下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -34ページ目

親子二代にわたって営業している「鮨芳」で一杯

食物の話はテレビ、雑誌でさんざん取り上げられています。
その為か海外を除きブログでは珍しい店、食べ物以外書きません。

B級グルメの私はフランスのミシュラン☆印にはまったく興味がなく
わざわざ一人数万円だしてまで常連客になるつもりもありません。

今回は寿司職人親子二代に渡り時々利用している「鮨芳」のブログ。
当社が大田区大森北から下丸子に昭和49年、

工場建設し移転して40年経ちました。当時は業務用パン納品に為に
早朝パン配達件、営業を兼ねて汗していた時代です。

お得意先が当社を訪問した時にときどき食事していた寿司屋が
「鮨芳」でした。一代目の親父さんとはゴルフ仲間で地元民で
鮨芳に来るお客を集めてゴルフコンペなどして親睦をしていました。

一代目の親方は私と同じ年でゴルフもそこそこ上手く気のあった仲間、
今は自動車運転はできなくなりましたが当時はビール、日本酒を
呑んだ後に平気で運転して自宅に帰ったものです。(時効)

親方は脳梗塞で倒れてその後は息子が引き継ぎ現在に至っています。
最近は元社長になってから仕事関係も希薄になり一人で行くか
日中家内を呼び出し連れていくことぐらいです。

所帯をもって以来、教育熱心な家内(教育ママ)は
子育て中はわざわざ外食など滅多にしていませんでしたが
最近は月に数回、鮨芳に行きたいと言い出し連れていく機会が増えました。


勤労所得では常連客にはなれない不労所得者、契約入札前の接待客、
職業不明の得体のしれない常連客用、芸能人、久兵衛、宮葉、次郎など
浮世離れした一人5万円ちかく支払う店と違う(行った人の話)

下丸子住人、商店主、下丸子地区の中小企業社長達が常連客用。
食べていても知り合いに出会うことが多く安心して食べられる。
 
 
二代目の店主は先代の親方と違って言葉使いも親切、優しい人柄。
 
すし屋でウイスキー 、焼酎を呑むことはありません。やはり日本酒です。
鮨芳での冷酒は「高清水」と決まっています。昼食に入ってカウンターに座れば

勤務中でも冷酒が出てきますので、断る理由もないので、ついつい呑む。
店主も私が現役でないことは分かっているので仕方がないです。


冷酒のツマミにはいつも通りシメ鯖と決めています。
脂ののっている厚みのあるシメ鯖の食感、酢の使い方、いつ行っても満足。

  
シメサバの握りも忘れづに注文している。


家内は握りでは一人前の具が全部食べられないのですし飯を少なくして
具たくさんにしてもらっています。
  
以上の二人分、食べて5600円は大満足しています。
仕入れの魚が新鮮で良質でなぜ安く握れるか

経営者の目でみた自分なりに思い当たる「鮨芳」の営業形態。

1) 40年以上経過した建物B/C 減価償却は終っている。

2) 金融機関からの短期借入金、長期借入金はない無借金経営
    (資金繰りが楽になる・返済が無い)

3) したがって支払利息が発生していない(健全経営)
    (同じく資金繰りが楽になる)

4) 親の代から使用している什器備品、設備造作の減価償却費が
   発生しない(償却済)

5) 経営で一番負担の大きい支払家賃が発生しない。
    (絶対につぶれないが病気、ケガに注意すること)

6) 夫婦で商いしているので労働基準局の査察がないので
   社労士など顧問契約費用が発生しない(ブラック企業でない)

7) 朝早くから夜遅くまで営業していても残業代が掛からない。

8) 白衣などリネンサプライ、クリニングしないで自分で洗濯。

9) 河岸から仕入れる魚は現金支払い。ツケにしない。

10) 河岸から持ってきた魚を値切ったり、持ってきた魚を少なくしたり
    しないで置いていった魚は全部買い取る。河岸業者側の
    リスクが少なく信用ができて他店より良質な魚が安く仕入れる。

