Gan・riyonオフィシャルブログ『マイ コンプレックス』by Ameba -47ページ目

TOOL至上主義?

職人がカンナの刃を研ぐ。

何度も何度も、そしていよいよ使い物にならなくなったで時に新品の刃と交換する。
針供養みたいに、刃は供養するのだろうか分からないけど、道具を大切にし、使い倒す。この伝統が好きだ。

時代がどんどん便利になり、モノがどんどん新しいモノ新しいモノと止めどなく溢れるように進化し普及し、ボクなんかはもう、そんな加速度的な流れにウンザリしている方だが、皆さんは如何でしょうか?

先日、ポケットWi-Fiの不具合でショップに行った。
一年ちょっとしか使ってないので、何とか直らないものだろうかと相談したら、機種的にも部品も在庫が無く、解約して新規契約するしか道はないとの回答。修理だと新品購入するくらいかかりますよとのこと。
いずれにしても、店員はやはり新規契約獲得したい、それが目に表れている(笑)
「問い合わせてみますのでお待ち下さい」とか言うのなら話は分かるのだが^_^;

昨日、某リサイクルショップで同じ機種を手に入れたので、ショップには暫く用事がなくなった。

兎に角、メーカー・販社は新しいモノを売りたい、高機能とかスペックを売り物に、ユーザーの購入意識を煽ることに余念がない。

周りが新しいモノ持ってると、隣のトトロ…いや、芝生はよくうつり、負けじと言わんばかりに、新機種が出ると飛びつく。
そういうヒトビトは、道具に対する愛着も薄い。道具というより玩具。

ボクが大好きなベーシストに、岡沢章さんという方がいらっしゃるけど、岡沢さんが70~80年代からずっと白いジャズベースを、ボロボロになっても弾き続けてるの見ると、いいなぁ!と思います。
この感覚、美意識が分からない人とは、友達にはなれない気がする今日この頃です。


コレ、こんな事もあんな事も出来ちゃうんです。コレ、スゴいでしょ?
そうやって、道具がエラくて、道具に遊ばれるよりは、

道具の前に人ありき、あくまでも人が目的のために道具を使い倒す。


そっちの人で在りたいと思うワケです。


道具がオモチャなら、その人の価値観だからそれはそれでいい。
豊かな生温い世の中、特にゆとり教育の洗礼を受けた、若い世代の過半数がそうかも知れない。

新しもの好き。



古い奴とお思いでしょうがね、オレは違うなぁ(~_~;)(笑)

今施設に入居されている親方も、そんな人でした。


座敷童子だったころ

座敷童子という妖怪がいる。
ものも言わず、家屋に住み着き、あまりの存在感のなさにふと気がつくと、座敷童子が座っているという。

妖怪だからって、何か悪さをするワケでもなく、ただ黙って座敷に座っているだけ。

ボクの幼少の頃は、まさにコレだった。
コミニュケーション障害と言語表現に至って乏しく、わくわくしたりドキドキしたりしても、人様の御前でそれを表す術を知らず、ただ黙っているような、大人シイ、硝子の少年。
内向的な性格ゆえ、想いを告げられず終わった悲恋のソナタ数しれず。
あなたドナタアタシ知らないわ。
おっと話が脱線事故。

中坊の頃の夏休み。
釣り好きの親戚の叔父さんに連れられて、酒田沖の小島、飛島に行った時も、
心底楽しかったにも関わらず、民宿で夕飯を食べている時も、黙ってるモンだから叔父さんに、「オマエ、飛島来て面白いのか?ハッキリしないなぁ~。大人になったらそれじゃ困るぞ!」とたしなめられたものだ。

ただ、同年代の連中にはそうでは無かったから、全く孤立してたワケでは無かったし、まぁ、陰性のコミニュケーション障害だったワケだが、それが高卒からが大ブレイクを果たす。

18で土木作業員になったボクは、毎日短気で愉快なオヤジさん連中と、毎日怒鳴られながら汗を流し、時には仕事がハケた作業小屋で大酒を酌み交わし、バカ話で心底から大笑いしたりしてるうちに、少しずつ精神構造が劇的ビフォーアフターされていくのだった。

その後、五本の指では数え切れない職種を経験し、外の世界に触れる度にカルチャーショックを受けマクリ、コミニュケーション障害を完全撃破!どうだどうだ。
これまでの経緯、話せは長い長い、ワンス・アポンァタイム・インサカタ。
そして、人生の締めくくりにはマイウェイを熱唱するのだ。いや、たぶんしないけど。

人は飼われると気づかないものだが、籠をブチ破って、外の世界を知れば知るほど、
人は変われるものなのだ。

世界はまだまだ広し。

これからもわくわくしながら、人生大冒険していこうと思う。

座敷童子だったガン少年。
ぬらりひょんになったかもだぞ。

忘れる時代

天災は忘れた頃にやってくる

と云うが

地球が、地球の上に棲む生き物、

その頂点に立つ、いや、立ったつもりで
偉ぶる人間に、忘れないように気づかせているのかも知れない。

忘れる。

何かのきっかけがあって、はじめての出会い、ファーストインプレッション そのプロセスのなかで、

感動 感謝 感激 歓び
怒り 哀しみ 慈しみ

そういったものを分け合って、コミュニティが生まれる。

初心。

それが、月日が経ち、年月を隔てることで、薄れ、当たり前になり、飽きる。

豊かな時代、飽き足らない時代、


人は豊かさ、生きていくために必要な、何一つ不自由のない生活水準に身を置くと、モノの有り難さ、カネの有り難さ、人の有り難さ、仲間の有り難さ、そういうものを忘れがちになる。

心を失くす、

書いている本人も、たぶんそうかも知れない。

もうすぐ50だ。

なるべく失くさないように、

なるべく忘れないように、

絶対とか完璧、完全とか、そういう頑なさは今の時代には言いにくいので、

そう、なるべく、

残された時間を生きていきたいなぁ。