上海探訪シリーズー5 日本人租界 虹口(ホンキュー)本願寺跡
冠婚葬祭も日本式におこなわれ虹口に本願寺もありました。
二日間現地の視察をお願いしていた添乗員の尹さんは今までの
多くの添乗員と違って上海歴史に詳しく助かりました。
今回は前から気にしていた本願寺跡を自分自身の目で確認したかった。
現在は本願寺その物はアパートとして区切られ住居になっています。
せっかく来たので添乗員の尹さんが住んでいる現地の住人に
了解をえて内部を見せてもらうことにしました。
我々家内を含めて3名だけなので住民も気持ちよく了解して
本願寺本堂、僧侶が生活していた別室など見せてもらいました。
昨日のブログ横浜橋でも書きましたが日本人租界居留地で
育った上海人は今でも大の日本びいきには驚きました。
本願寺住職部屋に住んでいたご高齢の婦人に過去の歴史経過を
聞いて納得しました。帰り際に突然の訪問で迷惑を掛けたと
思い少ない金額の寸志を手渡しましたが受け取りしません。
この10年間で数十回中国訪問していますが中国人に渡した
チップを受け取らないことは今回はじめての出来事でした。
今回北京の五つ星ホテルでボーイの荷物運びにチップが少ない、
と言われ頭にきて腹をたてた事もあっただけに
当時の日本人社会で共存共栄した思い出話に感激しました。
当時の日本人社会での上海虹口育ちの上海人の心には
中国人となにか違った気持ちがあるのでしょう。
別のところで話を聞いた上海人も同じ感じに驚きました。
↑(動画)
本願寺内部は仕切られたアパートとして再利用されていましたが
階段、敷居、屋根は当時の様子が分かります。
薄暗い内部に入り話をしてくれたご婦人には感謝します。
数年前にはNHK取材もされテレビで報道された経過があります。

本願寺本堂の面影が残っている場所です。

信仰心のうすい私ですが本願寺を見てきて当時の日本人社会を
想像すると複雑な思いになりました(反省)

現在はアパートとして再利用されているので干し物が
掛かっていても仕方がないでしょう。
石柱の彫刻は当時のものと判断できました。

本願寺本堂脇の僧侶が住んでいた階段は当時の物です。
階段を上がって見ると至る所に昔の日本が発見できました。

本願寺本堂右側には長い階段があります。
当時の面影が残っているところです。

本願寺本堂向かって右には納骨堂になっています。
鉄筋コンクリートで建築された立派な建物です。
設計は築地本願寺と同じくインド人設計者が担当しています。
上海政府も保存の為に歴史保存プレートも取付られていました。
上海探訪シリーズー4 日本人租界虹口に横浜川の横浜橋
残っている構築物は数箇所あります。
横浜橋、本願寺、魯迅に協力した内山完造、内山書店跡などは
上海市政府がきっちり保存していました。後日動画を含めて公開します。
ホンキュー(虹口)で生まれ育った上海人について動画を
含めた写真等で公開しますがそこで育った虹口の上海人は親日です。
のちのちブログに書きますが日本が台湾を1945年まで
植民地にしていた後、中国国民党による台湾独立後の
本省人と大陸から来たが外省人との摩擦関係に似た所がありました。
ただし一党独裁共産党国家の中国では公けにはならないです。
上海観光、考察、視察、を含めて数十回訪問していますが,
皆さんどうゆう訳か日本人租界地区 虹口には全く興味がないか
知りたくないか・・分かりませんが立ち寄ることのない
日本人居留民団10万人住んでいた居留地でした。
デックミネの歌謡曲夜霧のブルースの歌詞
「夢のスマロか~ホンキューの街か~あ~~波の音にも血が騒ぐ~」
この日、一日で25000步、18km歩いたことになりました。

横浜在住者にとって1910年時代の木造で造られた横浜橋が
鉄筋コンクリート橋に建て替えられても横浜橋とは気に入りました。

ここ最近の日中関係悪化でしたら中南海の中国政府、上海市政府も
問題にして名称変更も強権発動したと思われますが、住んでいる
虹口の上海市民は権力者が名称変更しても横浜橋は変わらないでしょう。
↑
上記の動画には添乗員の尹さんのが詳しく説明しています。
外灘(バンド)からガーデンブリッジが掛けられている
蘇州河の支流が横浜川になり横浜橋が掛かっているそうです。
地元民は今でも横浜橋に愛着があるのでしょう。
当時の材木で掛けられた橋の印象を思い起こす様に橋の手すり
歩道は木の板で作られていました。

