下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -76ページ目

Qカフェーでベーカリー部門を立ち上げ

邱先生と出会えた幸運 そのー1


2003年 10月ごろ邱先生から北京でパン屋をはじめないか、

という誘いを受けました。突然のことでビックリしました。

海外進出など夢にも思っていない時代でした。


しかし私の腹の中では0.5秒で即決即断していました。

でも即断に至るまでは難関を突破しなければならないことがあります。


広島県 Aベーカリー東京本部に勤務していた長男が6年間

勤務を終えて当社に帰って来て数年経っていました。


それによって私の仕事も月単位で段々と少なくなり時間的余裕も

出てきた時期にグット・タイミング北京進出でしたから、

渡りに舟、のチャンスと確信しました。


しかし家内の反対があっては身もふたもありませんので

2003年11月に長男と家内をビジネスクラスで視察をかね

上海、北京へ先生と同行させてもらいました。


長男は生まれて初めてのビジネスクラスに乗れるので喜んで参加、

家内は久しぶりの中国で歴史建造物を時間をかけてみられる

プライベート旅行と思って?、のこのこ出かけました。


4泊5日あげ膳据え膳で毎日ご馳走攻め上海料理、広東料理

北京料理をご馳走になったと上気して話しておりました。


私は普段短距離の飛行機はエコノミークラスしか乗りませんので

清水の舞台から飛び降りた気持ちで二人を送り出しました。

そして家内等の後押しを得て、

下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


三全公寓(マンション)地下2階に40坪のベーカリー工場から

スタートしました。右端のかたは一から十まで図面、レイアウト

工具、道具、機械の細部に助言をいただいた大先輩です。


今は北京5環路外側の金馬工業地区に1500坪のパン工場になりました。


2004 8 18 オープン数日前のスナップ写真

下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


2004年8月18日オープン当日は北京市役人をはじめ

大勢の来賓がありました。今に思えば官僚、役人を動かす実力と

企業、製造業を含む事業を起こす発想力には驚くばかりです。


コーヒーにつき物といってもパンはOEM又は業務委託形式で

美味しいパンをさがし契約すれば済む話でしすが

直木賞作家の先生が儲けの少ない、金の掛かるパン屋を

立ち上げる発想は奇想天外なことだったと今でも思っています。




邱永漢先生に合掌

5月16日心不全でお亡くなりになりました邱永漢先生には

大変お世話になりました。


私が初めてお会いしたのは40年前の蒲田法人会総会の

講演会でした。


法人会は資本金一億円以下の中小企業で構成された団体です。

日本全国の税務署が正しい納税を促進指導する目的で

創設された財団法人です。


その講演会で税務署職員が参加している前で節税方法、

銀行と付合う方法、当時の西武鉄道、東急電鉄のオーナーが

相続税を払わないで後継者にバトンタッチした実例をあげて

中小企業オーナーにも参考にしてくださいと解説していました。


例として、多くの製造業社は600坪の借地、賃貸物件より

200坪の土地購入を勧めた、廃業しても土地だけは

残るし担保力も大きくなる、と説明していました。


私は当時独身でお金儲けよりも生活の為に朝3時起きて

夕方7時ごろまで得意先配達や現場で汗をかいていました。


邱先生の講演を聞いてから税務、経済、金融について改めて

勉強しはじめました。その後財務相談室、「ひろば社」の会合に

参加 三ヶ月に一回ホテル・オータニで開催されていました。


下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


その後 邱友会に参加して日本株、不動産の見方など経て

上海B株、深圳株、香港株の見方の勉強をしました。


8年前の中国進出は日本の中小企業ではめずらしい時代で

