下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -36ページ目

府中カントリークラブ開場記念杯に参加しましたが・・

 11月3日 日曜日は府中カントリークラブ創立54年目の開場記念杯に
参加しました。開場記念杯は優勝を含む飛び賞がたくさんあります。

10位、15位、20位飛び賞など数打てばどれかに当たる確率が高く
なります。お祝いを兼ねる大会なので飲み物は無料で何杯でも飲めます。
 
昔は食事も無料でしたがデフレで売上減で経費削減の為か料理代金は
有料になりました。そういえば昔は府中CCマーク入タオル、帽子、ベストなどを
無料でもらった記憶もありますが経費削減でなにも出ません。

私達の組 四名は今年に入ってクラブ競技に参加していないので
入賞の資格は最初から失格になっているのでいつもの通り気楽なプレーに
徹して参加しました。
  
 
昔はテラスに屋台を出して生ビール、ワインをはじめ焼ソバ、おでん、フランクフルト
色々な出し物、お祭り気分で開催されましたがいまはごらんの通り寂しい限りです。

しかし毎年送られてくる貸借対照表、損益計算書、株主総会、会員総会の
決算書を解読してみると、現在置かれている府中CCの経営方針では
当分は無駄遣い出来ないし派手な行事は無理と判断できます。

株式会社といえど創立当時は社団法人を目論んでいた営利を目的としない
ゴルフクラブで私が入会した当時は銀座に事務所がありました。発足当時
作家の獅子文六も発起人の一人で東京スポーツマンクラブからの延長でした。


クラブ玄関には申し訳ない程度のお祝い生花が飾られていました。


アウト6番ホールの全景です好きなホールでしたが球が飛ばなくなってから
丘陵の平らなところまで行きません。今は息の抜けない難しいホールに
なってしまいました。


今回私達の組についた若いキャデーさんは高校卒業一年目の可愛い子でした。

話しているうちに高校生時代に就職先希望の府中CCをパソコンで検索したら
私の書いている「下丸子社長」のブログで府中CCを発見し少しだけですが
カントリークラブの雰囲気を参考にしたそうです。

もしかしたら彼女は数年後にはテレビに映る女子プロになっていたりして
いたら・・・などと思いながらプレーしていました。


昔は開場記念杯で無料で出される種類はこんな程度ではなかったですが
(焼酎、ウイスキー、ワインは無し)不況では仕方ないです。
「おしるこ」などタダで出されても酒飲みには食べられません。

しかし毎週、日曜日だけはサラダバーで好きなだけの野菜サラダをセルフで
食べらられるのです。

会場記念杯での楽しみは地酒「多摩自慢」の升酒が何倍も飲めることです。


昼食には頼んだ親子丼が遅くなり升酒三杯飲み干した後に後半のプレーに
入りました。何時もは昼に呑む酒は、同じ多摩自慢の正味一合徳利を
ロック又は熱燗、時々コップで焼酎のストレートを頼み水を貰って時間調整。


プレーが終わってからは生ビール、升酒数杯のんで友人の車で
多摩センター駅付近で降ろしてもらい新百合ケ丘下車、小田急バスで
あざみ野駅行に高齢者無料パス券を利用して赤い顔していい気持ちで帰宅しました。

昼食は親子重850円は旨い!府中CCで自慢できる一番は食事が旨いことです。
二番、三番はありませんが四番は、非公開になります。

  
今年クラブチャンピオンになった金子光規さんは次男と中学、高校時代の
先輩で同じゴルフ部でした。彼は世界アマ選手権にも出場したアマ選手で

今年はJGA主催、日本ミットアマ選手権で二位入賞した選手で日本アマ界では
知らない人はいない大物です。高校時代担任の恩師は偶然にも私と同じ
恩師なので気になる関係です。  
  

桜木町ピオシテイで一杯呑んで帰宅。

 朝は7:30自宅を出て駅まで約40分ちかく歩き遠回りして会社出勤。
帰宅時間はセガレ、社員に指図されずにいつでも帰れます。

しかし午後3時前後になると帰宅準備に入り用事のない限り
退社することにしています。この時間帯ですと自宅に着くのが
まだ明るく隣近所の手前、体裁がわるいと思われたくないのです。

家内は別にして私は自宅付近の住民の顔と名前は40年近く経っても
わかりません。理由は現役時代は働きずめで夜は暗くなっても
帰宅時間はまちまちで晩飯を食べる事もマチマチでした。

