基本動作の大切さ | 東大国語で高得点を目指すブログ
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東大現代文の過去問20年分の私の解答をこのブログに保存していきます。
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最近私に欠けているのがこの「基本動作」だなと思って、しばらくこの言葉を使うことにしています。


これは勉強に限らず全ての分野(特にスポーツの世界とか)でも言えることだと思うけど、
この基本動作がしっかりしていることで良いリズムが作られ、不測の事態が起こっても精神に余裕を持ったまま対処でき、小さな成功を積み重ねて成長することができるんだと、最近実感することが多くあります。


そして、私はその基本動作ができてて良かったなと感じることよりも、基本動作ができてなくて失敗してしまったなと痛感することの方が人生の中でどうも多いようです。



例えば勉強の例で言うと、私は現役生時代にあれほど5周も6周もやり込んでた青チャートや1対1の問題を、今年はついに1問も解くことがないまま入試会場に行ってしまったんですが、
解法の知識がある程度頭に入っていても、基本動作ができてないから、式変形一つ一つ取ってみても動きが遅いし、余計な動きが多くて、結果的に膨大な無駄な時間が発生してしまいました。

その結果が、センター1A75点、2B72点、東大数学26/80という低得点につながったのは、もはや言うまでもないことです。
むしろ、あれほど基本動作ができてなくてよくこの程度の失敗で留まったなと驚くぐらいです。


日本史でも同じことが言えて、今年は東大教授の温情(?)のおかげである程度の点数をもらえたものの、やはり基本動作ができてない答案だなあと、見れば見るほど思うのです。
解答欄に収まるような短く簡潔な文章を書くための「手段」として教科書の用語が存在するのだという位置付けもできてなかったです。

古文漢文でやけに時間がかかってしまったのも、英作文で多分満点が取れなかったのも、全てこの基本動作がしっかりしてなかったことが原因です。



だから、謙虚な姿勢を取り戻すために、まずは数学なら青チャートのコンパス1〜2のような基本問題から足腰を固めて数字の「実感」を得ながら勉強していくなど、
そういう基礎からの心がけがやっぱり今こそ必要なんだなと思いました。




最近スポーツの世界からできるだけヒントを得るようにしてて、
選手が練習で欠かさず基本動作を繰り返す姿勢を見ることが多く、
それを見てふと反省することが多かったのです。


スポーツの世界だけでなく、例えば日本の鎌倉新仏教を広めた一人である道元が、
「洗面や清掃など寺院における日々の行為の一つひとつが坐禅につながる。坐禅につとめるとき、煩悩にとらわれていた自己が脱け落ち、本来の自由な境地に達する。」
と、日々の生活(≒基本動作)の延長線上としての身心脱落の思想を唱えていたのを思い出しました。



こういうのは実行に移していかないとなと思って、この「基本動作」をしばらくは目標に掲げて、地道な基礎固めから少しずつ身体を作っていくことをメインでやっていきます。
(「動作」というぐらいだから、ちゃんと実行しないと動作にならないです。)


私自身、勉強することよりも寝ることの方が好きだし、すぐ油断するし、なかなか困ったものです。謙虚な姿勢をすぐ忘れるので、気を付けないといけないです。