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特別観覧席でリオのカーニバル見物を

今回の最大の楽しみはリオのカーニバル見物でした。

優勝チームの決定した最終日のパレードです。


チャンピオンチームのパレードはカーニバルの花です。



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         ドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキドキ


現場に行って驚いたのは有料専用カーニバル会場用の

通りがあり両脇には鉄筋コンクリート出来た

常設観覧席が設けられて野外用観覧席は

横浜スタジアム外野席分の大きさで

このシーズンだけしか使用しません。


すでに観客は超満席になっていました。


夜の9時よりはじまって6組の入賞組のパレードが

はじまり最終の組は午前3:30過ぎになるそうです。


今回の考察団参加料金はバカ高くビックリしましたが

気が弱くおそれおくて文句を言える立場でないので・・・

泣く泣く我慢して支払をしました。


後から聞いた話では特別観覧席料金はプレミアが付いて

一番高いシーズンは一人 US900ドル以上もするそうです。


6人用のボックス席で飲み物、スナック用テーブル付きです。

外人用ワンボックスUS5000~6000ドルだと後から聞きました。

もちろん今回の人気度合いで相場が決るのでしょう。


それもよい席を確保するには大変なことだと後から知りました。


申込み案内書にも虫眼鏡で見るほど小さな字で書かれているそうです。

私は請求金額しか見ていないので読んでいません。


7分間の力作の動画です特別観覧席での

踊るアホウに見るアホウ、同じ阿呆なら踊らなきゃソンソン

踊り子も観客も面白く動画におさめています。


特別観覧席は最高の席で踊り子のお尻の大きさ胸の

ふくらみ、フサフサ、ブリブリした色気はさわりたくなるほど

興奮しましたが家内同伴なので我慢の連続です。


サンバのリズムは音楽を知らない私でも

(裸にちかい美人をまじかに見ると)

興奮し踊る気持ちはよくわかります。


観覧席の男女外人達はリズムのって

腰を振り振り興奮しっぱなしでした。


高齢の私は午前一時まで見物していましたが

眠気と体力消耗で切り上げることにしましたが

家内を含め最長老の◎先生組は

最後まで見物したそうです。どこにそんなスタミナが

残っているのか不思議で仕方ありません。


翌日家内に聞いた話ですが私達が帰った後の

パレードは美女軍団(200人以上)の 

バックのひもがお尻に食い込んで胸はスッポンポン

花一輪の大行進があったそうです。


肝心のパレードを写しそこないで

とてもとても~~後悔していますしょぼん


最初から見物料8万円以上と分かっていたら

最後まで残って見ていたはずです。


会場全体は「踊るアホウに見るアホウ」を絵に描いた状態で

過去のストレス発散にはとても役立ちます。

この国は革命やストは起こりずらい環境になっています。


カーニバルが終わった瞬間から来年のカーニバルの準備に

取り掛かるぐらい「ノー天気な国民」だと思います。


BRICといっても生産性の高い製造業には向かない国と

判断できますがそれでもホンダ、ヤマハのオートバイの

自動車生産では頑張っています。



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大型トラックを改造したパレード車に飾ってあるお人形さん

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高さ7メートル以上の仮装トラックの上で踊っている美女

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私達のそばまで来て大股を開いて踊ってくれましたすいません)

     

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ヨコハマスタジアムの外野席以上の大きさがあり観客で超満員


明日はカーニバル美人特集編をお見せします。


私の偏見と独断で美人の星印は3個以上が条件です。
















ブラジルの奴隷料理を食べました。

リオデジャネイロでの昼食はポルトガル人がアフリカから

連れてきた奴隷が常食にしていた奴隷料理になっていました。

お店の名前は「Porcao Rios」

わりあい治安のよい住宅街の近くにありました。


ブラジル建国には港湾、道路、トンネル等のインフラに

肉体労働者として奴隷が使われたのでしょう。


ブラジル現地人の多くはモンゴル系の人種でお尻には

日本人と同じ黒点があるそうです。


しかし日本人と違って怠け者が多く日銭があると

勤労意欲がわかないそうです。彼らも肉体労働をした

後には奴隷料理を食べていたのでしょう。


食べ方は上の動画を見て味と美味しさを想像してください。


奴隷料理は今ではそれなりのレストランの高級料理に

なっているそうです。黒豆、大豆などが多く使われ

牛肉の煮込みをご飯の上にかけた状態のドンブリ方式で

B級グルメの範囲になります。


皆さん味については美味しいとは言わず我慢していましたが

私はこの程度の料理で十分満足できます。

日本流にいえばモツ煮と思っていれば間違いありません。

醤油を数滴かけて食べればもっと美味しくなるはずですが

奴隷にはそんな贅沢はさせないのでしょう。


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70歳にちかい私でも食べられる高級奴隷?料理の一品です。