そんな訳で早く帰ると世間体が悪く早く帰ってもろくな事しかありません。


そんな訳で横浜駅下車そごうデパート10階のベイブリッチ、横浜港の
見えるバーカウンターでバーテンダーと話しながら時間をつぶすこともあります。


BAR シーガーディアンⅢのバーカウンターから見る横浜港は絶景です。

BAR シーガーディアンⅢで一人で毎回呑むのは雰囲気もよいですが
顔見知りのバーテンダーに70歳過ぎて家内にも相手にされていないと
思われるのもスマートではありません。

それに度々のボトル・キープ、シングルモルトW12年は一本2~3万円。
酔っ払っている時には高く感じないが酒の飲めない家内のうるさい顔が
浮かぶと不安を感じる。


たまには場所を変えて桜木町駅地下道野毛出口、途中に昔からある
「ぴおシテイ」ビル地下に立飲み屋、居酒屋が数件入っています。


その中の一軒に立飲み「はなみち」があります。

私が立ち寄る時間帯は午後4時ごろですのでお客もバラバラ状態です。
野毛の場外馬券場の開催日の夕方は立ち込みますが普段はそれほど
混み合い席が無いことはありません。


書かれた酒の肴の平均料金は一品300円前後とお安く設定されています。

客種は高齢者一人者、仕事帰りの港湾労働者、日雇い労働者、
早出警備員の仕事帰り、早出のサラリーマンなどで
時間的にホワイトカラーの勤労者、女連れは滅多にみません。

私も考えてみたら若いころパン工場内の肉体労働、木箱直し、箱洗い、
営業を兼ねた得意先配達など頭は余り使わない汗かく仕事でした。

労働組合のない仕事人なので立飲み屋の雰囲気には溶け込んでいます。
彼らの話している内容は野球、競馬、年金、飲み食い話など今も昔も
たいして変わらないです。


コップ酒(150cc)は百円玉二個自動販売機200円から呑めます。
手前の小さめのグラスを自分で蛇口に持って持っていく。


これから3枚の写真は呑んだ日付は別々ですがまとめて説明します。
〆サバ300円と生ビール350円後は追加で酒、ウーロンハイ300円

  
生ビールにカツオの刺身300円ツマミに丁度手ごろ。

  
  ウーロン割焼酎300円と鯨の刺身300円はお安い。

最近話題になっている阪急ホテルをはじめ有名ホテル、ミシュラン星印の
有名店などの偽装メニュー、食べ残しを又客に出した超有名店、
船場の吉兆と違って立飲み男の・はなみち・良心的で低価格は見上げたものだ。
  
 
この程度の居酒屋、立飲み屋にありがちな雑然とした物置きはお客にとっては
安心できて落ち着けます。

一回飲んで1000円前後、時間つぶしして薄暗くなっていて帰宅すれば
真面目に仕事しているオヤジと思い近所の悪い評判はたちません。
  
  
  
  
  
  

2011年6月の新疆ウイグルで武装警官の取締中の写真

 今週、北京天安門の毛沢東総本山に四輪駆動自動車炎上火災が勃発。

その事に関して2011年6月に考察団で新疆ウイグル・ウルムチ吐魯番 
視察をした時の想像を超えた異国の地について驚いたことを書き直します。

ウルムチ到着後バスに乗って市内に入った風景はここが中国?・・とは
とても思えない異国に見えました。バス中から見た驚いた事があります。

広場の端で簡易屋台を出していたウイグル人を公安警察が
取り調べしている瞬間をデジカメで素早く写しました。

その瞬間、漢民族の武装警察が「カメラを撮るな!」と
叫びながら人差し指でバス中の私を指差している下記の写真です。

その瞬間バスを止められ引きずり出される恐怖感を感じましたが
信号が変った瞬間バスが走り出してホットしたことがありました。
 
  
ウイグル人女性の後ろ姿の右横で二名の公安警察が屋台の取り調べ中、
数メートル離れて水色シャツのウイグル青年が様子を伺っています。

バスの止まっている瞬間でしたが漢民族公安警察、武装警官が
ウイグル人を取り締まっている証拠写真です。 


新疆ウイグル自治区は漢民族の流入でウイグル人は反感を持つのは
当たり前でしょう。
イスラム教は中東問題と同じくチベット族と違ってジハードで戦うでしょう。

http://ameblo.jp/tozando/entry-10923947806.html
         ↑
(2011年6月に新疆ウイグルでウイグル人屋台取締まり事件ブログ)

