読書感想文44 山崎ナオコーラ 人のセックスを笑うな | 恥辱とカタルシス

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作家志望、渋谷東子と申します。
よろしくお願いします。

いやそんな、笑うなんてつもりは……。

 

こんにちは、渋谷です。

 

 

 

山崎ナオコーラさんの「人のセックスを笑うな」を読みましたよ。文藝賞受賞作。私ひっそりとこの賞に出したいなと思っているので、有名な受賞作を読んどこうと思って。この年はこの「人のセックスを笑うな」と、白岩玄さんの「野ブタ。をプロデュース」がダブル受賞してるんですね。両方なんか語感の良いタイトルです。

 

大体「山崎ナオコーラ」って何なんだ。ずるいよそんなの。もうペンネームで一本取った感じじゃん。しかも「人のセックスを笑うな」って。一度聴いたら忘れられないこのフレーズ。「人のセックスをこっそりのぞいた上に笑いもんにすんじゃねえよこの野郎!」みたいな流れが勃発する話なのかと思っちゃいます。まあそれだってどんな流れだかわかんないんだけど。

 

実際読んでみると、とんでもなく純粋なとある青年の恋物語。いやあ騙された。30分程度でさらっと読めるこの中編には、タイトルとは真逆の優しく切ない世界があふれておりました。

 

 

 

主人公の磯貝くんは19歳の美術系専門学校生。細い身体に薄い自己主張しか持たないぼんやりした若者です。そんな彼が恋に落ちた相手が、39歳の予備校講師ユリ。

 

年の差20やでーしかも女が年上!誘ったのはユリからで、磯貝君に声をかけ絵のモデルになってもらうんです。ユリも美術の学校の先生なので絵を描くんですね。

 

ユリのアトリエで何度かモデルをしてもらってるうちに、そういう雰囲気になってセックスしちゃうふたり。まあ……まあまあまあ。ある話やね。男女が密室にこもってなんかやってたらそうなるやろうね。

 

でもここでこのお話が俗っぽくならないのが、ユリにあんまりにも女としての魅力がないってところなんだよなあ。お色気むんむんの熟女じゃフランス書院になっちゃいますが、ユリは一重瞼に化粧っけのない、しかも小太りで毛玉だらけのセーターを着ている女なのですよ。

 

しかも既婚。夫は14歳年上。……この辺、今の私とほぼおんなじ状態なんよね。私はいま40だけど。夫14歳年上。でもそれで、20歳の男の子と不倫とかよーせんわー。

 

ふたりは週に一度程度ユリのアトリエで関係を重ねます。まるで本物の恋人同士のようにふざけあい愛し合うふたり。けれどユリは芸術家肌なのか大人としてあまりに人格が未完成です。電話に出んわ、メールは返さんわ、旦那が正月実家に帰るって言ったら家に磯貝君を引き込んじゃうわ。

 

不倫はまあちょっとした過ちでしちゃう人もいると思います。でも不倫にも仁義があるでー旦那と暮らす家に若い燕を呼び込むとは何事だ!両方に対して失礼だっていうのがわかんないんでしょうか。

 

そんなユリの下っ腹についたぜい肉を愛する磯貝君。姿かたちじゃなくユリのすべてを愛してしまいます。ほんとはもっとかわいい子が好きだったはずなのに。それは、若い純粋な男の子がセックスにおぼれちゃった、って形なのかなあと思います。

 

彼は女性経験も豊富でなく、しかも自分で自分は「セックスが下手くそだ」と思い込んでるんですね。いやまあ……上手い下手は確かにあるかもしれんけどよ。でも君まだ19やろ?そんなことをコンプレックスに思って不倫沼に足を踏み込むことはないはずだ。しまいにはユリの本宅でユリ旦那と鉢合わせしちゃったりします。

 

ユリ旦那は変わった人なので、磯貝君を料理でもてなし「またおいでよ」なんて言う。おそらく、ユリという人間の不安定さを理解しているから「磯貝君に罪はない」と思ったのではないだろうか。

 

 

 

ある日突然、ユリは学校を辞めてしまいます。そしてそのまま、長い時間をかけて磯貝君の周囲からフェイドアウトをしていく。磯貝君はさみしくてさみしくてたまりません。かわいそうにねえ、多分ユリが磯貝君を解放せねばと思っての別れだったんでしょうが、それにしたってやり方ってもんがあるだろう。ちゃんと振ってやれ。それが大人の責任じゃないのか。

 

 

 

傷つきやすい女と純粋な青年の3年弱の恋物語です。かわいそうな磯貝君の一人称で書かれたこの小説は、言い回しや表現がとても素敵でした。いやそれが、私この本図書館で借りたんだけどさ。

 

「ああ、いい表現だな」って(誰かが)思ったところに線が引いてあったりするのよ。文の横に。いいセリフには☆マークが振ってあったりする。多分以前借りた人があまりに素敵な表現に矢も楯もたまらず書き込みしちゃったんでしょう。こらー、図書館の本に書き込みしちゃいかーん!

 

空気の渇きを感じることができるオレは、本当は湿った生き物だ。

 

ってところから始まって、名文は漏らさずマーキングしてくれてた笑 だから私もその文を味わって読めた。なんかおかしいけど妙な読者同士の交流に心が温まりました。いや、図書館の本に落書きしちゃいかんのですが。

 

結局、「人のセックスを笑うな」というセリフはどこかにいる神様に向けて投げかけられたものでした。全然大事件起きなかった。でも面白かった。たまにはこんなのもいいね。

 

ではではまたー。