横浜ぶらぶら散歩途中に荒井屋で牛肉を食べる。
昨年暮れから酒の量も増えだして体も重く感じるようになっています。
賀詞交歓会には当組合員・同業者・取引関連業者が出席して
箱崎のロイヤル・パークホテルで開催されてました。
理事長挨拶では
「今年の当組合は安倍政権が安定して景気も回復しだしていても
人手不足は一段と厳しくなり職安に行っても今までの雇用形態では
人手は集まらない」と また 輸入食材業者を切り替える時期もある
とホラ話をふくらませて一席ぶった。
いずれにしても今年のパン連盟は幸先の良いスタートになり
明るい見通しになった、と見栄をきったが・・
毎週の新年会・賀詞交歓会で胃袋の負担も大きくなり先週は
体調を崩して業界の賀詞交歓会をドタキャンしてしまいました。
その前日、朝から夕方までトイレ(大便)に4回も行く始末になりました。
最初はインフルエンザと自分勝手に思いこんでいましたが
(もしかしたらノロウイルス・・かもと心配で心配で弱ってしまった)
11月~2月までの食品業界で一番怖いのはノロウイルスです。
私がノロウイルスに掛かったら業界の恥だけでは済まないし
マスコミに見つかった話題のマクドナルド事故ではすみません。
(食中毒になれば間違いなく営業停止になる)
しかし翌日には体調ももどり快食快便になり、ホットしました。
体調も良くなり横浜が発祥地の牛鍋を食べに荒井屋まで出かけました。
明治の初め文明開化と共に牛肉を食べられる荒井屋は有名です。
明治・大正時代には欧米人の需要も多くなったのでしょう。

横浜市営地下鉄で伊勢佐木長者町駅で下車して歓楽街が立ち並ぶ
曙町・親不孝通りに向かって歩いていくとソープランドビル近くにある。

この年(74歳)になれば、下半身はお役御免になっているので
刺激を受けませんが(♪^^♪宵闇更ければセ○レの悩みもつきない~
若い独身時代はお世話になったこともありますが今は用事が無くなった。

本番は無くても好奇心だけは人一倍あるので家内が居なければ行って見たい。

家内同伴で「男の世界」の社会見学をしましたが黒服のお兄さんは
私には声をかけてこない。

私が拝見している「異国情緒うあふれる港町」はげまる様のブログに
親不孝通りが詳しく書かれていますので参考にしてください。

「もしも素敵な妻が指輪をはずしたら・・・」人妻専門店と書かれていますが
どんなサービスをしてくれるのか・・次回黒服のお兄さんに聞いてみたい。

新宿歌舞伎町の雰囲気に似ていますが治安は横浜曙町の方が安全にみえる。
写真に写っているビルは全てその道の店でしょう。

国道16号線沿いになるゴールドムーンがコンドームと早とちりして読んでしまった。
ところで私の現役時代にはファッションヘルスなどと言う言葉がなかった。
トルコ風呂→ソープランド→ファッションヘルスと言い換えたのかは分からない。

「清潔な若奥様」とは何を意味しているのか「不潔な年増奥様」が
反対語に成るのかなあ~・・店構えからいってどんな商売か検討つかない。

明治26年創業の牛鍋の荒井屋が曙町にあります。
もちろんすき焼きもありますがどちらも横浜名物になっています。
畳部屋の個室は宴会用になっていますが其れなりの料金を覚悟すること。

反対側のテーブル席はリーズナブルで食べられます。
惚れた女を口説くには個室の畳部屋にしますが家内とでは一品料理で我慢する。


ビーフシチュ定食 ご飯と味噌汁はお代りできますが
熱燗飲んだ後からはご飯は1/3しか腹に入りません。

食事を終わってから国道16号線をわたりヨコハマ橋商店街方面に行く。
その途中、国道付近の木造二階立て店舗を見てみると
屋上分部が曲がって見える。
終戦後の安普請で建てた住宅と思われますが昭和を思わせる風情。

