9.
数分後、教授が入ってくる。
この教授は、俺たちのクラスの担任でもある。
担任はいつも授業の導入として、自分の身近にあった出来事など面白おかしく話してみんなを笑わせる。
先週は、確か奥さんと喧嘩して実家に帰られてしまったということを話していた記憶がある。
しかし、今日だけは違った。
「えー、今日は授業に入る前に皆さんにお伝えしなければならないことがあります」
基本的に笑顔で愛想のいい教授のかしこまった態度から、クラスのみんなは今日がいつもとは違うということをすぐ察し、表情が強張る者や姿勢を正す者が多かった。
無論、俺やみんなもそうであった。
「うちのクラスの杉野真佑さんですが、昨日の夜10時頃ですかね、自宅付近の道で交通事故にあったそうです」
「え……」
その担任の発言により、クラスの空気は一瞬にして凍りついた。
担任は、更に言葉を続けて何かを言っている。
しかし、俺の耳にはもう何の音も入ってこなかった。
担任の話す声も、鳥の鳴き声や廊下で話している人の声も、普段ならうるさいくらいに聞こえるこの世界に鳴り響く音という音が、一切耳に入ってこなくなった。
担任の声は全く耳に入ってこないが、担任はいたって真剣な顔でしきりにその口を動かしている。
――何を言っているのだろう……
聞こえはしなかったが、その口からは受け止めたくない言葉が発せられている気がしてならなかった。
俺はその恐怖心と焦燥にかられ、思わず教室を飛び出した。
――真佑が事故……?
だって昨日、あんなに元気だったじゃんか……
あんなに笑顔で、手振ってたじゃんか……
5分もかからないんだから大丈夫だって言ったじゃんか……
昨日の記憶が、走馬灯のように俺の頭を駆け巡る。
その記憶が、繰り返し繰り返し頭の中をめまぐるしく駆け巡っていた。
ふと気が付いた時には、俺は学校前の河原に腰を下ろしていた。
――真佑は……どうなったんだろう……
死んじまったのかな……
「敦!!」
後ろを振り向くと、英雄が走ってきていた。
その後を追うように、みんなも走ってくる。
「急にどうしたのよ、教室飛び出して」
美波が息を切らしながら聞いてきた。
「授業あるんですから、戻りましょう」
幸男も息をきらしている。
「真佑が事故にあったんだぞ!!授業なんて聞いてる場合かよ!!」
「命に別状はないって言ってただろ。大丈夫だって」
「英雄、今なんて言った」
「だから、事故にはあったけど命に別状はないから大丈夫だって、真佑が直接担任に電話してきたって。さっきそう話してだろ」
「そう……なのか」
「お前話聞いてなかったのかよ」
「なんも耳に入ってこなかった」
「全くーびっくりしたよ……」と梓や美波は俺の行動に呆れていた。
「とりあえず、命に別状はないけど怪我して入院してるみたいでさ。さっき先生から入院してる病院も聞いたから、放課後行ってみよ」
美波の案にのることにしたが、真佑が事故にあったと聞いて冷静にしていられるみんなの神経は少し理解しがたかった。
この世界に、神様というものは存在するのだろうか。
存在するのだとしたら、神様はなんて無慈悲なのだろう。
あんなに必死に、自分の目標を叶えるために苦しいことにも耐えて努力している真佑を事故にあわせるなんて、ひどすぎる話だ。
――努力は、必ず報われる……んだよな?
真佑がしている努力は、いつか報われるんだよな?
あの日、自分が真佑に言った言葉を疑わずにはいられなくなった。
自分の考えが間違っているのではとも思わずにはいられなくなった。
今日まで自分自身でずっと信じてきた『努力はいつどんな形で現れるかわからないが、必ず結果をもたらす』という不動の概念は、砂のお城のようにあまりに脆く砕け散った。