11) 自分たちの給与は客の入りで毎回変えて税務申告できる。

12) お客本位でいつも愛想よくニコニコしている。ヘンクツでない。

こんな事を真剣に考えながら握り鮨を食べてはダメです。

注文してから出来上がるまでは時間がかかるが客は我慢して待っている。
私はその間チビチビ呑んでいるので気にならない。

鮨芳は東急多摩川線 武蔵新田駅下車、新田神社から左には入り300m



ニッポン放送「あさラジ」番組の高嶋秀武アナの本

若い頃からから早朝聞いているラジオは毎日楽しみにしています。


アナログの私は30歳代から早朝パン配達中はラジオだけが

楽しみでニッポン放送で山谷新平の番組ファンでした。


「山谷親平のお早ようニッポン」での「朝からいいたい放題」はパン配達

積み下ろし時間をさいてでも車中で毎回聞き逃さず聞いていたものです。


その後、山谷新平氏がお亡くなりになり早朝番組には当時売り出し中の

高嶋秀武アナが番組担当になりました。


「高嶋ひでたけのお早う中年探偵団」現在は「高嶋ひでたけのあさラジ」

毎回出てくるニュース解説者が一流どころで、楽しみにしています。


今の出演者は

政治経済、裏社会に通じている 須田慎一郎、


私の大好きな産経新聞編集長 おとぼけの 乾正人、


中国情報、問題にくわしい 富坂聰、


政界の裏側に詳しい 鈴木哲夫、

     

外務省のラスプーチン 佐藤優、


時々スギハラ・ダラー・ウルトラダラーを書いた作家の 手嶋龍一


小泉純一郎のアドバイサー 元財務省出身 高橋洋一

(財務省の嫌われ者で陰謀にはめられた事有り)


毎週土曜日13:00~15:00まで

「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか」の二時間番組は帰宅中で

聞くことができないので録音しておき翌日の日曜日バス、電車内で

府中カントリークラブまでの往復の時間帯に毎回聞いています。


☆もちろん「高嶋ひでたけの朝ラジ」月曜~金曜日


☆「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか」毎週土曜日

   (辛坊の大ファンです)


☆「ザ・ボウス そこまで言うか!」 月曜~木曜日で出演者は


勝谷誠彦(コラムニスト)

宮崎哲弥(評論家)

長谷川幸洋(ジャーナリスト)

青山繁晴(独立総合研究所社長)

聞き逃した時に番組は全て録音していますので

ヒマな時間帯に聞いています。

特に海外旅行中にまとめて聞くことが多くテレビを見ている

暇が少なくなりました。

テレビはBSを含めて興味のある映画、報道番組など同じく

録画して広告を飛ばしながら肝心なところだけ見る方法です。

お笑い番組は日曜日の「笑点」以外見ません。

あとの番組は時々「演歌」を見ながら一杯呑んでいる暇つぶし。

今回取り上げた話題は高嶋ひでたけ氏の

「あっという間に距離が縮まる伝え方」をセブンイレブンで購入。



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昨日、下丸子のセブンイレブンで800円で購入したばかりで

読み終わっていまっせん。ニッポン放送が力を入れて宣伝しているのと

ファンの一人である事で電車通勤中に読むことにしています。


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高嶋秀武アナは楽天の星野監督、作曲家で歌手の宇崎竜童、

明治大学野球部の故島岡監督ファンで時々面白い話が聞ける。

共通しているところは高嶋アナをふくめて明大卒業生であることでした。


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恐れ多いいが高嶋ひでたけと昭和15年生まれの私は70歳代でも

まだ毎日、会社出勤 動けるあいだは現役で頑張ります。



大ヒット中の映画「キャプテン・フィリップ」

 海賊の話題は十数年前にはマラッカ海峡に多く出没していましたが
最近はソマリア沖の海賊の出来事が数年前からニュースとして
取り上げられてきました。

この度11/29日本で初公開された映画「キャプテン・フィリップス」を
早速、帰宅途中に観てきました。通常、高齢者割引1000円ですが
特別企画料金設定1200円と高くなっていました。

200円高くても観ごたえのある作品でした。2時間の上映は観客が
画面に吸い込まれてしまうほど観ていて緊迫感、迫力がありました。
今年のアカデミー賞有力作品との前おきがありました。

 
(FBより貼り付け)
俳優トム・ハンクスが2009年に起ったソマリア海域人質事件の実話を映画化した『キャプテン・フィリップス』で主演を務めた。「ノンフィクションのエンタテインメントに魅力を感じる」というハンクスは実在の船長を演じている。 

映画でハンクスが演じるのは巨大コンテナ船の船長リチャード・フィリップス。彼と仲間たちは援助物資をケニアに運ぶ途中で、海賊に襲われ、船を占拠される。彼は仲間を守るために奔走するが、身代わりになって海賊の人質となる。

ハンクス演じるフィリップス船長は、海賊たちに銃を突きつけられ、自由を奪われた状態で駆け引きを続け、船員の命を守り、状況を打開しようと奔走する。「非常に難易度の高いソリティアをやっているようなものなんだ。常にもう一枚のカードをめくろうとしているが、ときにそれが何のカードだったか決めるのに時間がかかってしまう。リチャード・フィリップスの場合、彼は4人の海賊にたった一人で立ち向かうことになった」。

