ことばの肖像「『それでもいいよ』と言ってあげて」
秋田市出身の元家裁調査官 佐々木光郎さん62(さいたま市)
「理想的な家庭なんてないんですよ。お父さんのその考え方が問題なんです」
東京家裁の調査官だった2001年ごろ、家出をした中学2年の少女の面接で、「うちは理想的な家庭なのに、わがままで困った娘だ」とこぼす父親に、はっきり言い放った。
少女の面接を繰り返し、家庭の様子が見えてきた。社会的地位のある父親は書斎に鍵をかけて閉じこもり、子育てにかかわらなかった。そんな父親を黙認する母親にも少女は不満を抱いた。
まず、書斎の鍵を取り外すよう父親を説得し、母親に少女と一緒に料理をするようアドバイスした。親子の時間が少しずつ増え、少女に笑顔が戻った。「親が変われば子供は変わる」。長年、親子を見続け、そう確信する。
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秋田市出身。秋田高校卒業後、教師になろうと秋田大教育学部へ進学した。1973年、東北大大学院修士課程(教育学)を修了、家裁調査官になった。2004年3月の退官まで30年あまり、非行や問題行動を起こした14~19歳の少年少女と向き合ってきた。その数、ざっと1万人。
売春をした少女たちに耳を傾けると、存在感のない父親が浮かび上がる。子育てに関心が低く、一緒に風呂に入った経験すらない。大人の男性を忌み嫌う一方、優しい父親像に強いあこがれを持っていた。
問題行動を起こす少年少女のほとんどが、幼少期に親から絵本を読んでもらった経験がないのも共通している。やって良いことと悪いこと、助け合うことの大切さ、勇気……。絵本の世界から子供たちが学ぶことは多いのに、その機会を与えられなかった。
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04年4月から静岡英和学院大(静岡市)の教授になった。非行少年や家庭に問題のある子供たちを受け入れ、勉強や生活指導を行う「児童自立支援施設」の前身である、戦前の「感化院」の研究に力を注ぐ。
「教育史は少数派の教育実態を排除してきたが、親に代わって、子供たちの自立を支えてきた感化院には本当の教育がある」。放火や盗みなどの非行を繰り返し、社会に疎んじられてきた子供たちの教育過程を探りたいという。
野山を駆け回り、フナ釣りに興じた子供時代を過ごした秋田が、全国学力テストで2年連続好成績を収め、「教育立県」の看板を掲げる県内の風潮に不安を抱く。「東大や東北大に入るという単一の価値観が支配しかねない。伸びる子はいいけれど、たとえうまくいかなくても、『それでもいいよ』と言ってあげてほしい」。勉強でもスポーツでも、つまずく子供がいる。そんな少年少女に温かい目を向ける。(鈴木幸大)
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今月20日、能代市文化会館で開かれる「認定こども園フェスティバル」(県教育委員会主催)の記念講演で、「子どもの問題行動の背景」と題し、幼少期の子育ての大切さを語る。午前10時~11時。入場無料。