Gan・riyonオフィシャルブログ『マイ コンプレックス』by Ameba -47ページ目

座敷童子だったころ

座敷童子という妖怪がいる。
ものも言わず、家屋に住み着き、あまりの存在感のなさにふと気がつくと、座敷童子が座っているという。

妖怪だからって、何か悪さをするワケでもなく、ただ黙って座敷に座っているだけ。

ボクの幼少の頃は、まさにコレだった。
コミニュケーション障害と言語表現に至って乏しく、わくわくしたりドキドキしたりしても、人様の御前でそれを表す術を知らず、ただ黙っているような、大人シイ、硝子の少年。
内向的な性格ゆえ、想いを告げられず終わった悲恋のソナタ数しれず。
あなたドナタアタシ知らないわ。
おっと話が脱線事故。

中坊の頃の夏休み。
釣り好きの親戚の叔父さんに連れられて、酒田沖の小島、飛島に行った時も、
心底楽しかったにも関わらず、民宿で夕飯を食べている時も、黙ってるモンだから叔父さんに、「オマエ、飛島来て面白いのか?ハッキリしないなぁ~。大人になったらそれじゃ困るぞ!」とたしなめられたものだ。

ただ、同年代の連中にはそうでは無かったから、全く孤立してたワケでは無かったし、まぁ、陰性のコミニュケーション障害だったワケだが、それが高卒からが大ブレイクを果たす。

18で土木作業員になったボクは、毎日短気で愉快なオヤジさん連中と、毎日怒鳴られながら汗を流し、時には仕事がハケた作業小屋で大酒を酌み交わし、バカ話で心底から大笑いしたりしてるうちに、少しずつ精神構造が劇的ビフォーアフターされていくのだった。

その後、五本の指では数え切れない職種を経験し、外の世界に触れる度にカルチャーショックを受けマクリ、コミニュケーション障害を完全撃破!どうだどうだ。
これまでの経緯、話せは長い長い、ワンス・アポンァタイム・インサカタ。
そして、人生の締めくくりにはマイウェイを熱唱するのだ。いや、たぶんしないけど。

人は飼われると気づかないものだが、籠をブチ破って、外の世界を知れば知るほど、
人は変われるものなのだ。

世界はまだまだ広し。

これからもわくわくしながら、人生大冒険していこうと思う。

座敷童子だったガン少年。
ぬらりひょんになったかもだぞ。

忘れる時代

天災は忘れた頃にやってくる

と云うが

地球が、地球の上に棲む生き物、

その頂点に立つ、いや、立ったつもりで
偉ぶる人間に、忘れないように気づかせているのかも知れない。

忘れる。

何かのきっかけがあって、はじめての出会い、ファーストインプレッション そのプロセスのなかで、

感動 感謝 感激 歓び
怒り 哀しみ 慈しみ

そういったものを分け合って、コミュニティが生まれる。

初心。

それが、月日が経ち、年月を隔てることで、薄れ、当たり前になり、飽きる。

豊かな時代、飽き足らない時代、


人は豊かさ、生きていくために必要な、何一つ不自由のない生活水準に身を置くと、モノの有り難さ、カネの有り難さ、人の有り難さ、仲間の有り難さ、そういうものを忘れがちになる。

心を失くす、

書いている本人も、たぶんそうかも知れない。

もうすぐ50だ。

なるべく失くさないように、

なるべく忘れないように、

絶対とか完璧、完全とか、そういう頑なさは今の時代には言いにくいので、

そう、なるべく、

残された時間を生きていきたいなぁ。

Distance

若い頃はおたがい独りで、

自由で、

立場という縛りがないぶん

打ち明けられたものが、

歳を重ねていけばいくほど

それが出来なくなってくる。


自分はいいが、相手の立場を想えば

想えば思うほどに、

確かめることもなく

想いを伝えずにいたほうがいい

これでいい。

壊さないように

消えないように


ずっと   ずっと…