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モダンゴルフ・ベン・ホーガンを再度読み直して

今日のブログはゴルフスコアーで悩んでいる方と

ヘボゴルファーの為の話題ですから

ゴルフ理論に全く関心ない方はとばしてください。

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ゴルフを始めて数年後(昭和50年)ゴルフで「史上最高の選手」と

言われたベン・ホーガン著 「モダンゴルフ」を読んでいました。


読み終えたあと練習に練習を重ねて自分自身ではベン・ホーガンの

スイングに うり二つと思っていました。ところがあるゴルフ場で連続写真を

撮ってもらい、見てみましたが、似ても似つかないスイングにガッカリ。


その後、専門書をいくら読んでも身につかないことが分かり

ベン・ホーガン著者はお蔵入りしてしまいました。


最近になって産経新聞で推薦本のコーナーで、少なくとも60年以上前の

「ベン・ホーガン パワー・ゴルフ」本が復活して

ゴルフ愛好者に読まれている話題が取上げられていました。


先週の日曜日に ヘボゴルファーばかり集まるプライベートコンペで

優勝したきっかけはアマゾンで購入した「ベン・ホーガン著書を

読んだ成果だと思っています。


改めて読み直しましたが現代の進化したゴルフクラブ及びボールでも

60年前のベン・ホーガン理論と変わらないことに気がつきました。


私が使用した40年前はゴルフ道具の進化


スチールシャフト →カーボンシャフト


パーシモン(柿)ウッド →チタン・ヘッド


糸巻きボール →ツーピースボール


鉄製マッスルバック →軟鉄キャビティー


40年間の間に道具の進化はいろいろな金属、化学製品を経てきました。

今年73歳になりますが40年前に同じ理論で覚えたはずですが、改めて

読み直してみると利にかなった理論と改めて感じているしだいです。


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ベン・ホーガンと理論が同じプロゴルファーはマスターズ連続六回出場の

陳 清波プロです。私と同じ府中カントリークラブ会員で何回かお会いし

私と当時中学、高校時代のセガレと同伴プレーする機会が度々ありました。


それがきっかけで陳 清波プロの人脈などで大学体育会ゴルフ部監督や

部長、教授と知り合うきっかけにもなりました。


高齢者になってもゴルフに対しては負けん気が強く握りには負けたくありません。

前回は優勝しながら「優チャラ」と世間では通用しない隠語で取りそこねなした。


次回まで毎日電車通勤中の時間帯を無駄に過さず「理論武装」して

返り討ちにして見せます。




香港帰りのゴルフコンペで優勝しました。

香港から帰国した二日後の日曜日 府中カントリークラブでの

プライベートコンペに参加しました。近頃、体調はあまりよくなく

今年のクラブハンデキャップも19→21に下がりました。


為替でいえば円安になったのと同じで気分は楽になりました。

パートナーとの握りが最大の関心事ですが勝っても負けても

風呂上りの食堂で飲み食いに全部出して足りない場合は

勝った人が出す仕組みです。


しかしコンペと重なっている場合いは、誰が決めたか分かりませんが

優勝者は負けたパートナーへの権利放棄をする仕組みになっています。

コンペでは料理、ビール、ウイスキーが出るので勝てば現金が持ち帰れました。


今回は私が多くもらったハンデ差で優勝して負けた連中から

「優チャラ」という、へんな単語で取り損ねました。

橋○500円+○藤1500円=2000円分取り損ねて大損してしまいました。


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516回 球友会コンペは一年に2月、8月を除く10回ですから51年間以上