 拡大して見ると武装警官の、ふてぶてしい指差し態度は
日常茶飯事に行われているのでしょう。

この写真は2011年6月ですから今回の天安門自動車炎上事故の
ジハードも漢民族に対する行動と思われます。

(ジハードとは)
jihād 一般にはイスラムを広めるため、または防衛のための戦い、
すなわち「聖戦」のことをいう。死をもって戦う。
原義は「(神の道のために)奮闘努力すること」であるが、
古くから、異教徒に対する戦争と解釈 ...-日本大百科全書(小学館)

  
同じくバス中から撮影したウイグル人は必ず口髭を付けています。
祖先はシルクロードを通ってきたトルコ系民族といわれています。

漢民族を除くチベット民族、モンゴル民族を加えて55少数民族が
中国内にいるのですが
ウイグル民族だけで3000万人以上いれば一国にあたいします。
  
吐魯番で見たウイグル人一家ですがどう見ても中国人とは違います。
 
ウルムチで見たモスクは中東地域と勘違いする風景です。
 
吐魯番観光で千仏洞窟で「流し」をしている演歌・・民謡歌手老人
 
ウルムチで食事を兼ねた新疆国際大飯店の入口
漢字の下にはウイグル文字も描かれている中国の異国です。
  
新疆ウイグル大飯店で我々を迎えてくれたウイグル美女集団です。
彼女達の胸の張り、腰周り、クビレ、腰髙は黄色人種と違ってスタイル抜群。
  
赤いドレスの歌手件踊り子の美しさは若い時の山口淑子を連想させてくれました。
家内同伴で参加していたのでチップも渡せず、手も握れず、口説けず残念。
  
この時の考察団参加はタングステン、モリブデン、ニッケル、鉱石会社視察でした。
当時は金、銀、鉱石資源が世界中の話題になっていた頃です。

視察後買った新疆新シン鉱業股有限公司のH株は損切りした
苦い思い出があります。

買った株が全て成功していたら気持ちが大きくなり怖いもの知らず
巨万の冨を手に入れて仕事もバカバカしくなり呑む、呑む、呑む、呑む、
打つ、買う、買う、買うでその体力減退、アルコール中毒で
横須賀国立アル中病院送り間違いなしになっているでしょう。

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人馬一体の闘牛は迫力満点ですが残酷です。

スペインのマラガ市で闘牛観戦をした動画は牛とマタドールの戦いでしたが
今回の話題は人馬一体と猛牛の戦いを動画にしました。

遅くなった理由はyou Tubeまでは完成しましたがアメブロに貼付けできず
困ってしまいました。パソコンの設定が悪いのかシステム変更なのか
分からず、困っていますが・・・

前回の闘牛より馬に股がって人馬一体で争う、今回の動画は
迫力満点です。猛牛が馬に向かってツノで突き刺す寸前
体を交わして、すり抜けるのは神業にしかみえません。

牛の背中首元に死ぬまで数本の槍を突き刺し痛さに興奮した猛牛が
騎手をめがけて襲いかかるシーンは残酷そのものです。
https://www.youtube.com/watch?v=NYRv4aiOd7E