横浜橋のたもとで屋台で売っていたジャンクフルーツはドリアンと
似たところもありますが大きさは一個20~30kgちかく有り
中の実を取り出して売られていました。
家内も○山さんも食べたことがないもで、その場で買って
夕食の食堂に持込デザートにしました。

中身はごらんの通りバナナの房と同じく芯にまつわり付いています。
味はドリアンと違って匂いはなく、淡白な味です。
ジャンクフルーツの名称はFacebookのお友達の増田様より
教えてもらいました。ありがとうございます。
東南アジア各国の果物屋によく見られるジャンクフルーツでした。
上海探訪シリーズー3(虹口)の場末の食堂
1930~1946年日本人10万人居留民団が内地(日本)に
帰国しましたが、それまで生活していた現地を隅々見てきましたが
3日間ではまだ完全とは行きません。夕食は日本人の住んでいたと
思われる横道に入り小さな食堂で会食をいたしました。
上海人の三ちゃん食堂(夫婦長男で営業)「洪洪食堂」を見つけました。
数品注文しましたが、びっくりした一品に驚きました。
上海人の添乗員も初めて入った場末の食堂ですが日本の味と
全く同じ茶碗蒸しが皿に載せられ出てきました。
添乗員の上海人も「これは中国料理、上海料理でもない」
ホンキュー(虹口)にいた日本人が作っていた茶碗蒸しが
現地の中国人に引き継がれた日本料理が元祖だと言い切りました。
上記の動画you Tubeはホンキューの場末で入った自称、虹口料理で
店も家族的で味はともかく大満足でした。
是非、上記の動画で雰囲気を味わってください。

「洪洪食堂」の入口で日本人は初めてのお客だと思います。

20人も入れば満席になる小ぢんまりとした店がお気に入りです。
考察団、視察団で食べている高級上海料理もたまにはいいですが
実のところ不満です、B級グルメは何が出るか食べさせられるか
旨いか?不味いか、料金が高いか、安いかドキドキ感ワクワクし
エンジョイしながら人生長生きして幸せを感じる瞬間です。

上記の大皿に盛られた一品が日本風「茶碗蒸し」でした。
日本の茶碗蒸し用でないところが私にとって気に入った出し方です。

上海はザリガニの美味しいシーズンなのでしょう。
子供の頃川で取ってきたザリガニをお袋が「食べられない!」
と言って捨てられたことが思い出しました。

川エビの炒め物でしたが特別美味しいという感じはありません。

上海の臭豆腐には匂いも味にも満足出来ません。
長沙、香港油麻地の50m先から臭う臭豆腐でないと満足出来ません。

今回の上海の酢豚は合格点はあげられません。
広東料理を上海で注文するだけ野暮でした。

外観から見た名もない食堂でしたが虹口の雰囲気があじわえて満足。

近くで売られていた珍しい果物、名前は忘れましたがドリアンを
五六倍大きくした果物ですが味はイマイチです。
上海探訪シリーズー2「虹口日本人居留民団地区」
横浜山下町付近の建築物と似ていた事。ガーデン・ブリッジわきの
ブロードウエーマンションに事務所をかまえていた児玉誉士夫など
知りたいことが多く団体旅行以外で行動したいくつかの場所、
特に日本人居留民団10万人生活していた租界、虹口(ホンキュー)を
くまなく歩きました。一日で25000步近く歩いた計算になりました。
上海探訪そのー2
上海の経済発展に比例して取り壊されつつある日本人租界、虹口付近
取り残された街市(市場、マーケット)見学などしました。
上記の動画では虹口街市の魚屋で田ウナギを熱心にさばいている店員、
端午の節句でチマキ専門店、道路でトランプ博打風景など
上海中心地に近い場所ですが昔ながらの生活が取り残されています。

25年前、当時国営でサービスの悪い和平飯店に度々
泊まったことがあります。
朝食は虹口まで一膳飯屋に食べに行っていました。
今回近くまで来て最初に気がついたのが「美食 美客」食堂です。
当時、排骨麺大盛り2元(32円)で美味しく食べられた時代です。