開催されています。こんなに歴史あるゴルフコンペは日本中を捜しても

みつからないと思いますが、但し下手くその集まりでスコアー自慢はありません。


ゴルフを始めた今から44年前の独身時代は休みの日にはゴルフ漬けの

毎日でした。練習所には午後9時30分ごろまで球打ちしていました。

今でも覚えているのは国産のヨコオクラブ、アリガクラブを使っていました。


その後アイアンはスポルディング、ウッドはマグレガー、ゴルフシャツは

マンシング、靴はフッド・ジョイと当時の舶来品を買いカッコマンでした。


この歳になると練習などしなくてもスコアーは変らないことです。

使っているアイアンクラブもそろそろ15~20年近く経ちますが問題ありません。


今は売っていないブリジストン・レイグランド、ピッチング、サンドWはセガレの

高校生時代のジャンボモデルです。要するに打てれば何でもよいのです。


31歳ではハンデキャップ10まで上り詰めましたが、残念ですが

シングルプレーヤーにはなれませんでした。


当時は練習が終わってから遊びが楽しくて川崎南町、堀の内、

車で横浜中区曙町あたりの泡踊りに出没したものです。


下手くそになってからセガレ達は私と一緒にゴルフをすることは滅多に

ありません。理由は「昔話が多く、一緒に回ると気が散る!」そのために

とうとう社長を降ろされてからは大利根CCは長男に名義変更して

兄弟で一緒に機会があっても私だけがバスを乗換え電車で府中に通っています。





マニー・パッキャオお宝の自画像を持っています。

日本のスポーツ界で世界最強であるプロボクシング界

フイリッピンの英雄マニー・パッキャオを知っている方は少ない。


今回1月27日21:00「NHKスペシャル」で一時間放送されました。

フイリッピンのミンダナオ島の貧困家庭に育ち路上生活までした男です。


その日の食事代わりのパンを食べる為に飛び入りし参加で

リングに上がりサウンドバック代わりに滅多打ちされる

負け犬かわり試合に挑戦したことから、素質に気ずき人生が変わりました。


NHKスペシャルでは貧困から抜け出してライトフライ級から20kg多い

ウエルター級世界チャンピオンまでのぼりつけ史上初の

6階級制覇した偉大なチャンピオンになりました。


話は少しモハメット・アリのことにけふれますが・・

(又アリに話か・・聞き飽きた!)

私の知る限り高校生時代にローマオリンピック金メタルを取得した

カシアス・クレーの戦慄なデビュー以来の大スターです。


カシアスも人種差別で金メタル保持者でも白人レストランで断られて

金メタルを川に捨てた逸話から彼の生きざまが歴史に刻み込まれました。


その後モハメット・アリと改名してベトナム人と戦う反戦運動で

徴兵拒否でWBA WBCから3年間試合禁止されましたが解禁後

アフリカのザイール共和国での試合で「キンシャサの奇跡」と言われた

名勝負 無敵ジョージ・フォアマンにノック・アウト勝ちし伝説を作りました。


晩年、病気治療中にも関わらずアトランタオリンピックの最終ランナーで

聖火点燈を手を震わせながら勤めて世界中の観客を感動させました。


世界ボクシング歴史上モハメット・アリとマニー・パッキャオほど

ワイルドでスーパースターは今後当分出てこないでしょう。


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フイリッピンでは著名画家が世界プロボクシング6階級制覇した

2011年記念に画いた絵画をサインいりで私宛に頂きました。


とてもうれしく日本には一枚しかない私の宝物です。ボクシング好きや

サザビーズオークションで値段がいくら高くても、又新車で国産高級

「クラウン アスリート」クラスでも交換することはありません。


東急、小田急乗合バスしか乗らないので運転する機会もないし(笑)


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パッキャオが6階級制覇した時に画いた絵画で画家のサイン年号が書かれています。

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ミンダナオ島から出稼ぎで都会に出てきてパッキャオですが一試合の

ファイトマネー20億円に広告料WOWOWなど興行収入を加えると

一年間に100億円を超える高額所得者です。


今でもフイリッピンに帰ると必ず生まれ故郷の貧しいミンダナオ島の

ジムでトレーニングをしていて島民のボランテア活動をしていました。


引退しても後世に名を残す偉大なスーパースターになるでしょう。

日本人で言えば白井義男、古橋廣之進、長嶋茂雄を上回る

名声、名誉を持ちあわせた世界のアスリートに入るでしょう。


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こちらのパネル写真は上下共にTO MR HARADAと書かれています。

とても名誉なことと思っています。

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新聞の切り抜きにもサインをもらっています。

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下の写真は上記の写真を拡大して、わざとサイン中の名前を見せているのです

全てのパネル写真、絵画は自宅に飾り72歳になっても自己満足に浸っています。


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次回、フイリッピン訪問時にはブログを書いてFacebookでもお友達の

