北京滞在二日目の出来事を滞在中の上海で書きました。
一昨日からは上海外灘(バンド)ウォルドルフ・アストリア上海オンザバンドの
ホテルに宿泊していますが今日の新幹線で北京に帰ります。
下記のブログは北京滞在中に行動した内容です。
端午の節句で三連休でFacebookも検索出来ず困ったことです。
中国政府は中国国民を信用出来ず情報公開制限を数万人使って削除しています。
上海で北京の出来事二日間を酔っ払いながら書き込みしています。
(書き込み始め)
北京二日目のケンピンスキーホテル朝食は毎回同じセットになってしまいます。
ドイツパンはプレツェル生地を丸めカットしパンに雑穀にドライフルーツをいれた
プンパニッケルタイプ、カマンベールチーズ、オムレツ1/2,ピクルス、サラダ
毎回同じ取り合わせになってしまいます。周りの朝食を食べている人の体型と
チョイスした皿の内容を見比べるとデブはデブになる要素の食べ物を選んで
いる様にみえます。
私はと言うと、バランスの良い偏りのない体型?の食事です。夜のアルコールは
計算外にしていますが問題ありません。
ホテルからの見える亮馬河です。左側の建物は昨年オープンした
フォーシーズン・ホテルとフォーシーズンマンションで一部屋
200m2~250m2は2億~3億円相当するそうです。
写真で見ていると美しく見えますが日本の河川よりは浄化が悪いです。
端午の節句3連休前は支店によては、日曜日でも平常営業をしていました。
法人取引銀行の一銀行ですがつけ込みのために行きましたら24金の
インゴット、金貨等々が飾られて預金者に購入をすすめる営業方針がみてとれます。
中国人のゴールド趣向を手玉にとって売りつけしているのでしょう。
ATM横に堂々と置かれている感じは日本の銀行では見られない光景です。
昼食は三全公寓近くの一膳飯屋で食べることにしました。
壁に書かれた一品料理は8元~13元とお安く食べられます。
トマトたっぷり玉子いり炒め料理は旨い!
少し食べてからの写真撮影ですがジャガイモ、ピーマン千切り一品を
二人で分けても残ってしまう量の多さです。大瓶ビールを入れて
合計28元 (460円)で済みました。
中国就労ビザがあるので家内の年金と私の年金で十分楽な生活ができます。
北京が住みやすいか上海がよいかは人によって違いますが二人の年金では
使い切れない金額になりますのでは第二夫人との新生活が良いと判断できます。
暇つぶしにショッピングセンターによってきました。同じショッピングセンター前
広場にイタリア製高級車マセラッティー中国輸入関税を入れて3500万円以上が
完売したことがありましたが、金持ちはさらに金持ちになる事に気がつきました。
ショッピングセンター家具売り場には家庭用バーカウンターが数台あるのに
驚きました。中国格差社会が問題になりかける度に政府が反日キャンペーンをして
共産党一党独裁の利権、賄賂、嬢収賄事件をそらしているのでしょうか。
家内がバーカウンターを見て
中国人はスコッチウイスキーの味も分からない人が多いと聞いていたのにと、
言いながらながめていました。
アイリッシュ・パブでまず一杯
北京市朝陽区小麦店街、生花卸市場の隣にアイリッシュ・パブがあります。
北京総経理、塩○部長とパン工場、卸売、機内食パンなどについて
経営、製造、人事、資金繰り、トラブル関係など報告してもらいました。
昨年10月からの売上は順調に移行ていますが、経営者はなにかにつけ
永遠に悩み事からは開放されませんので事業継続するには大変です。
役員会議は近くのアイリッシュパブのBARカウンターで
ベルギー産 生ビール、ステラ・アルトワを飲みながら真剣話し合いました。
Q先生が健在ならばパブ・BAR、酒を酌み交わしてで役員会議などしたら
大変なお叱りをもらってボコボコにされたでしょうが
荒○総経理、塩○幹部共に底なしの大酒飲みなので、
以心伝心私の気持ちを察しています。
総経理の話はフランク永井の
宵闇迫れば~悩みが~つきない~を
