小説現代長編新人賞ですよー。
こんばんは、渋谷です。
今書いてる長編を、小説現代の公募に出すことにしましたよ。なので歴代の受賞作を読んでいきたいと思います。今回は2015年の受賞作、坂上琴さんの「踊り子と将棋指し」。
坂上琴さんという方は、お名前から女性なのかと思いきや実は男性。京大卒で毎日新聞にお勤めになってる時にアル中になっちゃって退社、そこから執筆活動に入り、1年後この「踊り子と将棋指し」で作家デビューとなった方です。
1961年生まれとのことで……今58歳?合ってる?だから受賞時は54歳ということになりますね。遅咲きの作家さん、こういう方がいると心強いですね。大学在学中にデビュー、とかいう人ばっかだとねえ。おばちゃんは気遅れするんでねえ。
で、この「踊り子と将棋指し」、なかなか面白い組み合わせの、人情もの、かつ恋愛未満の恋愛ものでした。でもちょっと、いわゆる「荒削り」って感じが目についたかなあ……。
主人公は「三ちゃん」。記憶喪失のアル中男です。公園で犬連れて目が覚めて、「あれ、俺誰だっけ」というところからお話が始まります。
そんな三ちゃんを拾ったのが、そのわんちゃんの飼い主の依子さん。通信教育でトリマーの資格取得を目指す、36歳の踊り子さんです。
踊り子っていうのはカルメンでもネズミの中身でもなく、ストリッパーさんです。元AV女優の依子さんは聖良という名で舞台に上がっていますが、そろそろ引退も考えています。実家の母親は立ち飲み屋さんを経営していて、お兄さんはアル中。お父さんもアル中で自殺。こないだまで同棲していた男もアル中で突然死してしまいました。だから思わず、スナックで隣になった三ちゃんをお持ち帰りしたんです。お持ち帰りといっても身体の関係はなし。朝になって犬を連れてふらふら出て行った三ちゃんを再捕獲して、部屋に連れて帰ります。
記憶喪失ものですね。公園で目覚めるパターン多い気がする。やっぱりこのお話も「俺は一体誰なんだ」を探していく物語になります。聖良ちゃんの興行に引っ付いて、大阪へと向かう三ちゃん。禁酒を誓い、スーツを買ってもらってマネージャーとして同行します。
でも、結構早く三ちゃんは自分の正体に気付くんですね。三ちゃんは棋士でした。しかも八段。結構な有名人です。賭け将棋を生業にしている「くすぶり」と言われる輩相手に圧勝します。この将棋の描写がとても清冽。それまでぼんやりしていた三ちゃんが、カッコいい「棋士」として開眼するんです。
でも将棋のカンを取り戻すと共に、再びお酒に溺れていく三ちゃん。依子さんに対しても愛情が生まれ始めますが、酒のせいで勃たないのでなんにもできません。
大阪での出演が終わり、依頼があってふたりは白浜を訪れます。そのつぶれそうなストリップ小屋を救うため、三ちゃんはバイアグラの力を借りて、聖良ちゃんこと依子さんと舞台上でセックスすることになるのですが……。
結局、三ちゃんは自分を取り戻します。依子さんとも普通の恋人のようにキスをして、病院で治療を受けると決めます。再び棋士として、陽のあたる場所に出ると決めたんですね。うん、良かった。大団円です。
賭け将棋関連の輩たちも温かく人間味があり、聖良ちゃん周辺のストリッパーさんたちも味があって良かった。ストーリーも間延びせず読後感もいい。面白いお話だったと思います。
でも、ちょっと気になった点を言えば、依子さんの描写が大雑把だったかなあ。せっかくのいいキャラなのに、話し言葉だけでどんどん会話が進んでいって、どういう表情なのか、含みをもたせる表現がない。大阪弁だからか、余計に感情が分からない。
ここはもっと丁寧に書いて欲しかったなー。全体的にすごくあっさりした文体だから、なんかドキュメンタリーみたいなんですよね。もちろん坂上さんがそれを狙って書かれたのかも知れませんが、もっと感情たっぷりでも良かったんじゃないかと思う。依子さんの複雑な気持ちをのぞき見たかったなー、なんて。うん。すごくいいお話だとは思ったんですけどね。
受賞作はやっぱり完成度が高いですね。
きっと坂上さん自身が将棋を指される方なんでしょうね。ご本人もアル中経験者だし。人生経験が作品に表れてる。すごいなあ。アル中すらも逆手に取れるなんて。
私も今までのあんな事やこんな事を小説に書いてみたいと思いますよ。逆手にとれば、大概の事はいい経験という言葉で昇華されます。山口恵以子さんも人生経験を積んでからデビューされた。若いばかりが華ではないぞ。
というわけで、次行きまーす。
またねっ!