端午の節句の祭日の為か道路でトランプゲーム、オイチョカブ
?コイコイでの博打を楽しんでいます。あくまでも一般市民で
ヤクザがからんでいる節はありません。

日本式建物ですが少しづつ取り壊しされている場所もあります。

動画にも同じシーンがあります、田うなぎは日本ウナギに比べて
茶色で細く中華料理にでてくる味はあまり好きになりません。

上海市内から繁栄に取り残された一部の虹口の街の雰囲気は
新小岩、小岩の寂れた街角に似ていました。

上記の写真を見る限り日本のどこにでも見られる町中と勘違い
するでしょう。
上海探訪シリーズー1「豫園裏の地元民の屋台」
絶対案内してくれない、案内出来ない所だけ選んで行動しました。
上海でのホテルランキングではNO1外灘(バンド)
黄浦江リバーサイド側で団体客では泊まれない最高級ホテル。
その建物は旧上海クラブ上海租界の経済商業全て仕切っていた
大班(工部局)だけの会員制、現代の香港チャイナクラブ雰囲気
上海探訪そのー1
豫園から裏道を抜けて四牌楼路小吃一条街屋台街で会食しました
安くて旨い日本人、欧米人、韓国人は一人もいませんローカル屋台です。
下町は老上海の雰囲気1940年を感じさせる大好きな街
you tubeは豫園から裏道を通り抜け外国人、観光客が一人も
居ない屋台街にたどり着き賑やかな通り、香具師の叩き売り
ぜひ上海裏道屋台街動画をみて次回訪問してください。