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見た目には食欲がわきませんが、たまに食べるのには体力増進に

よい料理です。


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デザートは期待したのですが2種類のジャムのみでした。


追伸

今回の奴隷料理についてA級グルメの方達には満足は得られませんでした。






















アルゼンチンでスペイン料理を食べました。

アルゼンチンはスペイン人の食いぱっぐれが流れ着いて

作った国で当然スペイン料理店は多いと思います。


サクラメントから帰って夕食は歴史あるスペイン料理店で

会食する事になりました。

100年以上営業しているPalacio Espanol 店です。

首都の中心にある威風堂々とした建物の一階にありました。


しかしブエノスアイレスは夏休期間中で閑散としていました。

予定通り18:00にお店に入りましたがお客様は我々だけでした。

現地の人達の夕食は21:00ごろから入るのでしょう??


それからが大変でした。オーダーしている3品まで

1時間30分もかかり待つ事に慣れている皆さんも

イライラしだしました。最初に出てきたスープは

味噌汁色で不味くてほとんど残してしまいました。



2品目のパエリヤがでてきた時間はすでに一時間

ちかく経ってからです。ここのパエリヤは美味しい

店と話していましたが全く逆でした。


地元のガイドさんも「今回の不味さはどうしてかしら?・・」と

話していましたが原因はわかりません。


私の勘では腕の良い料理人及び料理長が夏休中で

下っ端のコック又はアルバイトに任せていたのかなぁ・・

100年以上経営している実績からは考えられませんけど


一品々時間がかかり過ぎ、間が空くことは

素人にちかいコック以外に考えられません。


今夜の客はスペイン料理の味の分からない

イチゲン客の黄色人種だからと見下された感じも

無くはないと思います。


パン連盟の組合員が青山の表参道でスペイン料理を

経営している店の方が味は数段上でした。



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見かけは美味しそうですが米は硬く真が残って

全員食べ残していました。


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ウルグアイで初めて知ったこと

2月27日二週間の長旅から帰国いたしました。


途中PCのコンセンのケーブル故障が原因でブログが

書けず毎晩アルコールの量が増えてしまいました。


書き残した出来事、思い出、珍事を少しづつブログにして

B級グルメ、写真、動画をお見せします。


今回の考察団でアルゼンチン側河口からフェリーに乗って

一日かけてお隣のウルグアイ 国に観光をしてきました。


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今回の中南米訪問まではウルグアイがどこにあるかも

知りませんでした。ウルグアイの国民に日本が

どこにあるか興味のないのと同じ事です。


世界遺産コロニア・デルサクラメントを観光しました。

いつもの事ですが物見胡散の観光で何の知識もありません。


現地のガイドさんの説明ではスペインが中南米で

一番最初に植民地にした国と話していました。

スペイン人は植民地にする為には原住民を殺してきたのです。

年寄りから子供まで全て殺した完全植民地は

世界中ウルグアイ国だけです。

今はスペイン・イタリア系で全人口は350万人です。


したがって地下活動、テロ、抵抗勢力はなかったのです。

原住民の生活道具をはじめ習慣も残っていません。

一人残らず皆殺しにした歴史があるそうです。


原住民を動物に例えてサルか牛、豚並に扱いました。

元々欧米人(白人)は狩人民族で動物を殺して食べる

肉食人種である事を今回再確認してきました。


日本は過去植民地とした台湾、朝鮮半島に小中高学校を

数千校造ったと聞きました。理由はいろいろありますが

近代化する為に港湾、鉄道、道路、通信、教育に

力を入れてきた植民地政策とは大きな違いがありました。



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港から上陸して一番最初にお世話になる場所は遊郭でした。

長旅での欲望を処理する場所は港、港どこにでもありますね。




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赤壁は遊郭のシンボル色ですが今は観光客のお土産屋さんになっています。