地で行っているので私の過去40年間の経営哲学を叩き込みました。
会社経営で女を含む横道にそれた事は度々ありましたが、なんとか今まで
やってこれたのは「政策があれば対策をとれ」で乗り切って来ました。
ケンピンスキーホテル、ルフトハンザ・デパートの共同敷地にあるビアーガーデンは
サッポロライオン以上の値段設定になっています。最近は旨くて安ければ
よいので利用回数がだんだん少なくなりました。
その近くのアイリッシュ・パブは生ビールも旨いしBARカウンターもあり
料金も安いので最近は度々そこで呑むことが多くなりました。
ゴルフと同じく金使い(アイアン)は下手くそで思い切って使えません。
入口にはビール腹のおばさん人形がマスコットとして置かれています。
人形と同じ年ごろの家内はいつも気にしている下半身デブも
並ぶと目立たないと喜んでいました。
地下にある店の雰囲気はヨーロッパのレストラン・BARの感じです。
この地下でゆっくり呑むことができる気にさせてくれます。
18:00頃の入店でしたが数人のお客で会議をするにはもってこいでした。
アイルランドウイスキー、スコッチウイスキーそこそこ置かれています。
必ず最初にオーダーするベルギー生ビール、ステラ・アルトワはお気に入りです。
こちらではイギリスタイプの幅広タイプの6ッポケットタイプでした。
凝り性の私は30年前には我が家にも神田「淡路亭」の超一級品4ッポケットを
購入して毎日練習していました。若い頃観た白黒映画ポール・ニューマン主演
ハスラーの影響もあり、20年後になって寝ている子を起こした様なものです。
玉突きのために床の強化、天井の高さも計算して一軒隣に新築したものです。
当時、第二作目の「ハスラー2」も老役のポール・ニューマンと
新人 トム・クルーズが共演した後ブームになり思い切って買ってしまいました。
その後ビリヤード・ブームで数箇所のビリヤードで強そうな相手を見つけて
勝負したものです。ゴルフも飛ばない、スコアーもまとまらない、ので
この機会にゴルフから転向して下手くそな老人相手に飯代を稼ぐのも方法でしょう。
ハスラー役のポール・ニューマンは負けた連中の仕返しに右手をハンマーで
アイリッシュ・パブは常連客の欧米人が家族連れでいろいろなゲームを
そこそこ酔が地上までの階段も中々凝っていて雰囲気万点です。
明日も
~~宵闇せまれば~のどか乾くよ~又こよう。
腕相撲とビリヤードの四つ玉、スリークッションはいつでも勝負できます。
賭金は少額でもかまいませんが、それ相当の男のプライドかけた
勝負でないとファイトがわきませんので気合を入れて挑戦してください。
北京到着一日目でトラブル
昨日12:10北京国際空港到着後、出迎えの社員の車で
ケンピンスキー・ホテルまで送ってもらいました。
中国では今年から「端午の節句」で6/10~13日まで祭日になっています。
日本では詳しい情報がないので祭日など気にしていません。
日本での端午の節句は5月の子供の日と思っていましたが・・
しかし6/9日曜日は平日となり役所、金融機関は平常営業になっていました。
就労ビザ申請をあわてて北京到着と同時、日曜日14:00手続きしました。
私に変わってQカフェーの塩山さんにパスポートを手渡して
現地の社員にお願いしました。もし昨日手続きできなければ
今回の出張は無駄になる、きわどいことになります。
私に言わせれば「政策があれば対策をとれ」と指示して入国管理事務所に
無理難題を持ち込むだけの知恵を出させたいです。
しかし現在のだんかいではなんとも言えません。
もう一つの問題で困ったこともあります。ケンビンスキー・ホテルでのアメブロは
継りましたがyou tube fecebook 両方共につながりません。
相変わらず中国政府が情報公開していません。
又いたちごっこの闇ソフトを購入してとりつけなければなりませんが
休日と重なって頼むネットに詳しい社員も休んでいます。
前回、中国訪問したおりにはネットに強い若者に新しいソフトを使わせて
