マダガスカル美人特集
昨日ヨコハマパレードから帰って
写真の整理をしました。
パソコン付属部品、
ポータブルのハードディスク等を
チェックしていると、美人特集が出来るほど
マダガスカル美人を写しておりました。
そこで
考察団特集は終わりを宣言しましたが
美人特集をいたします。
左側美人は7点 右側6点日焼止化粧中
左側フランス語でボンジュールと挨拶
されました。美人10点 右側6点日焼止を
塗っても手遅れ気味
左側ホテルの清掃員7点 右側は撮るなら金くれ・・・4点
愛嬌もありますが腹が出ている分-1の
9点
今回、マダガスカル、モーリシャスには
カラオケ屋は一軒もありませんでした。
ゴールデン・ウイークは遠出はしません。
毎年のゴールデン・ウィークは
会社出勤か
自宅付近で過ごしています。
今日はヨコハマ市のパレードが
10:45から山下公園の
ホテル・ニューグランド前から
伊勢崎町まで華やかに行なわれます。
今年で55回ザよこはまパレード
(国際仮装行列)
http://www.yokohama-cci.or.jp/parade/55/
ヨコハマの主だった企業が
大型トラックの改造車で思い思いの
仮装をして練り歩きます。
在日米陸軍音楽隊の
マーチングバンドの行進は
とても華やかで盛り上がります。
横浜の大学、中高ブラスバンド部が
数校出ています。
私の卒業した港北区にある
私立○○○○中高横浜学園の
マーチングバンドは昔から有名で
毎年の楽しみです。
もう既に40年以上出場しています。
目的のパレード見学が終わったら
中華街の重慶本店で家内、
嫁と孫を連れて会食を予定しています。
このブログの下書きは昨日していますので
写真は今年のものではありません。
パレードは55年目入りますが
ヨコハマだから華やかで
あか抜けした国際仮装行列に
なると思っています。
米軍 横浜の大学(私立)中高学校、
マーチングバンド
高島屋、日産、キリンビール、
中華学院、崎陽軒、ボーイスカウト、
青年会議所、鳶職組合
創価学会鼓笛隊、天理教鼓笛隊
警察、消防音楽隊
等々書ききれません。
浦安にあるデズニーランドは
行ったことがありませんが
(ゴザの持ち込み禁止
酒が飲めない弁当持込禁止の為)
イベント屋が取り仕切っている
パレードと違ってそれぞれ個性があって
ザ・よこはまパレード一度は
見る価値があります。
10:45から14;00近くまであり
赤レンガ倉庫前イベント広場で
スーパーエキジビションが
遅くまであります。
(しかし私は赤レンガまで
見に行く予定はありません。)
酔払って昼寝をしている頃です。
パン屋の会合
先週,新宿厚生年金会館で
全国都道府県の
協同組合連合会の
総会前の理事会がありました。
理事会次第の中で
外国人研修制度について
内容を説明をしました。
ここでわかった事は
北は北海道、南は九州までの
各理事長は研修制度について
あまり理解していません。
東北をはじめ
人口減少過疎地は人手不足を
真剣に考えていません。
爺さん婆さんを使えば
まだ間に合うと思っている
節があります。
今回、全国の各理事長で
人手不足を真剣に考えている
ところは東京をはじめ関東近県
東海、関西の大阪、兵庫
瀬戸内海に面した県だけでした。
上記の中でも
学校給食専門工場は子供の数が減り
小麦粉の極端な値上がりの為
学校からの注文が減り続けています。
したがって外国人研修制度については
無関心に感じました。
研修制度に関心のある会社は
勝組の組織のある繁盛店が
中心に制度を利用すると判断しました。
東京を含め商店街がこれからも
シャッター通りが多くなる事だけは
再確認がとれました。
都内にあるシャッター通りに近い
商店街もパン屋を含め
「地方の時代は終わり」になります。
旧天地と近くの市場
今日で12日間の長旅の最終の
レポートをお送りして視察ブログを
締め括ります。
バンコックから上海に着き翌日
旧天地見学に行きました。
石川氏が経営している
横浜元町にあるブティック
ROUROUが旧天地に出店しています。
その近隣には新潟で
吉田カバン売上ナンバー1の
伊藤屋さんもカバン衣料品を
中心に出店しています。
両方のお店は小さな坪数ですが
落着いた、お洒落な雰囲気を
出しています。
平日をはじめ土日は
欧州人が多く訪れて
町の雰囲気は上海でも
独特な国際感覚があります。
ROUROUはヨコハマ山下町にも
お店があります。
私は「田子坊」の周りの町の様子を
見学して近くにあった
食品市場に入りました。
マダガスカルから来たばかりなので
市場の様子があまりにも違いすぎて
