読書感想文54 田中慎弥 これからもそうだ。 | 恥辱とカタルシス

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作家志望、渋谷東子と申します。
よろしくお願いします。

はい、変な人ー。

 
こんばんは、渋谷です。
 
 
 
大好きな田中慎弥さんのエッセイを読んでみましたよ。「これからもそうだ。」うーん今日も今日とて変わったお人。変な人、面白いですね。
 
前半は西日本新聞に連載された旅情エッセイです。田中さんの故郷山口県から九州へ向けての列車旅。松本清張の「点と線」の舞台などを巡ります。けど田中さんは普通の人とは全然違う視点で旅行するもんだから、普通の旅行記だと思って読むと全然つまんない。
 
作家としての視点で清張に思いをはせ、故郷に思いをはせ、小説の舞台を探し、麺類を食べるだけの旅。うふふ。西日本新聞さん、多分期待してたのとは全然違う原稿が上がってきて困ったんじゃないでしょうかね。一読者がエラそうな感想ですが。ほんとは山口の作家田中慎弥に九州を回遊させ、ご当地の風情を切り取って賛美させ、「いやあ、九州ってホントに素敵ですね!」とでも言わせようとしたに違いない。でもそんなことをちっとも言わない田中さん。自分のポリシーを崩さないから全然盛り上がらないぜ!見たものを淡々とつづって市場をめぐって麺を食べるだけだぜ!ああ面白い!田中慎弥はこうじゃなきゃいけません。
 
合間合間で田中さんの昔語りが挟まれます。これがファンにとっては楽しいですね。松本清張や司馬遼太郎を読んだ少年時代。出征したお祖父さんに聞いた戦争の話。
 
電車に乗って絶景を見ても、そっちに感動せずに「乗り物はすべて野蛮だ」とか言い出すひねくれっぷり。香椎海岸では海の大きさに即「死」を意識したりして。結果海を見ながら「小説というのは、本人がいなくなった後に残される、ふとんのくぼみみたいなものだ」とか言い出しちゃう。新聞連載だから日曜版とかに掲載していたんでしょうか。なかなかにシュールな日曜日が始まりそうなこの連載。うちは読売新聞をとってますから日曜版と言えば「猫ピッチャー」ですよ。ちょっと前までは「あたしンち」だった。そう考えると田中慎弥さんを日曜版に掲載する西日本新聞たら独自路線!当時知ってたら、購読したかったなあ!
 
 
 
後半は新潮や文藝春秋に掲載されたエッセイ。これも「田中慎弥」という人を知れて面白かった。田中慎弥の田中慎弥ぶりがさく裂していた。ちょっとした自虐も言ったりする人なんですね。
 
「自分は流行作家に比べたらまったく世に知られていない人間だ」なんてちょっと拗ねてみたりもしてます。カワイイ。三島由紀夫賞を獲ったパーティーで気後れしすぎて飲み過ぎて「……流行作家さんたちと対等に話せなかった……」とか落ち込んだりして。例の芥川賞受賞後の騒動についても言及してたよ!もうがっつりキレてた!「どんなエラそうな人が上から目線で寄ってきてもへつらってなんかやらないからね!僕は組織に属したことなんかないしバイトだってしたことない!その上組織がどういうものかなんか知る気もない!」
 
「これからもそうだ。」
 
あはは、変な人。変わる気ゼロって言い切っちゃった。かっこいー。やっぱり私田中慎弥が好きです。面白い人だなあ。
 
後半であまりに頷いてしまったエピソードが、秋葉原の無差別殺傷事件の犯人、加藤何某についての話。田中さん自身が、「あの加藤って男、あんまりにも自分に似ててびっくりした」って書いてらっしゃるんですね。これはホントにもう、私もそう思ってたんです。
 
あの加藤という犯人と田中さん、顔がそっくりなんですね。ネットで検索できる田中さんの顔は、あのニュースで見た血を流した空虚な表情の加藤にそっくりなんです。それについての田中さんの考察がまた面白い。
 
「加藤は働いていて彼女もいたらしい。自分は働いたこともないし恋愛をしたこともない。そう考えると自分もなんかヤバい気はするけどでもバカじゃないから周りの人間に危害を加えたりはしないはずだ。その代わりもしかしたら、自分はその刃を己に向けてしまうのではないだろうか」
 
ちょこちょこ出てくる自死への不安です。やはり田中さんはそっちの人です。でもただメンヘラを気取るだけじゃないのが田中さんのかっこいーところ。その後が面白かった。
 
「加藤は働いてたけど僕は働く気なんか皆無だったからね!不真面目なんだから!この不真面目さを極めれば生き延びれちゃう!でも、みんなは、マネしちゃダメなんだからね‼」
 
あー、変な人。もうこの人、ホント好きです。なんかいちいち琴線に触れる。母性本能をくすぐるとでもいうのか。エッセイで人となりを知ることができて良かった。この本の中には、田中さんが読んでいる本についての記述もいくつかありました。
 
どうも川上未映子さんが好きらしいのよ……。私は1冊しか読んでないんですけど。元々源氏物語を相当読み込んでいる方だっていうのは知ってたんですが、それだけでも珍しくない?男の人が読むものって意識がなかったから。しかも「誰々訳の源氏物語」じゃなくて原書だって。……原書って。古文の授業でしか読んだことないわ。
 
平野啓一郎さん、ドストエフスキー、司馬遼太郎、谷崎潤一郎、三島由紀夫。いろんな名前が出ました。このあたりを読んでみよう。もちろん川上未映子さんも。
 
やだなあ、すっかり田中慎弥ファンになってしまいました。今まで現実には全く交わらなかったタイプの男の人です。でも面白い。作家としてのこの人を、もっとよく知りたいと思います。
 
さて、そんなわけで今日はおしまい。
 
ではまたー。