もらいましたが今回はつながりません。
高齢者にはインターネット関係についてのトラブルを専門用語、横文字、英語で
話しかけられてもまったく理解できません、困ったことです。
話題のボーイング787に乗りました。
5月末まで全てのボーイング787型飛行機はバッテリー不ぐわいで飛行停止。
6月より全面改造して再登場しました。
今回の北京行NH1255はB787型機満席で 222人乗れます。今回の
乗客はビジネスクラスを入れて全部で50人ぐらいしか乗っていません。
乗客の少ない理由は
1) 対日感情の悪い中国観光にわざわざ行く気持ちになりません。
2) サラリーマンが休日を犠牲にして仕事で日曜日出発はありえない。
3) ボーイング787型機のバッテリーに不安を感じている。
4) 悪いうわさがある期間は利用しない。
(私見ですが思い当たることだけ書きました。)
222人乗れるB787でしたが総勢50人ではガソリン代も出ないでしょう。
客室乗務員の手持ちぶささで乗客のいない座席をぐるぐる回るだけ。
エコノミー席の非常口座席を確保しました。
いつもは指定しても中々確保できない席でしたが
受付で「持っていけ!泥棒」とは言いませんが簡単に指定できました。
便器は一回り小さく見えますがシンプルライフ、気に入りました。
写真では想像できませんがウンコの臭い匂いがドアー外に漏れない方法で
改善されています。
北京入国のスタンプを押してもらいスーツケース受取コンベアーの所では
すでにコンベアーに乗せられぐるぐる回っていました。たった50名ぐらいの
スーツケースなので出てくるのも早い!
北京到着しましたら、毎年この季節に北京訪問をしていますが
今回は大粒の雨にあたり晴れ男の私はがっかりしました。
中国 北京・上海出張前に近代史の勉強
羽田発 NH1255便で北京到着12:20着になっています。
到着数日後、上海市外灘(バンド)から虹口、旧フランス租界地区の
ジェスフィールド76号及び46番地付近視察に行ってきます。
行く前に横浜大桟橋に近い旧イギリス総領事館であった横浜開港資料館で
開催されている「上海と横浜波濤を超えて」友好都市提携40周年記念で
上海&横浜の歴史を勉強して来ました。
1843年に上海租界・居留地が出来横浜関内 居留地(租界)は1859年出来
国力が衰えた江戸幕府、清朝皇帝は居留地に立入できない。
管理が及ばない無政府での貿易を中心とした商業都市として
発展しました。従って植民地ではないので総督も居ません。
政治をつかさどる権力者がいない貿易業者、洋行の場所でした。
当時ヨコハマには阿片取引で巨万の富を築いたジャーデン・マセソン商会は
お茶、絹取引などで商取引していましたが阿片取引はご法度でした。
金融関係は香港上海銀行(HSBC)スタンダード・チャート銀行、
ユダヤ系 露亜銀行など関内で営業していました。
勝手な解釈をすれば織田信長が城下町広場の一角を「楽市楽座」方式で
博打をはじめ好き勝手に商売を認め、何でもアリ状態で経済発展させた
方法を大規模にした経済特区だと解釈をしました。勝手な解釈なので
歴史家、経済学者からは「それは違う」と叱られるかもしれません。
4月24日~7月7日まで開催されていますが旧英国総領事館を見学する
だけでも東京都心と違った異国情緒をあじわえます。
但し上海&横浜の歴史、貿易、海外商取引に興味がない方には
見学料200円が無駄になると思います。
私は70歳を越えている横浜市民なので無料で見学できました。
上記の「ペリーの予言」は日本人の物作りに対する職人魂を見抜くだけの
洞察力を持ちあわせていた事に驚きました。
山手から見下ろした横浜港に停泊している外国商船と手前に見える
当時の横浜の輸出品は絹糸製品、日本茶が主流で阿片は幕府も厳しく
右側の商館が建ち並んでいない1910年以前の外灘(バンド)と思われます。
当時の黄浦江の川幅は広く感じます。
「夜霧のブルース 」で歌われている「夢のスマロかホンキューの町か~」