よこはま橋は好きな商店街ですがテナントも行くたびに何処かが
入れ替わっている通りぬけるまでに二軒のパン屋が売上を競争しあっていたが
両方ともに閉店していたのは寂しい限りです。
代わりに朝鮮漬けなどの専門店に代わっているのは残念だ。

日曜日 日本テレビ17:30からの笑点はいつも録画してでも毎回見ています。
この付近は桂歌麿の地元で「よこはま橋」の名誉市民で
地元宣伝に顔写真・漫画笑顔が無料で使われていました。

よこはま橋には横道が数本あり魚屋・肉屋などお買得な商店もあります。

どこの商店街でも本通りも好きですが横道に入って探索するのが楽しみです。
横浜でも昭和の雰囲気のある場所が心が落ち着きます。
再開発された桜木町の観光名所になった三菱造船跡地、赤レンガ付近、
みなとみらいのラウンドマーク・クイーンズロードなどには全く興味ない。
昭和時代から営業している料理屋もない。本店は東京方面の支店や
ファーストフード・ファミレスなどには行く気にならない。
日本マスコミ人の身勝手な態度に遺憾に思う
Facebookで出会う面白い出来事
その日の話題を公開したり、出来事をおもしろ、おかしく、
大げさに針小棒大(得意の分野)に書いたりしています。
その為にアメブロにブログを書く回数が少なくなったのは反省している。
Facebookのお友達からおもしろい話題、写真を見ることも出来ますし
季節の話題、家族・友人などの見たくもない(私を含む)話題のありますが
時々笑える写真・話題には事欠かないのがFacebookです。
時々間違って年寄が見ても興奮しない××××写真もありますが
間違って画面に掲載され以後拒否して見れない様にしています。
昭和15年生まれの今年75歳の大東亜戦争前に生まれ、
戦後の満州引揚げ貧乏育ち。今年で後期高齢者になりますので、
多少ひわいな男女関係を書いても皆様には多めに許してもらいます。
品性・品格・教養・育ちは決して自慢できる家庭環境でなく教育を
受けているので今回公開できる話題を載せる決心が出来ました。
下記の大学講師の授業を受けて裸踊りの実践を勉強したいのですが
舞台・宴会・お座敷でギャラなしではやってられない。

(けっして私の後ろ姿ではありません 誤解なき様に)
大正大学講師の一物は自慢できるほど立派なのか勝負してみたい。
それにしても警察官の腰の引けた態度は公務員としてみっともない。
(貼り付け)
全裸講師、55歳か……まさにマッパGOGOだ!
♪マッパGOGO マッパGOGO マッパGOGO~GO~♪(失礼いたしました)
それにしても、女子学生の無慈悲な要求に従わざるをえない事情があったということなのか? ちんちくりんな痴話喧嘩に大学が巻き込まれたということなのか? それとも単にハタ迷惑なプレイの範疇なのか?
「全裸講師」という映画をつくるとしたら、シリアス調に描くべきなのか、コメディ調で描くべきなのか?
奥が浅いんだか深いんだかよくわからない一件です(笑)。
大正大学は10日、マスコミ各社にあてたファクスで、「本学非常勤講師による不適切な行動について」として8日付でホームページに公表した出来事の詳細を改めて説明するとともに、騒動を謝罪した。
説明によると、1月8日午後3時ごろ、学生が大正大・巣鴨キャンパスの建物間の通路で、男性が全裸になっているのを発見。連絡を受けた職員が駆けつけると、全裸になっていた男性は大正大の非常勤講師(55)だった。
保護して事情を聴取したところ、大正大の女子学生(21)と話をしているうちに口論になり、「私に信じてほしいならば、ここで裸になってくれ」と要求されたと説明した。
講師は独身で半年ほど前から、この学生と親も同意の上で生活をともにしていたという。学生は日頃から情緒不安定な面があり、講師によると、感情が高まると突発的にどんな行動を取るか分からないということを経験的に知っており、要求に従ったのだという。
事情があったとはいえ、全裸になったことを講師は軽率な行為だと反省し、辞表を提出。理事長もこれを受理した。
講師は「私事ではありますが、自分の大事な人を守るために行ったことが、結果としてこのような事態に至ったこと、重ねてお詫びいたします。皆さんには、自分の信頼すること、信じることを貫き通してほしいと思います。そのときは少しの冷静さも忘れないようにしてください」などとコメントした。(貼り付け終)
下丸子社長
(今後の大正大学の事後処理を間違うと女子学生入学に影響する)
月刊誌「will」2月号を読み終えて
自宅・会社で読むことはほとんどない。理由は電車の中での無駄時間を
はぶくのに合理的だからです。
今年買った2月号の月刊誌「WILL」を読んでとても興味をひいた
朝日新聞で問われる日本のジャーナリズム
「総大特集 メディアの偽善を暴く!」で
評論家の
桜井よしこ・山田厚史(元朝日新聞編集委員)の激突会談4時間分の
後半二部を読み終えて、朝日新聞の編集をふくむ取組み方に興味をひく。
前半部分の1月号は暮れに発売されていて品切れ状態になっていたので
あきらめていました。しかし2月号を読み終えて、どうしても読みたいので
WILLに電話して宅配便で取り寄せる。
一部・二部を読み終えて元朝日新聞 山田厚史の思考回路はもっとも左翼で
リベラルで表現できない反日思想で桜井よしことの話がかみ合わない。
早速取り寄せた1月号には「朝日新聞問題徹底大論争四時間!」に
最初の従軍慰安婦記事を書いた元植村記者をかばって言うに事欠いて
私と(山田)同じで優秀な記者であった、と仙台時代の元部下をかばっている。
昨日、元植村記者が記事を「捏造」と非難した週刊文春の報道をきっかけに
脅迫などの人権侵害を受けたとして版元の文芸春秋などに
損害賠償や謝罪広告などを求める訴えを起こした。
植村元記者は25年間の歳月まで言論で意見を述べない・書かないで
今日に至っていきなり弁護士を使って損害賠償に告訴する自体おかしい。
朝日新聞の体質そのものを表しているし朝日新聞も訂正していない。