前嶋様にも再会したいです。もちろんマニーパッキャオが

リラックスしている期間調べていく予定です。


現地の噂では功をとげ名を遂げた彼はフイリッピン人の多くの海外出稼で

国家予算が成立っている現在を改善するためにも、大臣、大統領になりうる

器に成りつつあると現地の友人、顧問弁護士の噂もちらほら聞きおよんでいます。


Wikipediaウィキペディア)より一部貼り付けはじめ

タイム 』誌の2009年版「The World's Most Influential People(世界で最も影響力のある人物100人)」の「Heroes & Icons(英雄と象徴)」部門に選出され、元世界ヘビー級 王者レノックス・ルイス は「パッキャオは世界最高のボクサーで、パウンド・フォー・パウンド 最強だ。マニーはいずれフィリピンの大統領になるだろう。」と紹介している。[8]

Wikipediaウィキペディア)より一部貼り付終わり



九龍城の火鍋「方榮記」繁盛店

香港で食通で有名な「蔡 瀾」名菜集を考察団でお会いしていた

〇田さんに頂きました。ただし広東語で書かれているので漢字を

解読しながら読んでいました。昨日の「小采王」屋台料理も

推薦していました。今は私のバイブル書になっています。


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超A級グルメから屋台まで香港人向けに書かれた名書

香港、マカオの各地、町、村、山村まで詳しく書かれています。

日本の旅行誌には書かれていない食べ歩き料理推薦本


今回は「蔡 瀾」が書かいる前から数回食べに

行ったことがありましたが名菜集を見てみると彼の住んでいる地区で

「方榮記」はお気に入りでした。今回3名で会食することにしました。


香港九龍半島スターフェリー埠頭前のバスターミナル5番乗り場から

二階建てバスで富豪九龍酒店前で降りて九龍城街市の通り

に火鍋で有名な「方榮記」で夕食をしました。


十数年前には悪の巣窟で有名だった九龍城砦の近くで

16年前閉港した啓徳空港の地区でした。当時旅客機が滑走路に

向かって降りるさまは真下から観る迫力は一件の価値がありました。


香港好きのリピーターは別にして観光客、団体客ツアーでは

行く機会はありませんが個人旅行では行きたい店の代表です。


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近くに私も通い詰めた潮州海鮮料理で有名な「創發」があります。


「方榮記」は香港地元の方々は誰でも知っている繁盛店です。

香港人は唐辛子辛さ、山椒辛さにはとても弱く

中国成都、重慶、貴州の辛さとは比較できないどの差がありますが、

それでも一つの鍋に辛い、普通と区切られて、

自分で好きな方に肉、野菜を入れて食べる方法です。


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小さな店でしたが隣が空室になる度に買収して広げた形跡があります。

この手の店は創業当時は歩道、車道を使った屋台から

スタートした店だと直感で分かります。


理由は店にある飲み物以外(ビール以外)は

多少の持ち込み料で持ち込み出来るシステムです。

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左の辛口と言っても私にはさほど辛くは感じません。

激辛にすると家内が嫌がるので我慢して出されるままに食べました。


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アメリカ産牛肉の値段はロース、肩、モモなど種類がたくさんありましたが

日本で食べる霜降り肉は期待は出来ませんが、

食べてみるとそれなりに旨かった。


香港で再会した日本人若者を二階建てバスで連れていきましたが、

一般香港人に混じって食べた「方榮記」の雰囲気に喜んでいました。


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青野菜は洗面器一杯分ぐらいの量です。新鮮で美味しい!


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日本では八百屋、スーパーでも見かけないネギが、

とても美味しく追加しましたが全て食べきりました。

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山根(乾燥揚げ麩) これが鍋の汁が染みこみ味が出て旨い!

日本では手に入らない逸品ですが街市の乾物屋で手に入ります。

一度食べて好きになると又注文したくなります。

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生椎茸に味が染み混んだ食感はくせになりそう。

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もたついていたいた我々3名の鍋扱いをみかねて店員が鍋の

イロハを懇切丁寧に取扱い煮込んでくれました。


店員がその後、日本の埼玉県秩父で蒸留した箱入りウイスキーを、

私に見せつけ銘柄、美味さなど説明を求めてきました。


ウイスキー好きの日本人でもよほどの通でなければ説明できない一品でした。

モルトウイスキー好きでもこの銘柄を飲んだ方は滅多にいません。


facebookでも「お友達」になっている埼玉県秩父の肥土伊知郎氏

(ベンチャーウイスキー)「Ichiro‘s Malt」イチロウズ モルトでした。

モルトウイスキー好きの私の説明に驚いた様子でした。


横浜関内の信濃屋で何回かに分けて数本買い求めていました。

度数は46度、50度あり、ノドごしにつたわるモルトは抜群に旨いです。


「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)世界100国のNO1に

選ばれたイチローズ・モルト23年カスクストレング度数58%は

1本 44000円もしています。


九龍城の場末の食堂でお目にかかる逸品(Ichiro‘s Malt)にビックリしました。

香港勤務の日本人が飲み残しを瓶ごとプレゼンとしたと思います。


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辛口、普通味のタレに最初入れた牛肉の上に両方に山根、

生シイタケを加えて味が染みこむまで煮込みします。

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日本式すみれと違ってコリコリした食感は香港でなければ味わえない一品