スマロが現在の福洲路です。今の新宿歌舞伎町と浅草吉原を一緒にした
横浜歴史博物館を通って横浜開港資料館に来ましたが当時の建物の
特徴にいつも子供のころの思い出があります。
満州ハルビン市キタイスカヤ大通りに住んでいた6歳までの思い出は
何処のビルにも半地下があり通りに面して明り取り窓がありました。
半地下に入った思い出はソ満国境を越えてきた共産党ソ連兵士から
隠れる為に防空頭巾を被って何回も出入りした苦い思い出がありました。
明日から中国・北京、上海に出張して来ます。
6月9日日曜日、羽田発 北京へ長期出張に出かけます。
今回は73歳を迎える私の中国での就労ビザ更新手続の為が目的です。
60歳を超えると就労ビザ発行はとても難しくなりますので更新は大事です。
昨年も同じ6月でしたが日本はこれから梅雨の季節ですが
北京は毎年快晴で一年で一番快適な季節です。
しかしスモッグは冬と違って多少、よくなっていますが困ったことです。
滞在中は中国入国管理事務所にパスポートを提出していますので
国内、海外共に飛行機利用が出来ません。ですのでパスポート提出中は
新幹線で上海へ行き、コンビニをはじめショッピングセンターでの
パン菓子の市場調査も兼ねて数日間滞在の予定にしています。
もう一つの目的は1935~47年までに上海の虹口租界地区、
日本人居留民団10万人が生活していた場所の確認をして来ます。
上海租界、虹口を舞台にした当時は軍国主義になりだした
日本を離れ、ジャズを自由に演奏できる
上海での出来事などの物語で日本映画「上海バンスキンズ 」
数年前に東京パン連盟組合上海視察で泊まったバンド(外灘)の
ブロードウエーマンションホテルは当時の「児玉特務機関」事務所があった。
ガーデンブリッジを渡った角にブロードウエーマンションがあり
そこから虹口(ホンキュー)の街角が見える場所でした。
今読んでいる文春新書「児玉誉士夫 巨魁の昭和史」は
上海での虚虚実々、電車で移動中、読んでいても眠気がきません。
まだ途中までしか読んでいませんが児玉誉士夫がA級戦犯で
約3年ちかく留置された巣鴨プリズンでの証言での報告書についても
上海での彼の(児玉)生き様は思ったほどの悪行の数々はありません。
GHQで巣鴨プリズンでの取調べには中国側の敵対する証人を含め
彼の残虐行為、強奪などは全くありません。商取引を長続きさすには
相手側の気持ちを汲み取りお互いに利益を分け合う健全経営者でした。
阿片麻薬における水田機関のあくどいピンはねに関する
射殺事件については真犯人に疑われていますが闇の中です。
日本海軍軍事物資に必ず執ようなタングステン、モリブデンなどの
レアーメタルは全て児玉を通じて購入していた。
戦後、GHQに於いても巣鴨プリズン出所後は児玉を利用して
終戦後の上海、その他から闇のルートでアメリカ軍に提供していました。
理由は朝鮮戦争勃発でレアーメタル不足をGHQが旧児玉特務機関残党を
使って集めてアメリカの特殊会社が堂々とアメリカに持ち込んでいました。
ただしインテリジェンスにおける各国の情報については、ぐんを抜いた
策略家に入るでしょう。話がそれました・・後日詳しく書く予定です。
ところで天安門事件が起こって24年目に入ったとたんに中国では
ネット関係情報が悪くなり当局の指示で消されるそうです。
現在でもYou Tube Facebook、日替わりで見れなくなるアメブロ、
困ったことですがブログをはじめFBが書けないこともありますので
その間見れない、書けない事も出てくる可能性もあります。
前回は闇ソフトを利用して書けたし見れましたが今回は現地に
行ってからでないとなんともいえません。
一党独裁、共産党国家は心から好きになれない政治体制です。
墨田区三つ目通りの鰻屋「川たけ」で立ち食い
一昨日は東京パン連盟組合の例会が開催されました。
菊川駅下車して組合事務所で16:00から始まる例会まで時間調整。
組合事務所近くのウナギ屋「川たけ」に立ち寄りました。
