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映画「インサイドジョブ」を見ての感想

映画「インサイドジョブ」を知ったのはニッポン放送「高嶋秀武」の

番組でした。私が好感を持っていない森永卓郎氏が

一枚かんでいるそうですが登場していません。


ニッポン放送「高嶋秀武」の話では最近にない面白いストーリーで

アメリカで起きた金融津波を取り上げていました。映画の中で

フランスの女性財務長官が登場しましが「津波」と表現していましたが

日本語が共通語になっているのですね。


東日本大災害前にもかかわらず「ツナミ」は国際共通用語でした。


昨日、勤務の帰りに家内と連絡をとって「インサイドジョブ」を見ました。

私は映画の内容はリーマンショックが中心になっている投資銀行の

内幕とだけしかしりません。


1時間45分の映画の内容は事実に基いたストーリーで登場人物も

実在の人物が描き出されています。インタビューに応じた政官財は数人で

重要な役を演じた大物は事実関係を公表したくないのでしょう。


私は一回観ただけでは登場人物の役職、発言内容が理解できず

筋書きの説明が早くて困りました。スクリーンの左右下段の

二ヶ所に翻訳された字幕を読むのに必死で追いつけないのです。


右だと思えば左に翻訳、下段に書かれた氏名、役職は同時には

観るだけの頭の能力がありませんでした。英語の理解力が少しでも

あれば良いのですが今になって語学能力のダメ差加減を改めて感じました。


毎日5時45分から7チャンネルの「テレビ東京」

モーニングサテライトニュースを観ていて少しは金融事情には

精通していると思っていましたが、やはり製パン販売業では

理解しにくい映画でした。


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アメリカ合衆国の国旗も地に落ちる寸前まできている映画です。

下記の写真は全て登場人物ですがインタビュー拒否も含まれています。

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ヘッジファンドで有名なジョージ・ソロスが度々出演して

金融の流れを説明していました。映画では好意的に描かれていました。

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クリントン元大統領              ルービン元財務長官


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グリーンスパン前FRB議長と    ブッシュ前大統領


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リーマンブラザーズ最高責任者CEO リチャード・ファルド

2008年までの報酬は当時一ドル110円換算で54億円

45階のCEO室まで専用エレベーター社員と顔を合わせることは

無かったそうです。


こんなことで驚いてはいけません。映画では実写(顔写真)で

毎年数十億取っていた金融会社のCEOがずらりと出てきます。


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映画の中では実写で度々描かれていました。物語でないだけに

顔は黒くして隠していました。


投資銀行の行員達は何かにつけてパーティーを開催しコンパニオンや

高級コールガールを高額紙幣を数枚重ねて買春していました。


日本で言う置屋の女将さんが証言に数回画面に出て話していました。

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売春経営者の登場ではママの証言で、どこの銀行の行員でも、

仕事に託けて家族には内緒で女を買い漁っていたそうです。


「昨日は仕事が忙しく徹夜した」などという理由をつけたのでしょう。


実写だけあってうらやましい限りです。

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ゴールドマンサックスのCEO  バーナンキFRB議長  ガーイトナー財務長官
ブッシュ大統領時代の

ポールソン財務長官  


インサイドジョブでは上記の3名も「同じ穴のムジナ」で裏では多額の寄付金で

大学、投資銀行、FRB、財務長官は同じ糸でつながれているそうです。


2008年のリーマンショックに至る過程に迫ったもので金融関係者必見の

映画と言えます。監督は政治学者でもあるチャールズ・ファーガソン

内容的には森永卓郎と同じくやや一面的に偏っているきらいもありますが、

アメリカの金融界が抱える問題を鋭く突いています。


数ヶ月前にブログで書いたジョン・ポールソン「史上最大のボロ儲け」の

彼も出ていました。その一例としてCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)

が詳しく説明されていました。彼は1兆5000億円の利益を出しました。

こういった点について、丁寧な説明がなされています。


工業に関する製造業(物作り)を放棄しマネーゲームにかたよった

いびつな金融経済の破綻だと感じました。


観終わってから家内と川崎駅アゼリア地下街でうなぎ屋、

安いだけでタレはイマイチでしたが空きっ腹には旨く感じました。

タレは墨田区立川町 パン連盟近くの「川むら」の方が上です。


(最後の一言)

森永卓郎氏いわく「MBAなどクソ食らえ!」と言いたい解説に感じました。 





   

