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お正月を過ごした一週間

毎年の事ですが元旦、二日、三日は会社出勤しています。


交通機関、ホテル、コーヒーショップなど年中無休営業しています。

その関係で仕事量が少なくても従業員はシフト通り出勤しています。

因果な仕事と思っているでしょうが現実は時間通り動いています。


4日目は昨年から友人と約束していた府中CCで新年杯に参加。

5日目の土曜日は昨年から風邪気味で喉が痛くセキ、タンが

止まらず、横浜総合病院でもう一度診断してもらい、10日目で

飲みきった抗生物質を含む風邪薬をもらい自宅休養。


昨日の日曜日は横浜中華街の関帝廟で華僑式お参りをして

今年のお願い事をして来ました。


関内の別宅を取られる前には元旦に出勤前にお参りしていましたが

今は残念ですが数日後に行くことになった次第です。


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左の建物の一階は重慶別館レストランで二階から

学校法人 横浜中華学院でしたが、今は石川町駅前に広大な敷地を確保して

立派な一貫教育のできる横浜中華学院が建設されています。


一本裏の関帝廟通りを入って直ぐ左が関帝廟です。


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昨日は関帝廟に在日華僑と同じ方法でお参りして来ました。

左の青く塗られた門は旧横浜中華学院グランド入口です。

中華街の獅子人形はここからスタートします。



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階段を上がって線香5本 100枚単位の金紙を購入して

本殿内に入り「玉皇上帝」関聖帝君」「観音菩薩」

「福徳正神」の順に参拝します。


最初は「関聖帝君」の神様に

住所氏名、生年月日、性別、性格、品性、素行・・を

報告し、家内安全、家族の健康、商売繁盛でしたが


一番力を入れて祈願した

4番目の神様福徳正神金運 財産保全を兼ねて持ち株の

上がりしかけた香港株、上海B株、深センB株と円安を祈りました。


もちろん自社の社運隆盛、北京Qパン工場 益々の増収増益を祈願!


次に香炉で金紙を数枚づつ祈りを込めて燃やしました。

最後に別枠でお賽銭を払って一発銅鑼を叩いて景気づけして来ました。


お参りを終った善男善女の一人(私)は野毛の近くまで足を延ばし

大岡川のふちにある小汚い飲屋で時間をつぶし仕上げて帰宅しました。


今日から日本全国 平常営業に戻りますので気を引き締めて

老体に鞭打ってでも商売繁盛に、これつとめます。


府中カントリークラブでゴルフ初打ちに行ってきました。

東京都多摩ニュータウン区域にある府中カントリークラブは
メンバーになって在籍32年目を迎えました。


サラリーマンでしたら入社以来32年在籍していたら定年を迎えていますが

飽きもせず毎週よく通ったものです。会員平均年齢も70歳前後に

なっていますからプレー中の話は戒名、墓石、法事などがよく話題になります。


長男、次男も会員にしていますが我々高齢者メンバーとは話がかみ合わず

長男などは3年近く府中CCでプレーをしていません。しかし歳とれば

近くで庭替わりに利用すると思いますが・・


今回1月4日新年杯に参加した理由の一つに飲み食い全額無料という

制度です。昼食には体が冷え込んだので樽酒をわざわざお燗してもらい

一杯、熱い熱いのチャーシュー麺で冷え込んだ体が温まりました。


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「角松飾り」は地元とび職人に注文していると思っていましたが府中CC従業員が

敷地内に無造作に生えている孟宗竹、松葉は自家製でした。芝管理、花壇手入れ

大変な作業だと何時も思っています。

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IN 12番ホールグリーンからくっきり真っ白い富士山が見えます。


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食堂に入る手前に飾られている多摩地区の地酒「多摩自慢」

無料で呑めればどんな銘柄でも旨い!