上記の動画が見れない時にはyou Tubeを開き「下丸子社長 闘牛」
と書き込めばアップされると思います。



猪(牛)突猛進する牛に槍を突き刺す寸前。


猛牛に槍が突き刺さった瞬間から痛さに堪えられず馬に向かって
500kgの体重で猛進してきます。牛の追いかける速さは想像以上に早いです。
 

 暴れまくる牛に死ぬまで次々と槍を刺して行きます。
数本の槍を刺された猛牛は最後は力尽きて死んで行きます。

 
馬が疲れて退場した後に係りの闘牛士が登場して牛のスタミナ切れを
待ちながら時間稼ぎした後、また登場し槍を刺しまくり殺してしまいます。
 
見ている我々は残酷な殺したに気が滅入ってしまいますが
スペイン人観客は拍手喝采で鳴りやまず興奮しまくり。
 

死んだ牛に観客の拍手喝采は鳴りやまず片耳切り、又は両耳切り、
又は尻尾切りセットにするか観客の拍手次第です。様子を見ている時間です。
 
 
牛の背中の首筋近くに刺されたヤリの数々は残酷そのものです。
 
数本の槍に刺されて半殺しされた後は両耳を切り落とされます。
観客の拍手喝采が鳴りやまないので次は牛の尻尾を切り落とします。

 
  切り落とされた尻尾は観客にプレゼントされ、死んだ牛は二頭の馬に
引かれて場外に運ばれます。

猛牛も最後は観客の見ている所でなぶり殺しされる残酷ショーで
思い出した事があります。

数年前にブラジル リオのカーニバルを見に行った時にアルゼンチンにも
行きました。

そこから船でウルグアイ国に入国して観光した時の現地ガイドさんの説明では

スペイン人はウルグアイに住んでいた原住民を子供、赤ちゃんを含む
男女全員一人残さず殺してしまい、白人国家にした歴史が今日の
ウルグアイ国なのです。
http://ameblo.jp/tozando/entry-10469822940.html
(ウルグアイに行った時、原住民皆殺でショックを受けたブログ)

日本は過去植民地として台湾、朝鮮半島に小中学校をたくさん作ったと
聞きました。理由はいろいろありますが近代化する為 港湾、鉄道、道路、
教育、に力を入れてきた植民地政策とは大きな違いがあります。

バイキングの血を引いているアングロサクソンも植民地政策は残酷ですが
スペイン人も負けづ劣らず残酷な血は闘牛を見ていて感じたことです。

(ウィキペディアより)
先住民グアラニー人は18世紀にパラグアイに撤退したが、
地名に大きな影響を残している。
一方独立戦争への参加により、1000人ほどにまで数を減らしていたチャルーア人は、
1831年の初代大統領リベラの掃討作戦によりほとんど殺戮された。

この虐殺はウルグアイ人の心に大きなトラウマとなって残り、
そのことを悔いてなのかウルグアイの新聞・・・・
(一部添付終わり)

 
  
 
  


スペインの町並みはなぜ綺麗なのか不思議だ

 モロッコ・スペイン観光旅行について思いついたことを時々書きます。
今回の旅行で気がついたことの一つにスペインの町のきれいな事。

マラガから地中海リゾート地トレモリーノス、断崖絶壁の町ロンダ、
街全体が白い村ミハス、スペインで最も美しい村 フリヒリアナ、

アルハンブラ宮殿のあるグラナダ、大航海時代の遺跡の多いセビリア、
600mの高地マドリード商業都市、行く先々の村、町、都市は
日本と違って街中のゴミ捨てが少なく清潔なのには驚きました。

スペインは財政破綻になると度々噂されているのに一般市民の
生活様式は悠々自適に過ごしている様子。13:00~17:00まで
小さな商店から大型店まで完全なお昼休みには呆れてしまいます。

少なくとも破綻寸前まで落ち込んでいるのに長いお昼休み日本では
考えられない生活習慣にあいた口がふさがらない。

スペイン人は清潔好きで暇さえあれば掃除、掃除、食器洗い磨き
チリ一つ無い室内、ピカピカに磨き上げる習慣があるそうです。

街中も整理整頓されていて食事したレストラン厨房もモデルハウス並の
整理整頓されています。しかし家庭料理は一度にたくさん作って
毎日温めるだけの手抜き料理が普通の家庭料理と話していました。

我々も予約なしで食べ歩きしましたが平均してスペイン料理は不味い。
世界の料理水準からいけば先進国ではビリの方に入るでしょう。
北欧料理も同じことがいえますが・・・

最後のマドリードではリッツホテルのコンシエルジュに夕食のレストランを
紹介してもらいましたが高くてイマイチ。

出てきた料理を見て腰を抜かすほど貧弱な一品など写真を
撮る事も忘れてしまう、驚きようにあ然!