ショックを受けました。
魚売場にはハエ1匹もいなく
ガラスケースに収められた商品も
衛生的に管理されていました。
オリンピックの影響があるのか、
販売方法、衛生基準は日本と
変わらないほど急激に
進歩してきています。
いつまでも餃子事件に
こだわっていたら日本は
すべての事に取り残されて
しまう事も視野に
入れておきたいと思います。
次回訪問する時はこの建物は
お寿司屋になる予定です。
香港の寿司屋、数社どこでも
大ヒットしていますがその内
旧天地から「上海巻き」の
寿司ブームが興るかもしれません。
今回の考察団は常連の参加者が
多いこともあって知合いどうし群れたり、
つるんだりしている傾向があったように思います。
初参加の方は馴染んだ雰囲気の輪の中に
入りづらく感じたことと思います。
初参加された
30代前半の若い方々は
いつも自分の居場所をさがすのが
難しかったようでした。
100万円も出して参加したのですから
有意義な日々を過ごして欲しい。
我々と違って若い彼らからみれば
大金だと思います。
私はそのことに気付き見かねて
2人を私のテーブルに誘いました。
又一緒に屋台料理を
食べに行ったりして少しでも孤独感を
なくそうとお節介をしてしまいました。
帰国後2人から感謝のメールが
別々に届きました。
「誘っていただき
とてもうれしいです!!」と・・。
お節介は無駄ではなかったようです
会社の従業員に感謝されるのも
旅先で出会った人に感謝されるのも
同じ気持ちと再認識しました。
人を使う、動かす、協力させる事と
同じ気遣いです。
お客様に感謝される信頼関係も同じです。
旅中には聞くに堪えない
文言を他人に浴びせ侮辱している
程度の低い大馬鹿者がいて
不愉快な事もありましたが
それを我慢しすぎてその場で
本人に苦言を呈することが出来ず
とても後悔しています。(失敗・・・)
初めて参加される方には温かく接して
おたがい楽しんで旅の
良い思い出にしたいものですね
でも、いろいろあった長期旅行の
総合評価は
満点にちかい楽しい旅行でした。
特にオカマショーでは700名の中から
よりによって私を指名してくれた
デブのオカマさんには敬意を称します。
これで今回の旅行日記は終わりになります。
バンコックの屋台にいきました。
昨日のブログ(洗濯物)
オリエンタルホテルの動画は
家内から小言(文句)を言われ
昼食時、友人に一言注意され
気持ちが落込みました。
以上
マダガスカル発バンコック着が
夜遅く着きオリエンタルホテルには
23:30近くになりました。
バンコックの何処でもある
動画の屋台風景です。
食べる時には肝炎、下痢に
注意してその場で火を通した料理と
きれいな皿と割箸を使ってください。
10時間の飛行で疲れていましたが
考察団参加の若者が屋台料理を
食べたいと私に誘いがきました。
眠たいのを我慢してホテルから
少し歩いた所にある屋台をめざし
食べに行く事にしました。
屋台現場まで来ると元気がでて
私の独断でビールと数品注文しました。
屋台はオバサン一人で切り回して
いるのでセッカチな
私はいつも通り出番だと思い
ビール、取り皿、コップ、スパイス、
テーブル用布巾は
私が全部取仕切りました。
知らない人が見ていると屋台の
従業員に見えると思います。
家内をはじめ友人は誰も席を
立たず私の仕事を見ているだけでした。
料理はとても美味く満足できました。
それもそのはず10時間の長旅に
不味い機内食が3回も出て
食べ残していましたから
胃袋はほとんど空の状態でした。
但し、出されたアルコールは度々
追加して食事の変わりにしていました。
若者3名(2名初参加)を含めて
合計7名で屋台料理を食べましたが
体調を崩した方はいませんので
安心しました。
しかしマダガスカルでは
家内をはじめ多くの参加者が
体調を崩し気の毒な思いをしました。
高齢者は元気でしたが
特に若い人が体調をくずしていました。
(普段の食生活に問題があります。)
動画でもお見せしましたが
マダガスカル市場の魚売り場で
一匹の魚に50匹以上の銀蝿が
たかっていたのでは体調にも応えたと
おもいます。もちろんその魚を
「知らぬがほとけ」で
フランス料理で食べえいたのです。
我々が毎日食べたと思う動画の再放送です。
銀蠅の数は半端ではありません。
動画で蠅の数を確認してください。
日本人はショックを受けます。
動画は私達だけで市場視察した時
映したものです。
オリエンタルホテルに泊まりました。
マダガスカルから直行便で
10時間かかって
22:00ごろバンコックにつきました。