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升に塩の生酒と餅入り善哉は問い合わせには問題がありますが

何しろタダ酒で何でも無料となると辛口、甘口などとは言っていられない。

暮れは自宅で映画鑑賞していました。

映画「ロード・オブ・ウォー」 「アメリカンギャングスター」は過去に

ブログにも書いた作品ですが、事件として事実に基づいた

作品なので再度観ることにしました。


2012年2月に産経新聞で映画『ロード・オブ・ウォー』のモデルとなった

武器商人が逮捕された”というニュースが流れましたが、

その画像を見て感心しました


実在のモデルが逮捕されると言う現実は、国際情勢の変化と

その闇の深さがひしひしと感じさせられます。


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2012の逮捕事件があってから再度見直すことにしましたがストーリーは

事実に基く内容で、最近の奇想天外なアクションがなく二回目の観賞ですが

面白い映画でした。

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ストーリーは下記の内容ですが現実の世界はきれい事では解決できません。


貼り付けはじめ

史上最強の“武器商人”と呼ばれた一人の男の実像をシニカルなタッチで描いたニコラス・ケイジ主演のアクション・エンタテインメント。監督は「ガタカ」「シモーヌ」のアンドリュー・ニコル。共演に「トレーニング・デイ」のイーサン・ホーク。
 

ソビエト連邦崩壊前のウクライナに生まれ、少年時代に家族とともにアメリカに渡ったユーリー・オルロフ。やがてニューヨークにレストランを開いた両親を手伝い、そこで働くユーリーはある時、ギャング同士の銃撃戦を目撃する。この時彼は、食事を提供するレストランと同じように、いまの世の中では武器を必要としている人に武器を提供する仕事が求められていると気づき、弟のヴィタリーと2人で武器売買の事業を始める。危険と隣り合わせの裏社会で天性の才覚を発揮し、世界有数の武器商人へと成長していくユーリー。しかし、そんな彼にインターポールのバレンタイン刑事が迫ってゆく…。

貼り付け終わり


二本目がロードショーで観た「アメリカンギャングスター」です。

この作品も実在の人物を映画にしたものでニューヨークを舞台にした

黒人系ギャング対イタリアマフェアなどのサスペンス映画です。


最近の映画は自動車追跡シーン、銃撃シーン、飛んだり、飛び降りるシーンは

「九死に一生」というより実現不可能でも助かる様に出来ていて面白くない。


今回取上げた「ロード・オブ・ウォー」と「アメリカンギャングスター」は

実在の人物を中心にした映画だけあって観ていても迫力がありました。


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貼り付けはじめ

1970年代のニューヨークを舞台に実在した伝説のギャング、フランク・ルーカスの半生を描く犯罪サスペンス。『グラディエーター』の名匠、リドリー・スコット監督がメガホンを取り、しがない運転手から麻薬王にまで上りつめた男の一代記を骨太に描く。主演はオスカー俳優のデンゼル・ワシントン。


彼を追う刑事を同じくオスカー俳優のラッセル・クロウが演じる。型破りなギャングスターの知られざる実像、多くの有名アーティストによるゲスト出演などに注目。

デンゼル・ワシントンが、1960年代から70年代にハーレム・ギャングとして頭角をあらわした伝説の悪党=フランク・ルーカスを演じる。マルコムXという過激な黒人人権運動家を演じたこともあるデンゼルが同時代のギャングを演じるわけだ。


思想家とギャング。ルーカスは当時アメリカが泥沼状態に陥っていたベトナム戦争を巧みに利用、驚くべき行動力をみせて、ゴールデン・トライアングルから産地直送で純度の高いヘロインを戦死した兵士の棺にしのばせて持ち込み、人気ブランド<ブルー・マジック>として売りさばく。


それまでのイタリアン・マフィアの下請けから、黒人の、黒人による、黒人(破壊)のためのシステムを構築したのがルーカスだった。誉められた業種ではないが、デンゼルが演じるとどことなく優美な起業家となる。

 

彼を追いつめていくのが、「フレンチ・コネクション」のポパイ(ジーン・ハックマン)2代目といっていいラッセル・クロウだ。当時はギャングと警官の境目がないほど警官も腐敗していたが、その中の異端児がクロウなのである。目立たず行動がモットーでなかなか捜査網に浮かんでこなかったデンゼルがクロウの目に止まったのは女房が贈ってくれた派手なオーバーコートが原因という優しさはデンゼルあってこそ生きる。リドリー・スコットの大人の演出というしかない大作。(滝本誠)(映画.com)