北京でのパン製造の話を持ちかけられました。

先生は当社パン工場視察に運転手付きロールス・ロイスで来て

社員、従業員がビックリした記憶があります。


最初は考えてもいない海外進出に戸惑いもありましたが

家族の了解も取り付け進出することにしました。


ようやく下丸子の小さなパン工場が北京でブランドに

なりだし、Qカフェーパン工場が独り立ちして軌道にのりだしました。


これからは北京はもとより成都、上海、青島、深圳までロングライフ

製品を送り込みします。株式上場などは考えていませんが

超大型優良会社 中國旺旺(0151)小型版になれる夢を追いかけます。

その目標として中國旺旺株を取得しています。


今後は先生と立ち上げた事業の発展に寄与すべく頑張ります。






相変わらずノー天気な元首相

産経新聞 産経抄に鳩山由紀夫元首相のあきれた行動に

大妻女子大学の校訓を例にあげて書かれていました。


下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


今日を含めて三連ちゃんの総会が続き毎晩帰宅が遅くなり

体力消耗.。昨日は江東区森下でのチャンコ料理

解散後、二次会は錦糸町の村○氏行きつけの飲み屋で

時間つぶし、横浜の本宅にたどり着いたのは午前0時直前でした。


今日は新宿ハイアットリージェンシー東京で業界の総会にいってきます。

二十日の日曜日は疲れをとる為に休息日に予定しています。






江東区森下の時葉山のちゃんこ鍋で懇親会

昨日 5月16日から18日の三日間立て続けて業界の

総会が入っています。重なるときもあり代理をだしたりして

切り抜けていますが今回は水木金となっています。


東京での総会はホテル又は會舘で開催されることが多く総会後の

パーティーは立食になっています。どこのパーティー料理も

似たりよったりですが、中高年が多いのでどこに行っても

寿司コーナーだけは人気があります。


私が代表を仰せつかっている組合は墨田区立川町に

ありますので通り一本渡ると江東区森下町になっています。


私が仰せつかってからホテル、會舘は出来るだけ避けて地元の

料理屋にしています。総会は事務所で開催して懇親会は

近くの割烹料亭 チャンコ鍋時葉山 で宴会を開いています。


関連業者も滅多に口にしない本場のチャンコ鍋で楽しんでもらいます。

ただし、しもた屋を改造した料理屋なので二階畳部屋を借りきり

開催されます。現役時代のマワシ、化粧まわし、柳ごうり、写真、

先輩力士の柏戸、双葉山等々の白黒写真を飾っています。


下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


時葉山の奥さんが女将ですが中々の美人で品のある方です。

もしかしたら若いころ売れっ子○○ではないかと思われますが

私の好きなタイプです。


下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog

組合員の中には毎年同じ所でなく一泊とまりで温泉芸者を入れて

花電車、野球拳などして浮世の憂さを晴らそうという案もあります。


しかし近くの温泉場も様変わりして芸者ではなくコンパニオンにかわり

近くのカラオケで遊んだだけで大金を払うことには納得できません。





橘 玲の公式サイドのブログを読んで

橘 玲の公式サイドのブログを読んでいて考え方に同感しました。


http://www.tachibana-akira.com/2012/05/4214


企業、事業、特に製造業は税務署よりも労働基準局の指導、

査察の方が手間がかかりやっかいな役所です。

法律に従って調査に入りますが現実離れした指導も度々あります。


その為になかには企業規模を縮小した事業所も出てきました。

デフレの時代はデフレにそった経営をしていますが

役所の規則は世の中の流れに関係なく指導するので困ったことです。


下記のコメントは事業経営者にとって同じ思いが書かれていました。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

エベラール より:

記事のとおり、人間心理そのものだと思います。
細かいデータなどどうでもいいです。


労働基準法で容易に解雇できない事実、週40時間の規制、

デフレなのになぜか年々上昇を続ける最低賃金 など
雇用するな!といわんばかりの基準法。

それに気づかない人たちは労働者を守るというコンセプトで
毎年それをエスカレートさせていく。

企業側からはどう考えても「雇用するな!」の法律にしかみえない 

なのに雇用しろ!と世間は言う。

法律を雇用しやすくすることだ。
最低賃金をグーンと下げること。週40時間の規制など撤廃すること
これだけで日本人の日本国での雇用は一気に増えると思います。







人間ドックの結果表が届きました。

東京都食品健保組合で受けた人間ドックの結果表が届きました。


例年、目標設定していた減量は失敗に終わっていましたが

昨年 北京の真夏に一か月ちかく滞在したおり徹底した

有酸素運動をし帰国後も週四回 1万歩ちかく歩いた結果、

現在では80㎏の体重が10%減り72㎏になりました。


減量は言葉では簡単に話せますが意思薄弱では有言実行

できませんが一昨年コレステロール226が185まで低くなりました。


悪玉コレステロールも145が112まで落ちました。

結果表はCからAにアップできて、とてもうれしいです。


酒は毎日浴びるほど呑んでいますが肝機能に問題はありません。

とても不思議なことですが肝臓は鉄板で出来ているのでしょう。


過去には痛風発作を含め2回ほど痛みを患いましたが減量の結果

尿酸値も7.7から6.5まで落ちましたので薬も要らなくなりました。

これで屋台料理、ホピロン、内蔵煮込料理などが安心して食べられる。


人間ドックといっても半日ドックですので分からない部分にポリープ

癌細胞があるかもしれませんが、そこまで心配しても年越し苦労です。


下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog
下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


結果表が悪かったら公開はできませんが71歳にしては

五臓六腑は問題ないのでうれしくて貼り付けしました。


ただし昨年の結果には小さな大腸ポリープが見つかり

近くの病院で一泊して処理しました。


70歳を過ぎてから右ひざ、両肩の脂ぎれのせいか嫌な痛み

シコリがあって力が入らず走る、飛ばす、投げるが思い切り

出来なくなりました。

ポール・ニューマン主演の「傷だらけの栄光」

ニューヨーク イタリア移民地区で生まれた世界ミドル級チャンピオン

ロッキー・グラジアーノ の半生を描いた名作をDVDで又再度観ました。


学生時代に衝撃を受けたボクシング映画で実在の人物です。

映画化するに当たりロッキー・グラジアーノ自身がボクシングシーン、

若き日の武勇伝を実施指導した作品でその後の映画における

ボクシングシーンに過大な影響を与えました。


シュヴェスター・スタローンが自ら脚本を書き主演した

「ロッキー」(1976年)の主人公の名前が共にロッキーは同じ

イタリア系アメリカ人で共通していますからボクシングシーンも

参考にしたのでしょう。


数年前に当時のポール・ニューマン主演「傷だらけの栄光」

1956年公開された作品をもう一度観たくなり、数年前に

PCに強い事務員にネットで探させ購入カセットテープを購入しました。



下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


今みても見劣りしない作品でその後DVDに焼直し大事に保存

しています。


後から教えてもらった事ですが本来ならば自動車事故で

亡くなったジェームス・ディーン主演が決まっていましたが急きょ

新人で初主演したポール・ニューマンだそうです。当時まだ

駆け出しのスティーヴ・マックイーンが不良少年役で出演しています。

http://www.youtube.com/watch?v=nDTmaE6lbUQ&feature=youtu.be

  ↑

上記のアドレスは白黒映画の「傷だらけの栄光」の一部の

ボクシングシーンとニューヨーク ロケで凱旋パレードシーンと

ペリーコモの主題歌は印象の残る作品です。


You Tubeで検索しても「傷だらけの栄光」のボクシング、

凱旋パレードはこに一作品だけです。



私が投函しました。

今から56年前の映画ですから大丈夫とふんだのです。


ニューヨーク市内凱旋パレードシーンで妻に

「今のうち良い思いをしとけ、いつかタイトルを失う」

「いつか右手もパンチを失う」

「避けられない」


「だが俺が勝ちとったものは誰にも奪えない」

「俺は運がよかった」

当時 世界チャンピオンはフライ級~ヘビー級まで8名しか

いない時代で今と違って全員スーパースターでした。


貼り付けはじめ

ミドル級世界チャンピオンロッキー・グラジアーノ(ポール・ニューマン)の半生記。本人が原作の小説をベースにしただけあって、美化されたところはあるが、嘘臭さはない。ロバート・ワイズ監督の演出も無駄がなくテンポ良く物語りが進む。イタリア移民の父母を持ちニューヨークで生まれたロッキーは悪行を重ね、お定まりの感化院、軍隊脱走、刑務所と青少年期を過ごし、盲目的な母の愛とボクシングしか生きる道はないと悟る。そのとき出会った妻(ビア・アンジェル)の献身的な愛に支えられチャンピオンになるまでの物語。口癖の「何も心配ない」人生にしては苦難の連続で、彼の世の中に対する「憎しみ」が「家族愛」となって負けじ魂となって行く。NYへ凱旋パレードするとき「いつかは負けるときがくる」という言葉が印象的。最初と最後に流れるぺりー・コモの主題歌も時代を感じさせて良い。