24時間空港内は真夜中でも
にぎやかさは昼間と変わりません。
オリエンタルホテルに着き翌日の
朝食はコースになっている
セットメニューにしました。
メナム川の川辺にレストランがあり
川風に吹かれて食べる朝食は
一段と美味しくかんじました。
やはりウエイトレスに食事を運んでもらう
方が気分が良いです。何から何まで
気を使ってくれるオリエンタルホテルは
世界一の高級ホテルランクがついた
理由がわかります。
家内はマダガスカルでお腹をこわし
少し体の調子が悪くなりました。
家内が洗濯係りでしたが
残りの計算をしても間に合わないので
私が自分の下着だけ洗いました。
いつも一人旅の時はバスタブに
下着を一緒に入れてグジャグジャと
自分の体と洗濯物を
同時にあらっていました。
部屋の中は湿度も低く翌日の出発までに
完全に乾きました。これで上海まで
洗濯はしなくてすみました。
ホテルに下着を洗濯に出す方法もありますが
貧乏性の為に私は出せません。
千葉の農協の組合長(?)はパンツから
靴下までホテルに出していました。
さすが金払いの良さはマネできません。
だがしかし、成田まで帰ってきてしまいましたが
ホテルの精算はどうなっているか
彼は記憶がないようです。
農協の組合長は普段仕事がきついせいか
はたまたストレスが多い仕事のせいか
酒が強く寝る時間を
惜しん楽しく飲んでいました。
バンコックでパトーカーに先導されました。
バンコック2日目に
王宮寺院見学コースがありましたが
オリンピック聖火の引渡し式があり
警備が厳しく現場まで
バス移動ができません。
日本人に対してテロの心配も
無いとはいえませんので急遽別の寺院に
見学コースが変更になりました。
沿道の人が聖火を見届け応援する小旗です。
そのために考察団の誰か(?)タイの
とても偉い人に頼んだのか先方から
頼まれれたのか判りませんが
朝から晩までのバス移動にタイ警察の
パトーカーを先導させました。
さすが実力者はやることが桁外れに
違いがでます。
おかげでバンコック市内の渋滞で有名な
通りをサイレンを鳴らして信号無視で
通りました。
バスはどこに止めても巡査から
注意されず現場の入り口に駐車して
歩く距離も短くしてくれました。
おかげで一日中のスケジュールは
寸分の狂いも無く無事見学できました。
タイのボランテアの人が沿道の
応援に参加していました。
パトーカーに先導されている
風景も映しています。
オリエンタルホテル出発から
夕方21:00まで
完全護衛でした。私は途中から
中抜けして市場と屋台見学を
予定していましたが
今回は団体行動に切り替えました。
私はパトーカーと白バイには
追っかけられた事が
数回ありますがパトーカーに
先導された事は2回目です。
北京に高速道路の無いころ
考察団第1回目の
北京訪問の時に万里の長城まで
先導された事を思い出しました。
当時は天安門事件直後で
外国人は中国訪問ボイコットする
時代でした。
政治家、官僚が飛行場から官邸まで
信号無視で走れる気分を
私達考察団も少なからず
同じように味わった感がしました。
オカマ動画にフイルターがかかりました。
4月24日のブログで
バンコックでのオカマショーを
動画でお見せしましたが
検閲に引っかかりとうとう
フイルターが掛かってしまいました。
これで私も動画投函が一人前に
なりました。
フイルターが掛かっていても
クリックすると観られます
知人が美人オカマに抱きつかれ
抱擁されて
全身興奮していたようです。
私のブログ動画は動画の中心を
ダブルクリックすると
次の画面で大きくなり
見やすくなります。
画面の下に
GOOD BADがあります。
よくできた動画にはGOODの
横をクリックするとプラス数字が
増える仕組みになっています。
音が二重になったら
画面を下に落として
最初の動画を止めてください。
それからもう一度下に落ちた
大きい画面を
アップして楽しんでください。
動画の中心をクリックして
次に出たフィルター画面の
「ハイ」を押して大画面の下にある
GOOD(良い)又はBAD(不快)の
どちらかにクックしてください。
私のブログが220万人中で
300人台になりましたのは
テレビ、旅行ガイドブックに
書かれてない事と下ネタを
個人的な感情で書けるからだと
思います。
今は「下丸子のチョイ悪社長」に
なったつもりで
からだだけは元気で何所も
悪い所はありません。
しかし死ぬ練習は毎日しています。
旅行は楽しい思いでになりました。
マダガスカル、
モーリシャス
バンコック、上海の
南半球への12日間の