貼り付け終わり



明けましておめでとうございます。

          謹賀新年


2年前には友人数人を横浜中区山下町 中華街に近い場所に

別宅があり毎年大晦日夕方から友人を数人泊めて新年を迎えていました。


しかし今は取り上げられて同じ横浜でも、なんのへんてつもない

青葉区あざみ野駅から離れた本宅で過ごしています。


地名は同じ横浜でも、横浜のチベット地区に相当する文化をはじめ

故事来歴のない無粋な場所だと認識しています。


近くの剣山地区に昔は使い物にならない農耕馬、牛など捨てに行った

人里離れたところで部落民が住んだと聞いたこともあります。


話がそれましたが

私の青春時代は横浜中区を中心に神奈川区、鶴見、西区、根岸に

三日間住めばハマッ子といわれたものです。

それ以外の横浜とは認識していませんでした。


関内の別宅は帰宅が遅くなったり、飲みすぎたり

連れ込んだり、した時に利用にできた便利な場所でした。


大晦日午前零時には停泊中の船の汽笛が一斉に

鳴り響き、近くの中華街の爆竹が、けたたましく鳴りだしたころ

徒歩で中華ソバを食べに行ったものです。


昨年の師走から長期間風邪をこじらせてしまい会社を休みがちになりました。

自宅では貰ったDVD映画、録画した映画など見ながら過ごしていました。


滅多に見ない芸能ニュース?かは忘れましたがNHK紅白歌合戦に

美輪明宏が出場する事を知りました。


しかし私は紅白歌合戦は所帯を持った40年間、真面に

見たことがありません。今回に限って美輪明宏が「ヨイトマケの唄 」を

歌うのならば見たいと思っていました。


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私はブログにも何回も書きましたがホモ、ゲイ、同性愛には興味なく