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正面は大西洋で左の要塞には鉄砲が残っていました。








リオデジャネイロのコパカバーナー海岸

アルゼンチンでのB級グルメ特集を書きたいのですが

借り物のPCには写真を圧縮ソフトが分からないので後日書きます。


ブラジルのリオデジャネイロ到着後コパカバーナ海岸前の

JWマリオットホテルに到着いたしました。

12階の窓からは海岸線がとても綺麗で感心しました。


一年で一番予約が難しく料金の一番高い時にに2泊

できることはとても難しいそうです。


動画でコパカバーナーの海岸線を見てください。


理由はリオのカーニバル「チャンピオンパレード」の最終日に

なっているからです。この日は深夜1時まで特別観覧席で

おにぎりを夜食にして見物することになっています。


しかしビーチに出るときには時計、財布、カメラ、バックの

持参は絶対にダメといわれました。治安については

日本人の想像をこえる危険な地区と話していました。


殺人事件を起こした犯人はは24時間逃げ切ってしまえば

現行犯逮捕はできないそうです。たとえ殺人事件を

起こしても死刑制度が無いので必ず出所できる様に

なっています。


明日からはPCが使えないので帰国後動画をふくめて

アップします。











ブラジル側のイグアスの滝

昨日のブログ イグナスの滝はアルゼンチン側からですが

今日のブログはブラジル側からのイグナスの滝です。


「悪魔ののど笛」は吸い込まれる様な勢いがある滝ですが

ブラジル側は世界一のスケールの大きさでした。


晴天のために滝の水しぶきが大きな虹になって

見えますがカメラは水しぶきが跳ね返りながく撮影できません。

レインコート持参いたしましたが若者は上半身裸で

滝のしぶきを受けてビシャビシャになって喜んでいました。


昨日の動画と見比べてください。


滝はアルゼンチン、ブラジル、パラグアイ三ヶ国

国境地点の展望台で見てきました。


バスでアルゼンチン側の入国管理事務所で出国したのち

ブラジル側のバスに乗り換え真空地帯(ジャングル)を

通り過ぎてラジル入国に管理事務所で入国手続きえをとります。


今回の滝を見て日本の

「華厳の滝」は4歳になる孫の立ち小便クラスのようで

スケールの大きさにビックリいたしました。












世界遺産 イグアスの滝へ観光

アルゼンチン滞在中は強行軍の為

体力を消耗(酔いつぶれて)してお休みしました。


もう一つ理由はアルゼンチンタンゴの踊り子の魅力に

取りつかれ(?)ブログを書く暇もなくクタクタになりました。


その翌日はPCのケーブルに電流が流れずバッテリーが

あがってしまい、とうとう使い物にならなくなりました。


仕方なしに友人のPCを借りてブログを書いています。

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翌日はアルゼンチン側のイグナスの滝の観光です。

「悪魔ののど笛」といわれ迫力のある滝でした。


日本、中国の滝はたくさん見てきましたが

イグナスの滝は想像を超えた迫力のある滝です。


イグナスの滝の動画を見てください。


バスでイグナスの滝手前まで行き、そこから

15分間、軽便電車に乗り徒歩20分歩いて

「悪魔ののど笛」といわれる滝を見ました。


写真の貼り付けもしたいのですが借り物のPCの為に

ソフトが入っていないので後日貼り付けいたします。


睡眠時間5時間ちかくで高齢者の私には強硬軍ですが

二度と来る機会がないので我慢の連続でした。


二日間遅れのブログですがPC(ケーブル)のトラブルの為に

毎日書くことができない日もでると思いますがお許しください。

















本場のタンゴを堪能しました

ブエノスアイレスの最初の夜はタンゴが

観られるレストランシアターでの食事です。


下記のLa Ventana店(での会食でした。


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ブエノスアイリスでは一番の繁盛店に入るそうです。


最初に出てきた前菜の野菜スープはとても美味しく

満足できました。


次に出てきた、わらじの様なステーキを持て余しながら

2時間かけた食後のショーです。

350グラムちかくあり日本のトンカツ屋さんでは

ロースカツ3人前近くの大きさを想像してください。


我々日本人は食べきれず半部以上残してしまいました。


最後のデザートはアイスクリーム3人ちかくありとても