道路で串焼き、煮物、揚げ物を作って店内で食べる方式です。

池、どぶ川、溜池に生息している淡水ザリガニと海の大海老

大海老の右側は上海蟹ではありません。上海蟹は屋台料理には
絶対にありません。有れば間違いなく偽物です。

屋台のナンは新疆ウイグル、ウルチム、カシュガルで見かける
イスラム系パンです。今回は注文しませんでしたが上海人は
とても美味しいとのことでした。

近くのどぶ川か溜池で捕れたと思われるザリガニですが旨い!
熱湯で蒸されているので安心して食べられました。

食べかすですが細かい皮の中の白身は楊枝がないので
ほじくれないで残念でした。

イカと高菜漬物の炒め物 味はつまみ用に良い。

えのき茸と玉子の炒め物

好物の臭豆腐は匂いが強くなくイマイチでした。
香港の深水步の屋台より数段落ち、

ニラと湯葉炒め なかなかの味 理由は豆腐ニガリが気に入った

鶏は鳥インフルエンザの可能性もあるので注文しない。
仕方がないので豚の串焼き、帆立のニンニク炒め。

ナスと小魚燻製の炒め物、独特の癖が酒の肴にあう。

焼きそばは近くの屋台で買い求めて持込、味よし満足。
写真撮り忘れて途中気がつきパチリ。

大瓶サントリービール3本頼んで合計160元でお釣りあり。
ホテルはウォルドルフアストリア上海オンザバンド
上海東中山路沿い一泊20万円以上しますがさすがに泊まれない。
屋台料理は雰囲気万点、次回も同じホテルで屋台料理で堪能します。
中国は上から下まで人事で成立つ国家です。
一昨日、北京から帰国が出来ました、という理由は就労ビザ
更新についていわくつきの出来事がありました。
6月9日 日曜日12:30北京に到着しましたが現地に来て
今年から急きょ実施された「端午の節句」明日(6/10~6/12)の
月曜日から水曜日までの3連休は役所は休みになっていました。
ただし到着した日曜日は役所は臨時に就労ビザ受付だけはOKでした。
受付しても3連休の為に帰国できる日程については3日間滞在を
のばさなければなりません。帰国日は来週の6/25月曜日に変更
しなければなりません。
6/21金曜日はKKR東京ホテルで東京都パン技能検定協議会総会が
おこなわれます。会長は最大手のヤマザキパンで副会長は
発足以来東京パン蓮盟工業協同組合理事長がお役目です。
何があっても6/20の前日までには帰国しなければなりません。
しかしパスポートは北京入国管理事務所に提出しています。
当社の総経理、部下の○山氏も一瞬あわてた振りして
困った顔しながら(顔には笑顔がみえ隠れ)脅しをかけてきました。
彼らは「政策があれば対策をとれ!」亡くなられた先生は当時の
北京市長のナンバー2の谷様まで交友があり最初のころは
パトカー先導で何所にでも行けたそうですが先生はその後
特権階級の考え方に賛同出来ず断り続けた逸話があります。
話がそれましたが入管にそれなりのツテを使い、いつの間にか
帰国予定日前日までに総経理経由で届けてもらいました。
外国人技能実修生手続、相談、お叱りなどに度々行っていますが
日本の入国管理事務所では考えられない出来事です。
中国四千年の歴史は人事で事が進むので規則、法律は
人事でいくらでも変更できる国なのです。
今回北京から上海まで新幹線を利用しましたが外国人は
パスポート提示義務がありますが持ち合わせないですがOK.
金融機関も北京担当者同伴で行ってもらったら一時間待ちぐらいが
支店長経由でその場で手続完了しました。
そんな現場で待っていると仮定したら腹立てて文句の一つも言うでしょう。
同じ銀行でも手続変更出来る支店、めんどくさいので無視する支店
今回、同じ金融機関で実際にあった話ですがブログに詳しく書く事は出来ません。
対応がバラバラなのは法律や規則よりも人事で決まる国家なのです。
この様ないやらしい中国だからこチャンスも多くあるのです。、
先進国並みに法整備が完璧で三権分立されていればの
中小企業がこのこ中国まで投資しに行きません。
山千海千で鍛えた総経理をはじめ日本人スタッフの優秀さを改めて感服しました。
北京滞在の行動
3日前に東京からわざわざパン工場視察にこられた食品メーカーがいます。
二日間の業界視察でクタクタになっていますが最終日は半日だけ
観光をする日程を組み天安門まで地下鉄を利用して行きました。
天安門を中心とした場所は何回も見ていましが初めての方には興味が
あるので私が現地添乗員に変わっていい加減なホラを吹きながら
いい加減な説明を真面目に聞き取りしていました。
北京での地下鉄も国際空港並に荷物検査がありますが荷物の中身は
なにが入っていても再検査はありません。
爆弾、ピストル、青龍刀がレントゲン写真に写らない限りあとはフリーパス。
水物、薬なんでもフリーパスです。
二年前から天安門城の入場の仕方は変わっていました。
