています。




当時は常磐高速道路もない時代で国道4号線又は6号線で


通っていました。ゴルフ場にはロッジがあり常連メンバーは


土日を利用して泊りがけでプレーしていました。




家内には「大利根に行く」と言えば必ず一泊とまりのつもりで


いましたが別件で一泊したことも度々ありました。


当時はロッジ利用に関係なく泊りがけで前日から


ヨルフとゴルフでプレーしたものです。




その後次男が大学卒業して2年目に正会員にして毎週一回は


プレーしたころは常磐高速道路も完成していて日帰りコースに


なってしまいました。




長男は広島県で有名なパン屋の東京本社営業部を経てその後


デパート勤務などさせられて6年間勤めあげたのち


下丸子パン工場に帰ってきて現在に至っています。




次男は中学一年でゴルフ部へ入部その後大学卒業するまで


体育会ゴルフ部で勉強そっちのけで芝刈りをしていました。


長男も大学入学と同時に体育会ゴルフ部に所属してそれなりに


活躍していました。




二人とも同じ大学を卒業してからは社会人二年目、


次男は大利根CC正会員、将来社長にするべく教育するために


長男はゴルフ三昧をさせないように平日会員にしていました。




私は70歳を過ぎてからはゴルフの腕前も急激に落ちてゴルフに関する


向上心もなくなってしまいました。自動車運転感覚が鈍り


自分から運転してまでゴルフ場通いが出来なくなり、どうでもよくなりました。




長男が童話の名前の付いたパン屋から帰ってきて数年たった一昨年


次男が正会員で俺が平日会員は兄弟差別だ、と言い出してきました。


欲しければ自分で買え!、と言っていましたが大利根まで行くのが


おっくうになっていたので、この際に書換えして大利根CCに別れを告げました。




今は小田急バス、小田急多摩線、クラブバスを利用して府中CCに


真剣なプレーよりも友人と会って19番ホールで一杯飲む楽しみで通っています。




大利根カントリークラブについてはたくさんの思い出があります。




後日クラブ側、今までご一緒して頂いたメンバーの方々に迷惑の


かからない範囲でブログでかく予定にしています。











ふざけるな!玄葉外相 日帰り訪中に飛行機チャーター代1200万円

玄葉光一郎外相 47歳 国民の税金をなんだと思っているのか。


バカ高いチャーター機を使って北京まで行く民主党議員は
いったい何をかんがえているのか。

$下丸子ではたらく70歳社長のblog


北京、上海はANA,JAL、CA,東方航空、春秋航空
はじめ春秋航空を除いて毎日、朝便、午後便もあります。


47歳の玄葉光一郎などと言う議員は民主党政権になって
初めて知った小物のくせにとんでもないやつだ!
  ↓(クリックして玄葉光一郎のバカ顔と文章を読んでください)
http://gendai.net/articles/view/syakai/133869


税金で集めた金、1200万円かけて野田総理の露払いの為の
訪中など理由にもなりません。

民主党は『財政が破綻する』と国民に増税を強いているのに、
大臣が無駄遣いしているのだからメチャクチャだ。

私は一年に10回以上北京、上海訪問していますが何時も
エコノミークラスです。

実業で功とげ名を上げている成功者ならば別ですが


会社費用で行けば旅費規程ではビジネス席も利用できますが
会社では無駄な費用削減を実行させています。
たった3~4時間の飛行には乗る気持ちが許しません。

先生もHPでも企業オーナーが実力で稼ぎだした金と
毎月会社(公務員、政治家)で働いて貰っている勤め人では
遺伝子が違うほど人種も違ってくる典型的な例でしょう。

東京都町田市立忠生小学校から風船が届きました。

横浜市青葉区の自宅に東京都町田市立忠生小学校の
開校百周年記念集会の催しで風船が飛ばされました。
児童700人の内の一個が私の庭の紅葉の枝に引っかかり
ました。

最初は何事かと思い近所の子供の風船が引っかかった
と思い、私が紅葉の枝から取って一軒隣の孫に、
買ったふりしてあげるつもりにしていましたがやめました。

風船の糸の重しに児童のメッセージが書かれていていました。
その端っこに野菜の種が添えられていていました。
縁起物ですので春先には庭の端にでも植えて楽しみにします。

家内が早速、忠小学校に、はがきで連絡しましたら御礼の
手紙と拾われた地区名がたくさん書かれていました。

神奈川県相模原市、川崎、厚木市、千葉県木更津市、加茂市
まで飛んで行った記事が書かれていました。

下丸子ではたらく70歳社長のblog

学校からの返信に上下の印刷された画像があり、盛大に執り行われた
様子が分かりました。

$下丸子ではたらく70歳社長のblog

「風船を拾われた皆様へ」と書かれた礼状に添えられた印刷物です。

下丸子ではたらく70歳社長のblog

橋下徹新市長おめでとう!