人質となった彼を乗せた救命船は米国海軍に囲まれながら航行を続ける。武器もない、通信手段もないフィリップス船長は何を頼りに生き延びるのか? ハンクスはフィリップス本人を“実利的な男”と評する。「彼は船員だ。これは彼の仕事だ。趣味じゃない。彼は非凡な経験をして辛うじて生き延びた。今彼が何をしているか知っているかい?彼はいまだに、6週間におよぶ航海に出て行くんだ。自分の仕事に誇りを抱いている、真の商船員だ。すごいことだと思う」

『キャプテン・フィリップス』ストーリー
2009年4月、援助物資を積んでケニアに向かうアラバマ号をソマリア沖で海賊が襲撃。アラバマ号の船長フィリップスはクルー達を解放する代わりに、自身が人質となることを申し出た。誰ひとり味方のいない極限下で彼は海賊を相手に駆け引きを繰り広げ……。

『キャプテン・フィリップス』解説
2009年に起ったソマリア海域人質事件の実話に基づく、スリリングで胸を揺さぶるドラマ。コンテナ船の乗組員20人を救った船長の決断と苦闘を、リアルな語り口で描く。『ボーン・アルティメイタム』の鬼才ポール・グリーングラスが監督を務め、迫真のドラマを演出。2度のアカデミー賞に輝くトム・ハンクスが主人公に扮し、その剛腕に応える。
(貼り付け終わり)


映画の流れは出航手続きから船長夫婦との会話ではじまり一方
ソマリア海岸で海賊達を集めるシーンが同時に進行していきます。

トム・ハンクスの演じる船長フィリップスはソマリア沖に入る場面で
海賊対策演習を実施している場面にいきなり遭遇してしまいます。


海賊を演じるソマリア人役者の多くは現地で集めた俳優を想わせる
独特の雰囲気、ツラがまえ、とても俳優が演じている、とは思えません。


トム・ハンクス演じる船長役もたいしたものですが海賊達も中々な演技力。


2009年に実際に起きた事件を映画にしていますので自分だったらどうするか、
複雑な気持ちで画面にくいいってみるのが精一杯です。


乗っ取られた貨物船でのストーリーは映画館で手に汗握る迫力です。

今まで多くの洋画を見てきましたが海賊役はまったく知りません。
本物の海賊を役者にしたのかと勘違いするほど個性的な俳優でした。


海賊役からタキシード姿になった彼らはまったく想像できないほど
落差を感じます。


こちらの方が本物のキャプテン・フィリップスです。
どことなく俳優トム・ハンクスの雰囲気がありますね。


左側の船長フィリップスと俳優トム・ハンクス

  
  (貼り付け)
第26回東京国際映画祭が華やかに幕開けしました。
オープニング上映は『キャプテン・フィリップス』。
左からポール・グリーングラス監督と、主賓で登場された
安倍晋三首相と握手をかわすトム・ハンクス。

  (貼り付け終わり)
 
( 映画ファンの一口メモ)
  久々に涙出るほど感動した映画を見れました。
ソマリアの武装集団に奇襲されてからの緊迫感は本当に凄かったです。

それに加えて、トムハンクスの演技を超えたリアリティ感に圧倒されました。
ラストシーンの涙は、恐怖に解放されたこと以外にも
様々な意味が込められていた涙だと思いました。
間違いなく今年度最高の映画です。

朝日新聞は「結論報道」から撤退せよ!



(facebook  BLOGOSより貼り付け)


朝日新聞は「結論報道」から撤退せよ

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51879957.html  


朝日新聞のけさの朝刊1面は「反対デモ「絶叫、テロと変わらぬ」 自民・石破氏」

単なるブログの話を1面に載せるほど、朝日はネタ切れなのか。


よくも悪くも「社論」を決めて、すべての記事を統一するのが朝日新聞の特徴だ。

朝日の人事には奇妙な風習があり、


社長は政治部と経済部の出身者が交替でなり、

社会部は(短期間のピンチヒッターを除いて)なったことがない。


その代わり、論説主幹は社会部や外信部など

「傍流」の指定席で、彼らが社論を決める。


(facebook  BLOGOSより貼り付け終わり)


