下丸子へ通う75歳の元社長のブログblog -21ページ目

動画で見るダイヤモンド・プリンセツ号

6月2日 ダイヤモンド・プリンセス船旅で映した動画YouTube

横浜港を大型客船から赤レンガ街をはじめ
キング、ジャック、クイーン、と名称の県庁本庁舎、横浜開港記念館
横浜税関をあとにしながら出航しました。

最初の航海は横浜港にかけられたベイブリッチをすれすれに通った
様子と同じ時刻に鳴らした長い汽笛などを動画で撮ってあります。

シーサイド側の客室などの設備も映しています。
一番迷った回数の多い客室までの廊下には参ってしまいました。
しかしそれも今に思えば楽しい船旅の一つとして記憶に残っています。

なぜ迷うかは船先と船尾にたくさんあるエレベーター使用で
勘違いしてしまいます。二つの廊下は き数番号、ぐう数番号の
船室に分かれていて見た目には進行方向が分らなくなるからです。



来年8月ごろ横浜港に入港予定のダイヤモンド・プリンセスは
神戸、台湾観光、香港(8日間?)を経由する予定が組まれているので
再度船旅を楽しみたいと思い香港からは飛行機で帰国予定。

YouYUBEをみて船旅する方には参考になると思います。

前回に続いて橘 玲の金融読本を読み終えて

5月に有隣堂で買い求めた国際金融ミステリー「タックスヘイブン」は
とても面白い展開の小説でしたが、ここ数年実際に起きている事件にも
通じる箇所もあり、興味津々で一気に読み終えました。

橘 玲が続けて出した「臆病者のための億万長者入門」を買い求めて
読みました。今年74歳になる私にとっては読み終わって、
今更実行に移して金融資産を増やしても使い切るには体が持たない。

今は「使って一人前」の心境になっていますが、中々無駄遣いが出来ない。
腰から下も弱ってきたので巷での(いわゆる花街等々)無駄金も出て行かない。

「臆病者のための億万長者入門」は30歳代~50歳代までは
参考になる金融読本なので勉強になるでしょう。

書き出しに億万長者になるのは簡単だ! と書かれた文章にはまず

① 収入を増やす
② 支出を減らす
③資産を上手に運用する

簡単ですがまずは毎月入る給料を少しでも天引き預金することからです。
その為には勤労所得が一番大事で最初に取り組むきっかけになる。

第一章に 期待資産額=年齢×年収/ 10 の法則

第三章に 日本株を除く世界市場に投資できるETFインデックスファンド
       世界株(MSCI ACWI)証券コード1554
       すでに日本株を持っている方々に進めている
       (毎月コツコツ口座引落としで購入する)

若い人には参考になるが私には手遅れを感じている。

終章 ゆっくり考えることのできるひとだけが資産運用に成功する。
   と書かれている




私の二人のセガレに読んでもらいたいですが理解するには
普段の金銭感覚が、どうなっているかが一番大事ですが・・

ゴルフ関係(プレー代、道具、衣服)以外には高価な買い物や
身銭で一食に万札を使って食事する習慣も無い、
洋服の青山、紳士服AOKIあたりで買い物しているので安心している。

しかしそれだけでは億万長者には成れないが・・・まあ~いいか!
パン屋のセガレにはその程度で十分だ。


市営地下鉄関内駅に「マリナード」の惣菜屋さん

横浜市営地下鉄の関内駅 馬車道改札口から伊勢崎町方面に
向う、短い地下道マリナード商店街入り口に惣菜屋があります。

マリナード入店している店構えも大きく繁盛店になっています。
昼食時間帯は近くのOL。サラリーマンが昼食用弁当を買っています。

和洋中、サンドイッチ、サラダ、弁当をはじめたくさん陳列しています。
コンビニと違って出来立てのホヤホヤで見た目にもボリューム満点。
お客が多いという事は、それだけ回転していて新鮮だと思います。

マリナード商店街は昭和時代のレトロな雰囲気のある地下街で
近くにある「みなとみらい駅」付近と違って華やかさはありません。

しかし地下街には廃業した後のシャッターにテナント募集が書かれ
衰退していることには代わりがありません。

惣菜屋さんの従業員は60歳以上のオバサン達が仕切っています。
今まではその店で買い物をしたことがありませんが、急に晩飯用の
メンチカツ、かき揚げ、が欲しくなり衝動買いしました。

メンチカツ3個、かき揚げ2枚で合計444円は消費税こみです。
晩飯にはメンチカツとキャベツの盛り合わせで食べましたが旨い!

