年末の夕方のことなんだけど。
知人の家で年末パーティーをしようということになって、うちはお寿司を買って知人の家に向かったわけや。
すると途中、中村公園のバスターミナルでバスを待っていると、電話ボックスの中に人がいる。
未だに公衆電話を使う人がいるんだと思ってよく見てみたら、その人は受話器を握ってなかった。
つまり。

あまりの寒さに電話ボックスを家代わりに使ってた。
バスを待ってる間、そのホームレスを見ていたんだけど。
眠っているのか、やたらと腰が落ちる。
こんな感じで立ったり屈んだりを繰り返してる。
年末なのにこんなところで一人で過ごすのか?と思ったら、何となく哀れになってきた。
で、知人の家に着いて。
さっき、電話ボックスにいるホームレスを見たと言ったら、そのホームレスは結構有名な人らしい。
住所はその電話ボックス。
誰か彼かからよく差し入れをもらうらしい。
温かそうな缶コーヒーを飲んでいたり、近くのファミマのおでんを食べてる姿が目撃されてる。
それ、全て誰かのお慈悲。
一見、孤独なホームレスと思ってたけど。
存外そのホームレスは多くの人から気に掛けられていた。
哀れだと思ったのは自分の思い上がりで、そのホームレスは実は全然寂しくなかったのかもしれない。
そんで年末から始まったホームパーティーは翌日になっても続き。
じゃあ、ついでに新年会もやろうかということになって、宴は延々と続いた。
終わったのが20時くらいになって帰る時、あのホームレスはまだあそこにいるだろうか?という話になった。
聞けば年末年始だけホームレスを受け入れてくれる慈善団体のようなものがあるらしい。
多分、そこに行ってるだろうから、今日(1日)はもういないだろうという話になった。
そして、バスに乗って中村公園に着くと。
まだ居たよ。
年末年始ずっとその中にいたの?
なんたる精神力。
そして、孤独を恐れない孤高のプライド。
何故、慈善施設に行かなかったのか?
いや、彼は孤独を心の底から愛しているのだろう。
彼は哀れでも可哀そうでもない。
生きるという究極の目的に忠実なだけなんやっ!
まあ、それはうちの勝手な想像で。
本当のところはどうか知らんよ。
しかし、手荷物も人通りの邪魔にならない場所に置く奥ゆかしさ。
年末年始からこういう人を見ちゃうってどうなのかな?
縁起が良いんだか悪いんだか。
しかし、今後も彼は電話ボックスの中に居続けるだろう。
中村公園に行くたびに電話ボックスを覗いてみよう。
彼の明日に栄光はあるのか?
少なくともこれ以上堕ちることはないので、あとは登るだけ。
ほなな。