2月号には
福島原発事故の東電社員・関連会社・下請け社員が逃げ出した記事は
真実を丁寧に書いているので読者が判断することであり
「逃げた」など一言も書いていないと開き直る。
朝日新聞木村社長が紙面を使ったり記者会見で謝ることは間違っている、
と会談に述べている。ただし池上彰の新聞ななめ読み中止については
朝日新聞木村社長の最大の失敗だと述べている。
事実は読者が判断することで社長が判断して誤る事ではない、と話している。
朝日新聞OBにしてこの場に及んでも反省すらしていない事に又驚かせる。
結論 桜井よしこが
日本国民を貶めた朝日新聞は一旦廃刊にして出直すべきと言っている通り
これだけ有りもしない反日記事を書きまくった例は世界中に無い出来事。
横浜にあるクラッシクカー整備工場前を通って
たまプラーザから坂道を下った場所に平野クラッシクカー整備場があります。
http://ameblo.jp/tozando/entry-11936209462.html
昨年の9/26~9/27「富士マウントレース2014」を主催したオーナーの
整備工場です。
毎日会社出勤で通っている度にウインドから見える珍しいクラッシクカーを
見るのが楽しみです。日本に数台、または一台しかない
名車もあるのでしょうが車の名前は分かりません。

1970年代のアメ車コルベット名古屋ナンバーがわざわざ車検整備に
横浜まで運んできたのでしょうか。

1956年当時のポルシェは新車と実が違えるほどピカピカの黒光

1960年ごろ(20歳)ポルシェという名前を知った当時はカブト虫スタイルの
フォルクスワーゲンと同じ程度と勘違いしていましたが高級スポーツカーでした。
イギリスのスポーツカーMG少なくとも1950年代でしょう。
群馬の車検ナンバーが取れています。
ウインド越しに撮った写真なので鮮明でない。
年式・国・車名は分かりませんが車検が取れているのに驚く。
今年のお正月の四日間の過ごし方
業務用ベーカリーでお得意先が営業している為に迷惑をかけられません。
時代が変わって24時間営業のコンビニ業界が発展した今は当たり前に
なってきましたので世の中が変わってしまいました。
宅配便をはじめ運送業界・列車・飛行機・ホテル・最近はスーパーマーケット・
デパートも場所によっては盆暮れ正月は営業していてあたり前になってきました。
しかし正月三ヶ日を除いて最初の日曜日はゴルフに行くのが日程でしたが
今年はゴルフも行く気になれず朝からチビチビ酒でも飲みながら孫相手に過ごす。
1/4の日曜日は二人のセガレ夫婦も挨拶に来て自宅で酒飲みながら
赤子を除く3人の男孫達は自宅・公園で遊びながら過ごしました。