昼食には、かき揚げを翌日電子レンジでチンしてかき揚げ丼で食べる。
どちらも繁盛店だけあって常に新しい食料油を使用している。
年寄り二人の二回分の食費惣菜は444円で済む質素な生活です。

(話はそれますが)
東芝を立て直し経団連会長になった実業家 土光敏夫も質素で
夕食は味噌汁とメザシ二匹ですました事で話題になっていました。

最近の東芝社長は浜松町のバカ高い、私にとってはボッタクリ鮨屋
としか思えない有名店〇〇で 1回に5万円の寿司を食べたと
風の頼りに聞いたことがあります。
(世の中には勤労所得では行けない店を自慢する連中もいる)

どうせ東芝の経費で食べている、可もなく不可もなく役員になった
サラリーマン社長と思いましが時代が変わったのでしょう。

まじめな一般勤労者の若者にとっては関係ない金の使い方です。


馬車道改札口からイセザキモール方面に行く地下道です。


地下道は入り口右側の最初の店が惣菜・弁当の店


昭和のレトロな商店街ですが看板だけは今風です。


午後3:30ごろは人通りも少なくシャッターチャンスが出来ました。


自宅に野菜のかき揚げ一枚130円と家内に言ったら
「こんなにボリュームがあり安いなら自宅で作ることないと思う」


昔ながらのメンチカツの具には牛のひき肉がたっぷり使われている。
味をしめたので、関内に行った時には時々買って帰ることにする。


横浜関内付近は地元民の為の生活必需品、食料品相手の商売と
観光客相手の店が入り混じっていて、あきさせない街です。


今年のパン業界最後の総会が終わりました。

一年間の事業報告、決算報告についての総会は5月に集中しています。

毎年6月にパン業界で作った国家試験に関する
「東京都パン製造技能検定推進協議会」総会が
KKRホテル東京で開催されました。

これで今年の総会は全て終了しました。
社長時代の数年前までは大利根カントリークラブ株主会員で
6月末の最終金曜日に開催されていた。

株主総会、会員総会には十数年間必ず出席していましたが
長男に名義変更し現在はお呼びはなくなりました(当たり前だ)
それまでは与党総会屋と同じく「異議なし!」「議事進行!」
「司会者一任」「賛成!」
掛け声をかけるタイミングは手馴れたものでした。

話がそれましたが今回のパン製造技能検定促進協議会総会も
毎年シャンシャン総会で質問を受けたことなど一度もありません。

今年は議事進行が早く予定時間よりも20分早まり午後4時からの
懇親会になりました。

毎年開催されている千代田区KKRホテル東京は省庁天下り企業で
国からもらった(借りた?)皇居の見える一等地にあります。

昔は竹橋会館と言われて利用は国家公務員専用宴会場でした。
今でも省庁を引退した元役人の同窓会が多く見られます。


第一回目のころは私も40歳代、現場責任者で
当時の理事長から多くの従業員に
国家試験を受けさせろ、と言われた時代を思い出しました。

この制度の国家試験が施行されていたので外国人技能実習生制度に
なる64職種目がスムーズに出来たいきさつがあります。

若者の製造業への就職率低下がこれからの人手不足問題に
発展したら日本経済にも大変なことになると思います。


11階から見える皇居は緑が多く別格に見えます。


皇居を上から見下ろせる皇居内の一部の建物です。


東京都職業能力開発協会の幹部挨拶


ここ数年はノーネクタイが主流うになりましたがスーツは蒸し暑くても
室内の冷房との兼ね合いで必需です。



KKRホテルで人気のある独特の牛肉いりカレーは旨い。
あとの料理についてはコメントしない。


カレーは誰も手をつけていないうちに牛肉多めに入れて早めに食べる。
これで来年までKKRホテル東京に行くことはないと思います。


東トルキスタンは侵略されて「新彊ウイグル自治区」になった。

Facebookにはマスコミに掲載されていない事件が取り扱われています。

今回とても気になる出来事をブログに載せることにしました。

Facebookの一色 誠様からの情報でとてもショックを受けました。
数年前に中国奥地の新彊ウイグル自治区に2回視察団で訪問しました。

その時点では新彊ウイグル地区は1000年以上前から中国領土と
思っていましたが、全く違った思い過ごしと分かりました。

(一色 誠様一部貼り付け)