この店はその場で焼いて持帰り用だけの営業です。
「川たけ」の営業時間は午後3時30分ごろから焼はじめますので
立ち寄る事にしました。丁度、肝串焼きが10本ちかく焼きあがっていました。
焼き上げ中の匂いにつられ我慢できなくなり肝串焼きを立ち食いしました。
一本200円で二本だけにするつもりでしたが食べているうちに、
小腹が空いていたのでついつい三本食べてしまいました。
立ち食いが終ってから素知らぬ顔して組合事務所で会議に参加。
下記のアドレスは過去に取り上げた「川たけ」のブログです。
http://ameblo.jp/tozando/entry-11401711731.html
へたな鰻屋よりタレの味付けもよく買うたびに満足しています。
但し店には缶ビール、日本酒も置いていないので物足りませんが
パン連盟事務所に行く度に気になるお店です。
「川たけ」の店前で立ち食いしたりお土産を買って帰ったり何回もしていますが
今回店の奥に飾られていた木製の立派な「千客萬来」の標語は
蒲焼の煙でくすぶっていました。
近所の限られたお客相手と思われますが鰻屋の親父も高齢者なので
これ以上評判がよくなり買えなくなれば困った事になります。
気持ちは趣味にちかい営業方針なので売れすぎて疲れて寝込まれても
常連客の我われが困ってしまいます。
横浜市中区山下町の洋食店ホフブロウで会食
6/2日曜日は昨日ブログで書いたとおり府中カントリークラブでプレーしました。
コースまでは私の家に泊まったセガレの車に同乗しました。我々の
プレーは友人が予約していただいた四名でしたが
セガレは前の組でバックティーから回っていました。
セガレも久しぶりのメンバーコースで73ストロークでしたが大利根CCと
違って丘陵コースの短い距離感に戸惑っていたと話していました。
私のスコアーは秘密事項になるので非公開です。我々はお互いに
ピンチの時には理由を付けて「俺がルールブックだ!」と難癖を付ける
傾向があるからです。目的は親睦、健康管理、ストレス解消です。
プレーが終わり風呂も入らず自宅に直行して家内を乗せて
関内まで行きセガレの家族と会食の約束を果たしました。
理由の一つは家内が孫に会いたい一心で出かけたました。
1951年創業は62年前にオープンした事になります。当時は
欧米人オーナーでしたが現在は同店のインペリアルビルのオーナーです。
レストラン設計はスイス人でヨーロッパのレストランの雰囲気があります。
近くのデンマーク人が作った北欧料理スカンデアもBARカウンターがあり
独特の古き良き時代の港町ヨコハマ異国情緒があります。
現在のスカンデアは奥様の浜田様が経営を引き継いでいます。
ホフブロウは昭和20年~40年代までは横浜港に入港した船長、航海士、
欧米人などで賑わった店といわれています。
バーカウンターの素材は硬い材質クルミ木だと思われます。少なくとも50年以上
使われたカウンターには各種アルコールしみが染みこんだ歴史を感じます。
インテリアにして置かれていた備品は歴史を感じます。
昭和20年代には日本では電気冷蔵庫はなかったと思われますが
窓のステンドグラスも港ヨコハマに溶け込んだ素敵な明り取りです。
店内もクラッシクな雰囲気で飾り気のない木質仕上げになっています。
6/1~6/3までアフリカ開発会議(TICAD V) 横浜開催されました。
関内を中心に欧米人、アフリカ民族衣装など着た多くを見かけました。
予約席には会議が終わった方々がその後にみえられていました。
彼らも1000円~1600円ちかくの一品料理を注文していました。
アフリカ人も生ビール、ワインは好きな様子でした。
彼らは国に帰ればエリートに入っている偉い官僚かもしれません。
今年3/5リニューアル
オーナーの上田社長が家内にわざわざ挨拶に来られました。
ブログをみてこられたお客様もいたと思われました。
本来ならば私に・・と思いましたが同年代にちかい
女性同士の方が気があっているのでしょう。
出船入船の港町ヨコハマで生まれた「スパピザ」1100円は外国船員の