全く理解できない一人ですが、彼のヨイトマケの唄だけは記憶に

残る名曲だと思っていました。


テレビ、ラジオでも差別用語が数か所入っていると言われ滅多に

聴くことができませんでした。

差別用語の理由は「土方(どかた)ヨイトマケ」だそうです。


その一曲だけ聴きましたが後は誰が何を歌ったか知りません。


20歳代でヨイトマケの唄を聴いた時代に小学校、中学校の

時代風景を思い起こさすことがありす。昭和21~30年時代は

日本中皆貧乏で貧しさに恥ずかしいと思う事のない時代でした。


満州ハルビン引揚者で小学校6回転校、中学2回転校し義務教育

だけで8回経験した時代背景でした。


子供心に楽しいこと、苦しい事、辛い事、受験失敗など当時の

時代背景が走馬灯の様にたくさん出てくる歌でした。



今年一年間 ブログ訪問有難うございました。

師走に入って体力の落ちたところにインフルエンザ

に似た症状になって病院で薬をもらって静養しています。


今回の体調不良は若い時に比べて体力が急激に落ちたと感じさせる

出来事でした。改めて残り人生をいかに上手く生き抜くかと

考えさせられました。


今年一年間はいろいろな出来事がありましたがなんといっても

一番大きな出来事は先生がお亡くなりになったことです。


今年5月に30年間以上お世話になりました邱永漢先生が

鬼籍にはいられ、これからの海外事業について相談は

自分自身で決定しなければなりません。


3年前に愛知の大手同業メーカーが中国に進出していますが

軌道に乗るにはまだまだ遠い道のりになるでしょう。


中国企業又は台湾企業との共同経営が多く取られていますが

双方の経営思考が一致することは、まずありえません。


大株主の先生は北京パン工場に関しては業務内容、実務に関して

一切口をはさむことはありませんでした。


総経理に一度だけ忠告されたことは販売力のある日系企業との

資本参加(10%)を打診され、先生に相談した時だけでした。

先生は「10%の資本参加は100%の経営方針を聞くことになる」

と答えられました。


これからの企業経営は未来志向で考えなければなりませんので

むずかしい問題も出てくるでしょうが、乗り越えていかなければなりません。


今年最後のブログになりますが、それでは皆様、良いお年をお迎え下さい。


また来年もどうぞ宜しくお願い致します。





師走になった体調不良が続きました。

今週は台東区下谷にあるフグ屋での忘年会が最後になりました。


今月に入ってから原因不明ですがのどの痛みを伴うせき、たんが

多くなり困っています。元々親の代から気管支がよわくて

風邪を引くと、同じ症状になりがちでした。


一番はっきり分かるのは酒が旨く感じなくなり味覚音痴になりがちです。


昨日は横浜総合病院で半日がかりで診断してもらいました。

胸のレントゲン写真では肺炎になっていませんでした。

食欲、味覚音痴、で何を食べても美味しくありません。


一昨日の台東区下谷の「にびき」でふぐ料理を堪能しましたが

ヒレ酒もいつもより美味しく感じなくて風邪、又はインフルエンザでしょう。


今日 一日静養して自宅静養したいと思っています。

若いころは風邪など引いていても仕事を休むこともなく

頑張れましたがる年波には勝てなくなりました。

学者にもいい加減なことを書く人がいます。

先日 銀座天厨菜館の会食に日時を間違え、大恥をかきました。


その時には話題にはなりませんでしたが地震予想をピッタリ当てる

地震学者がいる、というメールをいただきました。


メールを送ってくれた方は、デタラメ記事でも話題の一つになるのでと

親切に教えてくれました。

12月29日西日本に大地震発生と書かれています。


この手の話はマユツバと思ってよいと思いますが近畿地区にお住まいの

住民には迷惑な話です。下記のアドレスに詳しく説明されています。

http://ameblo.jp/kennkou1/entry-11427930433.html

串田氏は「巨大地震は近い」「地震はほぼ間違いなくおきそう」と述べており、

雑誌のインタビューでかなり切迫している状況であることを示唆

(私は信用していません)


5年前に私の友人(H氏、O氏、M氏)が私を除いた3人で

中国の大連まで逃げた連中です。私にも誘われましたが

話の内容が余りにもバカバカしいので「金の無駄だ!」と言って断り。


その理由は「なんとかかんとか」の預言者から地震のお告げがあり、

私まで誘ったのです。その時は分別ある彼らがなぜ・・預言者・・?


大連まで3泊4日行って昼間はホテルでのテレビを見たりぶらぶらして

体力温存し夜は毎日お姫様を捜しに出張したそうです。


交通費、宿泊代よりお姫様探しの方が金が掛かり、スッテンテンで

帰国したと話していました。本当の理由はお姫様探しが本命でした。


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メールで送られたフライデーの記事ですが人騒がせな連中です。


私は昨日のクリスマス・イブ 今日のクリスマス共に自宅で

家内と二人だけ別々な時間帯に湯豆腐、


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今日はサバの味りん干で一杯飲む予定です。12月29日は

地震が発生するかしないか問題の日になります。





暮れにうれしい贈り物について

元社長になっても師走はいそがしい月です。


お得意先、友人、飲み友達とのクリスマスパーティー、ディナーショー、忘年会、

酒好き酒飲み会など手分けして参加しています。


中華料理、鍋料理、鰻屋は私の優先順位の上位に入れています。

しかしホテル、会館などで行われるクリスマスパーティー、ディナーショーは

出来るだけ家内に手渡し、誰かと行かせて私は参加拒否しています。


暮れにはお歳暮を送ってくれるたくさんの取引先、関連業者がいます。

取引関係は会社の交際費経費として送ったり、貰ったりしていますが

利害関係がつきもので日本の商習慣なのでとめることは失礼になりかねません。


それ以外に利害関係のない友人、知人が毎年 数回も送ってくれる方も

数人いるのには感謝しています。会社関係取引先と違い恐縮しています。


送られて一番喜ぶのは家族、身内ですが、お返しや礼状は家内の仕事です。


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いつも季節に合わせた豪華なフルーツを年数回も送ってくれる方ですが、

クリスマス前が一番値段が高い大きな採れたてのイチゴ、洋ナシでした。


洋ナシの大きさには驚きました。彼とは5~6年前に知り合い

一回だけ香港のチャイナクラブへ招待したのが最初で最後でした。


たった其れだけの事で毎年いただいていることに恐縮しております。

お返しは出来るだけデパート、専門店ではない物品をお返ししています。


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たけのこ芋はブログ、facebookにも写真を掲載しましたが頂く野菜類は

手に入りづらい野菜で大きな段ボールに入れられ25㎏以上あるのです。


パン屋では砂糖一袋30㎏ パン用粉一袋25㎏なので

昔とった杵づかで担ぎ上げただけで正確に計量できます。


自家農園を開墾した新鮮な野菜で近くのスーパーでも見かけない

種類が多く家内は大根葉っぱ一枚も無駄にしないで料理しています。


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利害関係のない彼も年に数回もいただき感謝しております。

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写真に載せられなかった深谷ネギなどたくさんあるので正月用野菜は