大きな皿に、食べられない かき氷の上に大き目の生アサリ二個だけ、
びっくり仰天。それだけで一品2000円・・ちかく支払ったと思います。
そんな店が予約で満員になっている理由が理解できません。

スペインに入ってからイベリコ豚の生ハムを三日間食べ続けましたが
その後は酒の肴にも飽きがきてその後食べる気にもならない。
たまに食べるから塩辛くても我慢できますが毎日は飽きてしまいます。

やはりスペイン人と日本人の食材について味覚差があるので一方的には
批判はできませんが・・私はアルコールさえあればB級グルメでOKです。


断崖絶壁の町ロダンですが町全体が清潔ですが食物は不味い。
  
古い町並みの道は石畳が多くどこの住宅街も白色が中心で落ち着いています。


昼食をした小路を入った店ですが日本人には飯は旨いとは言えません。
スペイン人は日本人からみると味覚音痴に見えますが、私だけかもしれません。

ロダンの港町付近もゴミ一つ落ちていない清潔な下町には感心します。


スペインで最も美しいといわれているフリヒリアナ町です。
屋根はオレンジ系統壁は白色で統一されています。

町自体は綺麗ですが活気がなく売家、貸家の広告が目立つ。
  
 
昼食に入ったレストランですが食事はイマイチ、ビール小瓶と一品料理
1500円は観光客値段と思いますが所得の低いスペインにしては高い。
もしかしたらパノラマで見える絶景が値段に入っているのでしょう。



街全体がきれいなのが売り物で活気がなく年寄りの多い停滞した感じ。
  
  
コルドバのメスキータ(世界遺産)の 「なんとかカントカの塔」高さ100mちかくを
歩いて上りつめた写真。さすがにデブと70歳以上の老人は少なく上りつめた瞬間
汗ダラダラ。しかし自分自身の体力に自信がつきました。

  
セビリアの街中はコロンブスの大聖堂があるスペイン大航海時代の
栄光がそのまま残っている建造物だらけで、あえて説明しません。
  
どこの街角は忘れましたが財政破綻など全く感じさせないのんきな国民です。
楽しいスペイン旅行の写真風景です。夫婦喧嘩は最初のカサブランカ

市場付近の2800円の偉大なプロボクサー「カシアス・クレイ」の
ファイテングポーズ写真購入の一回だけでその後は喧嘩ナシ。

(結論)
飯が不味くても高くても不満はまったくありません。
それも初めて出会う旅の楽しみです。

その分、地酒(赤ワイン、スパークリング・ワインのカバ等々)が
たっぷり飲めて寝酒にウイスキー又はジンで熟睡できました。

ただしグラナダで値段は一人前に取られた生ビールを
グラス半分以下の注ぎ方には頭にトサカ、思い出すとハラタツ・ノリ
                           (巨人連敗だらしない!)
これも今は思い出に残る出来事とでした。
(結論終)



府中CCで恒例のゴルフコンペ「球友会」で

府中ゴルフカントリー・クラブで2月、8月を除く10ヶ月の会員仲間同士で

最終日曜日にプライベートコンペ「球友会」が開催しています。


私が「球友会」に入会したのは府中CC入会2年後の昭和58年ごろと記憶

しています。当時は40歳代でバリバリの現役時代でハンデキャップ10で


シングル入りも時間の問題と自負していましたが、私にとっての製造業では

企業経営とゴルフ上達は反比例して、とうとうシングル入りが果たせず


ズルズル落ち込み今は倍のクラブHP20という不甲斐ない結果です。

アフリカ・モロツコ、スペイン帰りの直前、時差ボケも取れていない

10/27日曜日のゴルフコンペに参加しました。


ボケが少しありましたが旅行中の暴飲暴食、快食快便、体調ベストで

優勝できました。仕事も遊びも、海外旅行も体力維持が第一です。


一ヶ月間ゴルフクラブを握っていなくても時差ボケが多少あっても優勝は

実力のうち。パーティーがある時のコンペの握りは持ち帰れるのですが

今回は残念なのは握りに勝った1000円+500円をいったん取ってから


優勝が決まり集金後に取り返されました(残念)理由は仲間のルールで

優チャラという変なルールをいつの間にか作っているのです。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog

ゴルフを楽しんでいる間は、少しアル中でも五体満で足楽しめます。


(余談)

今後は横須賀国立アル中病院行きだけ気お付けて晩年は

長野県「たつの介護センター」理事長にお願いて余生を過ごしたいと思っています。


理由は松本市にはヨコハマと同じく一人で呑める本格的なBAR,と

地元で評判の居酒屋も多いと聞いています(タクシー利用)


10月は長期旅行計画をたてアフリカ・モロッコから地中海を渡り

スペイン各地を物見胡散で呑み歩きながら観光していました。

モスク・教会・大聖堂・お城・豪族国王の墓、遺跡には見ただけで

記憶がゴチャゴチャになってしまいました。


名所旧跡には余り興味がない事も理由になりますがブログに写真付きで

神社仏閣(これは無い) モスク、教会、大聖堂、アルハンブラ宮殿

コロンブス大聖堂のお墓、セビーリャ大聖堂などを見て数々知ったふりして


長々書いてもブログを見る方々には面白くのおかしくもありません。

世間知らづの大学教授、歴史学者と思われても困ります  (ありえない)