マスコミが一切報道しないウイグル(新疆ウイグル自治区)の真の姿がこれだ!
左翼やマスコミたちは、日本の子供達もこうなることを
分かっているのか? 国を護る軍事力を持たなかった平和国家が、
平和に暮らせた例(ためし)無し。

1910年代までは東トルキスタン共和国で新彊ウイグル自治区とは
後から付けられた名称で1946年代に毛沢東が一揆に支配した。


マスコミが一切報道しないウイグルの真実の姿が、これだ!
今のままで行った場合の、日本の姿でもある。



数年前に訪問したアルゼンチンの隣国ウルグアイ国は
原住民は全て子供、赤ん坊一人残らず殺して
独立した白人国家(スペイン人)です。

人間はいつの時代でも(今でも)強くなると(中国)
勝てば全て正義にしてしまいます。

今の中国も上記の写真の通り見るに耐えないショックな事を
平然と行なっている。日本のマスコミ特に反日新聞の朝日、毎日、
テレビではTBSなど扱いたくないでしょう。

1946年、東トルキスタン共和国は、
政府要人閣僚たちが中国共産党との会議のために北京に向かう途中、

搭乗した飛行機が中共軍に撃墜され、政府がなくなった混乱に乗じで
侵略を開始した中国共産党軍により、滅ぼされた。


                     ↑
                     ↑
新彊ウイグル自治区になるまでの動画(YouTube)
ぜひ見ていただきたい。

つい最近、天安門で自動車爆発炎上事件犯人3名は死刑に
なりましたが、イスラムに関してはチベット宗教と違って
ジハード聖戦「目には目を」の繰り返しはかならづ続きます。

中国地図に書かれている南モンゴル(内モンゴル自治区)
東トルキスタン(新彊ウイグル自治区)チベット(チベット自治区、
一部四川省、青海省)は漢民族地区ではない。
後から漢民族が侵略した地区です。



台湾を除き赤色、黄色、青色を含めて現在の中国共産党国家です。



でっち上げられた罪で逮捕されたウイグルの男たち
全員処刑(公開銃殺)が待っている



少女でも、その場で処刑する



この後、このウイグル男性は頭部を撃たれ、死んだ。

民衆の中に紛れ込んでいる中国共産党のスパイと思われる。
左手に公安警察の無線機を持っている私服安警察官。




日本は集団的自衛権で創価学会の公明党と意見がすれ違って
もめていますが世界各国の軍隊(自衛隊)ではこんな
馬鹿げたことを政府内で話していること自体おかしい。

相手が弱いと思えばすき間を狙って攻めてくるのは
中国をはじめ常等手段で勝てば全て正義になるのです。

公明党の平和を唱えていれば平和になると寝言を
言っている政党とは苦しくても早く別れたほうが国の為になる。
選挙協力しなくても安倍政権なら持ちこたえられる。

教科書が教えないアジアを植民地支配から解放させた
「大東亜戦争」日教組教育を受けている年代の方々には
ぜひみてもらいたい動画です。



上記のYouTubeを見た感想はいかがでしたか。
アジア諸国で反日教育、反日運動・活動をしている国家は

中国共産党一党独裁国家と韓国だけで他の多くのアジアの国々は
日本国との友好はいまだに続きています。

日教組教育に毒された一部の教職員、左翼民主党、社民党、
日本共産党、新興宗教の創価学会・公明党、
朝日・毎日新聞テレビのTBS・公共放送NHKには困ったことだ。





参議院会館に木村よしお先生に直談判する。

6/16は製パン業界で外国人技能実習生を最初に手がけた
東京パン連盟協同組合の代表として、大変お世話になっている
木村よしお参議院議員に面会しました。

建築業界では日本滞在3年間が5年間に延長されて業界の
人手不足緩和にもなっていることに、
我々も打つ手をこまねいている訳には行きません。

その他にもブログに公開出来ない事細かい規制の手直し
実習制度の大幅な規制のあり方などお願い事を上申しました。

今回は受入機関の代表と、フイリピン側の送出機関の
責任者を同伴して直談判お願いをしてきたわけです。

木村よしお議員は国会議員の外国人労働者委員長を現在も任じています。
古くは衆議院議員時代からお世話になっている実力者です。
(衆議院議員当選7回 参議院議員当選1回)