昨日書いたブログの延長になりますが北京のケンピンスキーホテルの
クリスマスイブで初めて飲んだホットワインをまねしてホットウイスキーが以外に美味い。

次男の孫は狭い場所が好きでごらんの通りブロックで遊んでいる。

ママも寝転んでいる3歳の孫には無関心をよそおっているが教育ママにちかい。
幼児教室に熱心に通わしているがオシメの取れない孫も気の毒だ。

一軒隣の長男の自宅からガラクタ同然の玩具の三輪車を勝手に持ち出して遊ぶ。

私の後姿を見てやはり寄る年波には勝てない。孫の壊れかけた玩具の
三輪車にヒモをつけて一回りしてくるが、こちらも酔っ払い運転をしている
状態と同じだ。

そのうちに一軒隣の小三の孫と5歳の孫が合流して家の中は修羅場になる。

余りのもうるさいので孫3人は近くの遊び場に行ってしまったが
酔っ払いの私を煙に巻いて追いかけたが追いつかずにはぐれてしまった。
スケボーを玄関に置き忘れて帰ったので何処かに隠して困らせることにした。
孫といる時には元気を沢山もらえて楽しいが
他人様には面白くもないブログになってしまった。
水素水で飲むウイスキーの新しい飲み方
一階フロアーで宿泊者・周りのドイツ村にある販売企業関係の
クリスマスイブパーティーで無料で配られたホットワインにビックリした。
一口飲んだ時にアルコール飲料と分かっていましたが、まさか暖かい
ワインとは解らずにいましたが北欧では体を温める飲み方なのですね。
普段自腹で飲んでいるアルコールはビール・ウイスキー・ジン・日本酒、
時々焼酎割ぐらいで身銭をきってワイン・ブランディーを飲むことは滅多にない。
したがってワインの味・値段は全く分からない。2000円のワインも
20000円のシャトーワインも飲んだ後でも味も値段も解らない。
ふだんフランス料理・気取ったイタリア料理・懐石料理などは滅多に食べない、
結婚式、披露宴・会合などお祝い会費で出されて食べる程度で
満州ハルビン引揚者の貧乏人の私には育ちにもがらにも全く合わない。

酒屋でワインを買い込んでまで飲む機会はないのでホットワインは
飲みませんが上記の写真がホットワインです。

正月には日本酒、おとそでお祝いしますが儀式と同じで普段飲んでいる
ビール・ウイスキーに切り替えます。今回は上記の説明したホットワインを
飲んだ記憶でホットウイスキーにしてみました。
理由は正月出勤して帰宅途中に寒波の影響もあり体が冷え込み
自宅では私の体を温めてくれる親切な人もいませんので思い付きで熱燗の
代わりに飲みなれたウイスキーを水素水の95℃の蛇口から入れる。
写真のグラスはスコッチウイスキー・シングルモルト「ザ・グレンリベット12年」を
横浜関内の信濃屋で購入した時にザ・グレンリベットについていたグラスです。
上部が少ししぼんでいるので香りが逃げない工夫がされている。
ウイスキー60㎖に水素水90㎖=150㎖の熱いアードベック・ウイスキーの
ピート香りが一段と強くなり水道水をお湯にしたのと違って
のど越しから胃袋までの食道に染み渡る感覚がたまらない。