以下の文章はアドレスから入ってください。


国民の意見はそれぞれあるでしょうが保守本流である政権が

決定したことには反対しても無駄な抵抗に終わるでしょう。


下丸子へ通う72歳の元社長のブログblog


今読み直している、2012年11月発行の佐藤優 手嶋龍一

対談の「動乱のインテリジェンス」でもスパイ天国の日本に

あきれ返っています。


ここに書かれている尖閣、竹島、中国、朝鮮半島、ロシア、

シリア、イラン・・・そして日本


今そこにある危機が・・二人の意見が予想通り当たっている。


是非、参議院審議で通してもらいたい法律と確信しました。

http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51879957.html



パックマンinマカオ&香港B級グルメツアーで最後に失敗した事。

 「パックマンinマカオ&香港B級グルメツアー」で最後に
失敗した事はブログを読んでいるうちに分かってきます。

私が企画した海外旅行で雨に降られたり、強風に煽られたりした
苦い経験は今までにありませんので毎回快適な海外旅行です。

11/23土曜日出発は田園都市線 たまプラーザ~羽田空港行までの
直行便で横浜港を左手に見ながらいつも通り快適なスピードで走ります。


高速道路から見える横浜山下埠頭付近の左上に見える富士山。
横浜港では早朝から艀船が行ったり来たり運行されています。

横浜港には普段見たことのない砂利運搬船など数多く停泊しています。
  
羽田直行バスは正面に見えるベイブリッチを渡り15分後には羽田空港
  

東京晴海、芝浦方面からの出船入船をバス中で見ながら羽田空港へ


早朝7時台ですが多くの船は仕事中です。パン屋も暗いうちから仕事ですが
横浜港も24時間動いていることには変わりがありません。
以上は海外旅行に期待している気持ちルンルン、わくわく出発までの気持ち。
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これから書く事は失敗談なので気持ちも落ち込み家内にはバカにされ、
屈辱心は閉まっておき、素直になって告白いたします。

今回は、前回10月のモロッコ・スペイン旅で出入国ゲートで出入りを
間違え迷惑かけた旅行会社の佐藤様にはいっさい関係ないです。
改めて書いておきます。


香港からの帰国は順調に21:00羽田空港に到着しました。
自分の荷物はドイツ製リモアの機内持ち込み出来る
黒い小型スーツケースです。

22:00のたまプラーザ行きに乗り込み23:00到着後タクシーで帰宅。
自宅に着いて荷物を部屋まで運んだ瞬間「アァ・・違うリモアケースだ!」

それからが大変、23:30まず羽田行きのキャセイパシフィック航空の
事務所に電話する。しかしキャセイでは間違えている
荷物の届きでは無いとの報告。

その後?・・・「アッ!」直行バスたまプラーザ駅到着で
間違って他人のリモアを早トチリでサッサとタクシーに乗せかえたかも?

その内に時間は午前0時をまわりバス会社との連絡不可能。
直行バス会社は東急、小田急、川崎鶴見臨港バスの三社が運行。
しかしどこのバス会社か全く覚えていない(注意力散漫)

万策尽きて翌日の会社出勤で思い当たるバス会社へ電話かけまくりの
予定をたてることにして、出勤、電車乗り換えの溝の口駅から携帯電話が鳴る。

当社の事務員から荷物の取り間違えられた女性から電話があり
早速、相手の女性に電話する。(タックに元社長の名刺挿入していたので判明した模様)

相手の女性は丁重に対応して間違えた私に

「申し訳ないですが本日の午前10時までに欲しいのですが・・」

「御迷惑おかけしてますがよろしくお願いできないでしょうか?」と

間違えたのは私ですが、相手がなぜ、怒ったり、どなったり、
怒り激高しないか、不思議な思いをしました。

そこで私が「今すぐ引き返してたまプラーザまでお届けします」
と返事しましたら、丁寧に

「ありがとうございます、助かります、お礼もうしあげます」

不思議な電話の会話でこちらも、相手がヤクザ、ゴロツキ、タチの悪い
自分勝手なオヤジ、気の短い連中、因縁をつける奴、ガメツイ婆さん連中、
でないことが分かり一安心しました。


私のリモアにはドイツ航空ルフトハンザマークは付いていないので
間違いは自宅で直ぐに分かりましたが・・あとの祭り トホホ・・


自宅に戻り間違えたリモアケースを車に積んで家内運転で
たまプラーザ待ち合わせ場所まで行き女性に手渡ししましたが、

こちらの手違いなので、家内が卒業した大学校友会から大量に買ってあった
「よこすか海軍カレー」をお返しにつけて間違えをチャラにしてもらいました。

もしかしたらルフトハンザALの客室乗務員と思っていましたら、
いつも利用しているマイレージ、ANAの美人客室乗務員でした。
どうりで言葉使いが丁寧で、相手を傷つけない客扱いでした。