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ワンタン、餃子などたくさんの種類がありますが、今回はワンタン鍋にしました。


肉の種類は羊、鶏、豚、牛など細かく

(腸、胃袋、肩、ロース、ばら肉など)食べたい部分を注文します。

ブログを書いている最中に又食べに行きたい衝動に駆られます。


香港B級グルメ旅行はこれで最終回になりました。

次回もう一度行きたいお店は冬の期間は「方榮記」

年中無休の屋台料理「小采王」は外せません。



香港で大繁盛している屋台料理「小采王」

深水渉駅下車して福榮街43号交差点の一角に手広く営業
している「小采王」屋台料理です。

深水渉まで行くと街中はとてもローカルで昔の香港的美食屋台が
軒をつないで営業しています。

香港は高級店の福臨門酒家、陸羽茶室、鏞記酒家などたくさん
ありますが財布が軽くなるのも早いです。

香港でキャセーALのキャプテン・パイロットの
知人に深水渉に日本人は滅多に見ませんが
「原田さん好みの屋台料理」ですよと推薦してもらいました。

しかしいつも家内が行く気にならず行く機会をなくしていました。
毎日、財布が軽くなる高級店より気楽に食べられる屋台の
雰囲気満点に気がつき出しました。

パイロットの〇さんも友人と度々食べに出かける店です。
行って見て屋台繁盛店の理由がわかりました。

安くて、早くて、旨い!周りの商店が閉店する度に買収して
次々と広げていました。買収、賃貸にしても一室には扉も出入り口も
何もつけず、居ぬきでテーブル・イスだけの店にしています。

交差点の角を中心に数店舗を「小采王」にしていました。
基本的に厨房は車道を占領し、歩道の7割はテーブル・イスで
屋台にして雨風しのぎに店があるという感じです。

下記の動画を見て頂けばよく解ります。



今回の屋台風景を9分間ちかく動画で屋台風景を映しました。
次回香港訪問した時も必ずここの屋台料理「小采王」にします。

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南昌街を通り福榮街にたどり着けます。駅から5~7分ぐらい。

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屋台調理場は車道にはみ出ていますが警察、役所の
職員も屋台を利用している関係?かわかりませんが役所も
柔軟な職員を適材適所に判断させているとしか判断できません。

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香港の屋台料理は店に置いていないアルコール類は持ち込み
OKです。この店はビール以外は持ち込みできます。
したがってウィスキー、白酒、日本酒は持ち込みOKです。

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屋台料理は初めての海外旅行者にとっては、嫌がるかもしれません。

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屋台の周りがあまりにも使い込んで油カスで黒くなり
ベタベタするので銀紙を巻き付けて、ボロ隠しにしています。

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道路のむかえ方の店も小采王になっていました。
軒先に書かれている文字は意味不明です。
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屋台が十数台並んで各屋台が料理の種類別に作られています。
蒸す、焼く、煮る、あんかけ、麺ソバ類、海鮮、豚肉牛肉
等々の各持分で料理分担されていました。

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上の写真は皮付き豚肉と厚揚げ、野菜を保仔土鍋は抜群に旨い。

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豆苗炒めは一皿5人前ほどあり二人では食べきれない。
広東焼きそばを注文しまし写真撮りは忘れました。
ビール以外の酒類は持ち込み可で雰囲気を味わいながら
香港下町を楽しみました。


