住んで十年は過ぎようとする

この街に

一軒の古ぼけた中華料理屋がある

 

この店は

年老いた老夫婦と、その娘が

朝から晩まで

皿に盛り、皿を運び、皿を洗う

 

駅から離れた場所にあるが

覗けばいつも何組かの客がいて

少しホッとする

 

住んでから五年が過ぎ

店の前を通り過ぎるとき、ふと

店先に小さな椅子が一脚

置いてあることに気がついた

 

決して外まで並んでいるような

繁盛している店ではない

 

それに並んでるひとのためとするならば

一脚では少ない

 

しかしそんなことも日々の忙しさは

何処かへ追いやり

店の前を通り会社へ行き

店の前を通り帰っていく

 

たまに寄れば

麦酒と餃子、小ライス

そんな日々が過ぎていき

五年が経っていた

 

わたしは会社を辞め

仕事を探す日々の中

平日の昼下がりに

その店へ立ち寄った

 

昼から麦酒かと苦笑し

居心地の悪い思いで

グラスに黄金色の液体を注ぐ

 

一口目を口に流し込もうとしたら

扉がこつこつと鳴った

また少ししてこつこつと鳴る

 

不思議に思って扉の方を見ていると

老夫婦の娘が

「はいはい、今いきますよ」

と大きな声で扉に向かって言う

 

開けると老人がひとり

椅子に座って娘を見上げている

 

ゆっくりゆっくり店の中へ入っていくと

テレビが見やすいテーブル席に

腰をかけて杖を娘に渡す

 

娘は老人の耳元に顔を近づけ

「いつものでいいの」と聞く

 

老人が頷くと、娘は

厨房へと消えていった

 

椅子はこの店の日常なのだ

 

裂けた部分にはガムテープで補強され

老人のためにと置いてある

 

ただそれだけのことに

麦酒がとても美味しい

 

椅子のように

わたしも必要とされることが 


またあればいい

 







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2019.11.29に書いて下書きのまま放り出していたもの

そのままでは何だかなと思ったので

粗削りのまま。

この小さな星の上には

声なき声が溢れている

 

気がついているだろうか

 

あなたの前にいるひとの

 

あなたの足元に咲く花の

 

あなたの肩にとまる虫の

 

溢れかえらんばかりの

感情に

 

わたしたちは急ぐことに慣れてしまった

歩き続けることを

走り続けることを

美しいものとして引き継いでいる

 

しかし

 

あなたが通り過ぎた道の脇

そこは生きていくことも困難な環境

必死に芽を出す名もなき草花が

たくましき生を歌っている

 

少し足元を見てみよう

少し横を振り向いてみよう

少し空を見上げてみよう

 

こんなにもこの小さな星には

驚くべき感動が溢れている

 

様々な声が聞こえてくるはずだ

 

わたしたちに必要なのはただただ

たまには立ち止まり

たまには耳を澄ませることだろう

 

ほら

聞こえてくるだろう

様々な声が

 

そのなかにはきっと

あなた自身の声なき声も

あるだろう

 

 

パリンと音を立て
宵闇に浮かぶ小さな星が2つ
わたしの部屋の窓から
入り込んできた

「こら、こんな真冬に窓ガラスを割って
風邪引いたらどうしてくれる」

目くじら立ててわたしが言うと

橙色の星はケタケタと笑いくるりと舞う

「そんなことは知らないさ
君の悲しみは君のものだろう
ボクの悲しみもボクのものだ」

青白い星は申し訳なさそうに呟く

「本当はこんなつもりじゃなかったの
あのひとがよそ見なんかするものだから
気がつけばもう手遅れなのよ」

大きなため息を二回つき
わたしは掛け布団のなかに入り込む
「出ていってくれ」と言ったような
言わないような

気がつけば空はすっかり明るくなり
わたしは深い眠りのなか

パリンと音がして
また懲りもせず小さな星が2つ
わたしの部屋の窓に
違う穴を開けて入ってくる

さあ何て言ってやろう

さあ何て言ってやろう