家内が
「そそっかしい事では私もいつも手を焼いている亭主なのです」
「アル中気味なので申し訳ありません」と謝る。

彼女は今日のフライトの為にANA支給の衣服コートで私に会う。
昨日23:00到着、翌日10時出勤はハードな仕事だなあ~
見かけと違って実務は思ったよりキツイ仕事だと思う。

車中の会話は家内が運転しながら
酒ばかり呑んでいるからボケも早くなりアル中毒になりかけです!」

私が
70歳過ぎると誰でも少しは物忘れ、勘違い、手違い、取り間違い
誰にでも出てくる現象で恥だと思っていない!」


それから私のリモアスーツケースを預かっている
横浜市鶴見区の臨港バス会社まで車で移動。
(夫婦の会話はなにもない、無駄口たたいてもボケツを掘るだけ)

到着までの36分間は乗せてもらっている関係で無口で通す。
途中で「降りてくれ!」などと言われたら、身もフタもないから。



正式名称「川崎鶴見臨港バス株式会社」戦前から日本鋼管をはじめ
東京湾側に重工業をはじめ大会社が多くあり従業員をはじめ作業員の
輸送の為にできたバス会社。


事務所に入って受付の「深夜バス」の手前に私のリモアがある。
 
受付の社員が台帳を取り出し住所氏名、印鑑、本人確認の為に免許書提示、

(余計なこと)
あと50年若ければ昭和43年に取得していた大型二種免許を
持っているので臨港バスに就職できたはずだ。就職していれば
運が良ければ役員になり悠々自適生活もできたはずだし
アル中気味にもなっていないだろう。

  
 構内にはバス以外進入禁止なので運転手用の駐車場まで
家内はケースを持ってガラガラ引きずり、
私はトボトボと歩いて車に乗る。

今回の失敗で当分の間は敵に攻撃材料を提供したので
何事にも我慢、我慢が必要。

スーツケースの中身は飲み残した二本目の白州と洗濯物の
ステテコ、臭い靴下・パンツ、シャツ類と竹製孫の手、目覚し時計、
洗顔セット、お土産は何もなし ろくな物しか入っていない。

モロッコ・スペインの旅行の大失敗と違って、今回の失敗は
国内なので平常心・落ち着いて処理できました。

今回のブログは現役時代の社長では
社員、仕入先、お得意先にはとても話せない書けない内容です。



パックマンinマカオ&香港B級グルメお別れパーティー

「パックマンinマカオ&香港B級グルメお別れパーティー」
最終日の夕食は会員制チャイナクラブ(中国会)にしました。

昨日のブログにも書きましたがB級グルメの代表格「端記茶楼」の
アウトサイドで食べた飲茶、昼食は 尖沙咀街市(市場の屋台)の中
にある しるしとぞ知る旨い徳丸牛肉麺、