尖沙咀の街市内の食堂で昼食

家内が屋台料理はこれで終わりにしてイタリアンレストラン

エキスプレス・ピザ店にしたい、と言いだし私を困らせました。


たしかにピザも旨いし好きですが、日本をはじめどこででも食べられる

昨年、イタリアで一年分ぐらい食べたので今回はパスします。

せっかく香港B級グルメ再認識の為に来たのでピザは断りました。


尖沙咀の北京路から入った所に観光客には目立たない食品市場があります。

割合小さな街市ですが近くのホテル納品業者も出入りしています。

理由は食品ダンボールに納品に納品先のホテル名が記入されています。


時々友人を連れて行く牛肉徳丸ではなく別な店にしました。

理由は前回食べた雲呑が美味く気に入りました。


今回は家内が野菜たっぷりのお店の看板ソバにしましたが写真は写していません。

私は徳丸牛肉と同じ料理にしましたが、どちらの味も変わりありません。


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店名は「品粥利仁」と書かれていますが粥類はありません。

店内の様子は上下の写真でお解りの通りです。

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数店舗がスレート波型、屋根つきの広い場所でそれぞれの特徴のある

屋台でお客確保で切磋琢磨しています。



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脇の業務用扇風機に付着している油とごみ屑は観光客には

耐え難い至難でしょうが、なれてしまえば問題なし。


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最近は物価高で一杯25ドル(300円)しています。

ここ10年で2倍の値段になりました。


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家内が街市の屋台魚料理は食べる気持ちにならない、と言われて断念。

香港下町散策で見たこと

昨日のFacebookで下記のロールス・ロイス車両番号「HC 1」を話題にしました。


車両番号「HK 1」はマカオの大富豪スタンレー・ホーです。

彼はマカオ生まれ香港大学卒業の秀才です(但し16歳までは勉強嫌い)

卒業後の戦前は日本の貿易会社に勤務していました。


日本の貿易会社といっても児玉誉士夫が上海で児玉機関を立ち上げ

軍事物資に必要なタングステン、貴金属、通貨にする為に阿片など

調達していたのと、同じような香港の日本○○機関に属していました。


その後、海運会社に勤務しマラッカ海峡、インド洋の海賊と

命がけで戦い修羅場を潜り抜けたツワモノです。ですから彼は

堅気の社会で仕事を経てカジノで成功したのです。但しカジノの利権は

それなりの人生を踏んで現在まで生き延びてきたのです。


話はそれましたがナンバープレートだけでも日本円で

一千万円単位なるかもしれません。


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ホテル・ペネンシュラ横に運転手付きで駐車していました。

どんな人が所有しているかは分かりません。


運転手の面構え、立ち振る舞いから見て、もしかしたら

その筋の三合会、14Kあたりではないかと、ふと思いましたが

勘違いもありますから・・


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香港油麻地海側の埠頭付近は中国の新幹線大工事で掘り返されていました。


地下鉄の佐敦駅階段付近に張り出されていた広告写真です。

北京から19時間近くで広州を通り香港まで来られます。

完成後はマカオ、香港の経済効果は想像を超えた発展間違いなし!


数年前に北京の総経理、部下6名で北京21:00発→翌日早朝 上海7:20着

の夜行寝台個室で行った事がありました。個室は宴会列車となって


中国人社員と日中友好親睦を深めた思い出があります。

北京→上海間はノンストップで到着するのです。

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旺角の街市(食品市場)まで市場調査を兼ねて視察しましたが

3階にある食堂での美味しい朝粥は家内が「嫌だ!」の一声で中止。

2階の便所だけ借りて立小便で終わり。


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冬の季節でも割合青物野菜が多くありました。私の好きなレンコン、

日本産蓮根が高いので香港で売られているレンコンを買って帰ろう、と

言ったら、中国のゴミとヘドロだらけの汚いレンコン沼では、買わない!の

一言でこれも購入中止。


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スイカもこんな形にゆがめられて作られたのでは昔中国人が女性に

はめた纏足と原理は同じだと思いますが・・


初日は香港島のセントラル地区、銅鑼湾(コーズウエィベイ)ぶらぶら散歩を

しましたが、私は九龍半島側が食事を含め落ち着いて散歩できました。

油麻地の天后廟と上海通りの葬儀屋

昨日の続きで「下丸子元社長のぶらり散歩」の続きです。


油麻地の天后廟付近は公園になっていて近所の老人の溜まり場です。

夕方からは旺角、油麻地、佐敦まで女人街、男人街など夜店で

にぎやかな通りになります。


いつもは素通りする天后廟にお参りすることにしました。

廟内は神聖な場所で善男善女の祈願でそこそこ込み合っていました。

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昔は油麻地は漁師村で今でも埠頭までは徒歩で行ける場所です。

さすがに漁師は一人もいません。今は急ピッチで大陸をつなぐ

新幹線工事の真っ最中でした。


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廟内は独特の富士山型をした太い線香が天井から釣り下がっていました。