厚生労働省幹部に一言電話連絡してもらえば回答は30分以内に
即答してもらっています。
小泉政権時代は厚生労働副大臣まで上り詰めた厚生族議員です。


永田町駅付近には飲み屋、飲食店が一軒も無い無味乾燥駅です。


国会議事堂があるためでしょうが道路にはいつも何かが出ています。


国会議事堂、参議院会館付近には人っ子一人歩いていない道路に
何とか、なんとか反対とのぼり旗を立てて座り込んでいる連中がいます。

全く効き目など無い事は分かっているのでしょうが無駄な抵抗団体が
いつも何かを目的に来ている。


衆議院第一会館、参議院議員会館は何回か来た事がありますが
ガードが固く手荷物検査などめんどくさい会館です。


数年前に完成した立派な建物は我々納税じた税金か国の借金、国債発行を
水増しして建築したのでしょう。


私を除く真ん中は木村よしお議員両脇は受入れ機関、送出し機関代表


参議院会館は数回来ていますが地下一階には足を踏み入れたことが
なかったですが今回は晩飯でも食べて帰るか、と立ち寄る。
セブンイレブンがテナントとして入っているのに違和感を感じる。


セブンイレブンにも例外時間が設定されているのにも不思議に感じる。
土日祭日に営業しているか聞き忘れた。
国会会期中と国会閉会中と時間設定が違うのはなぜだかなあ~


食堂は委託業者と直ぐに分かります。横浜山下埠頭にある
社団法人 波止場食堂より値段も高く量も少ないのは場所柄仕方がない。


食堂ではカレーを食べるのが無難ですが今回はハヤシライス700円に決定。


部下はビーフカレー680円にするがカレールーの色合いが不味そうなので注文しない。


オムレツとカレーが一体になっているオムカレー800円、
取り合わせは聞いたことが無い。
フイリピン送出し機関代表が注文している。


一般席と議員席を別々にするほどの事は無いと思う。


地方から団体で先生に面会した連中は自腹で食べないで
先生の経費になってりる感じがした。
我々は組合経費として食べる事にしていたので、ついでに
ビール一本勝手にオーダーする。


食べ終わって食堂の隅に寿司屋が入っていることに気がつく。
次回は握り寿司で腹一杯食べて経費で落としてもらうことにする。


柄にもなく会社の経費で西洋料理のフルコースを食べました。

横浜開港155年目を迎えた今でも西洋料理の発祥の地は横浜です。
大正時代の関東大震災前の横浜は貿易港として西洋文化が最初に
入ってきた歴史があります。

フランス人経営のグランドホテルは大震災で跡形もなく潰れてしまい、
その後、原・三景園のオーナーが中心に横浜財界の企業が
出資して欧米式のホテル・ニューグランドが建設されました。

山下公園は関東大震災の瓦礫を埋め立てて出来た公園です。
現在の山下公園付近の異国情緒ある海岸通りを見ても想像出来ない。

今回は柄にもなく家内とホテル・ニューグランドの5階にある
フレンチレストラン・ノルマンディで会食する機会が出来ました。

身銭を切って二人で4万円ちかくの夕飯など食べる事など考えた事も
ありませんが昨年から交際費800万円までは非課税扱いになりました。

一人の時は「ぴおシティー」の屋台で一人1000で飲食いできます。

税制が変わり経費で落とすことが出来るので
たまにはいいか!横浜に住んでいて
洋食はトンカツしか食べたことない
」では
世間体がわるくなるので清水の舞台から飛び降りたつもり。

身銭を切るのと会社の経費では、天と地ほどの格差があります。

しかし背広の外ポケット金か 内ポケットの金かの差でどちらも
自由に選べる自分の金で 身銭か経費かの違いです。


ホテル・ニューグランド中庭は85年前と変わらない庭園になっています。


日本中のホテルはスカイラウンジ方式で最上階をレストラン形式が多いですが
ホテル・ニューグランドは海岸通りの並木道から山下公園、横浜港の
風景を見下ろせる角度を中心に5階にあえて持ってきたと聞いています。


着いた席の目の前には氷川丸が停泊している真正面のよい席でした。
夕日が落ちる前の晴れた日で爽やかな海風が吹いていました。


席についたテーブルには理由は知りませんが空の大きな皿が置かれています。


皿にはザ・ノルマンディーと書かれています。たしか恵比寿のMレストランも
特別にオーダーした洋食器を使うのはステータスのつもりなのか。

普段、時々昼食に利用している「すき家」「吉野家」も同じことだ!