食べ切れません。しかし回りの欧米人は男女共に

きれいに食べてしまったのには驚きました。


我々の仲間が「彼らは肉食人種だなあ~~」

感心していました。



230席入る店は満席で予約客しか入れません。

本場の魅力あるタンゴショーを動画でお送りします。

5分間近くのショーを楽しんでください。


アメブロまで送信するのにタイムアップ4回もしましたが

日本時間午前11:00にやっと送信成功

やっと貼り付けが出来ました。


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唯一口に合ったチーズ風味の前菜用野菜スープ


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横20センチ、縦12センチ、3,5センチ、重さ350グラムのステーキ

さすがに完食した人は一人のみ完全な彼は肉食系属です。

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デザートのアイスクリームは日本の通常大の3個添えです。











ブエノスアイレスでタンゴレッスン

ブエノスアイリス滞在中です。


南アメリカはどこの国でも観光客をはじめ現地人も

スリ、かっぱらい、置き引き、が多く手口は数限りなく

あり被害にあっているそうです。


案内してくれるガイドさんも、駐在している◎◎さんも

被害にあっています。私の旅支度はいつもの通り

体とヒモ付きになっていますからナイフで切られない限り

持ち逃げはされないと思っています。



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考察団全員が帰国するまで被害者にならない様、注意したいと思います。



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US5ドルを支払美人ダンサーよりタンゴのレッスンを受けるある殿方(?)です。

舞踊用の衣装、帽子に代えその気になっていますが・・・



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多少腰が引けているのが気になります。時間外レッスンをうける

必要があるようです。それには多額のUSドル+αがかかりますね。



ブラジルの英雄「黄金のバンタム」エデル・ジョフレ

2月15日よりアルゼンチン、ブラジル旅行中

したがって16日は30時間ちかくかけけて
やっと現地に着く時間だとおもいます。
前もって出発前に書きだめしておきました。

ブラジルについての知識はありませんが
2人の有名人だけは知っています。

ブラジルの有名人はプロボクシングのエデル・ジョフレ
サッカーの神様 ペレだけです。
(大統領、政治家、芸能人の名前は誰もしりません。)

エデル・ジョフレが活躍した1963年時代(私が22歳)
ボクシングはWBA組織しかありません。
スパーバンタム級、スパーファザー級
などもありません。フライ、バンタム、フェーザー、
ライト、ウエルター、ミドル、ライトヘビー、
ヘビーー級しかなかったと思います。
1955年代はWBC機構はまだ認知されていません。

それだけに世界チャンピオンの値打ちは高かったのです。

1965年時代は「黄金のバンタム」といわれた
エデル・ジョフレをチャンピオンとしてその下に
ファイテング・原田、ジョー・メデル(メキシコ)
ルーベンオリバレス(メキシコ)
青木勝利、関光徳がいました。私は当時ジョー・メデルが
大好きでロープぎわの魔術師といわれていました。

今のボクシングはWBA,WBC機構があり
各階級の上下に階級を作り世界チャンピオンを大量生産
しています。なんといっても「黄金のバンタム」は
当時ボクシングの花形クラスでした。

そのバンタム級世界選手権で無敵のエデルジョフレに
ファイテング・原田が勝って、一階級あげてたジョフレに
その後フェーザー級でも勝利しました。

今の世界バンタム級チャンピオン長谷川は別として
亀田兄弟の試合はTBSやらせ試合で見る気持ちも
ありません。エデル・ジョフレは紳士で国民的英雄でした。
ジョフレが負けた相手、勝者のファイテング・原田を
その場のリング場で祝福して会場を去ったことを思い出しました。

下の動画で確認できます。↓


当時(1965年)の試合がPCで見れることは
とてもうれしく当時のことが思い出されます。

当時のトランクスは見ていてスッキリしていますが
今のトランクスはステテコスタイルで好きになれません。
私も一年中ステテコを愛用していますが
家族以外には見せた事はありません。