19.
英雄は言うだけ言ってすぐに病室を飛び出した。
廊下にいた真佑の両親や看護師には中の会話は全て聞こえたのだろう、英雄が開け放った扉が勝手に閉まるまでの間、その両親や看護師のなんとも言い難い表情が見えた。
おそらく、俺たちが優しい言葉をかけて真佑をどうにか励ますことを期待していたのだろう。
しかし実際に英雄が言ったことは、確かに納得できる内容ではあったが真佑にとっては厳しすぎる、追い討ちをかけられたかのような言葉だった。
その言葉によって真佑の精神を更に追い詰めたのではないかと、廊下で見守る人たちは思ったのだろう。
誰の表情を見ても不安そうな顔をしていた。
そしてそれを遮るかのように、再び病室の扉が閉まった。
俺は真佑とこの狭い空間で二人きりになり、先程よりも気まずく複雑な思いだった。
「あのさ、真佑…」
「英雄の言う通りだよね。私、逃げてるよね」
俺の言葉を遮るようにして真佑は言い出した。
「いや、そうは思わないけど…」
「ねえ、私はどうしたらいいの?」
「それは俺じゃなく真佑自身が決めることだよ。確かに俺も、親指をなくしたら今まで通りバレーするのは難しいって思う。でも、どんな形であれ続けることは出来ると思う。それをするかしないかは、真佑次第だし」
真佑はずっと俯いている。
話している間も俺の方は見ずに、少し明るいグレーの床を見つめている。
「心配かけてごめんね。わざわざ来てくれてありがとう。嬉しかったよ」
真佑のその言葉はまるで別れの言葉のようで、真佑とはもう会えなくなってしまうような、そんな気がした。
そうなることだけは避けようと「真佑、お前には俺たちがついてるから。俺たちが助けるから。自分に負けるなよ」と声をかけた。
その言葉はが真佑に届いたのか届いていないのかはわからないが、それを確認する術はなく俺は真佑を1人残し部屋を後にした。
外で待っていた両親や看護師たちの視線が一気に俺に集まった。
その視線が真夏の陽のようにジリジリと突き刺ささった。
中での会話や真佑の様子を聞きたかったのだろう、俺の言葉を待っているようにも思えた。
しかし真佑を助けに来たにも関わらず、なにもできなかった自分に腹が立っていたことや真佑があのような状態であったことから、俺は喋る気にもなれずそのまま黙って廊下を歩いていった。
ナースステーション前にさしかかると後ろからバタバタと走って近づいてくる音がした。
「待って」
振り返ってみると水無さんだった。
「杉野さんの様子は?」
「言うだけのことは言いました。後は真佑の気持ち次第です」
そう伝え、エレベーターへ乗り込んだ。
一回のロビーに着くと、英雄がベンチに腰掛けていた。
「英雄、お前待ってたのか」
「ああ。なあ、俺言い過ぎたか?」
「まぁ、あれはちょっと言い過ぎだな」
「真佑あのあとどうたった?」
「へこんでたよ」
「だよな……今から謝ってこようかな」
「いや、今はそっとしておこう」
「わかった……」
「なあ、俺たちには何もできることねえのかな?このままじゃいられねえよ」
「それは俺もだよ…」
俺たちは考えてみたが、結局その場で答えを出すことはできなかった。
そのまま黙って病院を後にした。
病院を出たところで、外から真佑の部屋の窓を見てみる。
しかしその窓は夕陽が反射して赤く染まっているだけで、中の様子を窺うことはできなかった。
俺たちからは見えなかったが、真佑は病室の窓から帰っていく俺たちの姿をそっと見つめていた。
真佑の顔は、夕陽があたり赤く染まっていた。
その赤く染まった表情からは、まだ涙が溢れていた。