料理の説明は聞いたが忘れてしまった。ワインの年代、種類、味には
関心が無いので安いハウスワインを一杯だけ注文して食べ終わってから
BARでウイスキーを飲むことにした。

(その前に待ち合わせ時間中に1階のBARで白州をダブルにして立飲み)


上記の氷川丸写真よりも夕日に照らされて金色にちかい感じにかわっています。


最初見たときには何かわからなかった。


よく見ると私の大好物フォアグラでした。コース料理ではなく
フオアグラを照り焼きにして焼き鳥のタレをかけたフォアグラ丼も旨いです。


食べた魚はたしか鮎の匂いがほのかに感じました。


途中の口直しのシャーベットが用意されていましたが
普段こんな気取った食べ方していないのでこれでお終いと一瞬思いました。


メーン料理は松坂牛のひれステーキは柔らかくて久しぶりの贅沢でした。


夕日も落ちて船内の電球も灯りだす。大桟橋に着けられた
ロイヤル・ウイングは宴会、会食だ楽しめる東京湾クルーズ。


三枚目の氷川丸写真はすっかり太陽が落ちた時間帯です。


デザートの出た後に二度目のプチケーキでしたが食べきれない。


食べ終わる時間帯にはすっかり日が落ちて四枚目の写真の氷川丸も
ごらんの通り船体が見えません。

食べ終わってから久しぶりに一階のBARシーガーディアンⅡで
期限切れになっている直前の(?)白州を飲んで帰宅する。
(キープしたウイスキーは原則として期限なし、と聞いています)

家内は久しぶり美味しいフレンチに喜んでいましたが私はやはり
BARシーガーディアンⅡのカウンターでバーテンダーとの会話を
楽しむ方が優先してしまいました。



氷川丸の景色の変化を楽しみながらフレンチ料理を食べる贅沢な時間は
家内に言わせれば「非日常的な優雅な過ごし方」と気に入ってくれました。

私は桜木町、野毛あたりを ふらふらしながら
昭和時代の雰囲気が残っている飲食店で一人で飲食いするのが
生にあっている育ち方は間違いなし。



ダイヤモンド・プリンセスの船旅パート13

ダイヤモンド・プリンセスが横浜大桟橋を出航して釧路港に停泊
サハリンでは埠頭が浅く、岸壁整備が古くて停泊出来ず沖合2㎞先に止める。

北海道を一周するかたちで小樽港、函館港、青森港から太平洋に出て
横浜港大桟橋に到着する。9泊10日の船旅でした。

各港ではタグボートをはじめ岸壁に停泊するまで普段見慣れない
作業船に触れることになりました。


寸分狂わず埠頭に横付けするには強力なエンジンのタグボート操作で着けられます。


港に待機しているタグボート、これから岸壁にピッタリ着ける作業前です。


横浜港を出航して数分経ったころパイロットと書かれている高速艇は
どんな仕事で走っているのか解りません。




サハリン沖合い2km先からダイヤモンド・プリンセスの救命モーターボートに
乗って埠頭岸壁に着くことになりました。


青森港に到着した時の歓迎カラー噴水で迎えてくれました。




埠頭に横付け作業をしているタグボート。


横浜大桟橋に到着後に作業をしているだるま船(?)です。



横浜大桟橋に到着しましたが下船までには指定された時間まで船室で待ちます。
私の船室10階の真下9階のデッキで欧米人親子3名が横浜港をバックに記念写真。



ダイヤモンドプリンセス号での船旅パートー12

6月11日早朝、目が覚めた6:00には大桟橋に到着していました。

今回の9泊10日の船旅は荷物移動なし、ベットでは毎回熟睡できて
飛行機移動と違った楽しい旅を発見した気持ちです。


(バーテンダーが集まって数十種類のマティーニー実演して観客にプレゼント)