今回北京に来たら必ず観光する天安門広場、故宮博物院に一人も日本人に会える
機会がありませんでした。中国各地、韓国人グループは大勢見学に来ていました。
今まで中国観光地には必ず日本人団体客に会いましたが今回は誰ひとり合いません。
尖閣問題に火がつき反日運動盛んな中国にわざわざ観光に推薦する観光業者も
推薦していないのでしょう。
天安門で一人の日本人に会えないことは中国嫌いがなお一層深まったと近いできます。
大和殿には日本語説明が書かれていますが全ての財宝は蒋介石の指示で
アメリカの軍艦で台湾の故宮博物館にお倉入りになったのでしょう。
何回来ても感動する通り、ラストエンペラーの映画のシーンにもある
紅城壁の美しさには感動します。
天安門の内堀は北京政府のシンボルなのでゴミ一つ落ちていません。
ケンピンスキーホテル到着後にコーヒーとケーキを一口パクリ。
会食はケンピンスキーホテルとルフトハンザデパートのあいだのビアホールで
夕食を兼ねた料理を取りながら楽しみました。
食事を終えて近くのアイリッシュ・パブで打ち上げのつもりがもう一件。
もちろんこれから先は家内同伴ではありません。
三軒目は元北朝鮮ホテル二階のバーで飲み直ししました。ホテル撤退は
北朝鮮にとって採算があわなく家賃の値上げで参ってしまったのでしょう。
バーに入って驚いたのは23:00を過ぎているのに多くの日本人女性客の多さに
驚きました。「彼女達はなぜ?北京にいるのか、生活費はどうしているのか」と
総経理に質問しましたら婚期を逃がした連中が金持ち探しにきている、と話て
いましたが真相はわかりません。
一階には北朝鮮料理レストランが残っていて、若くてピチピチした
「歓び組」がいるのにも驚きました。その後のことは非公開にしておきます。
中国滞在あれこれ思いつくまま
中国 上海 北京思いつくまままの写真です。
上海虹橋駅で時間調整をしていましたら家内の隣に突然現れたオッサンが
いきなりゴロリと寝てしまいました。オッサンは靴をそろえていましたので
育ちは良さそうです。
北京行改札口の割り込み混雑は日本で体験できないほど強烈でした。
彼らはこれから国際的にも恥ずかしくないマナーが身につくまでは
100年はかかるでしょう。
北京ではドイツ系ケンピンスキーホテルに宿泊しました。土曜日は地下鉄で
都心まで物見胡散の時間つぶし。
ホテルから近い地下鉄駅 亮馬橋から乗車
国貿駅から永安里乗駅行までは長い換えか通路を歩くことになります。
途中エスカレーター利用がありますが割り込み出来ない対策が取られていました。
当局も中々のアイデアーです。
永安里駅から地下道で「秀水」という外国人も訪れる観光名所があります。
数年前に当社もQカフェーベーカリーショップを出店していましたが契約更新に
日本円に換算して一坪3万円が三倍ちかい8万円の提示をされたことがあります。
8万円を値切っても最終結論はわかっているので閉店撤退した場所です。
バカバカしいことですが懐かしさで秀水のウインドショッピングをしましたが
偽物が多く結局何も買わずに終わりましたが以前の活気はなく落ち込んで感じがしました。
外国人観光客相手に偽物を売りつける買い漁る時代は終わりに近いと思います。
数年枚には考察団でも利用していた北京ダックの美味しい「香満楼」に
東京から当社を視察しに来た業者を招待しました。
北京地元ではとても人気があり繁盛店です。予約は18:00のみでその後の
予約は順番待ちになっています。予約時間に遅れたらキャンセルとみなされます。
北京ダックは取り扱っている店は何処でもお客の近くでさばいています。
北京ダックは通常ダック皮、キュウリ、白ネギ、味噌を包むクレープ状の生地は
ゴマ付バンズパンを手で割き中身を詰める作業は食欲を誘います。
招待した○○さんも初めてのゴマ付バンズ北京ダックに喜んでいました。
クレープ状の生地よりもパン式が美味しく感じました。
北京日本人学校父兄 パン工場見学
6/14金曜日 総経理、塩○さんから工場見学が予定されている話を聞きました。
北京日本人学校の父兄代表12名と先生をバスで送り迎えしながら
北京環状5環路外側にあるパン工場まで同行しました。
3年前にも同行しましたが毎年6月に実行されています。
北京駐在の日本人は日本でも上場会社、部課長以上のエリートが多く
北京総経理を兼ねた方々が多く我々にも影響がある大事なお客様です。
もちろん日本人小中学校1000人以上在校生がいて当社の菓子パン、
サンドイッチ、カレーパン、ドーナツ類を土日祭日以外毎日納品しています。
6年前に日本の超有名食品販売会社駐在の奥様が見学に同行していました。
その方とは面識も名前も知らない方でした。
帰宅後、主人に「パン工場の衛生状態はどうだったか?」と質問されて