大阪市長、知事選挙報道が昨日夕方8時締め切った直前
8時2分に当選確実の報道がテレビのテロップが
流れのには驚きました。

私も数日前に大阪の友人○原さんからの情報は聞いていましたが
締切二分後にテロップが流れるとは思っていませんでした。

11月15~16日の
「大阪の新市長は橋下徹で決まりでしょう。」
のブログを書きましたら私にコメントで詳しく説明してくれた
「きん」さんからの文章を公開いたします。

「きん」さんのコメントに同感です。
今のフヌケな民主党政権、信頼出来ない自民党など
数の多い国会議員も何とかならないかと思っています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
コメント
[コメントをする]

1 ■もちろん橋下氏が大勝します! part I

大阪の隣の県在住者ですが、橋下氏が当選した時は
あまり関心がなく、またタレント議員かと正直思いました。
(TVをほとんど見ないので、彼がどのような人物か
知りませんでした。)

しかし就任時の第一声が”みなさんは
倒産会社の従業員です...”
で始まり、それからは自分の信念、理念で改革を
推し進めてきたように思います。

”独裁者””文化の破壊者””教育への不当政治介入”
などと批判されてきましたが、
それはあくまでその改革の本質的中身
を知らないもの(知りたくないもの)が
レッテルを貼って批判しているだけのことでした。

彼の発言や立ち位置はいつも明快で明確です。

日教組と父兄を交えての討論会では、政治家が教育について
これ程熱く語るのを今まで見た事はありませんでした。

日教組や教育委員会と争っても普通の政治屋には
何のメリットもありませんからね


しかし橋下氏は金儲けするために首長になったわけではなく
(収入は知事になって10分の1になったと聞いています)、
ただ大阪を発展させたいという熱い思いで突き進んでいるように
私には思えます。
きん 2011-11-25 21:33:49 >>このコメントに返信

2 ■もちろん橋下氏が大勝します! part II

サッチャー女史が政権をとる前の英国と今の日本は
なんだか共通点があるように思えます。

(インフレ、高金利等では違いますが)

○ 社会保障費の赤字に吸い込まれる税金
○ 競争力を喪失した企業
○ 社会と経済の混乱

またロンドン市バスの運転手の給料が大卒サラリーマンより
高かったことなどは日本とよく似ています。


ギリシャもイタリアも公務員が特権階級化して、
高給だそうです。
これが是正できるかどうかが、日本の将来に大きく影響します。

サッチャーは確か公務員の数を3分の2に減らし、
役人の特権を剥奪して改革を推し進めました。
(日本の公務員の数は欧米諸国より少ないというデーターを
よく見かけますが、独法等のみなし公務員
の数が入っていないのじゃないかと思います。
役人は平気で恣意的にデーターを捏造しますしね)

役人の特権を略奪し、民間人を大量に登用することによって
新しい血をいれれば、組織は変わります。


そうなれば役人の意識も変わり、
世の中の変化に対応できるようになると思います。
(いずれにせよ、一度オールクリアして、
作り直していけばよいのです。
不都合な所がでてくれば その都度変更すればよいだけのことです。
決して既得権益を残してはいけません!)

そして橋下氏には維新の会で大阪の改革を進めつつ、
出来る限り国政に関与していってほしいと切望します。


私も27日は橋下新市長の第一声を
美酒を飲みながら聞きたいものです。

私の好きな橋下節 ”税金をむさぼるシロアリども。
(選挙でお前らが)負けたら一族郎党覚悟しておけよ!”
とおしゃっていました。
きん 2011-11-25 21:35:22

テスト


下丸子ではたらく70歳社長のblog

曽野綾子女史「危うさを感じる閣僚の意識」

購読者の少ない産経新聞ですが話題のネタが多く読みやすく
思想信条について左右のバランスのとれた素晴らしい新聞です。

曽野綾子女史が「危うさを感じる閣僚の意識」と題して
「小さな親切、大きなお世話」の記事を昨日に続きで張付けました。

(貼り付け始め)
私たち国民が困るのは、こういう常識さえ最初から持っていない
人(一川国防相、蓮舫行政刷新大臣)が政治や防衛の責任者に
なるということなのだ。一川大臣は就任に当たって「安全保障に
関しては素人だが、これがほんとうのシビリアンコントロール」だ
と言った人だ。

こういう人物は市井の人ならいいのだが政治家にも、閣僚にも
指導者にもなってもらうと困るというものだろう。

外国国王の歓迎晩餐会を欠席して民主党議員のパーティーに出席し、
「宮中行事より、私にはこちらの方が大切だ」という迷文句を口にした
のは、この手の政治家は国家や日本のために地味な任務を果たそうと
しているのではなく、自分が政治家や閣僚になるために動いている
のであって、関心も視線もそちらにだけ向けられていることを示している。

蓮舫大臣の携帯電話事件も、私の周囲の若い人たちには、
「映画館だってまず携帯は切りますよね。私だってそれぐらいの
礼儀は守っています」と、国家的行事と映画館をごちゃ混ぜにしている
ところはあるが、それが近年では庶民さえ守る礼儀になっていたのである。

オウム裁判が終わって、被害者の人たちの17年間の忍耐が、
一挙に吹きだした感はあるが、私は死刑判決に判を押さない
法務大臣の卑怯さを改めて感じている。

死刑に反対するのは一つの見識だ。しかしそれなら、現状では
期日内に死刑を執行する義務を有する法務大臣のポストだけは
請われても辞退するという信念を見せて当然だ。

またそれは簡単にできることなのだ。人間としての器はないのに、
大臣のポストにだけは恋々とする人を見るのは、
実に興ざめなことである。

民主党には、ほんとうにこれほど人材がいないのだろうか。
それとも逸材は隠れていて、総理に人を見る眼がないという
ことなのだろう。    (その あやこ)
(貼り付け終わり