長旅で飛行機は
合計10回乗継ました。
マダガスカル国内線の
プロペラ機で移動
上空
先生は昔から
「稼ぐだけでは半人前
使って一人前」
私は毎日(死ぬ練習)をしています。
これは、先生から言われた言葉なので
実行に移している最中なのです。
ベトナム考察団では別行動を
してハノイの町で昔
土に埋めて隠す小金入れ壷を
買ってきました。
大きさからみて骨壷に
丁度良く後は戒名だけです。
今年2月29日のブログ掲載のコメントで
カテキンさんから、この壺は15世紀当時
作られた本物とお墨付きを頂いています。
家内には戒名は
「丸子東山院麺包徘徊居士」と
つける様に頼んでいます。
世間体があるので墓石には
石屋に頼んで彫ってもらえば
それでよい。
両親は天台宗の寺で生前に
戒名(寿陵)を戴いていましたが
私の場合は
お坊さんに頼むことは無い。
(戒名代は値切れないから)
長男、次男には兄弟喧嘩は
「俺が死んでから派手にやれ」と言う。
今は両親も他界しているし
子供の頃から毎年引越し(15回)を
していたので菩提寺は無く
25年前に府中CCへゴルフに
行く途中「柿生霊園」前を
通っていたので、衝動買いで
購入しました。
理由はゴルフついでの墓参りが
できるからです。
6月の次回考察団に
参加しますが金と時間と日数は
自分で作るように工面しなければ
いけません。
そうしないといつまで経っても
人(家内)にコキ使われて人生が
終わりになってしまうからです。
話は変わりますが昨日まで
日本大使館を痛烈に批判しましたが
余りに少ないコメントにガッカリしまいた。
この現状が日本の政治家、官僚、
公務員が好き勝手に税金の
無駄使いを容認している事になります。
癌細胞と同じく日本が滅びゆくまで
税金と国債で食いつぶことでしょう。
・・・南無阿弥陀仏・・・・・・・
日本大使館と中国大使館の違い
今は帰国して資金繰りに
汗をかいています。
思い出した話を公開いたします。
マダガスカル貧乏国は
政治家、官僚、公務員以外の
一般国民は自分の生活以外は
無関心で過してしています。
この国の予算は権力者が
自分の財布代わりに
使用していると思います。
アフリカ小国の大統領、官僚
政治家夫人(?)は
片手5本の指に付けている
数個の大きなダイヤモンドで
指と指が付かず5本の指に
隙間ができているそうです。
そのくせ道路をはじめ
インフラ整備は何もしていません。
あるのはバオバブの樹と
珍しい猿だけです。
今回バンコックから乗り合わせた
中国人は観光ではなく
国家プロジェクトの
ビジネスマンでした。
中国政府はマダガスカルの
インフラ整備を引換えに彼らに
地下資源の鉱物、タングステン等の
レアーメタルの利権確保が
目的です。すでに穴は掘り当てて
いると感じました。
さすが日本国と違って中国は
したたかな国です。
日本政府はこのような両面工作は
とてもできません。大使館は
ワインの選定、滅多に来ない
政治家の食事と夜の
お遊びの道案内が本職で
日本人旅行者の面倒までは
致しません。
資源の無い日本は大使館が
先頭に立って民間会社の後押しを
しなければ無用の長物にしか
なりません。
税金で買ったレクサス600に
乗っている暇があるなら
日本国民の為になる大事な
仕事をして頂きたいものですが
無理でしょう。
くれぐれも観光で行かれる方は
マダガスカル国営窃盗団に
気をつけてください。
なにしろ出入国管理事務所と
危険物検査官がグルで
日本人観光客を
暗くてトイレ部屋の大きさの別室で
大男の黒人2人が財布の
中身検査をして
出たければ金を出せと恐喝します。
日本大使館は毎日恐喝されている
日本人を助けてくれません。
今も毎日日本人観光客は
被害にあっているはずです。
欧米人は元植民地にしていた関係で
脅かされる心配はありません。
中国人、韓国人はしたたかですから
簡単に金は出さないと思います。
(例)
マダガスカル国営恐喝団に
(国営危険物検査官)
暗い個室に入って調べられても
絶対に英語で受答えをしては
いけません。あくまでも日本語で
対応して大声でやり返してください。
今日(4/25)の産経新聞一面に
曽野綾子女史が書かれている
「小さな親切、大きなお世話」に
アフリカで現実に起きている
子供の手足を切断したり強姦したり
することが日常茶飯事にある
残酷な現実が詳しく書かれています。
ただし権力者は桁外れの
贅沢な生活をしています。
マダガスカルもその一つの国に
見えました。
日本の平和ボケ平等社会を
痛烈に批判しています。






















