読書感想文114 上田岳弘 ニムロッド | 恥辱とカタルシス

恥辱とカタルシス

作家志望、渋谷東子と申します。
よろしくお願いします。

うーん、なんかお久しぶり!

 

こんばんは、渋谷です。

 

 

 

なんか本が読めなかったのねー。昼間は小説を書いているので、本を読むのは主に夕方から夜を充てているんですが。

 

なんか笑い話っつーか愚痴と言うか、夫と一悶着ありまして。下らないけど、「肉じゃが生煮え事件」。

 

夫の実家からもらったジャガイモで肉じゃがを作ったんですね。そしたらそれが生煮えで。私としては時間をかけて作ってますので、生煮える理由がないんです。でも確実に芋は生煮え。で、夫がひと言、「この肉じゃがはダメやなあ」――。

 

普段の私なら、「ほんとだね、ごめんね」で済ますんですが、ここ最近『中の私さん』を大切にしている私からすると、「こっちはちゃんとやってんねや。私の肉じゃがをくさすゆうことは私をくさすということか」という気持ち。要は、本気でイラっときたんです。こんな事は滅多とございません。イラっときた私は、ひく―い声で言いました。「ダメとか言わんでや」

 

するってーと夫の顔色が変わりましたよ。「いやっ、違うんよ。親父が、今年のジャガイモは出来が悪いって言ってたから、そういうことなのかなー……と……」

 

それから夫は私の顔色を見ること甚だし。夜もあれこれ話しかけてくるので本が読めん。無理くり徳光さんのバス旅とか見せられて。私はもともとテレビはあまり好きじゃないんですが、肉じゃがの余韻でなんか鑑賞せざるを得なかった。怒るってエネルギーいるんだねえ。事後処理もめんどくさい。やっぱり怒ってもろくなことないなあ。でもなんか、あの時は本気でイラっときた。止まらなかった。

 

そんなこんなでやっと一冊。今回はなぜか芥川賞。図書館にぽんとあったのよね。上田岳弘さんの「ニムロッド」です。

 

 

 

仮想通貨をモチーフにしたお話です。ビットコイン。暴落してたのがまた持ち直してきたらしいですね。もてはやされてた時に、仕組みが分かんなくて調べた覚えがあります。だって分からんじゃん。目の前にモノがないのに価値があるって。せめて株式みたいに評価する対象があるんなら話は分かるけど、それすらもないって。

 

要は「ビットコインというものの存在を認めて、それに価値があるとして売買する人」たちの売買記録(需要と供給)で価値が成り立ってる通貨らしいんですよね。……合ってます?違うかな。なんかそういうことなんだろうと理解したんですが。

 

主人公の中本哲史君は、IT系の会社に勤める30代の男の子。ナカモトサトシ。サトシ・ナカモト。それはビットコインの創始者と同姓同名なんだそう。そのせいか彼は保守整備がメインの職場にいるにもかかわらず、社長に「ビットコインの採掘」を業務として与えられます。

 

なんかビットコインって、取引の明文化で価値が成り立ってる通貨だから、その明文化に寄与したパソコンにビットコインをお給料みたいな形で分けてくれるんだって。要は、ビットコインを配ってビットコインの存在を証明させるべく人々(=PC)に働かせるってことらしく、まあこの仕組みを作って一旦起動し始めれば、かってにどんどこ発展していくということらしい。なんか難しいですが、「ビットコインすげえ!ほしいほしい!」と盛り上がる人がいるうちは価値が上がり続ける通貨なんだってさ。空虚だねえ。昭和なおばはんはやっぱり金とかのがいい気がする。あんまりにも実体がなさすぎる。

 

で、サトシ君は会社の使ってないPCでビットコインの採掘を始めます。月収30万。ビジネスとしては微妙なラインです。彼には紀子ちゃんという株でごっそり儲けちゃう有能な彼女と、「ニムロッド」と名乗るかつて作家志望だった同業の先輩がいまして、この三人でもじょもじょとやりあうのがこの話の本筋。でもこれ、なかなかに難解で難しい話なんですよねえ……。

 

 

 

小説とは、だって。人間の活動を明文化して、初めて市井の民の人生はあったものとされる。うん……まあね。分からんでもない。私がいつも思うのは「片付いてない部屋」。例えば鋏がいる時に、片付いてない部屋だと鋏を見つけることができない。ということは、その部屋にはいくつ鋏があっても「鋏はない」という状態と同じなんですね。鋏がいるんなら鋏をいつでも使える状態にしておかなければならない。じゃなきゃあるはずの鋏もないと一緒。ビットコインも、結局はそういうことなのかなあ。

 

求められて初めてその物質は物質として意味を成す。求められてなければ存在価値なんかないのですね。これは人間の存在価値にも言えることなんではないでしょうか。誰かに求められて初めて自分という人間は存在する。いつも言いますが、セックスってそういう意味でも重要なんだと思う。動物として一番わかりやすく求めあう行為がセックスですから。そこに自分の存在価値を求めてしまう人間っているんですよ。だから変な男についてっちゃう女の子もいるわけでねえ。私はそういう話を書きたいなとよく思うんですよ。ものの存在ってすごく不確かなものですものねえ。

 

ニムロッドはナカモト君に、「ダメな飛行機シリーズ」なる連作のメールを送ってきます。使えない飛行機、これも存在価値のない物体ってことですね。貫かれているのは存在の不確かさなのかな。最終的に、ナカモト君はニムロッドとも紀子ちゃんとも連絡を絶ってしまいます。紀子ちゃんなんか自殺予告までしたのに追っかけないナカモト君。ニムロッドはどうも「サトシ・ナカモト」の中の人らしかったんですが、その辺りから現実と未来が混同したみたいなお話になってきて、なにがなんだか分かんなーい……。

 

 

 

まあ……芥川賞だから。

 

芥川賞作家の三田誠広さんがコラムでおっしゃっていたんですが、平野啓一郎さんの芥川賞受賞作「日蝕」について、「結局選考委員たちもなにがなんだかわかってなかったんだよねえ。でもなんか文体綺麗だし。何かありそうな感じの話だし。勢いで流されたって言うか」みたいな。「これは違うって言ったらやべえみたいな感じがあって、恐怖感があったんじゃないんですかね」みたいなお話をされてて、それってきっとあるんだろうなあ、と思ったんですよ。だって人間が話し合って決める賞だし。それぞれ活躍されてる作家さんが選ぶんだしねえ。だからすかっと面白い!みたいな作品じゃないこともあるんでしょう。

 

でも、言いたいことは何となく分かったよ。ダメな飛行機とかビットコインとか、完成系に近づいた人間が一つに溶け合うとか、いろいろありましたが結局は存在価値を探す話だったのではないかと。私はそう思ったけど、違うかなあ。違うかも。なんかありそうな匂いは確かにしましたけど。すかっとしたかは分かんない。「あとは自分で考えてね」な感じだったのかも知れんね。答えはそれぞれが見つければいいのかも。

 

いま小説現代に送る、いわばエンタメのお話を書いてるんですが、この後は純文学の短編を書こうと思ってるのよ。しかーしこんなんは書けんね。芸術って難しい。私は即物的な人間なのでね。うん。まあできることを淡々とやっていきましょうか。

 

というわけでまたとにかく小説を書きましょう。出来ることを一つ一つやっていけば、いつの間にか大きな山に登れているそうです。大きな山を見るより、目の前の階段を見ることが大切なのだそう。そうですね。一個一個やっていきたいと思います。

 

ではっ、寝るだに!

 

おやすみなさいー!