左側の水素水には95℃の熱湯 右側は8℃の冷水
最近は氷を使わないハーフロックで飲むウイスキーは香りが一段と良くなり
8℃水素水の良さが一段と解る。
今は取り付けてからご飯・煮物に使う料理は全て水素水を使用している。
水素水を取り付けてブログで書いていらい水にこだわる様になりました。
http://ameblo.jp/tozando/day-20141017.html
株式会社 ミネラル水素水
〒108ー0014 東京都港区芝5-9-8
TEL03-6435-0111
上記の会社からの宣伝の依頼ではありませんが常時使用すると
カルキくさい水道水との違いがハッキリわかり水道水使用のウイスキー割は
飲めなくなった。(理由は口説きたくなる品の良い可愛い女性営業)
水素水は酒飲み専用水ではありません。乳幼児・発育盛りの子供には
持って来いで全ての料理に使用すれば育ち盛りには万全の方法でしょう。
新しい年を迎えて
皆様は新年をどのようにお迎えになりましたか
私は年中無休の会社を経営していますので今日も有酸素運動を兼ねて
自宅から駅まで遠回りしながら4㎞歩いています。
今年で75歳を迎えますが頭の味噌以外には不良品がないので
毎年の人間ドックで五臓六腑は全て Aランクで完ぺきです。
毎日欠かさず呑み続けているアルコールも肝臓で分解しています。
5年前に痛風になりかけ尿酸値も高かったが今は平常に戻っている。
自動車運転を止めたことで歩くことが多くなり一日一万歩以上は
有酸素歩行を続けているので前日呑みすぎた酒も汗と共に蒸発している。
(今でも4㎞歩くと汗が出る)
残りの人生は家内といい加減なゴルフプレー、少額・・外国株式投資、
帰宅途中の立飲み、自宅でのSウイスキーW数杯、日記代わりブログ、
Facebookで頭・手先の刺激、毎月の海外旅行出張などで気持の切替。
今年は視察団の徐さんのツアー9月6日~18日
13日間の東南アジアクルーズに参加する予定です。
横浜大桟橋から大阪・アモイ・香港・ベトナム(ホーチミン市)シンガポール
昨年船旅した同じイギリス船籍ダイヤモンド・プリンス号 2670人乗り
その他クルー関係1000人乗っている。
朝昼夕食付で部屋によりますが25~35万円で(確定ではない)
もっと高い部屋もあるらしいが食事は5ツ星ホテルクラスの料理でした。
私の普段食べているB級グルメ・屋台料理より数段美味しい。
船内は15階立てビルと同じ広さで全長290ⅿもある。
BAR・だけでも10ヶ所それぞれ特徴があるしナイトクラブ・カジノも
ありあきがこない。
無料でプール・スポーツジムが利用できて周りにあるピザ・バガー・
ホットドック・アイスクリームも無料になっている。
ただしアルコール類・テナントで入っているサバティーニー・寿司屋は
有料になっているが思ったほど高くない(屋台よりも高い)
京華創業 代表取締役 徐 学林
〒160-0022
東京都新宿区新宿4-3-17ダヴィンチビル6階
電話:03-6867-1252 FAX:03-6862-4760
http://keika-corp.co.jp/「徐さんの中国株」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
20141 12 31 自慢話のブログを貼付けしました。
私は1952年中学生ごろ後楽園スタジアムで開催された
プロボクシングWBA世界チャンピオン ダド・マリノ対白井義雄戦を
ラジオで聞いて興奮した事を思い出します。
その後WBA世界ボクシングタイトルマッチでカシアス・クレーが
1962年ソニー・リストンに勝ってからボクシングブームが巻き起きる。
学生時代は神田三崎町にあった学部の授業を受けないで
後楽園ボクシングスタジアムで開催されていたダイナミック・グローブか
ブームになる前のボーリングによく通ったものだ。
その後もボクシングファンになり現在まで続いています。
しかしプロボクシング世界戦の増加は“飽き”を生むリスクもはらむ。
白井義男が1952年にフライ級で日本人初の世界王者になった当時は
1団体WBA 8階級だった。チャンピオンも世界中で8名しかいなかった。
カシアス・クレーがイスラム教になりモハメット・アリに改名
そのころでも重量級はWBAその後、軽量・中量級主体のメキシコ・中南米は
WBC機構世界チャンピオンで常にWBA・WBC統一試合で決着をつけた。
いまや4団体17階級。ベルトの重みは変わり80名ちかくのチャンピオンがいる。
年末のテレビで3試合を見ていても当時の興奮はわいてこないが見ている。
2回KOで新チャンピオンとなった井上尚弥はこれからも期待できる
ロンドン五輪ミドル級金メダルの村田諒太はまだ噛ませ犬相手で評価出来ない。
今回は今まで集めたボクシング関係の写真・グローブを公開いたします。

