ここまで読んで下さっている方
ありがとうございます。
ここまでいかがだったでしょうか?
感じたことは人それぞれあると思いますが、何かが伝われば幸いです。
第5章に入る前に、少し番外編の話をいれたいと思います。
今回は、第4章に初めて登場させた居酒屋の大将の話です。
どうぞお楽しみください。
Side Story
The Episode of Taisyo 『大人の器』
俺は、大将に厚い信頼をよせている。
大将は、身長も体型もとにかく巨大で、声も非常に野太い。
器用に料理を作る大将の手も、熊の手かと思うほどに大きく、あの手で殴られたら骨折してしまうのではないかというほどに厚い手だ。
目は細くおまけに眼が悪いため常にガンつけるかのような目付きで、肌が黒い。
こんなに怪物のような人間は、日本中で大将だけではないかと思えるほどの人だった。
では、何故俺がそんな大将にこんなにも厚い信頼を寄せているのか。
あれは忘れもしない、中学三年の秋の事だった。
「大将なんか飯作って。今日親いないんだ」
「仕方ねえなあ。なら、今試作中のオリジナル炒飯作ってやるよ」
「やったね。サンキュー」
うちは共働きで、更に出張などが多く家族が揃うことは中々ない。
また今のように二人ともいなくて、俺一人なんてこともしょっちゅうある。
そのため一人でご飯を作ることは容易になっていたが、やはり自分一人のために作るよりもこうして外で食べてしまった方が楽なのだ。
そのため親がいない時には、こうしてよく大将のところに食べに来ていた
「いつもいつも、私まですみません……」
玲奈は大将にそっと頭を下げた。
「気にするな。家族のいない俺にとっては、こうして二人が来てくれるのは嬉しい事だからよ」
「ありがとうございます」
もちろん、玲奈も何回も俺に連れてこられていたため、大将ともすっかり顔馴染みだった。
それでも玲奈は毎回律儀にお礼を言っていたため、大将は「なんでこんないい子があっちゃんなんだろうなー」とよく漏らしていた。
「そういえばさ、もうすぐ付き合って一年だね」
玲奈は満面の笑顔でそう言ったが、その目は明らかに何かを訴えているのがわかった。
「お、おう、そうだな。それよりさ…」
何かをねだられる前に、話題を変えようと曖昧な返事をした。
「話そらそうとしないで」
先程の笑顔とは裏腹に今は鬼のような形相をしている。
――やっぱり玲奈には敵わないな……
「んで、何が欲しいんだ?」
諦めてそう聞いてやると、鬼の形相から再び満面の笑みを溢す。
――なんて起伏の激しい……
自分の彼女ながらそう感じた。
「あのね、ペアリングしたいの!」
玲奈は浮かれた声でそう言った。
「ペアリング?」
俺と大将は声を揃えて驚いた。
「おいおい玲奈ちゃん、バイトもまだできない中坊にペアリングは買えないぜ」
「そうだよ」
「いや、安いのでもいいんです。千円のとかでもいいから、何かお揃いの物を身に付けたくて」
「気持ちはわかるけどよ……」
俺は正直どうしようか困惑した。
俺は女性と付き合ったのが初めてだったためにこういう時どのように対応すればいいのか、引き出しになかったのだ。
「ね、お願い!」
手を合わせて上目使いでこちらを見上げる玲奈、こんなにも可愛い顔で言われたら断るわけにはいかない、それが男っていう生き物なのかもしれないとこの時実感した。
「わかった。任せろ!」
そう強く言ってみたが、内心はパニックで大将に助けを求めようとそちらを見やると、大将は我関せずといった表情で調理を続けていた。
――そりゃあないよ……
そう感じながらも、後日俺は記念日に合わせてペアで一万円になるそこそこちゃんとした指環を買った。
あげる以上、安いものはあげたくないという変な見栄が働いてしまい、結局この額のものを買ってしまったのだ。
いざというとき変な見栄を出してしまうのも、男っていう生き物なのかもしれないと再び感じた。
記念日にそれをちゃんと渡し、玲奈はそれ移行毎日かかさずにつけていた。
「私の宝物」
そう言って友達に見せている時もあり、その喜ぶ姿を見るのがとても嬉しかった。
俺たちは中学校から帰るとき、一つの橋を渡る。
橋の下には浅瀬の川が流れていて、そのそばの川原で小さい頃よく遊んでいた。
事件はある風の強い日、この橋の上でおきた。
この指環の内側には、俺たちの記念日、そして名前のイニシャルを掘ってあった。