3時の休憩時間は上環の「蛇王林」でコブラ漬けの蛇酒、
そこで蛇屋の前から、あわてて逃げた腰抜け男達、

「覚悟して参加した連中の腑抜けには日本男児の恥さらしだ!」
  
 
最終日のお別れパーティーは香港人も うらやむチャイナクラブにしました。

メニュー表から前もって季節料理を指定しましたので
高級レストラン並にメニュー表に年月日、注文料理名をテーブルに
置かれていました。

私はあわてて白のクロスのひかれたテーブル上の
数枚のメニュー表をあわてて回収し隠しておきました。

 
理由はメイーン料理の「良質なアワビ入、伝統ある五種類の毒蛇スープ」

昼間の蛇屋で腰抜かすほど慌てて逃げ出す連中には見せられません。
料理を食べ終わりデザートになって全部食べ終わってから

私が質問
「どの料理が一番美味かったか教えてください」

全員意見一致、大感激して
「スープは今まで食べたどこの国、どこのレストランより一番美味しい!」

これには俺も 一本取った! どうだ!参ったか!文句あるか!腰抜け!
と思いながら心で叫んで、顔で笑って「毒蛇スープだ!」


全員{えぇ~~そんなことないでしょう~・・・」  
しかし 「あるんだよ!」

蛇スープには必ず菊の花とハーブ、餃子皮の唐揚げが
三点セットになっています。
チャイナクラブは10月~12月までの限定の季節料理になっています。

蛇は冬眠前に食べた(飲込んだ)動物で脂がのっていて霜降肉に
なっている、したがって和牛の霜降り、マグロの中トロ状態だ。

10月~12月は同じく上海蟹のシーズンですが小さな上海蟹の
食べ方を知らない連中ばかりで正統派上海蟹食べ方を
全員に教えるのも大変です。

高級レストランの常連客は道具を自前で必ず持ち込か、
備え付きの大きめの鼻毛切りと 耳かきにちかい
二点セットが必要になります。

上物の上海蟹を二杯食べたらそれだけで
日本円2万円以上間違いなし。たとえ食べだしたらその間は
全く会話が途絶えてしまいお通夜の晩になる。

惚れた女を口説くために上海蟹を食べに行くことはベットまでたどり着けない。
   (モテタ 男 デック・ミネの格言より)ウソかも・・
 
 
食事が終わりにちかずいてから、いつも通り麺打ちショーがはじまり
終わってからジャズバンドの演奏になります。

二人の歌手のうちの一人は私とはよく知っている好意を持っている間柄です。

知り合ってから約10年ちかく経ちますが愛しているか、俺の彼女か、愛人か
公表することは控えておきます。お互いに好意があることだけは事実です。

  
今回、家内はホテルで休憩中、普段あまり飲まないワインで気持ちよくなり
専属歌手の彼女と目と目が逢った瞬間、人前もはばからない抱擁の連続。

モテる男の宿命は動かしがたい。知らない間に撮ってくれた方も
ヤキモチやいたか、やかないか、悔しかったのか分かりませんが
ピンボケ写真になってしまいました。


チャイナクラブの壁にはたくさんの大型現代画が掛けられています。


階段周りは1920~1945年時代の上海租界の雰囲気で素晴らしい。
 
13階のメインフロアーから15階のテラスから見える夜景は最高!
右側に写っている少しだけのビルは長江実業、高速度道路右は
中国銀行(香港)テラスに来られた方は必ず写真を写しています。
 
セントラルの88階建てIFC高層ビル、ビクトリア湾方面に見える香港一高い
高層ビル撮した時間帯は22:00頃でした。

テラスで呑んだスコッチウイスキーダブル二杯は浜風に吹かれるので
一瞬ヨコハマ山下町と思いこんでしまうほど素敵な場所です。

当日、15:00ごろコブラ漬け蛇酒、中国会でのビール、赤ワイン数杯、
カクテルのジンリッキー、ウイスキー宵の口からのアルコール

  「今回のマカオ・香港旅行はパックマンも勝利したし気分満点」

 

香港最終日のB級グルメ食べて呑んで有酸素。

 帰国日の前日はホテルでの朝食はあえて中止していました。
どこのホテルでも朝食バイキングは3500円以上支払っています。

地下鉄 最終駅の荃湾(Tsuen Wan)から大帽山の山麓方面行きの
ミニバス8番の川龍村行き飲茶で有名な「端記茶楼」で朝食。

今回は早朝7:30フロント集合しバスに乗り込み観光バスで一直線
観光バス団体で乗り込んでの飲茶は店側としては初めてでしょう。

旅行業者の佐藤さんも初めて、現地の業者に予約電話を入れたら
店側が
「エ~・・予約したい・・無言・・予約などして来た客などいない!」
「勝手に食べにきてくれよ、開店以来予約など受けたことないよ」

