第2章 『歩むべき道』
1.
親睦会翌日からは、意外にも多忙な毎日だった。
先輩との交流会や様々なガイダンスに次ぐガイダンス、そして履修登録など色々あった。
履修登録は中々苦戦したがなんとか終え、いよいよ今日から授業が始まる。
大学での記念すべき初授業は、近代文学演習という授業だった。
俺たちは埼玉県にある出津大学という所に通っている。
その中でも、文学部の日本文学科というところに所属している。
そのような学科に所属しているわけだが、俺は本が好きなわけではない。
むしろ、本はほとんど読まない人間だ。
では何故文学部の、しかも日本文学科に所属しているのかというと、"言葉"というものに興味を持っていたからだ。
これについては語り出すと止まらなくなってしまうため、今はやめておくことにする。
ともかくこの出津大学は、そこそこ名の知れた大学ではあるが、幸い私の出身高校に指定校推薦の枠があったため、この大学に進学することにしたのだ。
そんなこんなで迎えた初めての授業では、自己紹介だけで終了した。
普通に考えて、自己紹介だけで90分を潰せるのならとてもおいしい話ではあるが、俺にとってはともかく苦痛で、これから先の生活が不安になるような90分でしかなかった。
そう感じたのは、自己紹介の項目が問題であった。
教授が自己紹介で述べる項目を黒板に書き上げたわけだが、その中の一つに「好きな小説作家・お薦めの作品」という項目があった。
この質問は、本をあまり読まない俺にとって地獄のようなものだった。
しかし、適当に言っておけば大丈夫だろうと思っていたがその予想は大幅に外れた。
その項目に対するクラスメイトの答えが、同い年の、また同じ大学1年生とは思えないものだった。
好きな作家が太宰治に夏目漱石……そこまでは百歩譲っていいとしよう。
だがドストエフスキーだのアガサ・クリスティーなどの海外の作家が出てくるわ、好きな作品の中には聞いたことのないものばかりで、中には古典文学が好きというやつもいて……。
俺が今置かれているこの状況は、まるでアウェーでサッカーの試合をするようなものだった。
みんなの自己紹介を聞いていると、俺よもり前に英雄たちの順番が回ってきた。
英雄が当然本など読んでるはずもなく、どうするのだろうと思って眺めていたが彼は自信満々といったような面持ちで立ち上がった。
――どっからその自信がくるんだか、相変わらず能天気なやつだな
そう感じてはいたが、彼は今までの発表者数人の意見を引用し、またそれを掛け合わせることでその場を上手く乗り切ってしまった。
英雄は昔からそういう悪知恵をきかすのが上手く、これまでも色々な修羅場を上手く乗り切ってきた。
勉強こそ大して出来ないが、こういう点では非常に頭がいい。
他に驚いたことは、親睦会で仲良くなった梓も幸男も真佑もちゃんと本を読み込んでいて、まさに文学部という感じのことを話していたことだ。
そのことに対し、少なからず俺とみんなとの間に距離を感じずにはいられなかった。
しかし美波は、俺と同じように本を読まない側の人間だった。
自己紹介では、教授を前にあまり本は読まないとハッキリと言ってしまったので、そのことに教授をはじめクラスの全員が驚き、美波を見つめた。
自己紹介を終えると、何事もなかったかのようにしれっと座り、一切表情を変えることはなかった。
サバサバしているというか度胸があるというか、ともかくすごいとも思ったが、みな拍手を忘れ狐につままれたような表情を浮かべていた。
俺もその一人ではあったが、その美波の言動に勇気をもらい、俺も正直に本はあまり読まないがかわりに“言葉”に興味があるということを話した。
このように大学の初授業は自己紹介だけで終わったものの、怒涛の90分だった。
無事に乗り切ったともいえるが、俺がこの先このクラスの中でやっていけるのかという大きな不安だけは残った。
むろん英雄にはそんな様子がみうけられないため、そこはさすがであると言うべきだろうか。
「さあ、昼休み昼休み。早く学食行って飯食おうぜ」
英雄が一人先に歩き始めてしまったため、俺たち五人は後ろから続いていった。