香港H株の入替えには絶好のチャンスと思いますが

ここ50日間香港株式市場は持株の勢いが良くありまっせん。


大暴落を数回経験しながら今日に至っていますが

何とか持ちこたえています。

私が最初にはじめた香港恒生銘柄株から上海、深センB株です。

いまだに上海、深センB株の一部は持ちこたえています。


香港H株の大部分は少しづつ値下がりしています。

理由の一つにインフレ抑制で金利を上げたり預金準備率を

度々引上げだして為に香港H株の一部の含み益も下降線をたどっています。

香港H株が主流になっているので精神的にも辛い季節になってきました。


しかし持株の含み益のある一銘柄を全て売却し含み損の出ている

安値株の本命株の買い増しに切り替えるチャンスとみています。


まだ実行には至っていませんが個人、会社保有を含め検討しています。

6月初旬に中国の就労ビザの書き換えをひかえていますので

北京滞在がながくなります。ついでに現地で実情をもう一度確認し

相談をしてみる予定です。


話は変わって60歳を超えての就労ビザ申請は中々受付、申請許可は

だしてくれません。まして今年71才になる日本人は滅多に居ないと

思いますが「政策があれば対策をとる」ことで切り抜ける予定にしています。


北京の経済事情は日に日に変わって発展しています。

当社社員2名の転勤命令には最初は不安もありましたが

今は「不況の日本には帰りたくない」と言い出しました。


休みの前日には独身貴族になったつもりで日本でいう「キャバクラ」通い

のカラオケ屋で、若いおねいちゃん相手に円高をよいことに口説いて

いるようです。


一度しかない人生、人それぞれの楽しみ方があってもよいのでしょう。

私も人(社員)の素行まで説教するだけの品行方正なタイプではないので

見て見ぬふりをして干渉、説教などはいたしません。















昨日は府中CCで一日過ごしました。

昨日は久しぶりに府中カントリークラブで過ごしました。


府中CCの会員の平均年齢は66歳に達したそうです。


私は今年中に71歳になるのですが同じパートナーの80歳の

仲良しの老人(仲間)は私の事を「若いのにゴルフが下手くそ」と

言いたい放題で私は悔しくても甘んじて受けて聞いています。


古いクラブには暗黙のうちに年功序列に伴って声が大きくなっています。

一般社会においては私より年配者には滅多にお会いしませんが

クラブ内においての力関係は年齢、入会時の序列が幅を利かせています。

本来は会員になれば同じ条件で上下関係、力関係は無いはずですが

現実はちがいます。


あと数年たつと古参会員も一巡されますが一度でよいから

こちらが古参になる前にシングル・プレーヤーになる夢は捨てていません。


今日は43、45=88ストローク、前日の深酒がたたりスタミナ不足で

不本意な結果になってしまいました。


自宅に練習所があれば酒の量も加減する様になると思いますので

自宅の駐車場を改造して本格的な練習所を作ると決意しました。


これからは飲む、打つ、買うを控えめにして頑張ろうと思います。








先週は忙しい一週間でした。

先週の金曜日は東京都学校給食関係の総会に出席し

終了と同時に横浜のお得意先の懇親会に参加しました。


5月21日土曜日も自宅に居ると朝から雑用をやらされるので

早朝通勤して居心地のよい会社で事務所の隅でPCを見たり

ロスパンをツマミ食いしたりして時間をつぶしています。


5月の総会月は重なることも多く社員を手分けし振分けています。

参加する決定事項は懇親会の料理の質で決めています。

私が食べて気にいっている懇親会は社長の出席、イマイチの

料理はセガレか社員に回して代理出席をさせます。


と言っても取引金額の多く、儲けさせてもらっている懇親会は

社長の仕事として先頭を切って自ら参加意思をつたえます。


今週も全パン連の総会が入っていますが料理が不味くても

外国人技能実修生 売り込みの為にトップセールスを兼ねた

営業と受入れてくれている企業のお礼を兼ねた大事な仕事として参加します。


5月22日日曜日の今日は府中CCまで往復を小田急バス、小田急電鉄で

多摩センター駅、クラブバスで5分、早朝出かけ帰宅は出来るだけ遅く帰宅

帰ったら直ぐに寝ることにしています。


一ヶ月間がとても短く感じる忙しい5月でした。








ヨコハマ大桟橋入口にあるスカンディアで

昨日はヨコハマ大桟橋入口に北欧料理で

有名な老舗「スカンディア」で会食をしました。


今回のパーティーは「ノーモアー震災 浜ッ子の夕べ」と題しての会食


料理はロースト・ビーフを中心にしたコース料理で久しぶりの和牛料理は