玲奈はよく、指環を外して空にかざしその刻印を見ていた。
それを見ている最中の玲奈は非常に幸せそうで、その姿を眺めているとこちらも幸せな気分になれた。
今日も、玲奈は指環をかざし刻印を見ている。
「よく毎日毎日そんな眺めてて飽きないな」
「だって嬉しいんだもん」
そうやって玲奈は笑っている。
しかし、そこで強い風が吹き付け制服のスカートが大きくめくれあがった。
「キャッ」と咄嗟にスカートを抑えた瞬間、その指環は玲奈の手から離れチャリンという音ともに地面に落ち、あろうことかそのまま橋の下まで転がり落ちてしまった。
「あー」
俺たちは大声で叫んですぐ橋から下を覗きこむが、どこに落ちたかはさっぱりわからなかった。
「先帰ってて。私探してくるから」と玲奈は橋を降り川に入っていった。
今はもう十一月だ。
水は冷たいに決まっている。
「バカ!!風邪ひくぞ!!」
「だって敦がくれた大切な指環が」
「あんな小さいもの見つからないって。またお金貯めて買えばいいさ」
「けど……」
玲奈はその場で泣き出してしまったため、俺も川へ入り玲奈の手を握って川から引き上げた。
泣き止まない玲奈をそっと抱き寄せ、「大丈夫だから。気にするな」とそう声をかけた。
実際のところは、高いお金を出して買ったこともありとてもショックだった。
流れのある川ではないし、まだ落ちているかもと思い、その後俺は一人で川を探してみたがやはり見つかることはなかった。
そこに、買い出しから帰る途中の大将が通った。
「おーいあっちゃん、こんな寒い日に川遊びかー」
大将は野太い声でガハハハと笑っている。
「違うよ。探し物ー」と言葉を返すと、大将は荷物を起きズボンを捲って川に入ってかきた。
「何探してんだ。手伝うぜ」
「玲奈が指環落としちゃってさ。でもいいよ。もう一時間くらい探したけど見つからなかったし」
「諦めたらそれまでだぞ」
「そもそも、探しっこないよ。こんな大きな川で、あんな小さいもの探すなんて」
大将は黙って水面をあちらこちら見ていた。
「俺帰るわ。また後で見せ行くからよろしくな」
帰り際ふと大将を見ると黙って指環を探し始めていた。
手を深く突っ込んで、水中のゴミやら砂利を拾い上げ細かく見ていた。
――探してもないって言ってるのに……
そう思いながら、大将を置いて一人帰った。
それから三時間くらいたっただろうか、店を訪れてみると店には閉店と書かれた看板がかかっていた。
――川に浸かってたから、熱でも出したんだろ……
そう感じた俺は、店の横にある大将の家を訪ねるもどうやら留守のよう。
――まさか……
俺は、川へ向かって全力で走った。
――頼む。いないでくれ……
ただひたすら、大将がいないもう川にはいないことだけを願った。
指環のことなんていい。
また買えばいいから頼むからいないでくれ、俺はただただそれを願って走った。
残念なことに、大将の自転車が橋のたもとに置いてあった。
川を見てみると、先程と変わらぬ姿で指環を探している大将がいた。
「違う。これも違う」
大将は一人でぶつぶつ言いながら、救っては捨て、救っては捨てを繰り返していた。
俺は大将に対する罪悪感で包まれながら、大将の元へ歩み寄った。
時間が経過しているからか、先程よりも水温が下がっている。
「たい…」
「あった!!」
大将はここらへん一帯に響き渡る大声で叫んだ。
「あっちゃん、あったぞ!!」
大将はこちらを振り返り、指環をかざした。
近寄って確かめてみても、間違いなく俺が玲奈に送った指環だった。
「良かったな」
「なんでこんなにまで……」
「バカ。人生ってのはな、諦めたら終わりなんだ。今の若者はすぐに諦めすぎだ。それにな、それを見逃してる大人も大人だ。大人ってのは、自分が実践して子供に見せてやるべきだ。それが大人の役目さ」
「大将……ありがとう……」
「それから、このことは玲奈ちゃんに言うなよな」
「なんで」
「バカ野郎。俺は部外者だぞ?大将まで巻き込んだのかって、非難されちまうぞ?俺が探してきたって言ってやれ」
「でも…俺は何も……」
「見つからなかったけど、あっちゃんもちゃんと探してたじゃないか。何も結果が全てじゃない。大事なのは、その結果が出るまでに自分が何をしたかだ」
「大将はなんでそこまで…」
「なあに、それが大人の器ってやつさ」
そう言ってまた野太い声でガハハハと笑っていた。
Side Story 完