食べ方からヒントを得たのでしょう。ボリュームがあり全部食べきれない量の多さ。
生ビールはドイツ、チョコと同じく冷えた陶器の器で飲ましてくれます。
ビックリカレーはチキンカツ、トンカツ双方が一人前づつ付けられ
ごはんも二人前以上あるので男子高校生以上の食べ盛りでないと
食べ切れません。
ゴルフで気がついたこと
一昨日、久しぶりに府中カントリーコースでプレーしました。
数年前にはトリプルボギー以上叩くと自分自身打った数が分からなく
ほど頭に血がのぼっていました。
最近はいくら叩いても、飛ばなくなっても冷静にプレーできる様になりました。
6/2日曜日、一ホールで12ストローク叩いてしまいましたが一打一打
正確に覚えていたことに事に自分でも驚いて自信になりました。
パー4の3番ホールでドライバー1回 ウッド1回アイアン1回バンカー3回
奥のバンカーをホームランで1回、アプローチミス2回
スリーパット=合計12回を冷静に数できました。
以前でしたら頭の中が真白になり自分自身に腹をたてて打った数など
その場で冷静に数勘定が出来ませんし思い出せません。
今回に限りパートナーとはナッソーで握っていないので助かりました。
ゴルフでの大叩きで数が正確に即答できたことでボケていない
確信が証明されました。
しかし家内をはじめ身内からも「お父さんはボケがはじまった物忘れが多い」
「アルツハイマーになるのも時間の問題だ」などとプライドを傷つける
言い方で四六時中いいたい放題いわれています。
自宅でこんな事を毎日言われたらこちらがノイローゼになる原因なので
早朝7;20自宅を出て駅まで40分ちかく遠回りして駅まで行きます。
会社勤務中の3時ごろまではストレスもなくなり帰宅時間になると
横浜経由で途中で一杯飲み終えてあざみ野駅に到着しています。
以前でしたら取引先の営業部員と錦糸町、小岩、新小岩、
まで年増の台湾ホステス相手に遠征していましたが、今は全く声も掛からなく
なりましたのが寂しいですが元社長の地位では我慢しなくてなりません。
月日の過ぎるのは早いですね。
歳とると月日の過ぎる速さについて行くことが大変です。
5月に開催された一年に一回のの総会に五回出席いたしました。
地元、下丸子地区の精密機械、工作機械、その他の製造業を中心とした
工和会協同組合の総会、東京パン連盟はフイリピン・マニラにて総会。
パン業界ではジャパン・ベッカーマイスター協会、東京都学校給食協同組合
全日本パン協同組合連合など毎週が総会の為に時間を割きました。
総会ではありませんが顧問弁護士の創立記念パーティーも
同時にあり5月は何かにつけて忙しく走りまわりました。
6月にはパン業界国家試験の一年間におっける技能検定協議会総会で
全ての総会行事が終了いたします。
全ての総会に出席する理由の第一目的は懇親会でたらふく好きなだけ
酒が飲めるからです。料理については満足できない宴会もありますが
料理よりも酒の肴になるツマミで十分です。
最近はどこのホテル、宴会場でも不思議な事にカレー料理が多くなりました。
ホテル・カレーの美味さからは横浜のホテル・ニューグランドは別格旨いですが
毎回、開催されているKKRホテル東京のカレーです。真っ黒になるまで
煮込まれたカレールーは味にこくがあり呑み終わってからも
食が進みますがしかし福神漬、ラッキョ、刻んだパイナップルなど
付け合せがないので物足りないのが残念です。
東南アジア、インド、タイカレーには日本式副材は付きませんが
パーティーには酒の肴になるので付けてもらいたいです。
6月は中国での就労ビザ申請の為に二週間近く滞在予定になっています。
現地では惚れた女も居ないわけではないので行くまでは体力をつけて
数か所のカラオケ屋、飲屋などで懇親を深めて親睦をはかってきます。
政経分離で反日問題はとりあえず棚に上げ商売とその道は別の問題です。












































