9.
その後、俺はわけもわからず電車に揺られている。
今日は土曜日で、今日からゴールデンウィークをまたいだ連休になるということもあってか、電車はカップルや家族でごった返していた。
そんな満員電車に揺られ、そして先程不本意ながら命を助けられた女性と一緒にいる。
――本当なら、今頃……
あの時彼女に止められてなかったらと考えると、改めて自分の運の悪さを実感し、落胆するばかりであった。
「はあ……」
俺は思わずため息をついていた。
知らぬ間にため息が出てしまうほど、俺は気が病んでいた。
結局俺は、この辛い世の中で行き長らえなければならなくなったのだ。
それは、私にとって辛すぎることであった。
彼女は、私の溜め息を聞きのがさなかったようで、無言でこちらを睨み付けた。
しかし彼女は何も言葉を発さず、見つめあったまましばしの沈黙があった。
何故かそれが恥ずかしくなりお互い目をそらす。
「私、高坂理沙(こうさかりさ)。あなたは?」
彼女は急に名乗りだし、気まずい沈黙の時間を打ち消した。
「お、おう。藤原敦」
正直、名乗る必要があるのだろうかと感じてしまった。
このあとどこに連れて行かれるのかはサッパリわからないし、今日たった1日我慢すれば、俺ははれて自由の身になれる。
だからこそ、今日出会いそして今日別れる人に対して自己紹介などする必要ないと感じていた。
「よろしくね、藤原君」
「よ、よろしく」
こんなにもぎこちない自己紹介は、生まれて初めてのことであったし、同時に人生最後となるであろう。
2駅先の駅に着くと「降りるよ」と彼女に促され降りてみる。
そこは、あのショッピングモールのある駅だった。
「なあ、あそこいくのか?」
駅にもある看板を指差し尋ねる。
「そうよ。来たことある?」
「ない」
「そっか」
口を開いてもこんな感じで、まともな会話にならないし続きもしない。
改札を出ると、ショッピングモールはすぐ目の前だった。
入り口には、「BIG HOPE」という大きなロゴがあった。
この「BIG HOPE」というのが、このショッピングモールの名称。
――BIG HOPE
大きな希望か……
きっと、このモールのなかには多くの人の希望やら期待やらが詰まっている、そんなニュアンスでつけたんだろう。
確かにいい名前かもしれないし、広さとショップ数が日本一を誇るこのショッピングモールにはふさわしい名前といえるだろう。
しかし、今の俺にはその希望の欠片もないし、そのモール名が嫌みに感じてしまうほどだった。
「ほら、何ぼーっとしてんの。行くよ」
立ち止まってそのロゴを見つめていた俺は、再び彼女に手を引っ張られていく。
――なんて強引な……
そうは思いながらも、心なしかこうやって俺の手を引っ張っていってくれる人がそばにいるのが、とても嬉しくてすごく暖かかった。