買いだめしなくてすむと思います。


今回は滋賀県の名士から頂いた「すき焼き用和牛」は写真に写す前に

私の腹に日本酒と一緒に入ってしまいました。


彼とも長い付き合いになりましたが最近、私は年がいもなく

fasebookでのお友達になり、やりとりしています。


ブログを書くより意思伝達が早いのでFB優先になりがちです。




川島芳子 「知られざるさすらいの愛」を読み終えて

1930年~1940年代に生まれた方々は川島芳子については歴史小説、

映画、テレビ、ノンフェクションなどで「男装の麗人」として知っていると思います。


380ページにわたり細かい字で書かれた一冊の本をいただきました。

同じ時代の「石原莞爾」も頂いていますが、今回は川島芳子についてです。


読み終えてから波乱万丈の人生をあらためて知ったことが沢山あります。


日本人登場人物は

川島浪速、土肥原賢二、板垣 征四郎、松岡洋右、頭山満、甘粕正彦、

里美甫、笹川良一、李香蘭、それにまつわる戦前戦中戦後の権力者数多くあり。


川島芳子の男関係の陸軍大将、少佐など数名その他に笹川良一

川島浪速


中国 満州国 登場人物

愛新覚羅溥儀、モンゴル皇帝カンジュルジャップ、毛沢東、周恩来、

周保中、張作霖、


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ノンフェクション小説の筋書きは一言では語りつ尽くせないほど複雑で

満州国建国に当たっての関東軍、上海事件など読み応えのある一冊です。


中国人でありながら日本側に手助けした漢奸は銃殺死刑になりますが

中国では今でも昔でも死刑になっても金次第で出所出来る

方法はいくらでもあります。


金板100枚を賄賂として数人の幹部に分けて脱獄し、大病(癌)で

先の命のない犯罪人を身代わりにして早朝暗いうちに銃殺刑。

(金板の重さは不明)


金板数枚は身代わりの家族が貰うはずでしたが刑務所長が自分の

懐に入れてしまい家族の訴えで賄賂が明らかになり

その後は闇に葬られました。

そこまでは他の小説、テレビ、映画等で知っていました。その後の


川島芳子も満州族の第十四王女 愛新覚羅顕㺭,東珍で

別名 金壁輝、方麗蓉と五つの名前がありました。


今回一番驚いたのは昭和34年代に方麗蓉のパスポートで来日している

その時笹川良一と面会していてます。


右翼の大物ではありますが川島芳子からお願いされた共産党独裁国家

ではありますが日中友好を約束させ多くの留学生を受入れたそうです。

(日本船舶協会 寄付金で数十年で1000名ちかく)


その後田中角栄が1966年日中国交正常化を結び1979年(33年前)

それを見届けて吉林省四平市で死去。波乱万丈の人生です。


読み終わってから男女関係の秘め事は、取るに足りない細かいことで

大騒ぎするほどのことではないと確信できました。


フジテレビ デモ 国民が立ちあがった日

現在、株式会社フジテレビにおける特定外国株式の比率は
発行株式の19.99%です。

外資系法人及び「個人の外国人」が所有する特定外国株式の
割合が、5分の1(20%)を超えることを禁じたものである。

フジテレビが他局より韓国映画を取り扱う理由の一つに
19.99%の株主に韓国企業が占めている理由があります。
産経グループといえど株主構成で取り扱う構成が変わります。

テレビ番組があまりにも韓国寄りに偏ったために平成23.9.19
フジテレビデモが行われました。

今回取り扱った話題はお台場にある本社のフジテレビが
掲揚してるボロボロの日の丸を、国民が立ち上がり新品の
日の丸に取りかえる様子の動画です。

たまたまニコニコ動画を検索していましたらチャンネル桜から
検索しましたがブログに貼り付けできませんので、改めて
YouTubeから動画を貼付けしました。


主催 頑張れ日本行動委員会

会長 田母神俊雄(元航空幕僚長)
幹事長 水島聡(チャンネル桜社長)



動画は少し長いですが見ていての交渉のやり取りは
本音と建て前のつばぜり合いは面白く暇つぶしには面白い。