「日本人管理職数名いてとても衛生的な工場でした」と報告したそうです。
後日、超有名食品販売会社から電話がかかり工場見学して即決即断で
取引決定した事実がありました。
こちらの駐在員は日本橋、丸ビル、大手町、新宿、渋谷を向いて
仕事はしていないのと現地での営業決定権はとても強いのです。
本社に帰れば出世コースが待っていると当社の総経理が話ていました。
今は取引量も多くなり主力取引先になって総経理も常にトップセールスに
徹しています。北京日本人学校は企業情報を含めての大事な学校です。
その後食品規格、ISO 9001 22000(国際標準化機構)を取得しました。
取得後は衛生管理を含む報告、連絡、整理などの書類は大変ですが
名刺に書かれているだけで初めて会う企業との信頼評価は抜群に良い。
そのほかに中国食料品には必ずQSマークが必要ですが日本企業が進出してから
取得するまでは大変な苦労がありました、当社は取得に必要なノウハウは
足掛け9年間の実績で更新を含めてきわどい事もありましたがすべりこみセーフ。
(中国政府食品販売卸システムQSマークとは(クオリティー・システム規格)
正門は目立たない建物ですが厳重な警備体制で行われていました。
日本大使館並みの体制で警備員三名で不審者の侵入は不可能です。
正門の左右には、もちろんサーチライト、サイレン、ビデオ撮影は完璧です。
斜前にはインターナショナルスクールもあり公安警察待機場が設置されています。
パトカーも止まっていましたが当局も管理は厳重にしているのでしょう。
上記の写真の拡大です。北京市朝陽区は大使館が多く付近には外国人
マンションに駐在している家族もいるのでしょう。
パン工場内の敷地で日本人学校の代表父兄12名を案内している写真。
右奥の2階建ては独身者専用寮になっています。24時間操業できる
工場見学が終わり総経理、工場長、幹部職員との会議風景です。
私が加わるとまとまる話もダメになるので総経理が私の腕を掴んで
強引に頼むから会議には出ないでくれ、と言われ仕方なく出て行きました。
父兄にはジュース等、サンドイッチ、パンなどで昼食会を兼ねました。
帰りには大きな袋にクッキー、デイプラス商品、パンなどお土産を詰め
持たせましたら、たいした金額でないのに皆大喜びしていました。
非公開する予定でしたが昼休みの工場事務所です。
総経理はQ先生お気に入りの額「改善」をかけていますが、私の見た限り
事務所の壁には数日間、24時間記録されるモニターが取り付けられています。
当社も千鳥パン工場にも上記ほど大型ではありませんが同じ方法で管理しています。
こちらは敷地脇にある社員寮各部署にも取り付けられています。
上記のモニターで確認できる20箇所は労務管理、製品管理、窃盗、
予定外トラブル等々には役にたつでしょう。
当社は北京国際空港に近いので最近は機内食会社からの問い合わせもあり
取引成立すれば大型商談成立になるはずです。
パン工場から徒歩数分で地元食堂街があります。昨年も食べた
自家製刀削麺をスパゲティー風にした一品料理を食べることにしました。
左のカラフルな洗濯物の脇が出入り口です。
汚い入口に入る総経理は完全に地元密着しています。
上記の写真を拡大した写真ですが中国人の衛生観念、美的センス、感性は
冬でもないのに出入り口はごらんの通りです。ハエ、蚊の侵入でも避ける
窓脇に座りましたらごらんの通り建物建築してから一度も掃除した事ない状態。
この付近の食堂は保健所許可など持ち合わせないと思います。
モグリで営業していても旨ければ客が付くのが中国流なのでしょう。
写真の北京風ナポリタンスパゲッティー刀削麺焼ソバが旨い!
初めて入る家内も嫌な顔して入って食べましたが、
腹が減っては我慢できないのでしょう。
自家製切りたて刀削麺のコリコリ・シコシコ感も良くタバスコ代わりに
唐辛子油炒めを加えて旨い、旨い、旨い、うまい、うまい、うまい!
(美味いは×)です。
大ビール一本、家内と二人で並みの刀削麺一皿、総経理は小刀削麺
大人三人で合計20元(340円)で旨くて腹いっぱいになりました。
中国 国営新幹線体験記
6/11~13日は上海租界 虹口地区へ北京から移動、
ガイドを頼んで調べておきました。
後日、虹口フランス租界ジェフフィールド76号について書く予定です。
今回の上海訪問は就労ビザ更新中なので飛行機は問題あるので
新幹線を利用しました。3年前に利用した時は新幹線もどき汽車夜九時出発、
翌日七時到着で4人部屋を6名で大宴会をしながらパン菓子展示会
ベーカリーチャイナショーを視察したことがありました。
今回は新幹線で北京9:00出発 上海14:00到着約五時間の旅でした。
一等座席933元は16000円相当しますので多くの利用客は役人関係でしょう。
上海往復新幹線代金は飛行機利用よりも割高になります。