とても美味しく大満足でした。浜田八重子オーナーが50年かけて

店作りした店内の北欧材木の飾り壁掛けには圧倒されます。


特別出演には ヴァイオリニスト 杉山さゆりほか4名の演奏者、

私には興味ない演奏モーツァルト:アウェ ウェルム コルブス

ラベル:ババーヌ??・・・聞いたことの無い曲を数曲聴かされました。


来店しているお客様の服装、テーブルマナーなどはわきまえた、

それなりの人達ですが曲を知ったふりして演奏が終わる度に

手を叩いていました。私の感では、本当に解っている方は

あまり居ないと思いますが・・・


同じ演奏ならばヨコハマをイメージした、港町十三番地、別れのブルース、

ヨコハマたそがれ、ブルーライトヨコハマ、港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

港が見える丘、伊勢崎町ブルース、横浜出身の渡辺はまこなどの

ヒット曲なら更に盛り上がったのですが・・・・・・


しかしオーナーの浜田八重子さんは知的ハンディのある人達のために

厚木市に「愛の森学園」を設立しその後30年間にわたって

個人で数千万円の 寄付をしています。もちろん理事長に就任しています。


20年前の横浜市開港130周年行事で予算(2000万円)が余った資金でできた

ヨコハマ遊大賞を受賞されたときは県知事をはじめ大勢の方がお祝いに駆けつけました。

もちろん受賞したお金は全額「愛の森学園」に寄付されました。


一昔前には浜田オーナーの自宅がある近くに私が行きつけの

地元横浜の人達に愛されているBAR「ラッキー」で度々お会いしたこともあります。


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大桟橋入口二階、横浜に行く機会があればお勧めできるレストランです。

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クラッシックの解らない私には「花よりダンゴ」に徹してワインをガブガブ

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デンマーク料理で有名「スモーガスボード」は一度は試しに行っても


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久しぶりに横浜山下町まできましたので山下公園近くの

山下さんのBAR「スリーマティーニ」でシングルモルト白州を

数杯飲んでご機嫌で帰宅できました。


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私はサントリーで有名なイラスト画 柳原良平 氏 のファンです。

彼も横浜在住者でBAR「スリーマティーニ」のお客様です。


下記のイラスト画は山下町山下公園近くにある

「スリーマティーニ」オーナー山下氏の自画像です。


サントリーがBAR業界に発行したウイスキーの専門解説書

だそうです。



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柳原良平氏が描いたイラスト「スリーマティーニ」オーナー山下氏の

自画像は実物そっくりさんです。


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中身の入っているボトルの本数は1600本以上あると思います。




ジャパン ベッカーマイスター協会の総会と講演会

パン業界のジャパン ベッカーマイスター協会の総会に出席しました。


社員教育を目的にパン技術、販売、経営の向上をA~C検定制度を導入し

繁盛店にする為の熱心なパン企業が中心になっている勉強会です。

もちろん繁盛店の多くが加盟しています。


総会はヨコハマ元町で有名な繁盛店が会長を務めています。

昨日と同じくシャンッシャン総会で20分ちかくで終了しました。


ジャパン ベッカーマイスター協会の総会後は必ず講演会を開催します。


今年はストレスからくる疲労、ウツ症状にならないその道では権威の

「BTUストレスマネジメント研究所」の美野田先生が講師でした。


私はストレスを感じたことがないので今日の講演は昼寝の時間と

決めてかかっていました。最初はウトウトしていましたが聞いている内に

これは、ためになると真剣に聞く状態に変わりました。


素人でも二人一組で後ろから首筋に近い肩に両手を乗せて

5~7キロちかくの指圧を5秒ちかく10~15回繰り返すだけでスッキリします。

5分間の時間を朝晩繰り返すだけで体調はとても良くなるそうです。


事実すっきりして効果てきめんです!