説明付きで、知ったふりして知的教養、インテリでもないのに

長々書いても化けの皮が外れるので反感をかうこと間違いなし。


たくさんの写真を撮ってきましたがハードに入れ保存はしますが

二度と見る機会はないでしょう。観る暇があれば生活の匂いのある

野毛あたりを飲み歩きして残り預金で人生を楽しみます。




モロッコ・スペイン旅行中の数々のトラブル編

1) マラケッシュのホテルは昔豪族の邸宅を改造した由緒ある建物。
  二泊しましたが、三階の私の室内のインターネット無線ランが
  毎回継らず、その度に旅行会社の佐藤さんに電話。

  二日目はyou tube送信中に突然切れる。佐藤さんも毎回のことで
  フロント付近の無線ランの電波は強いので降りてください、と
  疲れているから、やってられないとサジを投げられました。

  舌打ちで「チェ!・・又か、いい加減にしてくれよ」顔が見えなくても
  私に○○さんが情報を持ってきたことで分かった(冗談)
  
  佐藤さんは私を団長扱いで三階の見晴らしの良い道路側の部屋と
  思い指定したと思いますが部屋は狭くテーブル、デスク、椅子もない。
    
  昔の見張りを兼ねた使用人又は女中部屋に間違いなし。
         (昔、昔の女の匂いがする)
  結論、外壁の無線ランを取り付ける位置が悪く工務課が
  来て位置変更後無線ランは見る見るうちに早くなる。

2) カサブランカの地元食料品市場の場外商店で買い物のことで
   一方的に攻撃され犬も食わぬ、夫婦喧嘩に皆様が巻き込まれる。

3) スペインに入って一週間目に数人の方が体調不良で絶食する。
  一番年下の若者も体調を心配してアルコール量を減らしだした。
  私は最終日まで快食快便、暴飲暴食、スタミナに余裕有り。

4) これから書く事は添乗した佐藤さんとの危機一髪の出来事。                     
   
 マドリッド・バラハス国際空港からパリ国際空港に向かう出来事。
 搭乗手続き、セキュリティ検査・出国審査を終えて72ゲート登場へ
 時間待ちが一時間あるのでひと休憩する為に近くをウロウロする。

 人気のいない自動ガラスドアーを入ると階段下は一階の入国フロアー
 慌てて二階の自動ガラスドアーまで引き戻りましたが逆方向には
 ドアーが開かない。慌ててドアーをこじ開けようと叩いたり、引張たり

 搭乗残り時間が、刻々と迫ってくる。緊急事態発生と佐藤さんに電話
 佐藤さんも顔色変えて真剣に私を探し回るけど場所が分からず戸惑う
 (後日談として分かる)
 
 (一部想像で書く)
 「団長の俺を置いて先に成田まで帰るのか?」佐藤さん困った顔で
 「原田さんだけ切符を買いなおしてゆっくりして帰ったら・・トランクは
 宅急便で自宅に送っておくから」と
 言いかけた時にスペイン人保安係りが来てくれた。(想像終わり)
 
 その内、私がガラスドアーをガタガタこじ開ける事に気がついた
 保安係りが来る、スペイン語、英語のしゃべれない私が携帯電話で
 会話中の佐藤さんに通訳してもらいました。

 (結論)
 もう一度一階まで行き7~8分歩き二階のセキュリティ検査を受ける。
 手続きを入れて往復40分ちかく無駄な時間を使った
 (私は顔面蒼白)
 
 時間的にはやっと間に合いましたが、それまでは孤独感、生き別れ、
 絶望、天涯孤独、協議離婚、今生の別れ、ああ無情、
 小心者の私は、パニックで心臓が張り裂けるほど緊張。

 これで夫婦関係の微妙な下剋上をくい止める為に
 前進全力で止めなければならない事になる。
 
 とても普段経験できない出来事でした。これはEU各国には原則
 国境がないので入国、出国のシステムが日本と違っていた出来事。
 (英会話が出来ればなんとかなる、今回の問題はありえない)