貼り付け終わり







天城高原ゴルフコースで二日間プレーしました。

ゴルフが好きでも二日間連続でプレーしたのは数年ぶりです。


記憶をたどれば福島県小名浜でのプレー以来です。

初日は前日の酒の量が多く寝不足もたたって50・50の百叩きでした。


昨日は温泉湯にたっぷりつかりアルコール量は控えめにして

早めに寝てしまいました。結果は46+44=90ストローク

私にとってはまずまずの成績でした。現在は両肩の痛みがあって

力が入らず飛距離も極端に落ちています。


現状維持のゴルフプレーが出来ましたら良しとしています。

高齢者になって少し時間的にも仕事から離れられる環境が

出来ることには社員をはじめ皆さんに感謝しています。


五月中旬からは業界の総会だけで五日間あります。

そのほかにも下丸子地区の製造業があるまっている

工和会協同組合もあり忙しくなりますのでとてもよい休暇が取れました。

今年初めて平日ゴルフに出かけました。

今年初めて平日プライベートゴルフに泊まりがけで行ってきました。


現役の社長時代はパン業界のコンペ、仕事がらみ、お得意先の

接待ゴルフ以外の平日ゴルフは滅多にした事はありません。


今回は親戚の集まりで泊まりがけで天城高原ゴルフクラブで

プレーしてきました。天気快晴で五月晴れの中で楽しんでいましたが

歳とともに下手くそ、飛ばないで全盛時代の勢いはなく衰えるばかりです。


相手の嫁のお父さんとはスクラッチで勝負しましたがお互いワンラウンド

百叩きで次元の低いゴルフプレーになってしまいました。

理由は前日、持ち込んできたバーボンウイスキーを私が一本空にちかくして

寝不足になっていた事です。


71歳までの人生で一番悔いの残る事はクラブハンデ10までいきましたが

シングルプレーヤーになりそこなった事です。

死ぬまで悔いがのこるゴルフ人生になるでしょう。


下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog

天城高原Gコースの設計は、国際的な設計の権威、井上誠一氏で

コースの設計に入る前に、特に海外の著名コースを視察する熱心さでした。

井上氏自身30数年にわたる体験と見聞の集大成がこの丘陵コースです。



下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


今日の土曜日も同じコースで楽しんできます。

ホテルハーヴェスト天城高原の設備は落ち着いていてパソコン使用

無線ランの状態もとてもよく満足しています。


ただし伊東温泉の芸者、ホステス、コンパニオンの手配は無いそうです。











見城徹と藤田晋の共同出版パート2

長い長い題名は講談社から売り出された一冊です。


人は自分が期待するほど、自分を見ていてはくれないが、

がっかりするほど見ていなくはない


幻冬舎社長 見城徹氏が藤田晋氏に問題を提起して意見を求める

方法テーマについて考え方、成功、失敗など人生の生き方、仕事、

趣味などを意見交換を一冊の本にしたものです。


お互い意見が違っても、それはそれで読み手には勉強になる話でした。


藤田晋氏は私がブログに利用しているアメブロの会社でサイバーエージェント

でした。セガレと同じ学校学部の後輩で藤田晋氏が書いている

「渋谷で働く社長のブログ」をもじって「下丸子で働く社長のブログ」と

始めたのがきっかけでした。


藤田晋氏は学年で一年後輩ですが、なぜか卒業は彼が早く4年で卒業

セガレは体育会を4年で卒業しましたが勉強が好きで(?)居残り組、

彼より遅れて卒業しましたのは不思議です。

下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog

第六章 誰とも違う自分へ       右のペン書きは見城徹氏の自筆


「悪名は無名に勝てる」は中々ウンチクのある文章でした。

下記の文章はその一ページだけの書き出しですが興味のある方は

買い求めてください。



下丸子へ通う71歳の元社長のブログblog


写真の顔は見城徹 幻冬舎社長 次のページを載せると講談社の

お叱りを頂く可能性もありますので一枚だけにしました。