北京、上海まで五時間で16000円は高い料金です。鉄道建設に関わる官僚
役人、公務員、上場会社、関連会社のすべてが賄賂を含む常識外の
贈収賄の不正だらけです。北京通友人の話では新幹線のトイレットペーパー用
ステンレス箱は一個25000円もすると聞いたことがあります。
線路、車両、機械工具何でもかんでも賄賂金額を上乗せ料金設定しているので
日本人常識では想像できないいい加減な新幹線鉄道なのです。
今回のトップの隠し財産が500億円とも部下の隠し財産50億円とも想像を絶する
額で日本人には考えられないバカバカしさです。
日本の新幹線車両に比べると旧式車両タイプでノウハウは川崎重工が
提供したと聞いています。
後日談
川崎重工は日本国内での特許申請はしていましたが海外特許申請は
手続問題等をかかえ後回しにしていました。
そのスキを見て中国がサッサと申請。
中国は新幹線は我々独自の開発である、したがって海外特許申請を
堂々として受付し認可されたと聞いています。全くふざけた話です。
運行時間、安全運行に関するソフト部門ノウハウはJR東海が
「中国人は信用できない人種で特許権を無視する為拒否」
ノウハウは必ずコピーされると確信していたのでしょう。
したがって断り続けて協力はしていない、と聞いています。
過去(2年前)に陸橋で大事故を起こした車両を調査も終わってない時に
穴を掘って埋めてしまう、中国人以外想像できない大胆不敵な奇策処理。
一時間ぐらい社員の塩○さんから食堂車で中国人気質について聞いていました。
バラの花は造花です物品販売の連中は教育程度も低くサービスについては
全く理解していません。
当日は「端午の節句」三連休のため座席はガラガラでした。
一等座席ガラガラでしたので前の座席を回転させて朝からロックで
ウトウトしているあいだに上海到着。
休日はグリーン車両を利用しない官僚、地方公務員が乗っていません。
普通車両の指定席は家族旅行で満員状態です。
一等座席の後方には貴賓席数名の座席があります。
若くてスタイル抜群、お尻プリプリの客室乗務員付きでした。
北京に戻る日は上海駅に早めに到着しましたので時間に余裕があるので
デジカメのメデアをパソコン動画編集をする為に電源探しにウロウロしました。
近くにラウンジがあるのに気がつき早速利用することにしましたが
一等座席券では利用出来ず16車両の数名の貴賓者だけのためでした。
ただし100元払えば利用できるので早速入りました。
二人の受付嬢は驚くことばかりで鉄道交通関係に携わって社員、
関連従業員は上から下まで腐っています!
一人100元支払たので利用OKでデッキパソコンもあり時間つぶしには良いと
判断しましたがパソコンはネットにつながっていませんでした。
駅構内施設は言論統制、反政治情報など見せない、知らせないために
飾りだけにしているのでしょう。右側の端っこに少し見えるPCは私のです。
1時間30分間利用していましたが入ってきた人のタイプは高級官僚、役人、
と思わしき連中でした。
先ほどの受付嬢の驚いた事は二人のうち一人がトイレタイム?か分かりませんが
いなくなった瞬間、お客用のチョコレートケーキーを素早く取って
席に戻りパクパク早食いして後からお茶を飲み込みました。もしかしたら
もう一人の相棒も同じことをしているのでしょうが、見ている私と家内は
ア然としてしまいました。
空港ラウンジと違って幾らもない貧弱なケーキ、乾き菓子、インスタントラーメン、
コーヒー、ペットボトル各種、毎日盗み食い、飲みをしていると確信できます。
数人も入っていない客相手の商品管理などどうでもよい体質そのものです。
改札三〇分前から受付されますがビックリするほどアホらしくなりました。
改札口四っ箇所あるうち一箇所は老人、幼児、一等席、貴賓室利用ですが
全く守られていません。
中国人は列をなして並ぶ習慣は全くありません。開札口に我先に押し合い
へし合い、横で見ていると人間の行動とは思えません。
中国の新幹線には自由席が無い理由が解りました。
指定席でも細い改札口に押し寄せてくるのですから自由席で誰でも乗れれば
革命でも起きる群衆と騒がしさで席の取り合いになり、大声で叫びあい
6/13端午の節句が終わり仕事はじめで利用客も動き出した初日でもあり
混み合いましたが、今回の中国人気質は学校教育だけでは無理でしょう。
家庭教育で道徳を教えるにしても両親も程度が低いのでどうにもなりません。
上海で二日間のガイドをしてくれた尹(い)さんは親日家でしたが
これらの事を何かにつけてグチっていました。彼のお爺さんは戦前
日本教育を受け帝国大学卒業、陸軍士官までなりサムライ精神を自分自身
誇りにしていた中国人らしくない上海人でした。

















