         (60年以上営業)
したがって予約なしで行くことになりましたが問題なし。

土日は休日を利用して山歩き、散策を兼ねて混みあうので注意しましょう。
全てがセルフなのでお盆から、お茶入れ、箸、茶碗、お皿も
自分自身で再度 熱湯消毒。

今回は20名ちかく居るので我々でテーブル・イスも
倉庫から引き出して並べました。

ここでは使用済みのお盆の汚れを煮沸事から始めなければ
生存競争には勝てません。汚れたお盆、箸を見ただけで

食欲減退したお坊ちゃまもいましたが育ちが良すぎるのもつらいでしょう。
私の側に居た人はマイ箸を忘れた(後悔した)と言ったひ弱な腑抜けもいました。


三階は小鳥の鳴き声を聴き合うフロアーになっています。
もちろんセルフサービスで飲茶を食べるスペースもありますが
鳥仲間が中心で観光客にはお勧めできないです。


香港の元映画プロジューサーで食通の 「蔡 欄」 も専門雑誌で推薦しています。


端記茶楼の近くに大帽山から清水が流れている川でクレソン畑があります。
そのクレソンを茹でた一品が大皿です。


お茶は4種類から自分で選んで茶を自分自身で入れ、自分で湯を入れます。
今回の茶の種類は阿片を吸った後に一服する水仙茶を進めました。

朝からビール茶、食べ放題の飲茶を腹一杯食べて一人700円で済みました。


近くにはバナナ、マンゴの木茂っていて国際金融都市香港のイメージと
かけ離れた、のどかな田舎でした。


朝食は端記茶楼で食べ放題の飲茶でホテル到着後は自由行動にしました。

 
ホテル到着後は一服して昼食には屋台での湯ソバを軽く食べる計画、
参加者を募りましたら家内は参加拒否で8人しか集まりません。
昼食時間帯はごらんの通り満席。


場所は尖沙咀街市の中にある徳丸牛肉麺にしました。
皆さん「旨い、うまい、美味いと喜んでいました。

麺の側にあるミルクティーは分厚い鉄瓶で沸騰させた一品です。
行き度に呑んでいます。値段は一杯10ドルで幸せになれます。


徳丸牛肉麺を食べ終わってからスターフェリーに乗ってセントラルに行く。
上記のセーラー服はすたーフェリー従業員の制服です。


たった7分間、2.5ドル(33円)の船旅ですが、さわやかな海風を
受けながらの舟は地下鉄よりも気持ちが良いです。


香港島セントラル埠頭に着いてから上環まで歩き三時のおやつは「蛇王林」
連れて行った7名はどこに連れて行かれるかは行っていません。
蛇王林と分かって店中に入らず逃げ出した腰抜け2名にはガッカリ。
  
  
店奥には金網籠に入っている無数の蛇、蛇、蛇です。
  
木箱に入っている毒蛇

私がコブラ酒を一杯飲みましたら従業員が木箱からコブラを取り出し
コブラを怒らせて見世物にしてくれました。


香港人、広東人は女性を含めて蛇には抵抗はありません。
日本人が鰻屋で鰻重を食べるのと同じくここの店でも蛇スープを
わざわざ食べにくる女性、サラリーマンもいました。
私はコブラ酒を飲んで元気をもらいました。

  
左側はコブラ酒、右側は漢字で5種類の毒蛇酒

次回のブログは夕食に蛇スープを皆に内緒で食べさせて
最後のデザートを食べ終わってから料理の内容を
公開する演出で騙まし討ち計画を立てています。
  
  
  

佐敦駅から長楽街の繁盛店「新斗記」

香港初日の夕食は下町の九龍城の火鍋「方榮記」


二日目の夕食は佐敦駅から長楽街の広東料理、繁盛店「新斗記」にしました。

この店の紹介者は香港在住のドラゴン航空パイロットの知人からでした。


彼は香港中のB級グルメ食べ歩きが趣味で大帽山、川龍村の「端記茶楼」

今回はパスした深水步の「小菜王」もそうでした。


同じく広東料理B級グルメの代表と思っていた「新斗記」に異常事態。

店の周りには高級車ベンツ、ベントレー(どれだか分からない)などが

停まっている。


嫌な予感が当たり店は満員状態になっている。

前もって日本から予約済なので一安心でしたが、いつの間にか

フランスのタイヤ・ミシュランの☆印がつけられていました。


6~7年前に同じ佐敦駅近くの呉松街にあった

新兜記海鮮酒家の料理長が立ち上げた(?)との噂がありますが

確実な情報ではありません。


20年近く前は香港滞在中は友人と必ず「新兜記」に行っていました。

当時初めて食べた大シャコの唐揚げに感激したことを

今でも鮮明に覚えています。


(独り言)

ミシュランか何か知らねいが余計な☆など付けられて大迷惑だ!

なにがミシュランだバカヤロウ~余計なものをもらうな!

京都・吉兆、船場の吉兆みたいな事になるぞ!


前回訪問した時の「新斗記」の穏やかな書き方

http://ameblo.jp/tozando/entry-11596097360.html



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昔の広東料理屋は壁に書かれたメニュー表から選んで注文するのが当たり前。

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こんなもの もらってなにが自慢なのか!やめてくれ!

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海鮮料理は漁師の都合で日に日に変わるので手書きで書かれている。

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今回の鶏料理の頭は団長が食べてくれ、と

本音では意地悪されましたがもらって「パクパク」目玉と小骨を

ペーと吐き出し、皆様あ然としていた。


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名物子豚の丸焼きは店の入り口右側の専用子豚焼厨房がお客に見える

システム。厨房の中は40度近くの熱さと思います(パン窯焼き経験から)

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新斗記の名物料理は乳豬天王(豚の丸焼きはパリパリ・パリパリ・・・

近くの福臨門より安うくて旨い、皮の焼きぐわい、

焼きたて、文句のつけどころ無し。


行く度に高額請求される福臨門より1/4程度で済む新斗記で決まり、

ミシュラン☆だけは取り消してもらいたい。

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二皿注文しました残りは現地ガイドが頭部分を「是非ください」と言い出し

