こころを育む総合フォーラム・シンポジウム | 遠山敦子のブログ

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元文部科学大臣、遠山敦子のオフィシャルブログです。

 5月23日午後、東京内幸町のイイノホールで、「こころを育む総合フォーラム」の10年の活動の節目となるシンポジウムが開催されました。爽やかな5月の土曜日の午後にもかかわらず、大勢の参加者をお迎えすることができて、主催者として大変有難く思いました。このフォーラムは、公益財団法人パナソニック教育財団の事業の柱の一つで、これまで10年にわたり有識者による会議、提言、全国大賞の贈呈、全国各地でのキャラバンなどさまざまな活動を実施してきた経緯があります。


フォーラムの成り立ちとねらい
 今回は、それらの諸活動を振り返るとともに、未来に向けて「次世代に伝えたい日本人のこころ」というテーマでシンポジウムを開催しました。フォーラムの活動は2005年の4月に始まりましたが、私はその1年前の2004年に同財団の理事長に就任いたしました。パナソニック教育財団は学校助成の仕事を中心に運営されてきましたが、それに加えて何らか世の役に立てる意義ある事業はできないか、との勧めもあって発足させたものです。背景には当時の世相が相次ぐ犯罪、組織の不祥事、いじめや詐欺の横行、加えて人々の意識が余りにも物質中心で心の豊かさを求めなくなっていた状況があったからです。



 こうした問題を考えるため、各界の有識者に集まっていただくこととし、まず、座長にお願いするべく宗教学者の山折哲雄先生をお訪ねしました。直ちにご賛同をいただき、その後は財界、学界、教育界、文化やメディアの代表者16名にお集まりいただき、毎月1回、早朝から会議をひらき、こころを育むという問題に集中しての討議を続けました。そして、2007年1月には提言書をまとめ、家庭、学校、地域、企業がどうあったらよいかをまとめて発表しました。(提言書の内容はこちら からご覧ください)
 活動の第2弾として2008年度からは、全国各地で提言の趣旨に合致した優れた活動をしておられる団体や個人に着目し、それを取り上げ、褒めることを通じて全国的にこの運動をひろめようと「全国大賞」をお出しすることに致しました。今日まですでに、7回にわたり大賞をお出ししてきました。受賞の活動は、いずれも地域に根差し、大人と子どもと協力しあい、工夫を凝らした素晴らしい内容ばかりです。


基調講演
 今回のシンポジウムは第1部として、座長の山折哲雄先生の基調講演から始まりました。山折先生は、日本人のこころの在り方の変遷を考えるのに、1970年代にベストセラーとなった土居健郎著の「甘えの構造」をとりあげ、相手との間に生じる甘えの関係があったことから説き起こし、後年、著者の嘆きとしてITが発達して「相手」がなくなり、全て「他者」となったことから、現代のIT社会の問題性を指摘されました。さらには、漱石の「こころ」がもともと新聞紙上では「心」であったことをはじめ、和語と漢字の違いからくる心性のことなど深い考察に基づくお話がありました。


これまでの活動の紹介
 第2部の前半は、フォーラムの10年の活動を映像で紹介するプログラムでした。すでに小欄でも取り上げましたが、例えば熊本市の「オバパト隊」という市民パトロールのいきいきした状況や三重県の石槫小学校で地元の大人たちが今も活動している様子が紹介されました。
 後半はまず、2013年の大賞をうけた熊本出水南小学校の2人の児童が、隣の支援学校の児童との交流の体験から得た他者を思いやる心を作文に綴り、読み上げてくれました。会場は大きな感動でつつまれました。子どもたちの心に培われた他者へのぬくもりの気持ちは、きっと将来も忘れずに彼らの言動を導いてくれることでしょう。




 その後、大賞をうけた事例のうち山形の置賜農業高等学校の演劇部の生徒たちによる「食を伝える食育ミュージカル」が、野菜のぬいぐるみを着て食物の大切さを訴える楽しいミュージカルの舞台が披露されました。




パネルディスカッション
 第3部は、フォーラムの有識者メンバーに出席いただき、パネルディスカッションが行われました。どなたも著名な学者や小説家やメディアの代表者であり、議論は自在に進みました。

パネラーは次のとおりです。
 ・上田紀行氏(東京工業大学リベラルアーツセンター教授)
 ・中村桂子氏(JT生命誌研究館 館長)
 ・平野啓一郎氏(小説家)
 ・滝鼻卓雄氏(元 読売新聞東京本社 会長)
 ・安西祐一郎氏(日本学術振興会 理事長)


 そして幅広い話題が展開しましたが、例えば次のような事柄が強調されました。①こころは、人と人の関係によって育まれるものだが、インターネットやSNSを使う現代は情報機器が間に入るため直接の触れ合いを欠き、こころは育まれないのでは、②演劇をしてくれた高校生のように、まさに生きていることに意味があり、ごく小さい生き物との向かい合いも大切、③人は自分で見て、自分で考え続けることが大事、④子どもたちは学校でコミュニケーションのあり方を学ぶが、学校は共通性をおしえながら個性的であれと矛盾したことを教える。社会は多様な人々によって成り立つので多様性が必要、⑤自分が恩恵を受けている公共の部分への認識がいる、⑥自己肯定観こそ大事である。まさに然りでそれがないからこそ、自分をコントロールできず、凶悪な犯罪を起こすのだと私も思います。
 その後、議論は人から尊敬されることが大事だが、日本には最近若い人が尊敬できる人がいない、との発言をきっかけに尊敬論が中心になりました。偉人伝の減少の話もありましたが、より身近なところでの尊敬すべき人々が大事との話もありました。




思ったこと
 それらの話を聞きながら、私はあの東日本大震災のときに東北の被害者の方々がみせた譲り合い、助け合い、順法の精神こそ、日本人の姿として世界中の人々が尊敬の声を上げてくれたことを思い出します。
 時間もなく今回は議論には出ませんでしたが、私は伝えるべき日本人のこころとして、①一人の人間としての勤勉性や誠実な生き方、②他者に対する思いやりや礼節、③安全・安心で清潔な社会を形成する精神、④自然への畏敬の念などいくつもの価値観が浮かび上がります。物事を究める精神や共に創りあげる力も日本人のこころとして伝えていきたいものです。
 今回のシンポジウムについて、参加者の皆さんからのアンケート結果からは幸いにも称賛の声がよせられており、こころの問題に関心を寄せる多くの方々の存在を知りました。参加者のお一人一人に、何らか希望や考えるきっかけを呼び起こしていただくことが出来たのであれば、誠にうれしいことと思いました。