上記の写真は縦横1m×1.2mに拡大された白黒大型写真です。
富裕層の多いフロリダ・マイアミの画商が船内でのオークションに
出品したので是非欲しくなりせり落とした一品です。
せり落とした金額は非公開にしています。
書けばビックリ仰天するし税務署の眼にとまり相続税の対象になりかけない。
場所はニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデンで開催されて
ライフ社のカメラマンにはその日だけの大物歌手フランク・シナトラでした。
もちろんそのシナトラのバックにいる、その筋のマフィアを通じて
ライフ社も興行に妥協したと想像できますが事実は分かりません。

ジョー・フレージャー、モハメド・アリ 二人ともオリンピック金メタリストで過去3回
戦ったアリの2勝1負 最初の試合でジョー・フレージャーが勝った写真です。
今日まで多くのボクシング試合写真がありましが上記の写真が最高傑作に
なっています。二人のサイン入り写真は私だけの宝物です。
(どうだ!羨ましいだろう 現物を見たければ横浜で一杯おごれ)

ジョー・フレージャーのサイン 上記4枚の写真は一枚の写真を解説する為に
細切れで説明したのです。そんなに詳しく説明しなくてもいいよ、という方も
居ますでしょうが、お宝なので嫌と言われても私の自慢なのです。

この写真パネル額は2年前にカサブランカの市場にある古道具屋にあった
一品。一般に出回っている彼の写真はモハメド・アリですが
衝動買いした理由は赤枠内にカシアス・クレーと書かれている貴重な写真。
買った後に家内は不機嫌になり周りの友人も私に同情してくれました。

6階級制覇したフイリピンのマニー・パッキャオのパネル写真の
グローブにはTO:MR HARADAと書いた一品は貴重なサインです。
2012年世界中のアスリートでファイトマネー第3位
一年間に稼いだ6000万ドル最近のレートで72億円です。
一年で稼ぎ出すプロゴルフ・テニス・メジャープロ野球選手でも
せいぜい2~10億円いくかの世界ですので大変な金額です。
フイリピンでは試合のある日には交通機関は全く動かない。
レストランも試合中はテレビ中継を見るだけだそうです。
同じく6階級制覇チャンピオンのフロイド・メイウェザー・ジュニアが
ボクシング界を仕切っているボブ・アランがマカオ興行を発表したら
リングサイドがいくら高くても1万ドル(120万)前後までなら必ず購入したい。

商店・ショッピングセンターで売っているポスターと違って本人の
サインと私の名前が書き込まれた一品なので貴重なものです。
切り抜いた新聞に掲載されたパッキャオ写真にTO:MR HARADAと書いてもらう

たくさんのパネル写真を貰いましたがブログには一部だけにしておきます。

自宅の玄関ホールを兼ねた階段壁には至る所にパネル写真をかけています。
家内はボクシングジムではないのに、と嫌がっていますが私の趣味です。
どうだ!参ったか!まだまだたくさんあるが
これだけ金と時間をかけて集めた多くの一品ものは
日本でも俺(酔って書いている)だけが持っている貴重な財産だ。
女・酒・博打に変えられない財産は墓場まで持っていきたい。