気持よくプレゼント、私も香港滞在していたら、もちろん持ち帰りします。


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コーンスプにガルーパーの唐揚げが自慢の一品


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琵琶豆腐煲仔の鍋焼の豆腐の揚げ物、旨い、旨い。

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カキの 美葱燭生牡蠣煲仔は絶品揚げ煮にした一品

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食べ終わって油麻地の男子街をなにも買わずに散策。


香港漁港 西貢で海鮮料理

香港二日目の予定は旧飛行場の場所を通り過ぎでライオン山を右手に見ながら

峠を越えて西貢の港町まで海鮮料理を食べに行きました。


早めに到着したので二隻のサイパン舟に乗り清水方面まで舟遊びで楽しみました。

45分ちかくのクルージングでしたが晴天でさわやかなそよ風で大満足。


私の乗っているサイパン舟での会話は、たわいのない話で終わりましたが

もう一隻のサイパン舟では下丸子元社長の過去にさかのぼって、

あること、ないこと、酒の肴にされて盛り上がったと聞いています。


香港滞在中はセントラル、九龍地区の繁華街をイメージしますが車で

一時間も走った場所にはのどかな風景が見られます。


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十人しか乗れない小舟ですが40分のクルージング大満足。

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欧米人が多く住み着いていることもありヨット、クルーザーも停泊していました。


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香港らしくない静かな港町の西貢は土日は混み合うそうです。

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残り物のクズパンを魚のエサにして魚釣り。

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干物が吊るされている生活感あふれる小舟。


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初めて見た太陽光で走っている高速艇。


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街中には香港人の好きなハムユウ(クサヤの塩漬け)


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一膳飯屋には多くの香港人がのんびりと飲茶していました。


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西貢で一番の繁盛店「全記海鮮酒家」で6種類の料理を食べました。


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サンミゲル大瓶は缶ビールと違って味が良い。


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全員の希望は上下の大シャコ、と大マテ貝料理、皆さん大喜び。



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皆さん次回、香港に行く機会があれば又、西貢で海鮮料理を

食べたいと話ていました。








九龍城にある火鍋の方榮記。

香港経由でマカオで開催されたボクシングを見るために決行したツアーでした。

せっかく香港まで来て「並みのグルメツアー」にしてはもったいない。


香港ではA級グルメで有名な福臨門酒家、ペネンシェラホテル、フォーシーズン

マンダリンオリエンタルの広東料理、鏞記などなどたくさんあります。


しかしありきたりのツアーではなくB級グルメにこだわることにしました。

まず最初は香港下町で有名な九龍城にある火鍋の方榮記にしました。


私は方榮記の火鍋は海賊火鍋と勝手に解釈しています。

http://ameblo.jp/tozando/entry-11598168807.html

           ↑

(過去に書いた方榮記の料理のブログ)


今回は専用バス使用のために上膳、据膳で楽チン、らくちんホテルから

店の入口まで横付け、方榮記の従業員にとっては初めて迎える

日本人団体客に戸惑っていました。


参加した方々も香港には数回来ている人達ばかりですが初めての方榮記。

私が料理の食材を指定して食べ方の順序を説明しました。


テーブルはステンレス製、火鍋の汁が汚れたらテーブル上にある

トイレットペーパーを切り取り汚れた量の分だけ使用。



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海賊火鍋の食べ方は自分の食べたい食材を二つの鍋のどちらかに入れて

好みに合わせて食べます。したがって両隣の友人、知人にかまわず早いもの勝。


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この店の特徴に山根とついている揚げ玉が火鍋スープの味を一段と旨くする。


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引率した連中にいちいち食べ方を説明していては呑むウイスキー白州も

美味しく感じない。香港に十数回来ている連中ですが、

本当の香港を知り尽くしている奴は居なかった。


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今回連れて行った参加者は初体験に驚いたり、感心したり、ビックリしたり、

感動したか、喜んでいるか、ガッカリしているか全く分かりません。


彼らは私に本音で反抗してこないので全く分かりません!


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テーブルにトイレットペーパーが置いてあります、理由はお尻をふく容量で

自分の汚した周りを拭き取る為に置いてあります。


B級グルメツアーの行く先々には必ず設置されています。

参加した方の中には二度と参加しないと愚痴をこぼしている方もいました。


今回は団長の言う通り浮世の義理で我慢します、と泣きごとを言った

不届者もいました。


年の功で私が「顔で笑って心で泣け!」と厳しく説教しておきました。