私と鶴見の同業の友人は一番前の席に座っていたので実験台になり

ラッキーでした。元宝塚・OGの美人が肩にタッチされたので眠気が

吹っ飛び体がビンビンラブラブになってしまいました。


「ストレスや疲労とつきあうためのセルフケアガイド」

      疲労解消・イキイキ生活

と書かれた小雑誌(本)を頂きました。早速家内に見せ実験してみます。

家内は理由はわかりませんがストレスのかたまりで困っていましたので

丁度よい機会になりました。


家内に言わせると私のせいでストレスがたまると言いだしました。


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美野田先生は3名の助手を連れて来ました。

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私の隣の友人が元宝塚の女性に肩に手を乗せられた時には

うらやましく思っていましたら、次は私の番になってなり

「彼より時間かけて」とお願いしました。


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総会後はA検定試験合格者の表彰式、その後は懇親会で

飲んで食べて真直ぐに帰宅しました。



下丸子地区の工和会協同組合総会

昨日(5/17)下丸子地区の中小企業の製造業が組織している

工和会協同組合の総会が下丸子駅前の大田区民プラザ会館で開催されました。

工和会協同組合の設立は昭和28年に誕生しました。

終戦後の昭和24年 工和会の名称で町工場・製造業の情報交換が由来です。


昨年まで役員をしていましたが、海外出張も多く70歳を機会に退任して

若手中心に切り替わりました。


豪腕理事長が工和会総会日をウッカリ忘れて人間ドック日と重なっていて

検査中との事でした。彼の出身地は宮城県で今回の大震災で

大きな被害が出ていました。自宅の一部も津波被害にあって大変でした。


会社の名前も宮城○○(株)と付けたぐらいですから郷土愛は人一倍です。

親戚、友人関係にも公表できない事情もあるでしょう。


億単位の経常利益を毎年出していても心配事と重なって精神的にも

辛かったのでしょう。


副理事長の北嶋絞製作所社長が急きょ代理を勤めました。

工和会協同組合でも外国人技能実修生を導入していましたので

当社とも関係が深く持ちつ持たれつの関係があります。

北嶋絞製作所は金属絞り関係では世界的にも超一流の会社です。


東京都に外国人技能実修生導入手続をした時に係官の話では

石原慎太郎都知事が精密機械、金属絞りの技術が流失する事を

心配していた、と話していました。


総会はいつもと同じくシャンシャン総会で20分ちかくで終了しました。


総会後の立食パーティーで地元出身の衆議員、都議、区議など

名前と顔が一致しない税金泥棒が大勢来ていました。

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総会出席者全員は気合の入った掛け声で

「司会者一任!」「議事進行!」、

「異議無し!」「賛成!」


     拍手喝采のシャンシャン総会の典型でした。


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上海外灘付近の観光風景

海外団体旅行については自由に行動する機会が少なく
時間通りに移動させられますが個人旅行では朝起きてから
今日一日の行動が決められますので気楽です。

今回は久しぶり家内と二人だけで上海外灘付近の観光が出来ました。
外灘(バンド)の黄浦江公園に面した中山東一路通りに沿った
一本裏通りは四川東一路になっています。

四川東一路に入った100年前の建物は史跡に
なっていますが上海の一般市民の生活風景が感じられます。

まず最初に気がついたのは山東通り角にある「雨潤食品」の
惣菜屋でした。考察団で雨潤食品本社見学後に本社前の芝生の
手入れが素晴らしく高値28ドル付近で購入30ドルも買い
その後暴落に次ぐ暴落で24ドルまで買い続けました。

芝生の手入れが良くて株を買うこと自体馬鹿ですが(涙涙)
儲けていませんが資産株としての危険分散の為にしています(余談)



外灘の南京東一路 和平飯店交差点のかどで見かけた
回族(イスラム教)少数民族観光客を見かけました。
彼らは新彊ウイグル自治区トルファン、ウルチムあたりから
の観光客でしょう。

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雨潤食品の株は値がさ株なので数倍の値上益は期待出来ませんが
優良安定株として手堅く持ち続けていきます。何しろ
時価発行5000億円以上あります。

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回族が経営している牛仔麵屋さん。動画で麵生地を麺棒で
巻きつけた生地を包丁で細く長く切り落としてソバ麵にしています。

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包丁で切り落とされたソバをゆでているボールです。


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新彊ウイグル自治区のウルチム、トルファンあたりから観光に
出てきた回族の人達でしょう。回族はシルクロードを通って
移動したトルコ系民族で中国にいる回族は1億3000万人以上
と思われます。日本の総人口より多くいると思われます。

皆さんとてもお洒落な帽子と服装をしていますから中国の
すみづみまでお金が行き渡っているのでしょう。

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中国には53種族の民族がいますので民主主義で総選挙など
出来るはずはありませんので今の制度がよいのでしょう。

民主主義は権力者から勝ち取って(USA)成立った制度だと思います。
日本の与えられた民主主義ではこれからの国力は落ち込むでしょう。
今の国民が選んだ日本政府を見れば歴然としています。

今回ビンラディン殺害についても、ひ弱な民主主義で教育された
日本人には理解できない方法だと感じているのでしょう。
日本はたった60年の民主主義で結果はこれからでしょう。

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今回の上海は戦前の「魔都上海」訪問の目的の一つに外灘(ワイタン)
中山東一路から入った福州路に面した通りを見学することでした。