5) フランス。ドゴール国際空港に到着しましたが飛行機から降りて
  通路用ボーデング・ブリッジが伸びましたが空港建物入口が
  鍵が掛かって開かない。その間10分間立ちどうし
  
  他の航空会社に乗り換えトランジトするお客もいるので
  一部の外国人ビジネスマンが怒り出す。

マドリッドからパリに到着しましたが飛行機から空港建物に入る
入口が鍵が掛かって入れません。


どこかの団体客用の旗を持っている日本人女性添乗員も頭に来て
入口ドアーをガタガタ押したり、引いたり真剣そのもの家内を含め女は強い。

私はマドリッドでドアー ガタガタ事件を経験済なので冷静に見るだけ。


写真の外人ビジネスマンらしき男性は顔色変えて爆発寸前。


約10分遅れで鍵を持っている女性美人係官がニコニコ顔で開けに来る。
孤独と戦い孤軍奮闘したマドリッドガラスドアー事件と違って

今回我々は団体行動、乗り換えは同じエール・フランス機なので我々を
置き去りにして成田まで飛ぶことは無いと判断しているので

江戸時代のことわざ「近くの火事は燃えれば燃えるほど面白い」
ことわざ通りですが私は決してそうは思いません。

(結論) 私には気配りのできる添乗員にはなれないと自覚しました。


RRエンジン4機のA380 500人ちかく乗れる大型機は飛んでいる間の
揺れが少なく快適ですがサービスはエミレーツ航空より落ちます。

旅は楽しい思い出、苦い思い出、後から思い出すと笑える事も
当時は真剣に悩んでいました。しかし又機会があれば旅に出かけます。

11月はマカオ・香港 マニー・パッキャオのボクシング観戦を兼ねた
B級グルメ・ツアーと行きたい人達の為に旨い屋台料理を計画。

(突然二名キャンセルあり、問い合わせはメガの佐藤様まで)
         090-6516-8491
旅行中の内容は下記のアドレスで確認してください。
http://ameblo.jp/tozando/entry-11598731351.html

http://ameblo.jp/tozando/entry-11569860406.html

http://ameblo.jp/tozando/entry-11601778907.html

したがって香港一の名門広東料理の福臨門酒家には行きません。
理由は高い割にはトコブシと勘違いする広東料理では
皆様が満足出来ないと思っていますからです。

 

 

モロッコ・スペイン旅行中に買ったお土産品

今回の旅行は泊まった日数が重なるたびにスーツケースが軽くなりました。

タンスの肥やしになっている半袖ワイシャツ、長袖ワイシャツ、靴下
ランニングシャツは毎回捨ててきました。白色ブリーフ(通称パンツ)は

一部処分、本来ならば6枚あれば裏表ひっくり返して二日に一枚で
たりますが、時と場合によっては高齢者によくある、お漏らしもを
計算に入れる必要があります。

ステテコも償却用を持ち込む、この歳になるとブリーフに付着した
汚物をズボンまで浸み込ませない方法に役立つ。

それはともかく最終日のマドリットでは家内が買い込んだ雑貨を入れても
軽い、軽い。海外出張を含めて毎月どこかに行っているので、お土産に
わずらわされるのが嫌なので私は自分以外の物は買わないことにしています。

 
マドリッドの食料品市場は大変な人出で立ち飲み、立ち食いで混雑
夕食もここで過す一般市民もたくさんいました。ここで食料品の値段が
日本との格差がどれだけかを知ることができます。

一番格差のあるのは乳製品バター、チーズ類でしょう。
我々もスペイン人にならって立ち食いで軽い夕食をすことにしました。

  
果物は日本よりも豊富で安い。
 
欧州は日本に比べて乳製品は格段に安く買えます。酒のツマミに持ち帰る
カマンベールタイプのチーズ200g 2,1ユーロ 日本円で280円

金額にして二種類のカマンベールチーズを現地価格3000円購入
これで当分自宅で呑むウイスキーのツマミができました。

日本で買えば200g 1800円ちかくするでしょう。TPP加入すると
国際水準並みになるので格段に安くなると思います。
日本政府、行政は生産者保護には熱心ですが消費者のことはおろそかにします。

  
  (買うまでの いきさつは公開しませんが最高のお値打ち品)

モロッコ・カサブランカの一般庶民が利用する食品市場の場外にある
古道具、骨董品らしき、ガラクタを並べている店で 
ホコリの被った一品しかないモハメット・アリと改名される前(奴隷時代からの)

