6.
学校に行く気分ではなかったが、これ以上みんなに心配かけたくない。
その一心で、辛い気持ちを抑え学校に向かった。
学校についてみると、すでにみんな来ていた。
「敦おはよう」
いつも通りの真佑の明るい声が聞こえる。
「おはよう」
みんないつもと変わらない様子で、英雄の方を見やると黙って頷いた。
どうやら、昨日のことは話していないらしい。
みんなに心配されるのは余計辛いため、言わないでくれたのは非常に助かった。
そのおかげかみんなはいつも通りで、変に気を使われることもなく今まで通り1日を過ごすことができた。
しかしそれが、何よりもありがたいことだった。
みんなといると、自然に気持ちが楽になる。
――これが、本当の友達ってやつなのかな
そんな風に物思いにふけりながら、何事もなく帰宅した。
帰ってすぐにご飯を食べ、部屋に戻ろうとした時、リビングに吊るされているカレンダーが目に入った。
今日は5月1日。
明日5月2日のところには赤い丸印がついている。
――明日俺の誕生日か……
こんな気分のまま19歳を迎えなくてはならいのか、なんて皮肉な誕生日なんだと思いながらリビングを後にした。
それから何をするわけでもなく、だらだらと過ごした。
そして時計を見れば11時57分。
自然と涙が出てきた。
こんな何回も何回も泣く自分がみっともなくて、自分が嫌になった。
すると突然携帯が鳴った。
そしてその着信音は間違いない、玲奈からのもの。
俺はすぐさま携帯を手に取り通話のボタンを押した。
「もしもし、玲奈?」
「久しぶり、敦。しばらく連絡できなくてごめんね」
いつも通りの玲奈の優しい声だ。
「なんで連絡…くれなかった…んだよ…。ずっと…ずっと待ってたんだぜ…」
思うように声が出ず、なんとか振り絞って声を出した。
さっき流していた涙は、より一層溢れだした。
「ごめんね…。敦、誕生日おめでとう」
時計を見ると12時を回っていた。
先ほどまではこの瞬間を迎えるのが憂鬱であったが、玲奈に一番に祝ってもらえたことが何よりも幸せだった。
今までの気持ちなんて、全部吹っ飛んでいた。
それくらい嬉しくて幸せだった。
「ありがとう……」
「あのさ、敦の誕生日のお祝いさ」
玲奈がそういいかけたがそのあとはすぐに想像がついた。
――色々あって用意できなかったんだ。ごめんね……
そう言われると思った。
だから玲奈が話している最中ではあったが「いいんだよそんなん。プレゼントとかなんてなんもいらない。ただお前がいててくれれば、もう何もいらないよ。それに誕生日なんて、来年も再来年もくるんだからさ」そう言って、頑張って笑ってみた。
しばしの沈黙のあと「……そうじゃないの。」と玲奈は口にした。
「え……?」
「実はさ、敦の誕生日を祝うのは今日を最後にしたいの」
俺には言っている言葉の意味を上手く理解できなかった。
その玲奈の言葉が、こだまのように俺のなかで響いている。
「ど、どういうことだよ、玲奈…」
「敦とは、もう無理かな…。最近の敦はさ、自分のことばっかり。あたしのこと、何一つ聞いてくれないし、わかってくれようともしない」
「そんなことないよ…。気のせいだよ…」
「気のせいじゃないよ。敦、あたしの大学の話一回でも聞いてくれた?あたしの変化、気付いてくれてた?」
「何が言いたいんだよ…」
「あたしね、大学入ってからまたいじめられてたの」
――いじめられてたの。
その言葉が胸を鋭く突き刺した。
いじめ……。
「なんで言ってくれなかったんだよ!!!!」
思わず大声で怒鳴ってしまった。
「何回も言おうとしたわよ…その度に敦は自分の話ばっかりで、あたしの話なんて聞こうともしてくれなかった。あたしひとりぼっちで、すごく辛かった……」
電話越しに、玲奈のすすり泣く声が聞こえた。
「前は敦がいてくれてたから、頑張ってこれた。でも今は、敦はあたしから少しずつ離れていってる。それが辛かった。いじめよりも、そっちのほうが辛かった。だから学校も辞めようとした。」
そんな玲奈の言葉の1つ1つが、俺の胸を締め付けていった。
玲奈のこんな弱々しい声、聞いたの久しぶりかもしれない。
――それほどまでに、玲奈を苦しめていたんだな……
自分が情けなかった。
「ごめんな……」
「ううん……。でもね、そんな時悟君があたしの所にきたの。」
――悟……
「悟君はね、対して話したことなかったあたしに、そっと声をかけてくれたの。優しく、手を差し伸べてくれたの。あの時の敦のようにね」
あの時…玲奈がレイプされそうになっているのを助けた時。
そしてそのあと付き合うようになって、玲奈のことは俺が守っていく、そう玲奈に、いや誰よりも自分に誓ったのだ。
その時の自分は、いついなくなってしまっていたんだろうか……
「悟君の優しさがね、すごく暖かかった。私の不安を、やりきれない気持ちを、悟君が全部とってくれたの。大学も違ってもう中々会えないしさ。何よりも、もう敦から愛情が感じられなくて…。だからさ、別れよ?」
ついに言われてしまった。
さっきまでの浮かれていた気分は、とっくに吹っ飛んでいた。
玲奈の言葉に対して、何も言うことごできなかった。
そんな俺のことを知ってか知らずか「今までありがとう。あたし、秋田から引っ越してきていじめられて、すごく辛かったけど敦が助けてくれて、本当に嬉しかった。敦といれて楽しかったよ。一杯一杯、幸せな時間をありがとう……」
玲奈が号泣しているのがわかった。必死に声を絞り出しているのがわかった。
「玲奈、待ってよ…」
「敦のこと、大好きだったよ……こんなあたしを好きになってくれて、大切にしてくれてありがとう……。」
玲奈は俺の言葉を聞かずに話続しける。
「玲奈……」
「あたしはもう大丈夫だから……。元気でね。バイバイ……」
「プー、プー、プー」
携帯が手から滑り落ちた。
――俺……フラれたんだよな……。しかも自分の誕生日に。
「ははは、ははは」
涙はもう出なかった。
その代わりに、自分の今おかれている立場に、笑いがこみあげてきた。
「ははは、悟に、あいつなんかに玲奈を奪われた。ははは…」
――19歳、最高の幕開けだな……
ベッドに倒れこむと、意識が段段と遠のいていった。