広い廟内は線香の匂いでムンムンでした。ぶらり散歩でなければ立ち寄る

ことはないでしょう。


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祭壇に深々とお祈りしている信者ですが、私は体が硬いのでここまで、

べったり腰が曲がらないです。動きがないので見た瞬間置物と

勘違いしましたがそれにしても熱心な信者ですね。


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天后廟内の広い敷地は公園になっていて憩いの場になっています。

中央には亜熱帯地方のガジュマロの大木が御神木(?)か、わかりませんが

鉄枠で囲われて散水もされている様子でした。


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廟の通りは上海路、交差する街市町通りの標識があります。

しかし街市(市場)は少し離れたところに油麻地街市がありました。


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上記の木工製品を見たり、知っている方は日本人ではありません。

手の込んだ手掘り棺桶は旺角、油麻地、佐敦の市民には

入れない高級品だと思います。


木の材質は分かりませんが棺桶です。一般庶民も使われるかは、

分かりませんが、見た目にはとても高価に見えました。


下丸子元社長がお陀仏になっても世間の目は気にせずに、

ベニヤ作りの安物棺桶で焼いてくれと、

家内に話したら「もちろん!ガッテン!」


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こちらの棺桶はブランド志向にも思える作りです。敷台に鷹か鷲かコンドルか

分かりませんがワンポイントが入っていました。


事業に大成功した実業家の墓石はとてつもなく大きく中に人が数人入れる

そうです。死後の世界でもう一度生き返ってくると信じているのでしょう。


上記のお棺を拡大した写真を下記にアップしたものです。

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家内がブランド印を見た瞬間「アッ・・アルマーニーの御棺だ!」と

バカな事を口走っていました。直ぐさま「旺角の下町の上海路に

ヨーロッパのブランド商品が有るとしたら偽物に決まっている」と

話しましたが全く似ても似使わないブランドマークです。


棺桶屋の隣が黄色い看板の夜総会(売春目的のカラオケ屋)には

ミスマッチに見えますが、こちらの方には職業の貴賤は無いのでしょう。


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油麻地の男人街の入口ですが昼間は変哲もない通りですが

夜は人混みで真直ぐ歩けなくなるほど込み合っています。

不思議に思っていた「男人街」の名称が今回初めて解った様な気がしました。


家内と二人の、ぶらり散歩なので厚化粧でバストをふくらませた

見た目に直ぐ分かる商売女が町角にぽつぽつ立っていました。


そこから付けられた名前が「男人街」だと思います。

写真を撮ろうとしたら家内が直ぐに止めに入り、

女のヒモになっているヤクザが出てきたらタダではすまないよ! 

と知ったがふりした一人前の事を言い出しました。


さすがに夫婦で歩いていると商売女から


「お兄さん、ちょっと遊んで行かない、今日は安くするよ!」


とは言われませんでした。






下丸子元社長 香港下町ぶらり散歩

昨日のセントラル地区の写真は日本で言えば東京大手町、

丸の内、霞ヶ関などと同じで所得の高い人達のビジネス街の香港です。


今日は「加山雄三のぶらり散歩」ならぬ「下丸子元社長のぶらり散歩」です。


香港島ではなく九龍半島側の尖沙咀から旺角、油麻地を中心に散策しました。


香港の一般庶民が暮らしている生活が日本の大田区、台東区、墨田区、

江戸川区などと生活レベルの変わらない地区と思ってください。


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上記の油麻地道路は夕方から夜店のテント、屋台でいっぱいになりますが

朝はごらんの通り静かできれいに掃き清められていました。

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同じ油麻地ですが早朝朝市帰りの買い物客が通っています。



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写真を見た瞬間スラム街と勘違いしますが、れっきとした食堂です。

表の写真入りメニュー表はトタン板に隠れていますが早朝から深夜まで

営業しています。


中は広くてそれぞれの特徴のある食堂が数軒営業しています。
前には家内同伴で海鮮料理を食べたり、土鍋を食べたりしましたが

最近、家内は店内の雰囲気、客種が嫌で嫌で無沙汰しています。


外観と違って料理の水準はそれなりですが、私には耐えられる水準です。

昭36年時代に黒澤明監督の映画「天国を地獄」で横浜中区曙町にあった

銭湯をそのまま廃物利用し改造した「根岸屋」を思い出しました。


写真を見た印象より衛生状態は思ったよりよく安心して食べられることは間違いなし。

O 157細菌、ノロウイルスもたち打ち出来ないほど雑菌が強いのでしょうか?