マニーパッキャオの革製本物グローブを嫌がる家内に
ファイテングポーズをさせた理由は下記の写真で分かります。

パニー・パッキャオがバスケットコートで休憩中の一休みにサインしてもらった時に
TO:MASAKOと自分のサインを私の了解なしに書いてもらった。
貴重な公式試合ボクシンググローブなど一般家庭には何処にもない。
その貴重なお宝のグローブに了解なしに勝手に書いてもらった
TO:MASAKOには参ってしまう。返す返すも残念無念だ!
年末の開催されたボクシングを見ていて
プロボクシングWBA世界チャンピオン ダド・マリノ対白井義雄戦を
ラジオで聞いて興奮した事を思い出します。
その後WBA世界ボクシングタイトルマッチでカシアス・クレーが
1962年ソニー・リストンに勝ってからボクシングブームが巻き起きる。
学生時代は神田三崎町にあった学部の授業を受けないで
後楽園ボクシングスタジアムで開催されていたダイナミック・グローブか
ブームになる前のボーリングによく通ったものだ。
その後もボクシングファンになり現在まで続いています。
しかしプロボクシング世界戦の増加は“飽き”を生むリスクもはらむ。
白井義男が1952年にフライ級で日本人初の世界王者になった当時は
1団体WBA 8階級だった。チャンピオンも世界中で8名しかいなかった。
カシアス・クレーがイスラム教になりモハメット・アリに改名
そのころでも重量級はWBAその後、軽量・中量級主体のメキシコ・中南米は
WBC機構で世界チャンピオンで常にWBA・WBC統一試合で決着をつけた。
いまや4団体17階級。ベルトの重みは変わり80名ちかくのチャンピオンがいる。
今日のテレビで3試合を見ていても当時の興奮はわいてこないが見ている。
2回KOで新チャンピオンとなった井上尚弥はこれからも期待できる
ロンドン五輪ミドル級金メダルの村田諒太はまだ噛ませ犬相手で評価出来ない。
今回は今まで集めたボクシング関係の写真・グローブを公開いたします。

上記の写真は縦横1m×1.2mに拡大された白黒大型写真です。
フロリダの画商が船内でのオークションに出品したので是非欲しくなり
せり落とした一品です。せり落とした金額は非公開にしています。
書けばビックリ仰天するし税務署の眼にとまり相続税の対象になりかけない。
場所はニューヨーク、マディソン・スクエア・ガーデンで開催されてライフ社の
カメラマンにはその日だけの大物歌手フランク・シナトラでした。
もちろんそのシナトラのバックにいる、その筋のマフィアを通じて
ライフ社も興行に妥協したと想像できますが事実は分かりません。

ジョー・フレージャー、モハメド・アリ 二人ともオリンピック金メタリストで過去3回
戦ったアリの2勝1負 最初の試合でジョー・フレージャーが勝った写真です。
今日まで多くのボクシング試合写真がありましが上記の写真が最高傑作に
なっています。二人のサイン入り写真は私だけの宝物です。
(どうだ!羨ましいだろう 現物を見たければ横浜で一杯おごれ)

ジョー・フレージャーのサイン 上記4枚の写真は一枚の写真を解説する為に
細切れで説明したのです。そんなに詳しく説明しなくてもいいよ、という方も
居ますでしょうが、お宝なので嫌と言われても私の自慢なのです。

この写真パネル額は2年前にカサブランカの市場にある古道具屋にあった
一品。一般に出回っている彼の写真はモハメド・アリですが
衝動買いした理由は赤枠内にカシアス・クレーと書かれている貴重な写真。
買った後に家内は不機嫌になり周りの友人も私に同情してくれました。

6階級制覇したフイリピンのマニー・パッキャオのパネル写真の
グローブにはTO:MR HARADAと書かれている一品は貴重なサインです。
2012年世界中のアスリートでファイトマネー第3位
一年間に稼いだ6000万ドル最近のレートで72億円です。
フイリピンでは試合のある日には交通機関は全く動かない。
レストランも試合中はテレビ中継を見るだけだそうです。
同じく6階級制覇チャンピオンのフロイド・メイウェザー・ジュニアが
ボクシング界を仕切っているボブ・アランがマカオ興行を発表したら
リングサイドがいくら高くても1万ドル(120万)前後までなら必ず購入したい。

商店・ショッピングセンターで売っているポスターと違って本人の
サインと私の名前が書き込まれた一品なので貴重なものです。
切り抜いた新聞に掲載されたパッキャオ写真にTO:MR HARADAと書いてもらう