カシアス・クレー(1960年時代)の額入りパネル写真を
日本円で2800円で購入、当時(50年前)の売れ残りの品物と判断。

もしかしたらビンテージになっているかもしれません。
私にとっては衝動買いですが間違いなく、お値打ち品です。
家内がブツブツ文句タラタラでしたが私はまったく気にしていません。

一度、オーナーと知り合いの京浜急行 黄金町駅徒歩6分ボクシング関係の
スポーツ店アメリカ屋で見てもらえば値打ちも分ると思います。
http://ameblo.jp/tozando/entry-10796218635.html

  
カシアス・クレーの額入りを買った食品市場の場外風景
 
モロッコのモスク、宮殿、王族のお墓めぐりには興味ありませんが
市場めぐりには掘り出し物をはじめ珍しい食べ物など食べたり見たりが
楽しみです。

 

思い切って奮発して泊まったホテル二箇所について

今回の長期旅行計画についての条件の一つにホテルの格式について

私の意思、意見は無視された事ですがホテルについては
その都市に宿泊する一番☆印の多いホテルを選ぶ破目になりました。

私は畳二枚ほどあればどこでも寝れますし、各都市のYMCA
ビジネスホテル、カプセルホテル、サウナ寝室でも寝てしまえば
1分で熟睡できて天国行き。

73歳を迎える歳になり、今までにやりたい放題、呑む、打つ、買、
無断外泊などで苦労をかけた家内の意見も入れて最高級ホテルにしました。

内心、ドバイのホテル一泊150万円などのホテルでなくて安心しましたが
添乗してくれた○籐さんだけ二箇所のホテルには高すぎて泊まれず
他所のホテルに移動することになっていました。

気の毒なので私と交代しても・・と思っていましたが家内が居るので中止。

一つはセビリア都市のアルフォンソ三世ホテルとマドリッドのリッツ・マドリッド
格式歴史からスペイン大航海時代コロンブスによって栄耀栄華を極めた
世界一のスペイン王国 アルフォンソ三世ホテルでした。

下記のアドレスはアルフォンソ三世ホテルの内部動画です。
http://www.youtube.com/watch?v=FmdmJks_AJQ
朝食も満足できましたしコロンブスの大聖堂(お墓)がある大都会です。

セビリア都市 自体が歴史を感じる建造物、建築物が多く観光していても
歴史的建造物だらけで何が何だかゴチャゴチャになって覚えられません。

おまけに現地日本人添乗員老人(俺より若い)は歩くのが遅く、おそく・・
昼食の時間も忘れ年号、人名、出来事、事細かく説明してくれるのは
参った!学生時代の嫌いな授業と同じでバカバカしく聞き流しに撤する。
知ったところで残り人生(7年2カ月)に役に立たない。

 
セビリア都市一の格式あるアルフォンソ三世ホテルには日本人団体客、
ツアー客は一組も見ませんでした。


建物はホテルというよりも宮殿にちかい歴史建造物です。
  
上下はロビーから見た空間ですが私にはホテルに見えないフロアーでした。

イスラム文化と西洋文化を取り入れ影響を受けたホテルなのでしょう。
 
 
上記の額に画かれている権力者がアルフォンソ三世。
  
一階のロビー横には王室、皇族、大統領などの宿泊客の写真が所狭しと
飾られていました。

 宿泊者には金メタルと勘違いする板チョコレートをプレゼント。
酒の試飲と違って一口で食べたが旨いか、不味いか全く分からない。

 
上記の写真はリッツマドリッドの外観です。
 
フランスのリッツにはまだ宿泊した事がありませんがマドリッドは思ったより
小さく宿泊室も多くありません。したがって団体客には向かないホテルです。

 

最近のホテルの室内用はカードになっていますがリッツは金属鍵です。
使いづらく開け閉めが一回で出来ず、右に回したり、左に回したり、引いたり、
押したり、叩いたり、一仕事です。

  
朝食は出された料理は限られていて好きなオムレツのありません。
注文すれば作ってくれるのかも知れませんが原則は出したくないのでしょう。

ホテルマンについては教育されていてサービスはとても良いのですが
私には息苦しく二日間泊まりましたが次回泊まる事は無いですが
もし今度泊まる時には安宿の洗濯船クラスで満足します。

一人旅でしたらカプセルホテル並みの安宿で十分でした。