読書感想文107 山口恵以子 月下上海 | 恥辱とカタルシス

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作家志望、渋谷東子と申します。
よろしくお願いします。

うーん、すごい人ですねぇ……。

こんばんは、渋谷です。



山口恵以子さんの「月下上海」を読みましたよー。面白かったので即読了!結構長い話だったんですけどねー。

食堂の調理婦をされていた山口さんは、55歳の時にこの作品で松本清張賞を受賞しました。大学出てお勤めしたり派遣になったり。シナリオ教室通ったりシナリオライターになったり。

紆余曲折あって、55歳で山口さんがこの作品を書き上げた時には、彼女は食堂のおばちゃん勤続12年の大ベテランになっていたそうです。その間に43回もお見合いしたらしいぞ。43回。しかも「割った酒は飲まない」と豪語する大酒家です。

そんなある種エキセントリックとも言える山口さんは、以前からよくネットの人生相談でお見かけしていました。ズバッと切り捨てるような回答に、「……うーん、なかなか個性的」と遠巻きに見ていました。正直どっちかっていうと、イロモノ的な。そういう作家さんなのかなと思ってたんです。でも、この「月下上海」を読んで印象がガラリと変わりました。

とにかく、面白かった。戦時中の上海のきらびやかさと陰鬱さの描写が見事だった。それになにより、登場人物たちがとっても魅力的だったんです。



舞台は昭和17年の上海。財閥令嬢(とは言えバツイチ39歳)の多江子さんは当代随一の人気女流画家。戦争の影が濃い日本を出て上海に渡ります。お父さんは国家的に顔が効く人なのですが、多江子さんはそれに甘えることなく背筋がしゃんと伸びた女性です。賢く美しく、才能に溢れ正義漢でとってもオシャレ。この暗い時代に、多江子さんはいつでもオートクチュールの素敵なお衣装に身を包んでいます。この描写も見事。

いわゆる中年女なんですけどね。上品なファッションと気の利いたセリフ回しで、多江子さんがいかに先進的な女性なのかがよく伝わってきます。そんな多江子さんが居を構えた上海の街。まるで見てきたかのような街並みや建物内の描写にうっとりしてしまいます。あまりにロマンチックで。ぼーっと口開けて読んでると、やがて多江子さんの身に危険が迫る。

憲兵が正体を隠して多江子さんに近づいてくるんですね。槙という名の男です。南京政府転覆を画策する、夏方震という中国人実業家の内情を探れと多江子さんに迫ってきます。この槙が準主役なんですが、これがもーいい男!

長身でイケメン、余裕しゃくしゃくな意地悪悪魔!多江子さんに要求を飲ませるためにてごめにしちゃったりして。

この槙くんが多江子さんに、並々ならぬ恨みを募らせていたことで物語は熱くなるのですが、そこまでにも多江子さんはサスペンスを乗り越えてきてるんです。無邪気に浮気を繰り返す夫を陥れて破滅させちゃったり。それを踏み台にして画家として売り込みをかけ大成しちゃったり。

多江子さん自体が巻き起こしたサスペンスに、槙の策略が加わり、時代の流れに巻き込まれ物語はどんどん加速していきます。

愛憎と愛国心と、運命とつきつけられる死。ああー、面白かった!ほんと1本の映画を見たようでした。山口恵以子さん、すごい作家さんなんですねー……!



もうね、NHKの連ドラになっていい感じでした。映画っていうよりそっちがいいなー。「大地の子」みたい感じで。

多江子さんの一代記であり、上海から見た第二次世界大戦記であり、復讐劇であり、上質のラブストーリーでもあった。まあ、文句つけるなら一個だけ、槙が多江子さんに恨みを抱いた理由がちょっと弱いかなー。でもそれがあっても全然面白かったけど。いい作品を読ませて頂きました。

作家としてのデビューも遅く、実質この作品でやっと世に出た山口さん。その時55歳だったというのはびっくりですが、この作品を読むと、その時間は無駄ではなかったんだなあと思います。きっと30歳の山口さんには、これは書けなかったんだろうと思いますから。

他の作品も読みたいと思います。ではでは。

おやすみなさいー!