読書感想文39 田中慎弥 図書準備室 | 恥辱とカタルシス

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作家志望、渋谷東子と申します。
よろしくお願いします。

うんうん、やっぱり私この人好きー。

 

こんにちは、渋谷です。

 

 

 

田中慎弥さんの「図書準備室」を読みましたよ。芥川賞獲ったときに「もらっといてやる」発言が物議をかもした田中慎弥さんですね。

 

こないだ「切れた鎖」という短編集を読んでとても良かったんです。それで今回は「図書準備室」。

 

こちらは中編2篇が収められていて、表題作の「図書準備室」は芥川賞候補作、「冷たい水の羊」は新潮新人賞受賞作です。「冷たい水の羊」が田中さんのデビュー作、「図書準備室」は2作目ということになっています。

 

いやー、暗い。暗くてエグい。嫌いな人は間違いなく嫌いなやつです。人間の嫌なところを嫌ってほど見せつけられます。読後はもれなく嫌な気持ちになります。でも目を逸らすことができない真実がそこにあるような気がしてしまうんだよなあ。私、暗い話を書くのが大好きなんですが、思えば田中さんが書くこんな世界を表現したいと思っているのかもしれません。嫌だなあ嫌だなあと思いつつ、そうなんだよなあ私にもそういうところがあるんだよなあと納得させられて、自分の心の中にこっそり隠していたものが顕わにされてしまう逃げようのない快感。いい。田中慎弥、好きだ。

 

 

 

 

表題作の「図書準備室」は、30越えて仕事もせずに引きこもってる男が主人公です。だからまあ、田中さん自身が主人公なんですね。

 

田中さんは高校出て以来作家としてデビューするまで、10何年ずーっと引きこもっていたというつわものです。シングルで育ててくれたお母さんにおんぶにだっこでバイトすらしたことがないんだそうです。……すごいよね。メンタル面で言えば逆に最強だ。

 

「図書準備室」は、そんな主人公が引きこもりになってしまった理由を、落語家よろしく滔々と話しつくす物語です。話の内容は暗く面倒くさくて、その上改行がほぼないのでページは真っ黒なんですが、語り口は軽妙なのでするすると読めます。

 

主人公は小学生のころから通学路に現れる「世捨て人」を恐れていました。身長は2メートル近く。古く粗末だけれど清潔な家から出てきて、登校する主人公を独特の目でじろっとねめつけるんですね。まあ近所にいましたよね昔から。なんか目を合わせちゃいけない人。母親が「あの人が来たらさっと逃げなさい」とかいう人。「世捨て人」もそういうタイプかと思いきや、主人公が中学生になってみて判明するんですが、「世捨て人」は中学の国語教師なんです。何のことはない、公務員です。

 

最初の印象が悪く「世捨て人」を避けていた主人公は、吉岡というその教師に挨拶をすることができません。毎朝通学路で会うんですけどね。今まで挨拶してなかったのに、先生だってわかったからって急ににやにや挨拶するなんておかしいじゃないかと思っちゃうんです。めんどいですね。めんどい思考の持ち主なんです。

 

そのめんどさがぐるぐる回って、少年は吉岡を憎み始めます。そして、戦時中に吉岡が犯したらしい罪をうわさで聞きつけ、それを吉岡に突きつけへこましてやろうと考えます。別に勝ちたいわけじゃありません。吉岡がその罪について言い訳している間は、「どうしてお前は朝俺に会った時に『先生おはようございます』と挨拶しないのだ」と言い出さないだろうと考えたんです。ほらめんどい。しゃんしゃん挨拶すればいいんですよ。減るもんじゃなし。でもそういう合理性がこの主人公には皆無なんですね。そうやってこじれにこじれて、「僕は30過ぎてもふらふらしているわけです」と主人公の講釈は終わります。この後、最後のオチが良かったんだよなあ。

 

人生から逃げ続けている自分を心底では恥じているのだろう主人公の、開き直りと後悔。めんどい男。でも、嫌いじゃないわー。

 

 

 

「冷たい水の羊」は中学生男子が主人公。もうこっちもこじれてめんどい主人公が、クラスメイトにいじめられまくる話です。

 

いいとこのお坊ちゃん真夫は、クラスのイケメン北上くん一派にひどい目にいじめられています。詳細な描写があるんですが結構ひどいです。殴られるとかカツアゲされるとかいうオーソドックスないじめじゃなくて、パンツ脱がせてどうこうみたいな陰湿なやつです。なのに真夫は独自の理論をもってして自分の心を守ります。

 

「いじめられっ子がいじめられていると感じた時にいじめは生まれる。だから『いじめられている』と思いさえしなければそこにいじめは発生していない。僕は認めないから、いじめられてなんかいない」

 

……ええー。そこ認めんの? いじめられていないんだから抵抗しない、助けを求めないと決めてしまった真夫は、クラスの女子水原さんが出してくれる助け舟に絶対に乗ろうとしません。先生も心配してくれるのに突っぱねてしまいます。それでどんどんいじめはエスカレート。もう読むのもつらい描写が続きます。

 

私、人生でいじめられた経験がないのよね。だからいじめがどういうものだか心底ではわかってません。いじめたこともないし。大人になってから女同士の本気のファイトとかはあったけど、基本平和主義者なのでいじめも喧嘩もしない。

 

だからいじめられっこの心理がわからないんだけど、真夫くんみたいに自己完結しちゃったら助けようがないじゃんね。「いじめられてない」っていうんだから「ああそう?」としかこっちは言えん。学校休まんし。SOSを出す気が皆無。

 

なのに自分内でどんどんねじれていって、ゆがんだ性欲とともになぜか真夫くんの狂気は水原さんに向かってしまいます。強姦して殺して自殺するんだって。そこまでの度胸があるんなら北上たちにぶつけなさいよ。でも真夫くんはなぜか北上くんからの暴力を甘美なものとして受け入れ、北上くんも真夫くんへの暴力をちょっと性的なものと混同して考えてしまっています。中2男子ってこうなの?いろんな欲求が出口を失って醗酵して臭気を放っている感じです。そしてとうとう包丁を手にし、水原さんちに向かってしまう真夫くん。

 

ああ、どうなるんだ!と思っていたら待っていたのは意外な結末。ぼかした書き方をしているので結末ははっきりしないのですが、これは明るいラストと考えていいんだと思う。読みようによってはそのあと最悪の事態が起きたともとれるんだけど。私は明るいラストなんだと思いたい。

 

 

 

ああ、長々と書いちゃった。田中慎弥さん、面白い作家さんです。この二つの作品には「性的なリンチを受ける男の子」が両方に登場しました。もしかしたら、それは田中さんの身に降りかかった経験なのかな。

 

それはとてもつらい経験です。「冷たい水の羊」は構想から10年かけて書き上げた作品なんだそうです。つらい経験も作品として昇華して今現在作家として活躍されてる田中さん。

 

うーん、私この人好き。ほかの本も読も。いちいちめんどいこの感じが癖になってきた。めんどいの渦に巻かれるのが快感になってきた。

 

というわけで、またっ!