たくさんのパネル写真を貰いましたがブログには一部だけにしておきます。

自宅の玄関ホールを兼ねた階段壁には至る所にパネル写真をかけています。
家内はボクシングジムではないのに、と嫌がっていますが私の趣味です。
どうだ!参ったか!まだまだたくさんあるが
これだけ金と時間をかけて集めた多くの一品ものは
日本でも俺(酔って書いている)だけが持っている貴重な財産だ。
女・酒・博打に変えられない財産は墓場まで持っていきたい。

マニーパッキャオの革製本物グローブを嫌がる家内に
ファイテングポーズをさせた理由は下記の写真で分かります。

パニー・パッキャオがバスケットコートで休憩中の一休みにサインしてもらった時に
TO:MASAKOと自分のサインを私の了解なしに書いてもらった。
貴重な公式試合ボクシンググローブなど一般家庭には何処にもない。
その貴重なお宝のグローブに了解なしに勝手に書いてもらった
TO:MASAKOには参ってしまう。返す返すも残念無念だ!
北京から帰国で腑に落ちない全日空輸ANAの行動
北京国際空港からの羽田国際空港に帰国する時に気がついた
不思議な出来事。
私は原則、海外出張で4~5時間はエコノミークラスを利用しています。
マイレージを貯めてANA・JAL・デルタ・アジアマイルなど加入していますが
見栄を張ってグレードアップすることもしていません。
会社の金でも 自分の財布でも 背広の内ポッケトか外ポッケットの差で
どちらのお金も(老後の生活)の為に無駄な費用・支払は気持ちがのらないのです。
一般人で、よく見かける30~40歳でファーストクラス、ビジネスクラスを
利用している得体の知れない若者を見かけることもありますが
見た目にはいい気持ちにはなりませんが自腹で乗っているので
誰も文句は出ないでしょう。

全日空は 「お客様満足と価値創造で・・・・」が何となく
いい加減な感じがしたことを自分なりに書いておきます。
北京国際空港 12月26日 NH 15:45発 羽田到着 20:00到着
2時間前に北京国際空港まで社員に送ってもらいD カウンターで
エコノミークラスのボーデングカードをもらい出発ゲート22番で
時間つぶしをしていました。
登場案内前に10名近くのロングコートや黒カシミアオーバーコートに
背広・白ワイシャツ・ネクタイ集団がANA幹部社員らしい人に付き添われ
登場口から早足で乗り込んでいきました。
ビジネスクラス・小さなお子様・障害者の客よりも早く機内に乗り込み
その後から、いつもの通りアナウンスでビジネス客の案内があり
平常になりました。
機内に入ってからはそんな出来事は忘れていました。
羽田国際空港に予定時間より15分早く到着しました。
入国審査を終わってスーツケース受取場所でコンベアーから出てくるのを
待っていましたらケースの出る出口でANA職員が最初に出てきた
段ボール3個と10人分ちかくのスーツケースを取り出し協力をして
速やかに税関審査に向かって入国していった。
もちろんビジネスクラスタックが付いケースです。彼らの中に
大臣・国会議員がいない事も不思議なことです。
ANAの大株主・民間人などではここまでの手配は絶対に無いでしょう。
上場会社役員でもANAはお客様と差別をつけたりはしないでしょう。
おかみ・お上の意識は下っ端の役人にも時々見ることもあります。
今話題の大韓航空では国交省役人にはエコノミーでもビジネスに
グレードアップする事が前例になっている記事が昨日見ましたが・・
全日空運輸は許認可事業なので国交省・財務省・外務省関係する
官僚には気を使っているのでしょうが一般人の私にも
解る行動は如何なものか北京で共産党幹部との会合だと思いますが
官僚は民間人を上から目線で行動している典型で国民からの納税で
予算から行動しているので国民の公僕であるのですが
民間人を下僕に思いこんで、今回の行動一つでわかりました。
今回は空港内は写真撮影禁止の指定場所なので残念ですが写せない。
彼らはお迎えの黒塗りの公用車でそれぞれ自宅に帰るのでしょう。