こちらではノロウイルス感染は発生しないそうです。


但し、子供の頃から無菌状態で過保護に育った良家の僕ちゃん、お嬢ちゃん

では保証の限りではありません。


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初めての客には二の足を踏む雰囲気ですが、一度そこで食べた経験が

次回はマニヤックになる人もあると思います。


今までは19:00以降の日が暮れてからの食事でしたが昼間はどう見ても

バラックのスラム街としか見えず、十数年前に四川料理「詠藜園」

食べに行った地下鉄の鑽石山駅東口(ダイヤモンドヒル)の雰囲気と似ています。


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通りから横丁にはいると観光客には二の足を踏む裏道です。

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初めての香港観光に来た35年前には街中マンションのベランダでは

洗濯物が上記の写真に写っている状態でしたが、今は下町の裏どうりに

行かないと見られない風景になりました。

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油麻地の上海通り付近ですが、中々住みやすそうに感じました。

第二の人生で余生を過ごすのには生活物資も安く私の厚生年金で

なんとかなると判断できました。


昨日の国際金融都市セントラル地区と九龍半島の

尖沙咀から深水歩、旺角、油麻地、佐敦では同じ国とは思えないほど

格差がります。


しかし生活環境は九龍地区が住みやすいと判断できました。


香港のチャイナクラブ(中国会)での不便な出来事。

香港滞在中ですが1930年建設された、古い建物内の

中国銀行ビル内にある会員制中国会(チャイナクラブ)で昼食をしました。


会員制なのでイギリス方式を厳守、ジャケット着用、ジーパン、襟なしシャツ、

ゴムスニーカー、刺青者 禁止ですから名門ゴルフ場のクラブハウス

利用と条件は同じです。今の日本の若者にとっては堅ぐるしく感じるでしょう。

だが伝統、歴史、会員の条件は厳しくても当たり前でしょう。


今回は飲茶、、季節料理を含め五蛇羮(五種類の蛇のとろみスープ)

食べましたが前回食べた時より数段美味しくなっています。

注文した料理すべて満足できる料理で、マカオのスタンレー・ホーも

家族連れで、わざわざ会食していたと聞いています。


日本人がウナギの蒲焼が好きなのと同じで香港、中国人は蛇料理、スープが

大好きな人達です。



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会員制クラブの独特の雰囲気はビジター(招待)で入った初めての方は

100%感激して気に入っているようです。イギリスが統治していた

時代の白人社会のクラブ雰囲気を保っているのでしょう。

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クラブの写真、現代美術アート画は時々入れ替えをしているそうです。

クラブの雰囲気は1900~1945年時代の上海租界の上海総会(クラブ)を

想定しているのでしょう。

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チャイナクラブで一番困る事は男子用 小便の便器の高さです。

写真では分かりませんがツマ先立ちで、用をたしています。


左右の便器の位置をもう少し下げる事が出来ないのであれば踏み台を

設置してもらいたい!と利用する度に思います。

大事な排水用にしか使っていないムスコが便器に触れて冷たい思いをしています。


左右の便器の高さと私の股下の位置を再確認して不快に思います。


男便所に家内を侵入させて写す訳にいかず、人に頼んで写しました。

頼んだ方は笑いこけて失敗の連続で困りました。


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毎回気になる絵です。無意識に下から見上げて見てしまいます。

この絵をみて何も感じない男性はよほど疲れているか無能な男でしょう。


男として役にたたない情けないことでは今後は相手にされないです。

美女の顔が描かれていないところがなんともいえない傑作です。


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手前はマンダリンオリエンタルホテル、右の高層ビルは88階建ての

インターナショナル・ファイナンシャル・センタービルです(I F C)と呼ばれています。


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ビルの頂上にある奇怪な鉄柵は見る人によっては大砲に見えるそうです。

狙いをつけているビルは中国銀行(香港)の建物です。


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左側の槍の先を思わせる中国銀行(香港)右側のビルは香港株(0001)

長江実業本社ビルです。手前の古めかしいビルは旧中国銀行


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現代の中国銀行(香港)の建物


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正面の凸凹があるビルがコアラが木にしがみついている格好を

モデルに建てられたオーストラリアのビル

でしたが今はインドネシア企業のLIPPOビルになっています。


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セントラルの公園から見た全景です。