終戦後、小学校5~6年ごろ流行歌で歌われた「夜霧のブルース」の
♪♪・夢のスマロかホンキュウの街か~~デック・ミネのヒット曲

スマロ(四馬路)ホンキュウ(虹口)の現場確認でした。

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スマロ(四馬路)は福州路を入って旧競馬場手前に有った
歓楽街と遊郭でした。当時の秘密結社 青幇の大親分、黄金栄でした。

元警察署長出身の黄金栄は黒社会での大親分で歓楽の殿堂
「大世界」(ダスカ)のオーナーでもありました。

後継者は上海の政官財の実権を全て握った杜月笙です。
先生の「女の国籍 下巻」にも度々登場する大物青幇でした。
魔都上海を知れば知るほど表裏の闇社会の深さを知る事になります。

夢の四馬路付近の面影は残っていませんが確認できてよかったです。



上海外灘(バンド)建造物指定一号旧英国領事館

上海滞在中の帰国日の午前中、外灘を散歩した時の
動画編集を帰国してからアップしました。

私の書いているアメブロは中国では停止されています。
書く事と動画編集はアメブロに限って出来ますが
You tubeで見る事もアップすることも出来ません。

動画アップはYou tubeでアップした動画を公開します。
動画はYou tubeで編集公開するのが早くて楽です。

上海外灘に出来た建造物第一号は英国領事館になっていました。
広大な敷地は前回書いた通り素晴らしい環境でした。

動画を見てもらえば判りますが今は銀行倶楽部になっていて
庭園内を見学している人は私と家内の二人だけでした。
観光、一般客は入れないと思い込んでいます。

上海外灘に行く機会があれば是非一度は見学する価値があります。
隣は「上海ペニンシェラホテル」になっています。




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旧英国大使館は今は銀行倶楽部になっていました。
日本にも丸の内に銀行倶楽部協会の古い建物があります。
数回セミナー、会食に行ったことがありますがスケールの
大きさは比較にならないほどです。

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外灘の中山東一路から横道に入った上海ペニンシェラホテル前の
赤レンガ街は中国とは感じさせない雰囲気でした。
昭和40年代の東京駅前の旧丸ビルから有楽町方面にかけて
丸の内赤レンガ街がありました。
お得意様のレストランにパンの配達していた時代を思い出します。

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イギリス、ロンドンの街角といっても勘違いするほど
中国的ではありません。

今週も総会がたくさん入っています。

昨日はゴルフ予定を中止して自宅でゆっくり休養していました。


しかし今週も火曜日、水曜日、金曜日と週に3回の総会があります。

その他にお得意先の会食を含めると毎日外食続きになります。

せっか体重80Kgが74kgまで減量いたしましたが心配です。

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(昨日の張付け)

先週(5/8)日曜日は府中CCでゴルフプレー、月曜日は早朝出勤、

火曜日は上海出張、水曜日上海ベーカリー展示会

木曜日上海より帰国、金曜日は東京パン連盟協同組合の

総会、懇親会と忙しい週でした。、


東京パン連盟は業界では決して大きな組織では有りませんが

取り扱っている金額の桁は全国一の取扱い金額です。

総会は順調に進み15分間でシャンシャン総会で終わりました。


総会会場は墨田区菊川町で割合広いパン連盟事務所で開催されました。

懇親会は徒歩6分の割烹「時葉山」ちゃんこ鍋 を中心とした料理です。

地元、住宅地の一角にあり元時葉山の奥さんが経営している割烹料理屋です。


ホテル、会館など使わないで同じ地元でお金を使うのは喜ばれます。

畳み部屋の壁には多くの力士写真、化粧回し、巡業道具などが

飾られていて、特に目に付くのは双葉山、柏戸の勇姿でした。


毎年利用していますので今更気にして見ていませんが

初めてのお客様にはインパクトがあります。


懇親会が終わって親しくしている○粉◎事の村○さんとタクシーを使わず

JR錦糸町まで歩き新小岩駅で降りて怪しげな(好きな)カラオケスナックで

年増のブス、デブのホステス5名に囲まれ気のゆるせる

時間を過ごし午前様で帰宅しました。


新小岩駅は急行が止まる大きな町ですが下町の勤め人が気軽に

立寄る場末の飲食店、飲み屋、連込みホテルが多く環境は良くありません。


しかし飲み代は都心と違ってボラレル事はなく安心して遊べます。

特に通いなれた友人の顔でビップ並みの扱いでした。


ヨコハマと違って昔懐かしい怪しげなレトロの雰囲気が気に入りました。


二日酔いの土曜日も会社出勤で会計事務所の年増美人の先生との

打ち合わせで体力を使い果たした一週間でした。