
中韓合作でアン・ジュングンの映画が作られるという話も。→監督はチャン・イーモウ
チャン・イーモウと言えば世界的にも評価が高い中国の映画監督。
と、同時に高倉健とも仲の良い親日家。
一体、どんな映画になるのかっ!

「中国政府が全面協力」というのが怖いね。
元々中国では無評価の人物だったプッシュ。→

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日本でのアン・ジュングンの評価は「日本初代首相(伊藤博文)を暗殺したテロリスト」。

韓国ではサッカーの試合にまで肖像画が持ち込まれてしまうほどの国民的英雄。
しかし、世界的に見るとほとんどの国がアン・ジュングンを知らない。
そもそも日本人でさえもアン・ジュングンが何者なのかわかっていない人が多いと思う。
伊藤博文は韓国併合には慎重論を採っていた人で、何故にアン・ジュングンが伊藤を暗殺したのか韓国の主張だけを聴いていると意味不明。

それじゃあ、今日はアン・ジュングンとはどんな人物だったのかを考えてみよう。
事件は1879年10月26日ハルビン駅で起きた。

ロシア蔵相ウラジーミル・ココツェフとの会談のため、伊藤はハルビン駅に到着し車内でココツェフの挨拶を受けた後、駅ホームでロシア兵の閲兵を受けていた。
そこに群衆を装って近づいたアン・ジュングンが拳銃を発砲した。
彼は伊藤の顔を知らなかったため、最初は最も高齢であった外交官の室田義文に向けて4発発砲。
しかし、失敗してはいけないと考えて室田の後ろにいる威厳のある男にも3発発砲。
この3発の銃弾を受けたのが伊藤やった。

伊藤は30分ほど意識があったが、その後死亡。
単独犯なのか複数犯なのかは不明のまま、逃げもせず現場で「コレヤ!ウラー!(ロシア語で「朝鮮!万歳!」)と叫んでいたアン・ジュングンはロシア憲兵によって逮捕される。
アン・ジュングンはロシア公邸で二日間の尋問を受けた後、日本政府に引き渡される。
ハルビン駅は中国やけども、当時はロシアが満州鉄道内での捜査権を持っていたので、ロシアが絡んできたんやね。
そこで日本の首相が朝鮮(当時韓国は存在しなかった)民族に暗殺されてしまったというのが、日本でいうところの「伊藤博文暗殺事件」や。
複雑にいろんな国が絡んでるね。

アン・ジュングンは両班(ヤンパン)の生まれ。
両班とは朝鮮民族の中では裕福な階層を言うのであって、北朝鮮でアン・ジュングンが評価されていないのはこのため。
キム・イルソンは抗日パルチザン出身やったから、両班というのは共産主義においては「敵」であったんやね。
だから、「愛国的であったけども、解決策を持たず手段も目標も誤った人物」と評価され、キム・イルソンの引き立て役になってる。
アン・ジュングンが16歳の時、父が政府軍に従軍して戦った。
東学党に反対していたアン・ジュングンは追われて、カトリック教会に匿われ、この時キリスト教に改宗している。
1907年高宗は強制退位させられ軍隊も解散。
身の危険を感じたアン・ジュングンはウラジオストックへ亡命する。
韓国の教科書ではこの時に「大韓義軍」を組織し抗日闘争活動に身を投じた、と書かれてるけどその論拠は乏しい。
アン・ジュングンの自伝によれば1909年同士12名と「断指同盟」を結成して、国内外に同志を派兵して情報を探り、伊藤博文暗殺を計画するに至った、と書かれている。
ここでちょっと強調しておきたいのは、アン・ジュングンは熱心なカトリック教徒で死ぬまで信仰を持ち続けたということや。
粗暴なテロリストではなかったということやね。
いや、キリスト教徒ならテロリストじゃないという方程式は成り立たんけど、伊藤暗殺に関して彼なりの「大義」があったはずや。
伊藤暗殺成功を知ってアン・ジュングンは神に感謝する。
「私は敢えて重大な犯罪を犯すことにしました。私は自分の人生を我が祖国に捧げました。これは気高き愛国者としての行動です」