船内には飲み歩くには都合のよいBARが10か所ちかくあり
日によって場所をかえて飲み歩きましたが自宅(船室)には
歩いて8分以内で帰宅できます。


早速、本日のカクテルをオーダーして飲んだら女性向きのカクテルでした。


Barには場所によって美人バーテンダーの胸周り、体の線を
みながら美味しい「本日のカクテル」を注文したり
好きなウイスキーを飲みながら楽しんだりできます。


又毎日ライブでジャズ&ピアノ演奏の聴けるBARもあり快適です。

別のBARではダイヤモンド・プリンセス専属歌手を兼ねた
ピアノ演奏&ジャズは毎日聴けるBARに行く回数が多くなる。

場所をかえた別のBARでで最初からシングルモルトのスコッチウイスキーを
飲みたいときには英国人バーテンダーのいる場所に行き
銘柄別の旨く飲めるウンチクなど説明を聞きながら飲める(通訳で)


7階 中央部クルーナーズでシングルモルト・ザ グレンリベットも旨い。
スコッチウイスキーはオンザロック
で飲む。


7階 中央部クルーナーズは毎日ライブで演奏がありバーカウンターから聴ける。

普段の海外旅行は寝酒の為に白州を買いこみ部屋で飲むが
船旅は飲んで部屋に帰るのも8分以内で歩いて寝室に着きます。
わざわざ白州を買い込むこともなく、飲み歩けるのは楽しいです。

船内での3度の食事は料金に含まれていて、船内でのスナックで
アイスクリーム、その場で作るハンバーガー、焼きたてピザ、
アフタヌーン・テイーは何回食べても飲んでも無料になっています。

日本ではジャンクフードのハンバーガーなどバタ臭く女・子供の
食い物と思っていましたが海風、太陽にあたり食べましたが
野菜、具材も多く改めてマックより旨いと感じられました。

14階のレストランは24時間、無料でなんでも食べられるので
便利に利用されて小腹が空けば何時でも食べられます。

朝食は5星クラスのホテルと変わらない食材で野菜サラダは
豊富で焼きたてのパンは美味しく歓心しました。


     上記写真のパンは夕食用、
夕食は6階17:30毎日指定された同じテーブルで食べる規則になっています。
料理は美味しく満足できた。両隣の方と同じ顔ぶれなので会話がはずむ。
夕食用に頼むアルコールは別料金になります。


ただしアルコール類は朝食、昼食はありません。
テナントの有料でイタリアン、寿司店では出してくれます。
食後はBARで遅くまで飲むことができます。


ただし免税売店、テナントの鮨屋、イタリア料理サバティーニ
何とかかんとかステーキハウスだけは有料にになっています。

毎日、3kgバーベル・軌道修正ゴルフスイングゴム棒を
朝、昼、夜に爽やかな海風のあたる海側デッキで振り回して
普段より体の筋肉老化防止に努める事もでき満足できた。

残念なのは高齢者が多くて私に腕相挑戦者が現れないのが寂しかった。


ダイヤモンドプリンセス号での船旅パートー11

今回のダイヤモンド・プリンセスでの船旅の目的の一つはロシアの最果ての地
サハリン(コルサコフ)に行けることでした。

樺太サハリンは日露戦争後の1905年から北緯50度以南を日本が領有したが,
第二次大戦後,ヤルタ協定でソ連領として戻した地区です。

ロシアにとっては極東、最果ての地で極悪人専用の刑務所を造り、
 樺太再開発の重労働をさせた地区でした。

訪問したサハリン(コルサコフ)は70年前、日本がインフラ整備した当時の状態
そのままに使用されて物資不足、経済、文化の取り残された辺ぴな所でした。

当時日本が造った建物(日本陸軍司令部?)を博物館として、貧弱な物を
展示している場所が、ただ一つの観光名所になっていました。

現地ガイドも付かないでオンボロバス、タイヤツルツルで運転手が
上司に言われた場所を時間通り走るだけでサービス精神は全く感じられません。

したがって昼食をとるも食堂もなく、到着した体育館に台の上に並べられた
貧弱なお土産物と飲料水、ビール、貧弱なパン、不味そうなピロシキなど、
台の上に並べて精一杯、おばさんたちが売っている。

