Gan・riyonオフィシャルブログ『マイ コンプレックス』by Ameba -28ページ目

人生のピリオドまで新天地を求めて

歳いくととかく、「あの頃は良かった」と懐古にばかり思いを馳せがちですが、
踏みとどまらす、死ぬまで進化出来る音楽家でありたいと思います。
聴いたことない、クリエイティブなサウンドにわくわくしながら。
人生まだまだこれから。

蝋燭

久しぶりに更新。

今週は初っ端から体調を壊し、感冒で熱っぽく、運転するのも危なっかしい程で、咳鼻水悪寒と三拍子揃ってしまった。

昨日までは息をするとダースベイダーみたいな音がし、文字通り病人。
息苦しいので、去年購入した携帯酸素を吸入しつつ、体内に酸素を送り込む。

思えば、不健康極まりない不摂生と、持病の鬱が化学反応を引き起こしつつも、前向きに生きようとする正の自分が負の自分に負けて、目の前の諸々から逃避し、逃避しては戻ろうとする。の繰り返しの日々に疲れていたのかも知れない。

まさに因果応報。ツケの代償。罪と罰。鉄槌。あとは何だ?

焼きが回ったとは思いたくはないけれど、実際、這い上がるには高い峠。
八甲田山の隊員状態(汗)
ウォーキングデッドの生存者のサバイバル。

日頃のアドバイス、叱咤激励、その期待の声にせめて応えなくては。ともがく。逆境からの脱出の糸口を探し、不眠に陥る。

そういう渦中に、意外にいい演奏、いい曲が生まれたりするから始末が悪い。
精神的に健康で綺麗で、それが伝わる表現者は数多居て、その逆パターンもあってもいい。音楽は自由で、リスナーも自由でいい。十人十色。それが音楽の楽しみ方だと思う。

話がずれたけど。



悪い夢を絶つ方法を考える。

長い夜になりそうだ。
そんな訳で、、晩餐。。です。


 

野菜炒めを作りながら、、ふと、、。

 

 

生まれてこの方、目に見えないものを信じるより、生身の人間を信じたほうがいいと思って生きてきた。数多の宗教はあれど、何処にも真の救いは無く、たまたまの偶然を、信心がある無いに、とすりかえるというか、言い出しっぺの一個人、いわゆる教祖さまを崇拝するだけで、 

信者を救い、世の救済を教化とするならば、とっくの昔に世の不平等とか犯罪とか戦争は無いはずで、そういう諸々は根絶できるはずもない。 

出来るはずもない事に使命感を燃やすのは、悪い事ではないだろうけど、絶対に無理というもの。  

 

強い心があれば、藁など縋らなくても生きていけるものだ。 

 

人は誰でも弱いところはあり、それでも明日を信じて生きる強さはあるはず。 

 

たとえズブズブでも。 

それに耐えきれず、自ら命を絶ってしまう人が年々増加しているらしいけれども、生きたくても生きられない人もいる。 

 

世は無常で、生きる全ての人に平等に時間が与えられている。 

 

それを考えれば、生きている時間は金銭よりも貴重。 

 

人間だけではなく、動物、植物、微生物に至るまで、生きとし生けるもの全てにドラマがあり、生きざまがある。 

 

それを全うして、だれ誰もが迎えるピリオドに向けて、前を向いて生きて行けば、どんな苦しみ悲しみも耐えて耐えて、耐え忍んで生きて行けば光明が射すはずです。 

 

孤独なようで、人はたいがい誰かに支えられて生きているもので、それに気づかないだけ。 

 

もう駄目だと決めつける前に、自分が居なくなったら誰が悲しむだろうと見渡すと、、、。 

 

自分、甘えてるだけだったと。 

善くも悪くも自分次第の心構えひとつ。 

 

心をニュートラルにして平常心を保てれば、いちいち他人に腹を立てることもなく、悪意に満ちた変な噂に波長を合わせることもない。  

 

人は人、自分は自分、で良いんじゃないかなあ。 

 

 

そう思いマス(^.^) 

野菜炒めを作りながらふと、、、