では、何故、伊藤を暗殺したのか?
はい、ここポイント。
よく聞くんやで。
彼は「東洋平和論」というものを主張していた。
その中でアン・ジュングンは反日、抗日を主張しておらず、寧ろ、日中韓が共に手を取り合って白人の植民地支配から抜け出そうという思想を持っていた。
だからこそ、日本人の中でも彼の考えに共感する人が多かったんや。
君主主義者であるアンは日韓の皇室に敬意を払い、「政道を正すために奸臣を取り除こうとしたのであり、自らを忠義の臣であるとした」というのが伊藤暗殺の根拠となってる。
「王や皇帝に誤りはなく、悪い臣下がいるから政道を誤る」という日本で言うところの右翼に近い思想を持ってたんやね。
伊藤は初代韓国総監を務めていたから、韓国支配の象徴と見られてたところがある。
だから日本における裁判で日本の検察は、幕末の志士を例に出して「韓国のため実に忠君愛国の士」という声さえ挙がった。
検察ってアンを処罰する立場の人なんやけどね。
アン・ジュングンの主張によれば、日本は韓国を支配するのではなく、共に協力して白人と戦うべき、それには韓国支配の象徴である伊藤は奸臣や、ということや。
時の天皇も韓国併合には積極的ではなかったから。
しかし、先に言ったとおり、伊藤博文は韓国併合に消極的やった。
「韓国を(日本が)支配するのは、富強の実を認むるに至る迄」と言うてたんや。
だから、何で伊藤を暗殺したのかわからん。
歴史家の中には伊藤を暗殺したことによって、韓国併合が加速的になったという人もいる。
韓国の主張はいつものことだけども、自国の都合の良いことしか言わない。
産経新聞の前支局長が未だに韓国に拘束されてる。
元々、産経は朝鮮日報が書いた記事を翻訳しただけなのに、何故に日本の記者だけ罰せられるのか?
世界中がこの行為を「おかしい」と思っている。→北朝鮮みたい
冷静になるべきは韓国のほうではないんかな?
そこで疑問がもたれるのが、陰謀説や。
韓国併合に積極的だった連中がアンを人身御供にしたという説。
伊藤に命中した弾はカービン銃のものであったのに、アンが所持していたのはブローニング拳銃だったという説があり、更に言うと弾の角度がアンのいた方向から撃たれていないことがわかった。
この陰謀説の首謀者は明石元二郎、杉山茂丸、後藤新平が挙げられてる。

まあ、真実はわからんけども、韓国の主張はアン・ジュングンの一面しか捉えていない。
チャン・イーモウがどうアン・ジュングンを描くかに注目や。
因みに中国での評価は1980年代まで、韓国併合を加速化させた人物、という感じやった。
日本の首相を暗殺した人物としては知られてるけど、その評価はほとんど無に等しかった。
しかし、近年日中関係が緊張してくると急にアン・ジュングンを評価しだしたんやな。
これは米国を中心とした日韓の仲を裂く策略と見られてる。
中国ならそれくらいは平気でやるけど、それにホイホイ乗っかってる韓国もおめでたいな。
中国では一時期アン・ジュングンの銅像は撤去されたけど、2014年「安重根義士記念館」に設置された。
ロシアでもウラジオストク国立医科大学の構内に安重根をたたえる記念碑を建立した。
しかし、翌年同大学がリニューアルするために撤去。
たった一年で撤去って可哀想なことしたるなや。
銅像が泣くで。
まあ、歴史というのは勝てば官軍みたいなところがあるから、どちらが正しいとは言えんけどな。
幕末の志士だって倒幕に失敗してればテロリストや。
ただ、ハッキリ言えることはアン・ジュングンは「東洋平和論」という思想を持っていたことや。
ここには反日的要素はそれほどなかったとだけは言うておこ。
ほなな。
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