そんなこともあると思い酒の肴、柿の種・ピーナツなどリュックに入れて
いましたので、買ったビールで飢えをしのぎ貧弱なパンなど買わずに
空腹は我慢できました。

そんな現場を視察するだけでとても、とても勉強になります。
プーチン大統領も日本の技術で地下資源開発してもらいたい気持ちは

手に取るようによくわかり、彼の頭の回転はウオッカで麻痺したアル中気味の
ロシア人政治家と違って親日家と判断出来ますが、まだ信用はできません。

過去に訪問した軍港ウラジオストック・ハバロフスクと違って全てが違います。



コルサコフ埠頭整備は戦前のままで波止場付近の岸壁コンクリートはボロボロで
全く整備されていません。したがってダイヤモンド・プリンセスは沖合2㎞先で
停泊して積み込んでいる救命モーターボート数台でピストン輸送をする。


二隻の救命モーターボートが見えますが写している私の舟も同じです。
座礁転覆してもその前に救命ボートが手際よく下ろされ助かる確率だけは
韓国船沈没事件と違って確認できました。


モーターボートには60人近く乗れるスピードの出る高性能エンジン付きです。


コルサコフ波止場には現在も使用中のボロボロの貨物船が停泊しています。
間違って北朝鮮の港と書いても分からないでしょう。
こんな国が宇宙開発が出来るとは想像もつかない格差社会なのです。


日本統治時代の建物・建造物は頑強な造りで現在はただ一つの観光施設で
博物館として使われていますが観るべき作品、歴史的な文化財もなく貧弱。


菊の紋章のついた金属製の大きな玄関扉には当時の物でしょうが
本来ならばもっと大事に扱ってもらいたいが、相手が相手なので無理でしょう。


正面玄関を入って正面の部屋には第一次大戦、第二次大戦での
勝利宣伝ポスターが部屋中に飾られています。
観ているだけで現実のロシア国の政治のあり方がわかります。


70年前当時の共産党の赤い国旗をイメージしたのでしょうが、描かれている
中年女性の顔の表情の険しさは、異常としか思えませんが
これが今のロシアにおける現実を表しているかもしれません。


1945年は日ソ不可侵条約を一方的に破棄して満州侵略、千島樺太を一気に
占領してしまいました。北海道に米軍部隊が1週間遅れていれば現在は
ロシア領土になり北朝鮮・韓国と同じく平和国家にはなっていないでしょう。

一党独裁の共産党は崩壊したソ連、現在の中国、日本共産党をふくめて
本音は話さないでしょうが危険極まりない思想です。

6歳当時、満州から着の身着のまま引揚げ者として帰国しましたが
ソ連が満州侵略していなければ私の人生も満州国ハルビン育ち
日系アジア人として相当変わっていた生き方をしていたと思います。
 (残念に思うこともありますが)



コルサコフにあるただ一つの公園 レーニン広場は整備はされていません。
花壇には雑草と咲き始めたタンポポの花だけで、いやされる公園にはみえません。

公園を案内してくれた臨時アルバイト学生(?)に
このレーニン銅像は何時ごろ縄つけて引き倒すのか?」と質問したら
ジョークが通じず参ってしまいました。
すると家内が即座に「いい加減バカなことを質問しないで!」参ってしまいます。


レーニン広場にある噴水施設の水はドロドロに濁っていて管理が出来ていない。


ドロドロの噴水施設で泳いでいる現地の子供にはビックリ、
顔からみるとアイヌ系と思いましたが・・


レーニン広場にある施設ですが内容はわかりません。


道路脇に暇つぶしに座っているホームレスタイプの老人は
寒波の真冬にはどのような家に住んでいるのか想像できません。



我々を迎えてくれた体育館は時々ダンスホールに使われているポスター発見。
にわか造りの質素な角テーブルを並べて民芸品を売っている。
    (家内も私も全く興味なし)

周りに食堂・レストランもないので飲料水・パン類を売っていましたが
とても食べる気にならず、ビールと持参の酒のつまみで済ませる。

買ったビールには間宮林蔵をもじった「林蔵ビール」と日本語で書かれた
一品には驚いてしまいました。記念に空瓶を持ち帰りました。