5.
旅館「平安荘」に着いた俺たちは、女将さんの案内で早速部屋へ向かった。
男女二つの部屋に分かれて、それぞれ浴衣に着替える。
「まさか、敦と二人きりで一夜を共にすることになるとはな」
「気持ち悪いこと言うな。誰も好きでお前と二人きりになったわけじゃないからな」
「何!!だったらお前は、俺といるより女子と一緒の部屋が良かったのか?俺じゃ不満なのか?」
「誰がどう考えてもみんなそう思うって」
「くそー!!この野郎ー!!」
そう言って英雄はのしかかってくすぐってきた。
俺自身あまり弱点という弱点はないつもりでいたが、くすぐりだけは苦手なのだ。
それを知っているのは腐れ縁である英雄だからこそで、何かあるたびに英雄は俺をこうしてくすぐってくる。
「わかったから、英雄、やめろー」
俺は笑い転げて降参したが、英雄は止める気配がない。
「入るよー」ドアのノックと共に真佑が入ってきた。
「あんたたち、何してるの……」
その真佑の顔は引き攣っていて、何か勘違いしているようにも見えた。
「見ればわかるだろ。邪魔しないでくれ」
英雄はそう言ってまた俺をくすぐりだしたが、「やめなさい!!」と真佑に頭をひっぱたかれた英雄は悶絶して部屋を転げまわった。
「お風呂行こう」
真佑はそう言ったのち、転げる回る英雄を一踏みして部屋から出ていった。
この旅館は、俺が小学生の頃から毎年家族旅行で使っていた旅館だ。
無論中学生となり部活を始めてからは忙しく中々来ることは出来なかったが、両親二人でも毎年利用しているし、俺も時間があるときには行っていたため女将さんとは顔が知れている。
部屋は格式高い和室で、いぐさの程よい香りがする畳の敷き詰められた和室、壁に掛けられた芸術的な掛け軸、窓を覗くとそこは庭園のようになっていて池があり、そこには小さい橋が架かっている。
その池には、赤く美しい色合いを放つ鯉が数匹いて、池を彩っていた。
本来これだけの旅館であればかなりの高額であるが、立地している場所が海からかけ離れていること、山奥にあることからお客が少ないようで格安のプランを提供している。
また、俺たちは学生ということもあり学生割引もあるし、俺が小さいころから毎年行っていたこともありいくらかサービスしてくれる。
そのため、今日このような素晴らしい旅館に泊まれているのだった。
俺たちはまず、一日の疲れをとるべく風呂へ向かった。
男女それぞれ露天風呂を完備していて、湯加減も山合が見える景色も申し分ない。
露天風呂に浸かっていると、女子風呂との隔てのために竹で作られた柵の向こう側から、「敦、英雄聞こえるー?」という真佑の声がした。
――他にお客さんいたらどうすんだ……
そう思いながらも周りにはいないし、話しかけてくるということは女子風呂の方にも誰もいないのだろう。
「聞こえるよー」と返事をした。
「運転、ありがとうね」と、四人が声を揃えて言う。
俺と英雄は顔を見合わせ、「ありがとう」と言われたことに照れくさくなってお互い顔を赤らめていた。
「こんな良い旅館連れてきてもらえると思わなかったよ」
「ここは中々知られていない穴場だからさ。そこを知っていた敦に感謝しろよー」
英雄がそう言うと、柵の向こうから「敦ありがとー」とまた声が返ってきて、俺は余計に恥ずかしくなってしまった。
こうして改めてお礼を言われるのは、どこかむずがゆくなってしまう。
「どういたしましてー。気に入ってくれて嬉しいよー」
「たーだ、英雄はもっと運転練習しなさい」
理沙の声と、女子の笑い声が聞こえてくる。
英雄の運転で酔ってしまったのだから、英雄は言い返すこともできず「すみません……」と謝罪しお湯に潜ってしまった。
その様子がおかしくて、思わず俺も笑ってしまった。
――長距離運転するのは久しぶりだしちょっと疲れたけど、みんな喜んでくれてるし良かった
そう安心つつ、風呂からあがった。
風呂あがりで良い香りと湯気に包まれている俺たちを迎えたのは、豪華絢爛と言わんばかりの料理たちだった。
先ほども言った通り千葉県は魚介類が豊富であるため、刺身の盛り合わせやサザエの壺焼きといった物をはじめ、この旅館は山奥にあるということから天然の山菜やきのこが採れるため、それらをふんだんに使った品々が俺たちの視界を埋め尽くした。
海の幸と山の幸を惜しげもなくふんだんに出してくれるところも、この旅館の素晴らしい所でもある。
その美味に舌鼓を打ったことで、俺たちのテンションはより高まっていく。
お酒を飲んだ訳ではないのに、酔っぱらているかの如きテンションになってきた。
普段は大人しい梓やクールな美波も、これまでには見たことのないほどのテンションの高さを見せ、陽気に笑っていた。
その普段とのギャップに少し圧倒された部分もあったが、この二人を含めみんなが本当に楽しそうにしているのを見られたことが非常にうれしかった。
――子供の成長を見守る親って、こんな気持ちなのかな
俺自身そんな変なことを考え始めてしまっているため、自分自身がおかしくなった。
そんな風にして旅行の一日目も、あっという間に終わりを迎えた。
英雄も運転に疲れたのか、いびきをかいて眠っている。
「お疲れ」
起こさないようにそっと声をかけ、俺も深い眠りについた。