
60歳にもなるお婆さんが、孫が成長し、また旦那さんにも先立たれて毎日やることがなくなった。
そこでNHKラジオの英語講座を毎日聞いて英語の勉強を始めた。
2年後、お婆さんは英語がペラペラに話せるようになったという。
駅前留学までして何年経っても英語が話せない若者とお婆さんの違いは何か?

義務教育から大学まで10年懸けても英語が話せない日本人とお婆さんの違いは何か?
それはプライオリティーの違いや。
時間は誰にでも平等プッシュ。→


駅前留学にしても、学校で習う英語の授業にしても金はかかる。

しかし、ラジオを聞くだけならお金はほとんど懸からない。
毎日、お婆さんは単純な反復練習を繰り返すうちに英語が話せるようになった。
なんでもそうやけど、基礎は単純で飽きやすい。
英語という言語は他の言語に比べると非常に単純に出来てる。
日本語と比べるとその語彙は確か3~4倍くらい違ってたと思う。
英語圏の国で暮らしていれば誰でも英語は話せる。
5歳の子供でも話すことが出来る。
つまりは英語を話すことはそれほど難しいことではない。
しかし、日本はアジアでベトナムに次いで英語が話せない国と位置付けられてる。
何故にこんなにも豊かである国で。

国際的にも大国の国民である日本人は世界の共通語である英語が話せないのか?
それは「イエス!ウィキャン!」の根性がないからや。
日本人の英語が苦手な理由として。

一つは読むことを重要視している教育制度が挙げられたり、一つは日本語にはない発音が英語にはあると言われたり、一つは島国ゆえ特に英語を使う必要性がないと言われたり、一つは他のアジア諸国と違って他言語国家に侵略された歴史がないと言われたりしてる。
しかし、このお婆さんを見るにそんな理由は言い訳でしかない。
英語を話すのに理屈はいらん。
そもそも言葉とは文化なんやから勉強して覚えるものと違う。
英語が話せるというバスに乗ればええ。
そのバスには誰もが乗れる。
しかし、終着駅にたどり着ける人は極僅か。
運転手さん。

そのバスにうちも乗っけてくれへんか?
生あるものはこの世に生まれ出た瞬間から時間という列車に乗る。

この列車は大昔から走り続けてる列車で止まるということを知らん。
全ての人がこの列車に乗り、銘々の駅で降りる。
列車から降りた途端、時間の旅は終わりや。
過ぎ去った列車にはもう二度と乗ることが出来ん。
列車は何にもしてなくても走り続ける。
窓の風景を見てるだけでも列車は「死」という駅に近づいて行く。
お婆さんは走り続ける列車の中で2年間「英語を話す」というバスに乗った。
この時間という列車はとてつもなく広い列車でバスも走ってるんや。
そして英語を話せるという終点まで行った。
ただそれだけのことや。
しかしっ!

お婆さんはバスに乗るという決断をして、そのバスが終点に着くまで降りんかったんや。
アインシュタイン曰く「普通と言われる人生を送る人など一人としていない。もし居るのならぜひお目にかかりたいものだ」。

「普通」とは何か?
常識の範疇という意味やろ。
それはアインシュタインに言わせればこうや。
「常識とは、18歳までに身につけた偏見のコレクションだ」
何で18歳かわからんけども。

偏見のコレクションが常識であって、それは他人から見れば常識ではないということや。

多くの人がいろんなバスに乗ったり降りたりしてるで。

「家族」とか「会社」とか「学校」とか。
途中で降りる人もおるし、パス券持ってて何度でも乗る人もおるわ。

そのパスの中に「FX」って入ってるか?
乗るも降りるも自由やで。
プクッチも昔は「メキシコ」というバスに乗ってたこともあるし、「会社」というバスに乗ってたこともある。
途中で降りてもうたけど、そのバスの中であった出来事はそのバスに乗ってた人しかわからん。
そしてバスに乗ったという事実は一生消えへん。
最近、乗ってるバスは「ギター」と「障がい者」と「NPO作戦」や。
「ギター」のバスを降りて大分経ってもうたけど、また乗り出したんや。
乗ってる人は前のバスと違うけどな。
それでもこのバスは乗り心地がええで。

時間は誰にでも平等。

お婆さんは2年という月日をかけて英語を話せるようになった。
中には留学して半年や1年で話せるようになる人もおるし、3年4年懸けて話せるようになる人もいる。
お金持ちの人はお金を使って2年という時間を短縮することも出来る。
家庭教師を雇ったり、英会話教室に通ったりしてな。
そういう人は余った時間で、また違うバスに乗れる。
しかし、早く目的地に着いたからと行って、それで与えられた時間が増えたり減ったりするわけやない。
お婆さんは2年間のバス旅行の中でいろんな人と同じバスに乗り合わせて楽しい時間を過ごしたかもしれん。
その中で新しい出会いや発見があったかもしれん。
ただ目的地に着くことだけに我武者羅になってたら、そういう体験は出来んかったはずや。
鈍行バスの旅の中でいろんな旅人と会うのと、特急バスで寝てる間に目的地に着くって、どっちが有意義な時間かは比較のしようがない。
大事なことは、バスに乗り続けるということなんや。

例えば「ギター」のバスに乗ってるやろ?

これは終点のないバスなんや。
でも途中途中のバス停で降りるとな、そこで誰かに演奏を聴いてもらったり、新しいテクニックを覚えたり、誰かと一緒にセッションしたりということがあるんや。
今度、マンボウで他の支援センターの見学に行くんやけど、そこは障がい者や高齢者の方々の施設慰問ということをやってるらしい。
どんなことやるんかいなとそこの施設が発行してる新聞見てみたら音楽演奏とか書いてあったんや。
ほんなら、このバスに乗り続ける意味ってあるんとちゃうの?と思うで。
「FX」というバスも一緒や。

別に乗りたくない人は乗らんでもええし、強制的に降ろされてまう人も居ると思うけど、そのバスに乗り続けることによって何かを得る人と何かを失う人が居る。
お金を得ても健康や家族を失ってまう人もおるやろし、お金を失って時間までも失ってまう人もおる。
このバスに乗ってて乗り心地がええと思う人だけ乗ってればええんや。
目的がお金を稼ぐというだけやったら、このバスの乗り心地は良くないで。
それはプクッチがギャンブルというバスに乗ってたのと一緒や。
「不安」や「怒り」、「恐怖」といったものに支配されてるバスや。
出来ることなら乗りたくないわ、そんなバス。
しかしどすな。

4年も同じバスに乗ってると飽きてくることもあるけど、ミッチーやモジオみたいな普通なら知り合える機会がない人間とも交流出来ることもある。
他にも日本全国の人たちと会話することも出来る。
そういうことが出来るのもバスに乗り続けた結果や。
残り500万クリック証券のお申込みがあったでっ!

アッザースッ!
また買わせ王に一矢報いたで。
いや、向こうは相手にしてないだろうけど。
最近、買わせ王がプッシュしてるのは外為オンラインとFXトレードファイナンシャルや。
あとインヴァスト24な。
ひまわりとかマネックスとか前はバリバリ宣伝してたのに最近はせんくなったな。
クリック証券のバイナリーもや。
不思議なことやで。
しかし、クリック証券のバイナリーは今後も研究していくで。
「FX」というバスに乗りたいと思う人にアインシュタインのこの言葉を紹介しておくで。
「私は、理詰めで考えて新しいことを発見したことはない」
モジオ用アフィ。↓

ドル円っていつ動くんかな。

しばらくは76~77円のレンジを繰り返すだろうから、短期回転勝負するつもりや。
ほなな。
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