12.
「家族って、なんなんだろうね。本当にわからなくなっちゃった」
美波は長くサラサラとしてその髪をなびかせながらこちらを向いた。
お風呂あがりだからか、シャンプーのとても良い香りがした。
美波の頬を伝う涙に月明かりが反射して、美波の顔はとても美しく輝いていた。
俺はどうすれば良いのか、ここで何を言い、何をすることが正解なのかがわからなかった。
俺は思わず、美波の細い手首を握りその身体を引き寄せ抱きしめた。
さすがに驚いたのか、美波の「え」という小さい声が漏れた。
「家族の定義なんて、きっとないさ。自分が家族だと思ったら、それが自分の家族できっとそこが自分の居場所なんだよ」
俺は美波を抱きしめたままそう言ったが、美波からは言葉がなく鼻をすする音だけが返ってきた。
「美波がさっき言った通り、血が繋がっているからとかは関係なくて、ようは愛情があるかどうかとかさ」
美波に構わず話を続けると、いよいよ美波の嗚咽が聞こえ始めた。
「自分の居場所を作ってくれる、それが家族って考えたっていいんじゃないか?俺はさ、家族なんだったら自分に何かあって苦しくて辛いとき、落ち着ける環境を作って欲しいって思うんだ。何か声をかけてほしい時もあるし、逆に放っておいて欲しい時もあるしさ。まあいずれにしても、声をかけてくれるのも放っておいてくれるのも愛情があってこそでさ」
美波は言葉を返す代わりに、俺の背中に手を回し服をぎゅっと握った。
「だから俺が言いたいのは、美波のお母さんや弟だけが家族じゃないってこと」
「え?」
美波は俺から身体を離し、俺の袖を握りしめ涙を流しながら俺の顔を見上げた。
「俺たちのことだって、家族って思ってもいいんじゃないかってこと。美波のこと全部わかってあげられてる訳ではないし、やっぱり美波のお母さんには勝てないけどさ……俺たちも他の人よりは美波のことわかっているつもりだし、美波に何かあった時には力になりたい」
「敦……」
「何かあったらすぐに話してほしいし、一人でため込まないですぐ言ってほしい。俺たちは、いつでも美波の居場所作って待ってるから」
「ありがとう……」
美波はもう一度俺の身体にぐっと身を寄せ、俺も美波を覆うように背中に手を回した。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「俺たちのこと、家族だって思っていいんだからな」
「うん……」
俺が来ていた浴衣は、美波の涙でびしょびしょに濡れていた。
プルルルル…プルルルル…
しばらくして、俺の携帯が鳴る。
俺たちの周りを流れる沈黙や時間を掻き消すように、夜の闇にそれは響き渡った。
「ごめん。出な?」
美波はそう言って、俺の身体から離れた。
俺の胸には涙で濡れた浴衣がひんやりとして、しかし美波の温もりも残っていて、それが心地よくもあったが何故か俺を複雑な気持ちにさせた。
「もしもし」
「もしもしじゃねーよ。お前今どこにいんだよ」
電話の相手は英雄だった。
「今、美波と展望台にいる」
「早く戻ってこいよー。語るんじゃねーのかよー」
「ああ、悪い悪い。今から戻るよ」
「あいよー」
そう言って電話を切って美波を見ると、必死で涙を拭って目頭を指で押さえていた。
月明かりに照らされるその姿が、またなんとも綺麗だった。
「大丈夫か……?」
「うん。ありがとうね。もう大丈夫だよ」
「戻れるか?」
「うん」
「行こう」
俺はそう言ってそっと手を差し出した。
その行為に、特別な意味は込めていない。
ただこうすることで、美波は一人ではないということを伝えたかった。
本物の家族のように、苦しいときはいつでも手を差し伸べる、そういった意味で手を差し出したのだ。
美波はそれを知ってか知らずか、涙で湿った手を浴衣で拭き、俺の掌の上にそっと手を乗せた。
俺はそれを優しく握りしめると、美波の手は冷たく、とても細い華奢な指だった。
――こんな細い手で、家族のために必死に働いてたんだもんな……
そんなことを考えるとやりきれず、美波に対する同情とも家族を捨てた父親への憎悪とも言えぬような思いが、俺の中に沸々とこみ上げてきた。
――父親にはなれないけど、美波のことは俺が守ってみせる
そう心に決め、山道を下り旅館へと向かった。
美波は黙って、俺に引っ張られて後を一生懸命についてきている。
俺に引っ張られる美波の手は、しっかりと俺の手を握りしめていた。